娘9 ホノルルマラソン物語 15  〜ゴール〜

私が先に ゴール付近に到着しました。

懐かしいこの一本道。

ゴールまで、300mほどまっすぐの道が伸びています。

沿道の柵は、もう撤収作業が始まっていました。


娘たちのゴールを待ちました。


しばらくして ビデオのフレームの中に入ってきた二人。

娘は、もう泣いていませんでした。

少し 照れています。


それは 沿道に もう既にゴールしている数人の日本人が 完走Tシャツをきて拍手を送ってくれているのです。

「グッジョブ!!」

「スマイル!!」

など 大きな声でエールを送ってくれています。

「お疲れ様でした!!」

「もう少しです!!」

そう言って 手を振り 手をたたいてくれています。

道の反対側にいた私まではっきりと聞き取れる大きな声。

それだけの大きな声を出すのって 結構エネルギーがいると思うんですけど、

この人たち、いつから ここで エールを送ってくれているのでしょうか?



娘と 父親は手を振り返していました。


私にも気がついて 手を振ってくれました。

娘は 恥ずかしそうに笑っています。



いよいよゴールです。

ほんと よく 諦めずにここまでやってきました。

ここへきて 私が感無量。


2年前は 5時間ほどでリタイヤしたのに、今回は、倍以上の 11時間半。


メダル欲しい で 始まった挑戦でしたが、

「のんちゃんナイス!」がもらえるかもしれない宿題なし条件と

ミサンガ切れるミラクルも重なり、

とうとう娘はゴールを果たしました。

娘と主人はゴールゲートをくぐった瞬間、両手を高くあげました。

ゴールです。


ゴールした娘の首に メダルがかけられました。

その瞬間の娘の顔。

最高の笑顔を見せてくれました。

娘は「うふふ〜〜」と笑い

かけられたメダルを手に取り、形を確認し、

「これでいいわ。まま。」

といい

「よかったなぁ」と声をかけると、

「ウシシシシ」と笑いました。


今まで 無表情で、もう気力ゼロ で 歩いていたのに、

にこにこしています。


父親は、娘の頭を 何度も何度もなでていました。


名古屋から来た同じ4年生の親子も、すぐあとにゴール。

私たちはお互いの頑張りをたたえ、握手をかわしました。

お互い無事ゴールできてよかった。


ホノルルマラソン物語 これで 完結です。

日本に戻って みんなに完走の報告をしたら、

宿題がなしになって「のんちゃんナイス!」の言葉がもらえるのです。

(ちょっと ひと騒動ありましたけど)↓

*12月のブログ【ひとりはみんなのために】をご覧下さい。


娘は 後に こう話してくれました。

「2年生の時にリタイヤして 4年生でもリタイヤしたら恥ずかしいやん」

そんな気持ちが娘にあったようです。

娘は いろんな気持ちを心に詰め込んで 完走をめざしたんですね。

笑いながら 泣きながら 怒りながら・・・・途中諦めるとは一言も言わなかったのは驚きました。

どうなるだろうと おもっていた今回のホノルルマラソン物語。

こんな物語でございました。

ずっと応援してくださった皆様 本当にありがとうございました。


娘9 ホノルルマラソン物語 おしまい。




10年前 娘を産んだ時に 思い立った ホノルルマラソン。

こんな風に その時、産んだ娘がゴールして 完結するとは 思いもよりませんでした。

なかなか 面白い物語の結末でした。


数日後、

「ホノルルマラソンはこれで完結したし、今度は何する?スカイダイビングでもするか?」と提案すると、主人が「それだけはいやや。」と即答。

「そうやなぁ 上にあがって 落とされるだけは 自分でやった感がないなぁ・・・。そしたら・・・富士登山するか?」というと

二人共「それがいい」と 賛成。


今度は 富士登山物語が スタートするのでしょうか?


さあ どうなるか。

私は20年ほど前に挑戦しましたが、出産よりもフルマラソンよりもダントツの辛さ過酷さでした。

この物語の実現には まだまだ時間がかかりそうです。


私たちの物語は まだまだ つづく?つづくかな?つづいたら また 書きます。 

おしまい(笑)


























娘9 ホノルルマラソン物語 14  〜メダル〜

娘に 聞いてみました。

走っている間なにをかんがえてたの?

