Daily Archives: 06/08/2016

鈍感になりますように


4月は母の誕生日。5月は母の日ということもあり、このところ母とのお出かけを何度か楽しみました。

母が、何かのお祝いでもらった引き出物で、温泉のチケットがあり、亀岡の方だったので、保津川下りと合わせて出かけたり、先日四条烏丸に取材に行きいろんな場所を巡ったので、母も連れてきてあげたいと出かけたり、京都市美術館にモネ展を観に行くのに付き合ってもらったり、母の日には、一緒に行ったことがなかった海遊館に母と娘と親子三世代で出かけたりしました。

記憶があいまいになってきた母の発言にはじめのころは驚いたりしておりましたが、驚きはしても、私の心が傷つくということは今までありませんでした。

それが先日、実家に寄った際、母が「今、これにはまってるねん」と言って、大好きな抹茶味のグラノーラを私に「おいしいよ」と言って食べさせてくれました。母の食べ方は、青汁にそのグラノーラを浸して、少し柔らかくしてから食べるそうで、やってみると「うん!おいしいなぁ。もっと入れて」と催促したほどでした。

母は抹茶が好きです。
私は、飲む抹茶は好きですが、抹茶味の〇〇というのは好きではない。
抹茶のケーキも、抹茶のお菓子をみても特にテンションは上がりません。
でも、母は大好きなので、最近【抹茶の〇〇】を見つけたら買うようにしていて、母にもっていくようにしています。
母の日のプレゼントも抹茶のお菓子3点セット。
花も好きな母ですが、花より団子で、お菓子にしました。

抹茶のグラノーラを教えてくれたとき、とても嬉しそうにはまっていることを伝えてくれるので、思わず、母にグラノーラのパッケージを持たせて写真を撮ったほどでした。
日をあけず、抹茶のグラノーラをお店でみつけ、思わず購入しました。
また今度会った時に渡そうと思ったのです。

その2日後、娘の中学の授業参観があり、母も参加したいということで当日に連絡、即行動で来てくれました。
道に迷わず、自転車で来れて一安心。
首からは私の名前と住所を書いたものをぶら下げるようにと言ってありました。
無事に参観に行くことができ、ハードルを軽やかに飛び越える娘に静かに声援を送り帰宅し、帰りに、先日喜んだ「抹茶のグラノーラ」他、数点の、抹茶お菓子を渡しました。
すると、「私これ、すごい好きやねん。なんで、あんた知ってるの?」

悲しみはひたひたと私の心を支配していきました。
ドキュンというような悲しみではないのです。
ひたひた ひたひた ひたひた じわじわ

たった2日前、「おいしいなぁ」「そやろ?」と言い合ったあの光景は私だけのものになっており、母の中のその時の私は消え去っているのです。

忘れている本人はケロッとしており、これからは、周りにいるものが悲しくなることが増えていくのでしょうか?
私が悲しむ様子を見せると悲しむと思い、何もなかったように振る舞いましたが、
このような出来事も今後は、私の老眼のように慣れていくのでしょうか?
先日から白髪が増えたことにショックを受けていましたが、それも最近慣れてきましたし、同じように母の中の私が消え去っていく悲しみに対しても鈍感になってくれればと願っています。