仕事をするということ

先日、京都の布屋さん、「ノムラテーラー」に行きました。

半年ほど前に来店し始めてから、今回4回目。

一度目に行ったとき、店員さんの対応に感動しました。

洋裁初心者の私には、この布に、この糸の太さ、色ともにあってるかな?という疑問があり、自分で選んだあと、レジに持っていき、店員さんに、

「この布を縫いたいんですけど、この糸であってますか?」と聞いたら、

「色目も、太さもこの糸で大丈夫です」という答え方をしてくれました。

その答え方に、感動しました。

「はい、この糸で大丈夫です」だけではないのです。

「色」と「太さ」について聞きたいのだとわかっていて、その言葉を入れて返事してくれたというのが、とても気持ちいい。

素晴らしいなと感動しました。

また、そのお姉さんは、容姿も美しく、黒い長い髪を一つで後ろに束ねており、肌の色は真っ白。姿勢もとても良く、たたずまいからは品の良さが漂っています。

は〜〜きれいなうえに、接客も素晴らしいとは、いい店員さんに出会ったなぁと感動していたのです。


そして、今回も、たまたま糸を尋ねるのに、この店員さんに出会いました。

すると、今回も丁寧な言葉で、まず説明し、そして、お客を案内、それが、もたもたしていないのです。スマート。後ろで一つに束ねたきれいな黒髪を揺らして、少し前を歩いて、糸のコーナーへ。

そして、アドバイスもいれてくれる。

一つの糸をとって、「これがいいとおもいます」とは言わない。

「こちらは少し、薄め、こちらは少し濃いのですが、どちらがよろしいでしょうか」と客に選ばせるあたり、素晴らしい。

痒い所に手が届く感が半端ない。

他にもう一つ質問したのですが、そちらもわかりやすく気持ちの良い案内の仕方でございました。

やっぱりすごいなこの人は。と思いかえってきたのです。

笑顔がいいわけではありませんでした。

どちらかというとクールな印象。

笑顔にひかれたわけでもないのに、接客が素晴らしいと思えるなんて、よっぽどすごいんだと思います。

私がそこで、働いていたとして、あのように接客できるかな?と思いました。



この間は、娘のドラムレッスンで、高槻の西武百貨店に行きました。

レッスンの間、時間をつぶしているのですが、

洋服屋さんの店員さんに、

「商品券を買いたいんですが、どこに行けばありますか」と質問しました。

すると、

「1階にあります」と笑顔で答えてくれました。

は??何階にありますか?と聞いたわけではなく、どこにあるかを聞いたのに、1階にありますといって、終わったのです。

こういう場合、笑顔でもだめです。

私は、「1階のどこですか?」と聞いたら、「お待ちください」といって、中に入っていかれ、しばらくしたら、自分一人で、ショップから出て、天井からつるしてある案内板を指さし、この通りに行けば、あります。という対応でした。

わお〜〜ってな感じでした。

抜群の接客を数日前に受けていたので、よけいに感じるのでしょうか。

へんな店員さんというわけではなかったのです。

笑顔もよかったし、会釈もしていたし感じはよかったのです。

でも、もし、ノムラテーラーの店員さんなら、まず初めに「1階にあります」だけで終わらせないと思いますし、きっと場所も把握していて、「この案内板の通りに進まれたらお分かりになられると思いますが、ご案内いたしましょうか」という言葉が出てくるのではないか?と思いました。

商品券がどこで買えるかを案内するなんて、ショップの店員さんの仕事ではないですが、そこまでしようという気持ちが、接客なのではないかなぁと思うのです。


そして、またある日。

車のガソリンを入れに行きました。

とりの○ンが運転席のドアの上の雨除けの部分についたまま、数日たっていた状態でした。

ついていて、結構広がっているような状態です。

「窓を拭いてもいいですか」と店員さんが言ってくれたので、

「おねがいします」と返事をしました。

店員さん二人係で、暑い日に窓を拭いてくれました。

それだけでも、ありがたい。暑いのに、すみませんね。という気持ちでした。

娘が助手席に座っており、

「まま その鳥の○ンも拭いてくれるかな?」というので、

「よくみときや。拭いてくれたら、本当に、きれいにしてあげようという気持ちがあって窓を拭いているということやな。どうしはるかみててみ」

すると、残念ながら、○ンはそのままの状態で、窓はきれいに拭いてくれました。

「のんちゃん、仕事をするというのは、こういうことじゃないで。言われたことをするだけが仕事じゃないねん。そこで、さっと拭くか拭かないかで、大きな違いやな。のんちゃんがもしガソリンスタンドで働くようなことがあったら、鳥の○ンまできれいに拭いてあげてや」といって、ガソリンスタンドを後にしました。


西武百貨店の店員さんも、ガソリンスタンドのお兄さんも、自分の仕事としては、何一つミスをおかしているということもないですが、その一歩先の心遣いがあれば、人はうれしく思うのだなぁと思いました。


仕事をするなら、ノムラテーラーの店員さんのように、痒い所に手が届くような気持ちの良い接客をしたいなと思いました。


おしまい。



☆みなさま、先日は、ポチッを押していただいてありがとうございます。

日記部門で500ブログ中245位という驚くべき順位でした。

ここに来てくださった皆様のおかげでございます。

今回もどうぞポチッとしてみてくださいね。

スマホからはできないみたいです。

パソコンからの方どうぞよろしくお願いします<(_ _)>






日課に魅力を感じていた訳

「まず起きて、一番にすることは、お茶をたてることです」

「毎日、庭の手入れをするのが日課です」


人は、それぞれ、毎日行うことを日課と称して続けている。

私の場合、毎日行うことと言えば、今は、ブログを更新することです。と言えるだろう。

私は、毎日何かを欠かさずしているという人を見ると、いつも「いいなぁ」と、少々憧れに似た気持ちを抱いていた。

(あ〜〜この人は、毎日これをするのかぁ…)

