Daily Archives: 05/19/2015

5月19日


私にとって、5月19日は思い出深い日だ。

毎年とは言わないが、めったにない衝撃的な出来事が起こるのが、5月19日。

そして、今日も、その衝撃的な出来事が起こった。

娘が帰宅しない。

今日は試験前でクラブがなく、4時ごろに帰宅することになっていた。

私が帰ったのが5時半。

娘の姿がなかったが、お風呂でも洗っているのだろうと思っていた。

私は、いつものように朝できなかった洗い物を片づけていた。

片づけながら、(なんにも音がきこえへんなぁ…お風呂に入ってるのかなぁ?)と思い始めた。

もしかして寝ているのか?ちゃんと寝室で寝てるのか?

と覗きに行くが、いない。

靴は?ない。

カバンもないではないか。

帰ってないやん。

友達の家で勉強してるんかなぁ?と思った。

今日私は、さくらんぼのケーキを焼こうと思っており、さくらんぼを二つに割って種を取る作業を開始した。

350グラムのさくらんぼの種を取るのは結構時間がかかった。

(それにしても、遅いよな。友達の家に遊びに行ったとしても、6時には帰ってくるようにいつも言ってるし、それは守る子やしなぁ…友達の家ではないなぁ…え?それなら、どこにいる?)

ここでようやく、いつもと違うということに気が付いた。

私の心臓がバクバクし始めた。

誘拐されていたらどうしよう…

本来4時ごろ帰宅する娘が、6時半になっても帰宅せず、一度も家に帰ってきていない。そして、それは友達の家ではない。中学校の最終下校は5時45分である。

そこまで学校にいたとしても、もう帰宅しないといけない時間ではないか。

いつも一緒に登下校している友達宅にメールをするが返事なく。

中学校に電話してみた。

もう中学校はしまっていて、誰もいないということだった。

担任の先生は、探しに出ると言ってくれた。

私も心当たりに電話をして探しに出よう。

もしかして、私が、何かの約束を忘れていて、娘は今日誰かと何かの約束をしているのだろうか?

それを、私が忘れているという可能性もある。

そう思い、父親に電話してみるが、そういう約束は聞いていないという。

私の記憶がないのではなかった。

そうこうしていると、友達ママから連絡があり、その子も帰宅していないとのこと。

ちょっと安堵した。二人なら、誘拐された確率は低い。

それにしても、何をしているのか。

まさか二人一度に誘拐か?

外はまだ明るい。

明るいので、時間の感覚がないのだろうか?

娘は今朝、塾を休むといっており、なので、慌てて帰宅しなくてもいいと余裕をかましている可能性がある。

それにしても、4時から7時まで、外にいるというのか?それも考えにくいと思い始め、また私の心臓はバクバクしてきた。

ケーキの材料をボウルに入れた状態。オーブン機能になる鍋を温めていたが、そのスイッチを切り、(私、このケーキ焼けないことになったら、どうしよう…)そんな考えが一瞬私の頭をよぎった。

