Daily Archives: 06/11/2016

今日も絵本を読もう


娘が13歳になって4か月。
13歳の誕生日頃から、絵本の読み聞かせが始まって今でも細々と続いています。

絵本の読み聞かせがはじまったからか、絵本に関する記事が目につきます。
先日は絵本を作って投稿する記事を見つけたり、絵本のアドバイザーの講座があるらしいのを見つけたり、
そしてこの度「絵本の読み聞かせ講座」というのがあること図書館においてあったチラシで知り、
日付を見て「もう募集が終わったんですね」というと、
「あと一人なんです!申し込みますか?それでははがきをお貸ししますから、今ここで書いてくだされば申し込みがあったことにします」と、
チラシを見つけてから数秒で受講が決まり、第1回目の講座を受けてきました。
行った方がいいものはこのようなスピードで進むのを私は今までに何度も経験してきました。

「あなたにとっての絵本とは?」との質問には、「娘と私をつなぐもの」と答えました。
半年前には、こんな言葉は出て来なかっただろうと思います。人生って不思議です。
「絵本を読んでもらうということは、絵本を読んでくれる人の愛情を感じるためのもので、その人の声が聴きたいのだ」と講師の先生はおっしゃいました。
なるほどなるほど、そうなのだ。
娘は絵本を読んでくれといい、一冊終わる前に寝てしまう日が多いかと思えば、何冊も読んでくれとせがむ日もあり、一つの絵本を読んでもらって、すぐに次の絵本を読んだら、一つの絵本の世界に浸れないのに、そんなことどうでもいいのかな?と思ったり、途中で寝てしまった次の日に、あの絵本の続きは?と聞くこともなく、内容は気にならないのか?と思っていたことが、やっと腑に落ちました。
もちろん気に入った内容の絵本は面白いでしょうが、大前提に、私の愛情を感じたくて、私の声が聴きたいのなら、途中で寝てしまうもよし、間髪入れずに何冊も読んでもらうのもよしなのだ。

いまだ絵本を読んでほしいという娘の心の泉には、愛情という水が湧きだしておらず、まだ外からどんどん入れてくれという状態なのだろう。今まで愛情を注いできたつもりだが、まだまだ足りないということか。
いつかその泉が、外からではなく自分自身で湧き出し、そして、自分以外の人の泉をも満たすことができるように、今日も絵本を読もうと思う。

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余談
図書館の館長さんが開講の初めのあいさつをされたとき、熊本に実際に行かれた方の話をしてくださいました。
子どもたちは再開した学校に行きはじめていたらしいですが、みな疲れた表情だったそうです。
報道では、元気に学校に通い始める様子が紹介されますが、報道がすべてではないのですね。