空の扉

暗闇が 少しずつ 明るくなる



あけない闇はない

チャンネルを合わせる

やれば開く やらないから そのまま

みんなで もちつき

毎年 12月30日は、餅つきをしています。

杵と臼で、といいたいところですが、機械です^^;

持ちつき奉行は 義父。

準備から、何から何まで、義父がします。

私の仕事はといえば、もちを丸めるということのみ。

義父は、前の日から、もち米を水につけていました。

いつもは、餅の蒸し加減など、教えてくれたことはなかったのですが、

今年は、「これくらいだと、まだ、もう少し」とか、

「箸がスッとはいってしまわんほうがいい」とか、微妙な加減を教えてくれました。

蒸しすぎると、もちが、伸びてしまって、鏡餅の場合は形にならないので、要注意なんです。


主人と娘、義弟も一緒に、手伝いました。

初めは、鏡餅用をつくります。

義父は、娘に言いました。

「なぜ、鏡餅を先にするのか知ってるか?自分たちが食べるものより、先に、神さんにあげるものをつくるんや」

娘は鏡餅の形を作りながら、聞いています。


鏡餅が、出来上がると、今度は、小餅を丸めます。

黄な粉 砂糖醤油 おろしポン酢

食べる準備万端整え、お餅がつきあがるのを待ちます。

お皿を、家族分用意していると、

娘が、「なんで 4人なん?」といいました。

「4人やん」と、わたしがいうと、

娘は、「みんなでたべたい」と、言いました。

みんなで食べるというのは、近所の友達、みんなという意味でした。

それから、近所の友達を呼びに行き、二人が来てくれて、一緒に食べました。

そこの家庭も、今日は餅をついているということで、では、誘ったら悪いかと思ったのですが、

「いや〜〜たすかるわ〜〜」ということでした。


大人の中で、娘はいつも一人ですが、近所の子が来てくれると、楽しそうです。

こちらも、友達が来てくれると、子供どうしで遊んでくれるので助かります。

お互い、助かるなんて、ちょうどいいなぁと思いました。

お餅も、いつもなら、あまり食べませんが、友達に影響されて、3つも食べました。

みんなで頂いて、おいしかったのでしょう。



食べ終わっても、まだまだ、もちつきは 続きます。

今年は25キロのもち米をつくのだそうで・・・・。

子供たちは、子供どうしで遊び、後は、大人だけで、丸め続けます。

私は、つきあがった 温かい餅を丸めながら、

「お餅食べられない人もいるんやなぁ・・・」と、思わず、言葉が出てきました。

今年も、餅つきができたこと、つきたての餅を、いただけたこと、ありがたいことだと思いました。

ひとつずつ 乗り越える

わからないこと 自分には 苦手なこと

そんなことが 目の前にやってくる

あ〜〜これは 自分には向いていないから・・・と

棚に上げる

すると いつまでも わからないまま

わからないことを わかろうと 少し 意識を変えるだけで

わからないことが わかり それは 苦手なことではなくなる

ただ 自分には わからないと 初めに 決めているだけ

ただ それだけのこと

棚に上げれるうちは 甘い世界で生きているということ

白い手

白い手 かざして
夢の中
緑のまちが燃える
さあそこに誰がいる
冷たい明日
探している
虹の上は黒

自分を生きる

なにもかも お見通しなんだから
いまさら 取り繕うことはない

自分は自分なんだから
そのままの自分で ありのままの自分で
自分の気持ちに正直に行動してこそ
自分に必要なメッセージが届けられる

取り繕って いい顔をして
何かで固めた自分で生きても
それは 本当の自分じゃないから
自分の必要なメッセージは来ない

正直に そのままに 生きてこそ
自分を生きている
他の誰かの人生ではなく
自分の人生を生きよう

なによりもまず

人の話を聞くこと。

そこから始まる。

笑いと怒り その4 よみがえる感情

よしもとの次の日、Hさんの娘さんが肺炎で入院していたので、お見舞いに行くことになった。

予定していたわけではないが、不思議な偶然が重なり、Yさんと共に、お見舞いに向うことになったのだ。

そこで、入院することになったいきさつを、Hさんから聞き、とんでもない医者の対応に、はらわたが煮えくり返っているという話を聞いた。

すると、思い出す。

私にも、似たような経験がある。

主人の母が入院したときの医者と看護婦の対応。

私自身が、手術したときの、とんでもない医者や看護婦の暴言。

そうそう、私もいろいろ経験していたんだと思い、Hさんの話を聞いて、私自身が、過去のことについて思い出し、その時の嫌な感情までもが、よみがえってきた。

話を聞けば聞くほど、思い出し、気分が悪い。

すると、昨夜、居酒屋での陰の話まで、よみがえる。


Yさんと、帰りの車で、いろんな過去のことを思い出したという話をした。

やっぱり、笑う話題がいいよね ということを お互い再確認し、ここ最近、大笑いしたことを、思い出そうということになった。

すると、Yさんが、とってもくだらないが、1歳の息子にご主人が、スプーンで、食べ物を口に入れてやろうとするとき、ご主人自身の、口元から鼻にかけて、ひくひくと、動くことを発見し、それを見た瞬間、大笑いしてしまった。と、話してくれた。