娘は、「完走したい」 と ただそれだけを考えていたそうです。


そうそう 私がゴールに お先に向かうまでに ひとつ困った問題が起こったのでした。 


娘がホノルルマラソンに出たい!!と 思ったきっかけは、メダルでした。

私が、完走してもらったメダルをみて、

「のんちゃんも ほしい。同じのが欲しい」と いったのでした。3年前のことです。


娘と手をつないで歩いているとき、

もう 時間も時間なので、ゴールしたランナーの皆様が、完走Tシャツをきて、メダルを首からぶら下げて歩いて帰ってこられていました。

(お〜〜今年のTシャツはあれなんやなぁ・・・・)と 思いながら歩いていると、娘が、

「あんなん いやや・・・・」と つぶやいています。

え??何が嫌?

よくよく聞いてみると、メダルです。

「のんちゃん ままと同じ まるいのがいい。」

今回のメダルは、円い形ではなくて、ランナーが走っている形に(縦長)なってます。


ひえ〜〜〜〜(゚д゚lll)

ここへ来て メダルが円ではないことに ひっかかるか〜〜〜

というか 円にしといてよ〜〜〜

というか どうしようもないやんか これだけは・・・

というか まさか 円じゃないなんて・・・・

というか そんなところに ひっかかるなよ〜〜〜


私は、

「そう?円じゃなかったん?よくみえへんかったなぁ・・・」と とぼけてみました。

でも 私も 確かに 確認しました。

確かに、まるではない・・・。


今回のホノルルマラソンは 第40回なのです。

なので、40年を記念して いつもと違うデザインにしたのでしょう。

いらんこと せんでいいのに(泣)


それからしばらく歩き、何人もの完走ランナーにすれ違いました。

胸にはメダルがゆらゆら揺れています。


メダルが欲しくて たまらなかった やっともらえるところまで来たのに、そのメダルが ままと同じ形ではなかった・・・・

さて。これ どうなりますかね・・・・と 思っていたら、

「のんちゃん あれでもいいわ。」

娘は 案外 あっさりと 縦長メダルを受け入れました。


あ〜〜よかった。


ここまできて 娘は 形ではない ということに 気づいてくれたんでしょうか?

きっかけは メダルという 物が欲しい。という気持ちでしたが、

ここまで来たら そのもの以外の たくさんのものを 手に入れている。

形でもないし 私の語彙力では 言い表せないけれど、

目に見えない何かを 娘は手に入れている。

それに気がついて 縦長メダルを受け入れた。ということに しときましょう。

 

とにもかくにも

「こんなメダル いややった(泣)」と ならなくてよかった(泣)が 母の本音。


つづく。










娘9 ホノルルマラソン物語 13  〜景色を共に〜

娘と手をつないで ホノルルマラソンがスタートしました。

ここまで ずっとポイントポイントで待っていたので、ずっと一緒に走っていた気分です。気分だけ。

ここまで来たら、もうゴールできます。


もうすぐホノルルマラソンコース最高の景色のいい場所がやってきます。

私が走ったとき、こんなにすごい景色の場所がコースにあったんだ・・・と 感激し、家族がゴールで待っていてくれているにもかかわらず、

あ〜〜しばらくここにいたいなぁ と 思った場所です。

ダイヤモンドヘッドに沿って作られている道。 緩やかな上り坂になっています。登りきったところにビューポイントがあります。そこさえ越えれば あとは下ってそしてゴール。

あの最高の景色をもうすぐ娘と一緒に、見ることができるんだ。と

とても嬉しくなりました。


「もうゴールできるな。すごいなぁ。友達みんな喜ぶなぁ。」と言いながら、歩きました。

「『のんちゃん ナイス!!』って 言ってもらえるなぁ」


娘がここまでがんばれたのは、【みんな】という存在があったからなんだなぁと思っていました。

もし、出発前に【みんなの分の宿題がなしになる】ということがなければ、泣きたくなった時点でリタイヤしていたかもしれません。

泣きながら歩き続けることをしただろうか?

