北九州マラソン 応援サプライズの旅 その4 重なる幸運

実は、2月7日金曜日に重ねたのは嘘だけではありませんでした。

なんと、幸運もいくつも重なりました。

まずは、最寄りまで行く手段。

自宅前から出ているバスに乗っていこうと思っておりましたところ、友人が送ってくれると言ってくれました。

そして、その時間なのですが、予定時間より早く送ってもらえました。

送ってもらえるだけでも、幸運ですが、この予定よりも早く送ってもらえたことで、家人と鉢合わせをしないで済んだのです。

というのは、実は、この日、家人は出張に行っていたらしいのです。

出張だったから、残業しないで早く帰ってきた。

だから、学校の先生からの電話を取ったのです。

私の当初の予定通り、6時過ぎの電車に乗れるように最寄り駅へ行っていたとしたら、駅でばったりしていたのかもしれなかったのです。

早めに送ってもらえて、幸運でした。

これが一つ目の幸運。


二つ目は、新幹線の座席。

私は、新幹線の切符を買うのに自動券売機を使いましたが、間違い、窓口で買い直しをしました。それに手間取って、乗ろうとしていたはずの新幹線にギリギリに乗るということになりました。

自由席を買いましたので、先頭車両の1号車から3号車までいかねばなりませんでした。通路を歩いていると、一つだけあいているところはありますが、二つ並んであいている席というのはなかなかありませんでした。乗り込んだのもギリギリだったので、もう席は埋まっています。

3号車を通り過ぎ、2号車に入ったとき、2号車の先頭のほうで、子連れのお母さんが立っているのが見えました。私は1号車まで行って席を見つけたいと思っているのに、立っている人がいたら、その先にいけないなぁと思いながら、歩いて席を探していました。

いよいよ、立っているところまで近づいてきて、それまで二人並んだ席が空いていなかったので、その近くの一つだけあいている席に娘を座らせました。

娘は、ままと一緒に座れないのか?と少々不本意な顔をしましたが、仕方ないんだねとすぐに思ったようで、私が促すとおりに座りました。

私は、それ以上進めなかったので、そこに立っていることにしましたら、私が立ち止まった所の席に座っていた親子連れが、まだ、次の停車駅の新大阪でもないのに立ち上がり、降りる準備を始めました。娘を座らせた席の前の席でした。

私は、娘をもう一度立たせ、前の席に来るように言い、二人で並んで座ることができました。

通路で立っている人がいなければ、まだ、どんどん歩いて行って一号車まで行き席を探しているところでしたのに、通路に立っていた人がいて足止めしてくれたおかげで、二人並んで座ることができました。

私が、その場所に到着したのと同じときに親子連れが立ち上がってくれたのも幸運感を高めてくれました。

「のんちゃんよかったなぁ ちょうど座れたなぁ」とほっとして座った後に、家人からのまさかのメールが届いたわけです。


そして、三つ目。

三つ目は、このあと、いよいよ門司港ホテルに到着した後にありました。

この話は、次の巻きで。

というわけで、嘘も重ねましたが、幸運も重なった2月7日金曜日でございました。



つづく。

北九州マラソン 応援サプライズの旅 その3 重ねる嘘

「今日は、のんちゃん学校に行ったんだよね?先生から、『熱はどうですか?』と電話があったけど、自分は会ってないからわかりませんって言うたけど」

と、家人からメールが来ました。

なぜ、家人は学校の先生からの電話をとったのでしょう?