分かる気がする。

あ〜〜ん して! といって、大人が、口をあけるやつである。それが、口をあけるだけではなく、鼻まで引くひくとなっているらしい。

想像しても笑える。

その話を聞いて、私も、一つ思い出した。

本当にくだらないのだが、私の母が、ディズニーランドのポップコーンケースを首からさげており、それを、首からはずすときに、ものすごい形相をした瞬間を、ビデオにおさめていて、旅行から帰ってから、ビデオを見ていて、そのことに気がつき、私の弟が、パソコンで、その部分を、何度も、リプレイして、見れるように編集したのだ。

それを、何度みても、大笑い。涙を流すほど、家族中で、大笑いした。

そのことを、思い出した。


さっきまで、怒りの感情でいっぱいになり、どんどん嫌な思い出を思い出していたのに、大笑いしたときのことの話を聞くと、どんどん、自分も、楽しかったことを、思い出す。

そして、本当に笑えてくる。

今、そのことがあったかのようだ。


あっそうか そういうことか!!


ここまで来て、ようやく、引き寄せる ということを 実体験したことを、理解した。

今までも、引き寄せの体験はあるだろう。

でも、こんなに分かりやすく、いろいろな パターンの引き寄せを体験、そして、それを実感することはなかった。

Yさんと二人で、頭や、文章で引き寄せるということを理解するのではなく、実体験で、理解できたね。といい、今度、お見舞いに行くときは、過去で、一番笑ったネタを、たくさんもって、お見舞いに行こうということになった。

ということで、思い出してみると、私自身も、やっぱり、老化現象 生理現象 のネタになる。

よしもとでの 笑いは、 笑いの真髄だったのだ。

次回からは、老化現象 生理現象で、大いに笑おう!!

同じ引き寄せるなら、笑いを引き寄せたい。

そう思った、二日間の出来事でした。


完全に冷え切っている世の中。

一瞬でも、自分の大笑いの出来事を 思い出していただけたら、嬉しいです。

    おわり

笑いと怒り その3 一度見たものを また見る

ハワイの店に行く、手前で、パスタの店があり、そこで、ランチをすることになった。

入ろうと、おもうと、また扉が、閉まっている。

また?まだ、空いていないのか?