そんなことを考えていました。


4年生。

もうすぐ10歳。

10歳の子どもの世界には、確実に家族以外の世界があって、そこで娘は生きていて、喜びや悲しみやいろんな感情を味わっている。

娘だけみんなとは違う幼稚園の出身で、仲間意識のようなものが薄いように思っていたけれど、みんなと自分がちゃんとあるんだなぁ。
いや、でも もしかして これが初めてなのかもしれない。
みんなが喜んでくれるなんてこと普段の生活の中でそうそうあるもんじゃない。
誰かが認めてくれるってことも そうそうあるもんじゃない。

友達がなくしたボールペンのバネをみつけてあげてそれを喜んでもらえた。

そんな些細なことが娘の中では大きな喜びで その時の喜んでもらえたという嬉しさを、もう一度味わいたいがために 泣きながらでも歩いている。
そんな力を娘は【みんな】からもらってたんだなぁ。

そんなこんな いろんなことを考えます。

娘は この時 なにを 思いながら 歩いていたのでしょうか。


道端に座って、休憩をしたり、

また歩き始めたり・・・。

娘は もう 泣きはしませんでした。


この頃 娘と同じくらいの子供がお父さんと 私たちと同じようなペースで歩いていました。

私たちは 抜いたり 抜かされたり。

その子は泣いていませんでした。

聞いてみると 同じ名古屋から来られた方で、娘と同じ4年生でした。

どこの親も 子どもをサポートしてここまで来たんですねぇ。


そして そして ようやく上り坂を登り切り 最高の景色の場所に到着。

私は 娘をおぶって その景色を一緒にみました。

「のんちゃん これ ここ みたかってん・・・・」

「この景色 のんちゃんと みれるなんて 思ってもいなかったわ。のんちゃんがここまで連れてきてくれたんやなぁ。」

これから 同じ景色をみる ということが だんだん少なくなっていくのでしょう。

今までずっと 一緒にいたけれど

娘は気力をもらえるほどの自分の世界を 自分の景色の中に持っているのです。 

大きくなったもんだ。

時々は こうやって 同じ景色を見たいね。


ハワイの海が一望できるこの場所。

遮るものが何もない サーファーが波と戯れる姿が小さくみえます。

海がキラキラ輝いて 地球が丸いと感じられるほどの景色。


娘と共に景色を堪能した私は ここから主人に娘を託して 早足でゴールに向かいました。

ここまでずっと一緒に来たんだから、ゴールはどうぞ お二人で。

私は その姿を 見させていただきます。


つづく。

娘9 ホノルルマラソン物語 12  〜バナナシェイク〜

私は 考えておりました。

そう3年前から考えていたのです。

もし 私じゃない誰かが このフルマラソンに挑戦するようなことがあれば バナナシェイクを持っていこうと。

それは 私が走ったとき、マラソンコース内のハイウエイの手前で 盃1杯ほどのバナナシェイクを配ってくれている人がいたのです。


給水所はいくつか設置されているのですが バナナシェイクなどはなく 多分個人ボランティアで配ってくれていたと思うのです。
暑くて、疲れていたその時にいただいた そのシェイクの味が忘れられなくて、バケツ1杯飲みたいくらい美味しくて、疲れ果てている体に染み込んだのを覚えています。

なので 誰かが走ることがあれば その時は、バナナシェイクをつくろうと 思っていたのです。

泊まったホテルの部屋にはミキサーがついていたので、バナナやミルクを買えば作って持っていくことができます。
前日に作って凍らしておいてそして、翌日に持っていく。ということもできるわけです。

でも 渡すその時まで、内緒にして 持っていきたいんだけどなぁ・・・どうしようかなぁ と 考えたりしていたのに 前日に、バナナやミルクを買わず・・・。

あららら・・・買ってないなぁ・・・作っていけへんなぁ・・・と考えておりました。

ホテルから作っていっても ぬるいバナナシェイク 美味しくないかもなあ・・・・とも考えておりました。

結局 いろいろ考えて 作っていけなかったバナナシェイク。

3年前から 思っていたのになぁ 思い続けても実現しないもんなんやなぁ・・・
と まだ 思っておりました。

その盃一杯のバナナシェイクを頂いた場所に やってきました。

(そうそう ここで この場所でもらったんだよなぁ 美味しかったなぁ・・・・)と 思って、

ふと あれ?と。

ここでもらったってことは・・・・

ここの近くに そんな店があるって事なんちゃうん?