上着を羽織りスマホを手に外へ出た。

友達ママと合流し、一緒に中学校への道を歩いた。

二人一緒なら、まだ、安心やなと言い合いながら歩いた。

娘の通う中学校は、小学校の隣にあるのだが、通学の道が小学校の時とは異なる。

私たちは、中学の通学路を通って向かった。

もうすぐ中学校につくというところまで来て、遠くを見ると、小学校の通学路に4人の女の子がいたようで、二手に分かれて今歩き出した。というところを目撃した。

のどかな田園風景なので、見通しは良いが、向こうはこちらに気づいていない。

「のんちゃ~~ん」と大声で叫ぶも、聞こえず。

でも、たぶんあれがそうだねとママ友と話しているとき、後方からバイクで父親が現れた。

あれがそうかもしれない。というと父親はバイクで向かった。

私たちも今来た道を引き返した。

しばらくすると電話がかかってきた。

父親が娘を確保したということだった。

そして、娘が電話に出た。

「あんなぁ・・」と訳を話そうとするので、「何を考えてんの!」と一喝し、「後で聞く」といい電話を切った。

帰り道、娘と合流。

娘は、下を向いて近づいてきた。

友達は、まっすぐ前を向いていた。

娘は私が今からどれだけ怒るのかが「何を考えてんの!」の言い方で、想像できたのだろう。

「あのな…」と訳を話しだした。訳なんて、何の意味もない。

私は、「歯を食いしばれ」といい、右手で平手打ちをしようとするとよけようとしたので、左手でやった。

私の左手は娘の右ほほにストライクし、娘は顔をしかめて泣き始めた。

私は踵を返して歩き始めた。

自宅までの道すがら、このあと、どうしてやろうと考えていた。

私がどれだけ心配したかを伝え、その後、お仕置きが必要だ。

テレビ禁止。ゲーム禁止。そんなことは娘は堪えないであろう。

一番堪えるお仕置きを考えなくてはいけない。そうだ。弁当だ!

明日から弁当を作ってやらないことにしよう。

自分でなんとかしていけと言おう。これが一番のお仕置きだ。

家の前につくと祖父が仕事をしており、私が探しに出るときに、娘が帰ってこないことを伝えたので、心配していた。

娘が家の前まで来たとき、中学校の先生から電話があったので、無事見つかったことを伝え、そして、娘にも先生がさがしてくれてたんだと伝えた。そこでも、私は大声で娘を怒鳴ったため、祖父は娘のそばに歩み寄り、なにか話してくれた。

家に入り、娘に「どれだけ心配したと思ってんの!誘拐されたと思ったやんか」というと、私が泣きそうになった。

「あんたは、ままの信用を失ったんやで」

そんな言葉が、私の口から出た。

塾に休みの電話を入れてなかったことをまた怒り、電話をかけようとするも、父親も電話番号を知らず、ずっと調べている。その姿にもイライラし、

「娘が通っている塾の電話番号もしらんのか!」と父親に怒鳴り、怒りのとばっちりを受ける。

夕飯。無言で食べる。

面白いことにいつも白いご飯を二膳は食べる娘が、「ごはんはいい」といい、わたしがつくったサラダを食べた。

ありえへん。サラダなんて大嫌いで、いつも食べなさいと言っても食べない娘が。

私に対する、謝罪の態度なのだと思った。

ままのいうことをこれから聞きますとでも態度で示そうとしているかのようだ。

無言で食事を終え、自ら弁当箱をだし、洗い、そして、いつもはテレビの目の前に座ってテレビをつけながら勉強する娘が、2階に勉強道具を持って行った。

勉強は2階でしなさいと昨日言ったのだ。

鍋の中からさくらんぼの果汁がこぼれてジュージューと焼き付く音が聞こえてきた。

生れて初めて作るさくらんぼケーキが悲しい思い出のケーキにならなくて、本当によかった。

それにしても5月19日。

いったい、私にとって、何の日だというのだろう。

最近の記憶しかないが、幼いころからの5月19日を覗き見れるなら見てみたいと思う。

なにか、すごいことが過去にもおこっているに違いない。

限界がやってきた!


昨日は、面白いことが起こりました。

仕事が終わって、家に帰り、ソファに座った途端、眠りました。

こんなこと、初めて!

仕事中、瞼が開かなくなる感覚もあって、なんか変だなと。

眠たいから開かないのではなくて、瞼の筋肉が硬直したような感じになって。

先週の月曜日から休みなく働くとこうなるのでしょうか?

ただの老化現象か?

特に先週の金曜日は、園外保育で、炎天下の中サツマイモの苗植えをし、そして、土日はお店開店のため、早朝よりケーキを焼き、昨日月曜日も遠足に行きました。

一晩寝ても、疲れがとれないなんて、私の体もずいぶん痛んできたんだなと思いました。

昨夜は、ブログ更新してない~とちゃんと覚えていたんですよ。

娘にも、「まま、覚えてるねん。この間は更新していないと思い出さなかったけど、今日は覚えてる!!」といっていたのですが、お風呂に入って、娘にマッサージをしてもらっていたら、そのまま寝て、朝になりました^^;

少し前なら、日付が変わる前に目が覚めて、慌てて更新ギリギリセーフなんて感じで動けていたはずが…。

歳をとるということは、こういうことなのか?

神様は私の限界を察知したのでしょう。今日の弁当のおかずを昨日のうちに届けてくださるというギフトを用意してくださいました。

『老ウォッチング』はじめるか。

新しいカテゴリーを思いつきました。