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腐ったものを食べる母


ようやく、病院に連れていくことができ、老人の健康診断も受け、薬を3週間分もらい採血もした。
3週間、薬を飲むのを忘れないようにチェックし、3週間後に病院に連れていけばいいと思っていた。
これで吐き気も止まるだろう。

仕事が休みだったので、病院に連れて行った次の日も実家に向かった。
前日、お赤飯を知り合いに頂いたといって、母は一口たべ、私も食べた。
美味しい赤飯だった。
半分残った赤飯を「これ、持って帰り!」と母はいうが、また明日たべたらいいやんと持って帰りたいのを我慢して帰った。

次の日の朝、「赤飯食べたか?」とメールで聞くと、「うん食べたで」と答えた。
「薬飲んだか?」というと、「のんだ」と言った。

そして、その日の夕方、実家に行って、「赤飯全部食べたんやな?」というと、
「赤飯?食べたと思ってたら、今見たら、ここにあってん」と言って、別の器に入れ替えられた赤飯がテーブルの上に置いてあった。
「え?食べたと言ってたのに、食べてなかったってことやん」
「そうやなぁ。食べてなかったんやな。さっきちょっと食べたで」
そういった。
私は、赤飯を箸で触った。
あれ?ちょっと…
口に入れたら、風味が悪くなっていた。
「くさってるやん」と私は、吐き出した。
「え?どれどれ?私わからん」

今まで、一か月、母は嘔吐を繰り返していたが、もしかして、嗅覚や味覚が鈍感になっており、腐ったものを食べ続けていたのではなかろうか?もちろん、物を捨てるということを極力しない人である。
腐っているかどうかわからず、食べてしまうということは、食事の管理もしなければいけないということか?
認知症の人は、まず嗅覚が鈍くなるときいたことがある。

これは、まずい。

母は、子どもを3人産んだが、誰の家にも行きたくないと言っている。ということは、一人暮らしを続けるということだ。
どうしたもんじゃろのう

いよいよなんとかせねばならない時期がやってきたようだ。
時々、実家に訪問して、冷蔵庫の中身をチェックしに来てくれる人とかいたらいいのにな・・・。
そんなことを、ぼんやりと考え始めていたのでした。

つづく。

母がぼけていることに慣れていた私


2年ほど前から、母の物忘れがひどくなったと感じていた。
そして、私自身も似たような症状だったので、一緒に病院に行ってみると、母は認知症。私は記憶障害だといわれた。
同じ物忘れのようで、双方は全く違うらしい。

私に関しては、忘れること前提で生活を進めており、日常生活に支障は今のところない。
しかし、先日、「こんなところに第九のポスターを貼ってくれた人誰だろう」思い、義父の知り合いに第九の出演者がいて、義父が頼まれて貼ってくれたのか?とそこまで考えてから、(あれ?私かな?私やなたぶん)と思い直した。
完全に思い出したわけではないが、たぶんそうだろう…という感じ。
そのことに気がついて、久しぶりに自分にゾッとした。
それでも、他人に迷惑をかけていないので、よしとしている。

ところで、母の認知症だが、最初のころは、その忘れっぷりに驚きつつも、私も同じぐらいのレベルだなと思っていたが、ここへきて急激にスパートをかけてきている。
最近は、私が、「オリンピックに出るとしたら、どの競技がいい?」と質問したら、母は、『テニスがいいなぁ』と答え、「私は新体操がいいなぁ」といったら、次の日から、一日に何回も、同じことを聞いてきた。
それも、質問を始めるのは、母。
「オリンピックに出るとしたらどの競技がいい?」
私は『新体操かなぁ』と答える。
すると、母が「私はテニスやな」
これを一日に何回も。
質問を受けるたびに、初めて質問に答えるように答えていた。

そういうことに慣れていたのだ。
「もうあかんねん」が最近の口癖だが、「もうあかんのは知ってる」と言って返していた。
ところが今回、病院に連れていき、先生の問診の最中、私が呼ばれた。
母の横に座り、話を聞いている母を見ていた。
先生は、母にも私にも話をしてくれる。
先生の話し方が、子どもに言い聞かせるような口調だったのが、軽くショックを受けた。
「いいですかぁ。薬を3週間分出しておきますから、これを飲んで、採血の結果が3週間後に出ますから、また結果を聞きにきてくださいね。娘さん。連れてきてあげてくださいね。胃酸を押さえるのと、食欲が出てくるお薬ですからこれを飲んでもらったら、吐き気もおさまると思いますのでね。いいですか?」
先生はゆっくりと大きな声で話してくれた。
母は、「はい」とニヤニヤしながら返事をし、「あんたもちゃんときいといてや」と何度も繰り返していた。

その後、待合室に戻ると、すぐに私だけが、診察室に呼ばれた。
(こんな早くに結果がでるのか?そんなわけあるまい。なんだろ?)と入っていくと看護婦さんが、
「今日の症状についてよりも、お母さんは受け答えが全くできなかったのです」と話し始めた。
今話したことも、話せないし、以前ここへ来られたことも忘れているし…と。
私は、看護婦さんやお医者さんが驚かれたということに、驚いた。
そうか、母の認知の状態は、第三者がみると驚くことだったのか。
3週間後、認知の方の薬も出させてもらうことになるかもしれません。ということだった。

母はどのような受け答えをしたのだろう?
病院を後にして、隣の薬局にいき、そこで薬剤師さんに、お医者さんがどうおっしゃったのか、今の症状はどうなのか?ということを母に質問された。
耳をそばだてて聞いてみると、母は、うそばかりを答えていた。
(そうか・・・こんな感じで、お医者さんにも受け答えをしていたのか・・・)

そして、数日後、母は私にこう言った。
「この薬飲んでも、ぼけはなおらんやろ。もう飲まんでいいなぁ」
「お医者さんも、また来てくださいとはいうてなかったしなぁ」

嘘ばかりである。
もらった薬は、認知症の薬ではないし、3週間後に来てくださいといって、はいと返事していたではないか。
このことに関しては、そうやなぁと同意せず、これは胃薬で、また3週間後に来てくださいというてはったやろ?と念を押した。
忘れるだけではなく、自分で作り上げるのだ。それがややこしい。

そしてこの日、母が体調を崩した原因ではないかと思われる出来事がみつかった。
驚愕の事実である。
もしかして、すべての原因は、認知症が引き起こしているのかもしれない。

つづく。

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