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春はわがまま


半年ぶりに暦のワークに参加しました。

数日前からあげる宛もないのに、桜のシフォンケーキの準備をしており、いったい誰にあげようとおもっているのか?と自分に問いかけながら準備をする。

うちの家にいる人は誰も私のシフォンケーキを食べたいとはいわないので、必ずよその人の口にはいるはずだが…
学年が修了したので二年間お世話になった担任の先生に持っていくかな?と考えてみた。

すると、今日になって急に暦のワークに行けることになり、あーそれなら食べてもらえると張り切って作った。

すると、部活をほぼずる休みした娘が寄ってきて、手伝いたいという、もう一台焼くから、それを作ってくれる?と言ったとき、あーこれは、明日熊本に母を連れていくので、その手土産にしようと思い付いた。
娘が作りましたといったら、喜んでくれるだろうとおもった。

数日前から準備していたのはこういうわけだったのねと思った。

さてさて、その桜のシフォンケーキを手土産に暦のワークに参加した。
毎回、話を聞きながら自分を振り替えるよい時間が持てる。
そして、毎回新たな発見がある。
同じ季節の話をもう、三度も聞いているのに、毎回引っ掛かる言葉が違うのだ。

今日は、春はわがままに生きるというフレーズ。
芽吹く季節なので、いろいろだして生きていくのだ。
押さえつけてはならない。
そして、人が話したことを、否定してはいけない。
「否定は簡単」
この言葉も刺さった。
人が出してくるアイデアを否定するのは芽を摘んでいる行為なのだ。
なので、肯定をしよう。
芽を摘んではならない。

話を聞きながら、メモを取る。
否定と肯定という字を思い出すのに少々時間を費やしながら、娘のことを思った。
今朝、娘がなかなかだしてこない通知表を無理やりみた。美術が2だった。
作品を作るのにアイデアが浮かばないらしい。
美術苦手やねんと言っていた。
体を動かすのが苦手で体育が2なら、仕方ないなぁと思うのに、美術が苦手で2というのが、どこか納得できない。それは、きっと私が苦手ではないからだと思った。
私も苦手なら、「ままと同じやなぁ」と笑える。
ある意味娘の現状を肯定できるのだ。
しかし、私は苦手ではなくむしろ大好き。
成績がよかったかは忘れたが、2ということはなかった。なので、否定とまではいかないが、美術で2をとるなんてと思う気持ちがあるのだ。

肯定という漢字をやっと書きながら、肯定してやらねばなるまいと思っていた。

また、15歳あたりとと75歳あたりは人生の春らしい。
娘と母だ。
春を満喫するということは、お二人とも精一杯わがままに生きてよいお年頃ということ。

お二人を肯定しこれから伸びていく芽を摘んではならない。そう心に誓う。

シフォンケーキを切り分け皆さんと共に頂く。
春の香りがひろがる。

春に食べるとよい食材の中に桜の花は入っていないけれど、そして、世間ではまだ桜は咲いていないんだけれど、桜の時期に桜のシフォンケーキを焼きたかった私のわがままが人を喜ばせることもできるのだ。

春はわがままに。
明日から75歳の春と共に熊本へ旅立ちます。

バスにのって


バスにのって枚方市駅まで行きました。
バスにのって行くのは初めてでした。
バスに揺られてといいますが、本当に揺られます。
40分揺られるのはきつかったです。

今日は去年7月から始めたバレエの最終レッスン。
来月からフルタイム勤務になるので、このクラスのレッスンは受けられなくなりました。

鏡の中の真実の私の姿に私自身がやられてしまった日から9ヶ月。先生の綺麗な姿をみるのはとても気持ちがよかった。自分の方に目を移さなければ。

というわけで、最後のレッスンに枚方まで来たのですが、くずはにすむ友人とのランチの予定を合わせ、行って参りました。

友人は素敵なお店に連れていってくれました。

初めてのバス初めての道初めての店でした。
レッスンがなければ、ここから徒歩七分らしい姉妹店の雑貨屋さんに行ってたはず。
また、必ず訪れたい場所でした。

ところで、この店と、昨夜訪れた職場の親睦会二次会の店名が同じという偶然。

「そうそう」

今日の一言メッセージは、これだなと思いどういう意味かを考えていたら、浮かんだのは

「sousou」

私にはSOSSOSに感じました。

何かが助けを求めているのかもしれません。

なにか、わからないけど、とりあえずは自分の目の前にいる人が困っていないか感じてみようと思いました。