家人の帰宅はいつも深夜。

学校の先生から電話がある時間に、出れるはずがありません。

いやいや、でも、今メールが来たということは、自宅に帰って電話をとったということです。

夕方、娘の携帯に家人からメールがあったようで、その時にも、「今日は学校へ行けたのか?」というようなことが書いてあり、娘は、そこでも、「学校へ行ったよ」とうそをついていたのです。

なのに、まさか…

この日に限って早く帰宅していたとは…


「のんちゃん、どうする?なんて返事しようか…」

私は、考えました。


学校へ行ったと嘘をついている。

しかし、行ってなかったことがばれている。

いかなかった理由を作らねばならない。そして、それは、体調不良や、念のために休んだということではなく、もう、すっかり元気なんだけど行かなかったということにしなければならない。

今日は、金曜日…。

あっ!!といいことを思いつきました。

考える時間は、ほんの数秒でした。

「今日は、ばあちゃんがいてくれる日(自宅カフェ営業日)やから、のんちゃんはばあちゃんと一緒に居ときたいというて、学校をやすんだことにしよか」

そういって、私はすぐにメールの返信をしました。

もしかして、私は、うそつきの天才なのかもしれません。

しかし、嘘というのはばれるもの。

一つの嘘をつく、そして、それがばれる。するとその嘘を取り繕うために、また、うそを重ねる。

完全犯罪をしようとした犯人が、ひとつずつアリバイが崩れていくような感じです(笑)


その後、特に返信もなく、私と娘は新幹線の自由席で、ほっと胸を撫で下ろしたのでした。

もう、大丈夫だろうと思っておりました。

あとは、マラソンスタート地点で待っていればいいのです。

しかし…。

娘は体調不良。

会えるかどうかわからないマラソンスタート地点に赴いて、どんな格好で走るか知らない人を見つけ出してこっちにも気が付いてもらうということは、ものすごく無謀なことだと思えてきました。

これは、作戦を変更せねばならないなぁ…。

どうするか、明日、のんちゃんと相談しよう

娘は、もうぐっすりと眠っておりました。



つづく。








北九州マラソン 応援サプライズの旅 その2 うそを教える母

というわけで、門司港に、いやいや 応援に行くことを決めた私。

あとは、ばれないように、うまく嘘をつかねばなりません。

金曜日の晩に、門司港に宿泊ということは、金曜日の晩、私と娘がどこかに出かけているということにしないといけません。

今までも、何度かこのようなことはあるので、特に怪しまれないでしょうが、行く先をどこにするか。いつも行っているところでは、なぜ,わざわざマラソン出発の前日に泊まりに行くのだ?と思われるかもしれません。

そんなことを考えていると、友人が、うちに泊まることにしたら?と言ってくれました。

遊びに行かせてもらうことはありますが、親子でお泊りさせてもらったことがないので、これは特別感があり、いい感じ。

さっそく、カレンダーに、「○○ちゃん宅お泊り」と記入しておきました。

これで、よし。

うちは、特に、家を空けるのに許可を得なければならないということはないので、記入しておけばOK。


あとは家人がそれに気が付き、何か、こちらに聞いてきたときに、うまくふるまえばよいのです。

娘には、金曜日の朝に、「出発前に会えないけれど(泊まりに行ってるので)マラソン頑張ってね」ということを言いなさい。と言っておりました。


出発する週の火曜日あたりだったでしょうか、家人がカレンダーの文字を発見し、

「のんちゃん、金曜日泊まりに行くのか…ぱぱは、土曜日の朝にもう、出かけるからな」と言い出しました。

これで、第一関門突破です。

あとは、金曜日、新幹線に遅れないように、こちらを出ればよいだけだと 思っておりました。

バスが自宅前から出ており、それに乗って、最寄り駅まで行き、そして、京都へ。

6時19分発の、新田辺駅発の急行に乗る予定でした。


6時まで、自宅カフェをオープンしているので、ぎりぎり間に合うか!!という感じでした。

さあ これで、段取りはすんだな。と安心しておりましたところ

娘が、木曜日、体調を崩したのです。

まさかの発熱。

いや、まさかではありません。

先週から、めったに言わない、おなかが痛いと言い出したり、近所の同じクラスの子が二人もインフルエンザになっていたり、そして、とうとう咳をしだしたりと、怪しさは満点でした。