中を覗くと、お客さんが入っている。

後ろから来た人が、扉を引いてくれた。

扉は、開いていたのだ。

また、扉が閉まっていると思った。

そんなことをしながら店に入った、それぞれ、パスタランチを頼む。

ゆっくりしたいところだが、まだ、目的のハワイの店に一軒もいっていないため、気が焦る。

携帯で、乗り換え案内を検索し、ぎりぎり、何分まで、大阪にいられるのか、調べ、私たちは、食事をすませて、ハワイの店に向かった。

やっと、到着。

そこは、いろんな店が、入っているところで、ハワイの店だけではなく、子供服、アクセサリーの店 など、いろいろあった。

あんなにハワイの店を探していたが、3人はバラバラになり、気が付くと、Mさんがいなかった。

もう、電車に乗る時間が来ていたのだ。

「じゃあ お先に〜〜〜」も

「気をつけて 帰ってね〜〜〜」も、

なにもなく、きっと、駅に向かったんだろうと、Yさんと話し、大人だから、大丈夫だろうと、言い合い、それぞれ、自分が見たい店を、見続けていた。

すると、携帯がなり、今、電車に乗るところだと、連絡が来た。

よかった。よかった。間に合ったのだ。

Mさんは ハワイの店を堪能することができたのだろうか?とにかく、仕事に間に合うように、電車に乗れてよかった。

私たちは、その後もうろうろし続け、そして、なんばグランド花月へと向かった。

何時から、開演かも知らなかったが、いってみると、14時半から2部が始まっており、そのとき、14時33分であった。

すごいね。ぴったりだね。と言い合い、まずは新喜劇を楽しんだ。

新喜劇では、着物を着ている人が、わざと、おかしな着物の着方をしている。

そのときは、それほど、そのことを、気にしていなかった。

漫才では、Yさんのご主人にそっくりな、芸人さんが出てきて、Yさんは そのことだけでも、興奮していた。

この日の出演者の中に、私が、プライベートで、会った事のある人が、二人出ていた。

私は、芸人と友達ではないが、たまたま旅行中に出会った人が、二人。

その二人が、出ていた。

また、話のなかで、風土病もでてきて、今朝私が、初めて耳にした言葉を、また、聞くことになり驚いていた。

全体に、ネタは、老化現象 生理現象、大阪のおばちゃんに終始しており、それが、共通の笑いのネタなんだなぁ・・と思った。

面白いことは、面白いが、それしかないのか?とも、思った。

終わり頃、クリスマス会に参加予定だったHさんから、Yさんにメールがきた。

なにやら、雲行きの怪しい、メールだったようだ。

舞台が終わり、私たちは、

「さすがは、オール阪神巨人だね」などと言い合い、通路に向かうと、人ごみの中に、日本髪を結っている人が見える。

(あっ 舞妓さんだ!!)と、私は、直感的におもった。

というのも、NHKの朝ドラで、今、舞妓さんがでているので、そう思ってしまったのだ。

それがいけなかった。

思わず、どんなお顔をされているのか、期待をして覗き込んでしまったのだ。

振り返られたその方は、NHKの舞妓さんとは、かなり違っており、どちらかというと、今日の、新喜劇に出られそうな感じであった。

私は、一瞬 恐ろしい感情を抱いた。

Yさんは気が付いているだろうか?と、目で合図を送ると、気が付いていた様子だった。

今までの、楽しい、漫才や新喜劇が、一瞬にして吹っ飛ぶくらいのインパクトがあった。

びっくりした〜〜〜といいながら、トイレに向かうと、さっきの、着物のおば様が、目の前に!!

今度は、本物と、鏡に映る姿で、2倍である。

まじまじと、見入ってしまう。

どちらからこられたのか。

今日は、何かの帰りにここにこられたのか?

朝から、この格好をされているのだろうか?

と、関係ないことをいろいろ考えた。

それにしても、こんなに近くで、見せていただくとは・・・。と思っていた。

そのおば様は、なにやら、今日の舞台で、着物を着ている人が、なぜあんな着物の着方をしているかについて、友達に話をされていた。

「あの人たちは、笑わせるために、あんな着物の着方をしているんだから・・・・」と、お友達に話されているのだが、

私は、では あなたは?何のために、そのような着方をしておられるのでしょう?と、聞いてみたくなった。

どのように 言い表せばいいのか、着物の着方も、普通な感じではなかった。

私たちが、トイレから出てきたときは、もう、そのおば様方の姿はなく、短時間で、2度も、驚いたなぁ・・・と思っていた。

私たちは、まだ、たっぷりと、時間があったため、夜ご飯も食べて帰ろうということになり、どこに行こうか、また、うろうろし始めた。

目的地もなかったため、どこでもいいけど、どこにしようか?という感じだった。

そして、地下に降りてみようということになり、地下に降りて歩いていくと、なんだか、なんばグランド花月のほうに、戻る道に来ていたようだ。

地下でつながっているんだね・・・といいながら、あまり、人気のない、地下道を歩いていると、食堂街に出ていた。時間は、6時前くらいだったので、まだ、食堂街も、にぎわってはいなかった。

どこにはいろうか? と思いながら、きょろきょろとしていた。

え!!

また

あのおば様!!

なんと、レストランの一番手前の座席に、さっきの着物のおば様が食事をされているではないか!!

・・・

・・・・

なぜ?このおば様に 会うためだけに、なんばグランド花月から、ぐるっと歩いて、ここに来たとしか言いようがない。

3度も会ってしまったのだ。

怖い 怖い

何でだ??

私たちは、足早にそこを去り、地上の居酒屋に入った。

ほんと、驚いた。

そこから、今までの楽しかった会話ではなく、陰の話に入っていってしまった。

楽しいよしもとの後に、陰の話なんてしてはいけない。と、言いながら、

やっぱり 陰の話になっていく。

大爆笑を引きずって家路に尽きたいところだったが、頭の中は、陰一色になっている。

おかしい。

ふりかえってみると、Hさんが雲行きの怪しいメールをくれてから、おかしくなったんではないか?ということになった。

陰の想いが、こちらまで、飛んできたのではないだろうか?というのである。

そうなんだろうか?そういうものなのだろうか?