もしかして お店の人が 少しずつカップに入れて 配ってたってことなんちゃう?

そうやわ!!絶対そうや!!

私は確信にも似た気持ちで辺りを見回しました。

交差点のようになっているこの場所。

今朝もこの場所にいたはずですが、気が付きませんでした。

その一角に・・・・

あるではありませんか!! それらしい店が。

私は その店に入ってみました。

間違いない(多分)ここの店のシェイクだったんです(多分)だからこのポイントで、配ってくれていたんです。

あ〜〜どうして今まで気がつかなかったんでしょう。

でも ぎりぎりセーフで気がついた。

ここでいま買えば、冷たいシェイクを娘に飲ませてあげられる。

すごい!! やっぱり 思い続ければ 願いは叶うんです。

どんな形であれ(笑)


しかし店に入って注文の仕方が全く分からず、相手の英語も聞き取れず、向こうも日本語全く分からず、結局、バナナ味ではなく、りんごのような味のシェイクを注文してしまいました。りんごじゃない果物でしたが。名前忘れた。

今思えば、バナナシェイク バナナ バナナといえばよかった。

でも 冷たいシェイクを手に入れることができた。

娘が喜んでくれるかもしれない。

そう思って、また 娘が通る道に戻りました。

シェイクも持って ビデオを構えて、娘達がやってくるのを待っていました。


ハイウエイから降りて、まっすぐの道。

私が待っているところまで、300mくらいまっすぐの道が続き、そしてカーブを曲がって、また戻っていくようなルートでした。

ビデオを望遠にして構えていると、娘達がフレームの中に入ってきました。

きたきた。


娘は・・・


娘は・・・・



娘は泣いていました。

泣きながら 歩いていました。

それも わんわん泣いていました。

途中 何やら父親に対して怒っているような仕草をしています。

怒りながら 泣きながら 歩いているのです。


だんだん近づいて、私がいるのが分かってからも、私のことを無視して 歩き続け、

とうとう カーブを曲がって姿を隠してしまいました。


私はビデオを回しながら、

(ドラマやなぁ・・・人生やなぁ・・・いい時もあれば 悪い時もあって それでもゴールに向かって共に進んでいるんやなぁ・・・・)と 思いました。

ビデオを止めて 追いかけました。

娘は ハイウエイで私と分かれてからすぐに、ぐずり始め、泣き始めたらしいのです。

眠たい 眠たい と 言い続けていたらしい。


さて いよいよ 私の出番です。

シェイク飲む?といって 差し出しましたが 一口飲んで、もういらんと 返されました。

でも いいのです。

それでも いい。

そんな心境でした。

せっかく買ったのに。とか ずっとここでシェイクを飲ませてあげたかったんやで。とか なんにも思いませんでした。

なんで なんにも思わなかったんだろ?

自分でも不思議。


「よし のんちゃん もうちょっとやで ここまで来たら もうあと少し。ハイウエイが長かったんやから、それがもう終わったんやからな。」

そういって 手をつないで歩きました。

娘は ずっと泣き続けていたのに、もう泣き止んでいました。

「にこにこしたら元気が出てくるで。」

「何時間休憩したっていいんやから、ちょっと休んでから行くか?」

いろいろ話しかけながら歩きました。

ちょっと くすっと 笑える言葉を交えながら。

何を言ったか忘れましたけど。

思いっきり 気分を変えて歩きました。


この場所から また 私はバスに乗って ゴールで待っている予定でしたが、

できませんでした。


ここからずっと 娘と一緒にゴールを目指して歩き始めました。

あまり飲んでもらえなかったシェイクを 私が少しずつ飲みながら 娘と歩きました。


やっぱり バナナ味だと よかったのかもね。


つづく。

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摩耶
京田辺在住です。

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