そして、とうとう、木曜日。

「だるい…」

娘が、人生で初めての言葉をいいました。

「だるい」という言葉。

「のんちゃん!だるいという言葉、わかったん?どんな感じがだるいかってわかったんやな?」と、娘が、初めて言葉をしゃべったのか?というくらい、感動し、お〜〜すごいな。娘がだるいっていった!と思いながら、すぐにもう一度寝なさいといって、ベッドに向かわせました。

夕方、学校の先生が、お見舞いに来てくださいました。

というのは、みな周りの子が欠席をしていて、連絡帳を届けてくれる子がいなかったのです。

先生が来られる頃は、娘は起き上がっておりましたが後で聞いてみると、一番しんどさピークだったようです。


うちに来てくれている、ハナノネ工房さんが、お手当ての方法を教えてくれて、娘のリンパにアロマを塗り塗り。

その日の夜、もう一度熱が上がりましたが、朝にはすっかり下がりました。


金曜日、熱が下がったとしても、念のため、学校はお休みさせようと思っていました。

しかし、学校を休んだのに友達の家にお泊りに行くということは不自然です。

なので、朝、家人が家にいる間に、もうのんちゃん元気になったよというアピールをしなければいけません。

私は、朝ベッドの中で、娘にそのことを伝えると、娘は、芦田愛菜もびっくりの演技力を発揮し、家人は安心して出勤していったようでした。

金曜日の日中は、すっかり娘は元気になっており、この調子ならば、門司港 いえいえ、応援にいけるなという様子でした。

荷物を詰め、夕方になり、友人が車で駅まで送ってくれるということで、待っております間に、娘は体温計で、熱を測るというようなことをしました。

ピピ ピピ ピピ

「まま〜七度八分」

え????

熱あるんかいな!!!

「いけへんな それやったら…」というと、

「いやや。いく〜〜」と。

「ほな、なんで測るんよ。測らんといてよ今頃。ブルーなるやん」と、熱を測ったことをとがめる私。

「ブルーになるって。どういう意味?」と聞くので、

「テンション下がるやんっていうこと!熱がある子を連れていくって、いややんかぁ。熱があっても、知らんかったら、気にせずいけるやん もう〜〜」

「もういけへんな」

「いやや 行く!」

「いけるん?熱あるのに」

「いける」

「ほな 迎えに来てくれはっても、熱あるっていうたらあかんで」

と、ここでも、うそ。

いや、うそじゃないか、黙ってるだけ。


というわけで、迎えに来てくれたお友達に内緒で、駅まで送ってもらい、無事?近鉄電車に乗り込んだのでした。

出発できたので、これで、とにかく大丈夫。と思ったのですが、

そうはいきませんでした。


新幹線に乗ったころ、家人からメールが入りました。

「今日は、のんちゃん学校に行ったんだよね?先生から、『熱はどうですか?』と電話があったけど、自分は会ってないからわかりませんって言うたけど」

学校の先生から電話がかかってきていたのです。

気づかれたか??

学校を休んだのはバレた!


私と娘は顔を見合わせ、どう返事すれば、怪しまれずにすむか考え始めたのでした。



つづく・・・・。










北九州マラソン 応援サプライズの旅 その1 旅の始まり

今回の旅の始まりは いつだったか…

去年のいつか 家人が

「北九州マラソンに当たったから、走ってくる」といいました。

「へぇ〜そう」

そんな会話で終わったのだと思うのですが…。
 


北九州マラソンとは、フルマラソンのようで、家人は今まで、2度フルマラソンに出場はしておりますが、どちらも娘の付き添い。
自分一人で走ったことがないので、一度は走ってみたいと思い申し込んだ模様。


そして、今年になってから、それが2月に行われるらしいことを知り、北九州マラソンってどこで行われるのか聞くと、北九州市だということで、私は、北九州に、北九州市があったということを知らず、北九州市って、九州の北半分が北九州じゃないの?くらいの認識しかなくて、え?それ福岡のこと?と、わけがわからず、調べてみることにしたんだと思います。