その、憧れにも似た気持ちが、何なのか、私にはわからず、また、これはなんなのだろうと考えるということもしなかったのだが、二日ほど前から、ウクレレを弾いてから、眠ることをし始めて、ふと、思ったのである。

(このまま続けると、これは私の日課になるな)

そう、思ったとき、なぜ私が、日課を続ける人に対して、憧れのような気持ちを持ったのかが、わかった。

誰に、なんといわれようとも、「私はこれが好きだ」というものをみつけ、それを続けているということなのだ。

誰に何と言われようとも。というのは大げさかもしれないが、他者に、「これをしなさい」と言われたからするのではなく、自分がやりたいからやっているということを続けているのが、日課なのだ。

「これが日課です」という人は、「私はこうしていることが好きなのです」と堂々と宣言している姿であり、自分が何が好きかがはっきりわかり、それに対して動いている姿なのである。

あ〜〜だからか。私は、「これが好きなのです」と堂々と宣言し、それを行う人に憧れを感じていたのだ。


「好きならば好きだと言おう」 

あっどこかの誰かの歌の歌詞にありましたっけ。


いつかしてみたいと思うことじゃなくて、毎日できる日課がたくさんあるといいのではないかと思います。

すると、毎日やりたいことをやった。ということになりますね。


あなたの日課はなんですか?




一言メッセージ

将棋






怒りの虫

私の中で 怒りの虫が生まれた。

きっかけは「幸せじゃない」と自覚した時。

あれ以来 自分が気に入らないことには ピン!と 怒りの虫が反応するようになった。


以前にも同じ経験をしたことがある。

10年以上前。

その時も 何もかもに腹が立つ状態だった。


その時の心の中も 今と同じような状態だった。

少し種類は違うけど 「幸せじゃない」と 思っていたのだ。

その時は 瞬間の小さな幸せも気が付かずにいたから 虫は大繁殖していたように思う。


娘が小さいときは 私はこんなにしてもらったことがない という小さな私がやってきて娘にやきもちを焼き、大変だった。

娘が3〜4歳のころは 怒りの虫が大きく育ちすぎて 自分でも驚いた。


私は自分の中に虫がいるのに 外に敵がいると思い込み鎧を纏った。

鎧を纏うと みな 私を怖がった。


ある時 そのことに気が付く出来事があり、気が付いたらそれだけで鎧が消えた。

鎧が消えると 虫もいなくなった。

虫は鎧のせいで外に出られなかったようだ。


それから 人生楽になった。

あのまま 鎧を着ていたら 違う人生が待っていただろう。


なのに 

また 怒りの虫が 生まれてしまった。


私は こうなりたくなかった。


楽しく夏休みを過ごしたかった。


私は 自分の心の平穏を 他人に求めているのだな。

娘がこうなってくれたら 幸せだ。

あの人がこうしてくれたら 幸せだ。


相手がどうあろうと 心の平穏を保つのが この世のゲームなのに、私はなかなかそれができないでいる。

そして 自分ができないだけなら まだましなのに、その結果あんたが悪いと他人のせいにし他人に攻撃する。


娘は 結局 私に怒られたせいで気分を悪くし、下痢嘔吐を繰り返し、食欲も気力も失い、結局勉強どころではなくなった。

それならば、だらだらとテレビを見続け だらだらと宿題をした方がマシだった。

娘の気分が悪くなることはなかっただろう。


自分が幸福感がないことを 他人のせいにしてはいけません。


私の人生の宿題は まだまだ終わりそうにない。


虫さんよ。

今回は まだ鎧を纏うまでは いってないので 私の中でウロウロせず、大空に飛び立っていただきたい。




一言メッセージ

 タイピーエン

 ガソリン携行缶




今の置かれた状況で。

「幸せじゃない!」と叫んだ次の日から、不思議なもので小さな幸せを感じるようになりました。

娘とふざけあって、旅行の準備をしているとき

(あれ?今の瞬間 幸せやな)と。

それから、旅行に行き、ちょくちょくとこんな瞬間があり、

叫ぶ前と後では、瞬間を感じられるようになったような気がします。

今まで 瞬間をあまり意識していなかったのかもしれません。


これから先、どんな状況で生きていかなければならないか、それは想像もつきませんが、どんな過酷な状況になったとしても、いかにそこで瞬間の幸せを感じられるかにかかっている。

瞬間をどれだけ楽しめるかの訓練をしている。

そう思ったとき

この世はゲームだ といわれる意味が分かったような気がしました。

置かれた状況は 人それぞれ違います。

その違った状況の中で、どれだけ楽しみを見つけられるか。

そのゲームをしているんですね。


瞬間 瞬間で どれだけ楽しみを見つけられるか。

その積み重ねをしに来ている。

今日どれだけ、楽しいこと 自分がうれしいことをすることができたか。

今の置かれた状況で。が ポイントです。


「幸せじゃない!」と叫ぶのも悪くないですね。


1000日ブログ。112日目。



一言メッセージ。

マシュマロ シミ

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摩耶
京田辺在住です。

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