なぜ調べたのか、あまり記憶がないのですが・・・・。


北九州マラソン と検索して、マラソンルートを調べてみると…

「門司港」の文字が。 

マラソンルート30キロ付近の折り返し地点が門司港

門司港…どこかで…見たような…




「門司港」


私は、去年の夏頃。ある一冊の本に出合っておりました。

内田彩仍さんという方の本。

「12か月のこと」

丁寧な暮らしぶりが紹介されている本で、その本の秋のページに

内田さんが門司港ホテルに宿泊し、周辺のお店をめぐっている様子が紹介されていました。

内田さんの暮らしぶりがとても素敵で、私もこんな暮らし方したいなぁと本を眺めるたびに思っておりました。そんな私の生活のお手本にしたい人が気に入って訪れている場所。

ご自宅から近いようで、小旅行で訪れる場所として紹介されていました。

内田さんが気に入っているところなら、私の好みともぴったりだろうなと思っておりました。


九州へは、行く機会はあります。

私の両親が大分と熊本出身。

去年の春、最後かもしれないと、母を熊本に連れて帰りましたが、一年に一度は帰るのを目標にしようということになったので、また今度、春には九州に行きます。

しかし、門司港に寄るということができるかというと、わかりません。


頭の片隅に、収納されていた門司港。

北九州マラソンのルートを見てみて、門司港の文字を見て、壊れかけている(笑)私の記憶する脳の部分が音を鳴らし、「門司港」に反応しました。

ん?門司港って 確か…

「12か月のこと」の本を取り出して、パラパラとめくっておりますと、ありました。

門司港。

私の記憶は、壊れていませんでした。



あの門司港が北九州マラソンのルートの中に??

なに?

これは?

私が、いつか行ってみたいと思っていた場所を走るというのかい?


家人は、私たちに応援に来てほしいなどとはこれっぽっちも言いませんし、私も応援に行こうとはこれっぽっちも思っておりませんでした。

しかし、応援に行くということなら、堂々と 門司港にいけるというものです。


娘には、「パパのマラソンの応援に内緒でいこう!」といい、

私は、さっそく、門司港ホテルに泊まるべく、空き状況を調べてみましたが、気が付くのが遅かった。

2月にマラソン。

1月に検索。

あいているはずがありません。

本当に、門司港がコースに入っているのですから、マラソン参加の皆さんが利用するのです。

でも、ここに泊まらなければ意味がない。

というわけで、マラソンの前々日に宿泊することにし、予約。

金曜日の夕方にこちらをでて、金曜日に泊まり、土曜日は一日雑貨屋めぐり。

そして翌日も連泊したいのですが、キャンセル待ちも10組ほどあるということで、少し離れた素泊まりの宿を確保し、そこに、移動し、マラソンの当日、スタート付近で待つとしようかとそのようなプランを考えておりました。そして、応援が終われば、大分に行くことにしました。

大分は父の田舎で、去年の12月、私の祖父が亡くなり、その時大分に帰っていませんでしたので、福岡まで行くならば、大分にも行こうと思いついてしまいました。


2月7日(金)夕方、出発 門司港ホテル泊
  8日(土)雑貨屋めぐり 門司海員会館泊
  9日(日)マラソン当日 大分入り 
10日(月)大分のばあちゃん宅訪問
 11日(火)帰京


3日目4日目の宿泊場所も調べましたが、日曜日月曜日泊は前日予約でも大丈夫だろうと思っておりました。

この時に泊まろう思って調べていた宿は友人のおすすめの宿で、風情のある温泉旅館です。

しかし、事前に予約はしませんでした。

なぜ、事前に予約しなかったのか。

この時に、今回の旅が、どんなふうになるのか、ちょっと想像がつかないなとと思っていたような気もします。

というわけで、この後、『門司港雑貨めぐりの旅』 いえいえ、『北九州マラソン応援サプライズの旅』が始まるのですが、

何事もなくということにはならなかった今回の旅。


これが、この旅のはじまりでございました。


つづく・・・・。


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摩耶
京田辺在住です。

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