帰り道、地下鉄の電車のホームに、綺麗な景色のパネルが、いくつもかけてある。

私たちが、立った目の前に、Yさんが行った事のある、イギリスとオランダの景色が、貼ってあった。

「両方とも、実際 見たことある」と、いい、

私は、Yさんは、いろいろ、海外も行ってるから、そのうちの二つなんでしょ?というと、

いや この二つの国に、行ったんだ。という返事。

へ〜〜〜 といって、目線を少し先に映すと、私が先日、行った、厳島神社の鳥居が、パネルになっていた。

この間、いったところだ・・・・・

なんなんだ、今日は。

一度見たものを もう一度見る と 言うことばかりだ。


この日の出来事を、次の日、メールをくれたHさんに 報告することになる。

そこで、私たちは、今回、どうして、このような経験をすることになったか、理解することとなる。

そこで、今回のタイトルの、笑いは笑いを呼び 怒りは怒りを呼ぶにつながっていく。

もうしばらく、続く・・・・。
















笑いは笑いを呼び 怒りは怒りを呼ぶ その2 止まらないエレベーター

大阪に向かう電車の中、空の雲が 鱗のようだった。

こんな空みたことないなぁ・・といいながら、皆子供をつれず、身軽で、電車に乗れていることを喜んでいた。

私たちは、堺筋本町で降りて、心斎橋へ向かおうということになった。

Mさんが行きたい、ハワイのお店が、堺筋本町から、心斎橋の周辺に5件ほどあるのだ。

電車の中で、いろいろな話をしたが、与論島の話になり、風土病という言葉が出てきた。私は、風土病という、言い方を知らなかったので、そういういい方があるんだなぁ・・・と、思っていた。

乗換えをし、堺筋本町に着いた。


堺筋本町といえば、今から、7年ほど前に、しふぉんけーき焼き始めたときに、ケーキを入れる箱やら、道具やら 袋やら、いろいろ、買いに来た場所である。

船場センタービル あ〜〜〜懐かしい響き。

最近は、ここまでわざわざ買いに来ることもなかったが、たまたま来ちゃったら、買出しするべきである。

私は、ハワイは好きだが、ハワイの店に特別興味があるというわけではなかったので、目的は、すぐに、問屋に変更になった。

あくまで、私の中の目的である。

堺筋本町に着き、「シモジマ」という、袋物やら、事務用品やら、なんでも売っている店にいった。

あるある。お目当てのものが。

しかし、目的は、ハワイのお店である。

早くそちらに行かないと、Mさんの滞在時間が限られている。

ゆっくりいろいろと見たかったが、袋物を買って、ハワイの店を目指すことにした。

ハワイのお店を記した地図を持っていたが、大まかにしか書いておらず、住所も電話番号も書かれていないので、私たちは、商店街の人に 聞きまくって、目的地を目指す。

心斎橋商店街を通っていくといいということで、船場センタービルの8番と9番の間を、左に進むと、そこが、心斎橋商店街だと、教えていただく。

ん?

聞き覚えがあるぞ。

「シモジマ」の大きな店が、確か、この、8番と9番の間を通っていったはず、あれって、心斎橋商店街だったのね。

たしか、そのはず。

Mさんが目指している、ハワイのお店も、その通りにあるような気がしてくる。

どんどん進んでいくが、見当たらず、また、通行人のおじ様に、尋ねる。

どうやら、行き過ぎているようだ。

私たちは、引き換えすか、その先にある、もうひとつのお店にするか迷ったが、先に進むことにした。

お昼も近い、いそげいそげ、わたしとYさんは、たっぷり時間があるが、Mさんの帰る時間が刻々と近づいている。

ようやく、お店を発見。

細いビルの3階であった。

よく、発見できたね!!と、私たちは、3人で、何とかたどり着け、結構時間がかかっていたにもかかわらず、発見できたことを、喜び合った。

3人乗るのがやっとのエレベーターに乗り込み、3階のボタンを押す。

さあ、いよいよ、Mさんの目的である、ハワイの店に到着だ!!と思っていたのだが、

3階のボタンが、点灯しない。

あれれ?

2階を押してみる。

点いた。

ん?おかしいな。

何度押しても3階はつかないので、2階から、階段を使ってあがることにした。

非常階段に出た、という状態になったのだが、その非常階段が非常に狭く、非常階段だから?

私たちは、ひとりひとり おっとっと と、なりながら、ドアにつかまりながら、非常階段スペースに入っていった。

3階を目指すが、どうみても、お客が通る 階段ではない。3階付近には、ダンボールも立てかけてある。

扉を開けようとすると・・・・

開かない

なぬ?

鍵がかかっているのだ。

おいおい。どうしたんだ?しまっているのか?

私たちは、階段で1階まで下りた。

あ〜〜〜ここは、入り口ではなかったのではないか?

どういいながら、一旦外に出て別の入り口を探す。

ない。

しかし、3階には電気がついているし、商品も陳列してあるのが、見えている。

おかしいおかしい・・・・

1階の店員さんに聞いてみる。

やはり、入り口は、さっきのエレベーターでしか、行けないようだ。

私たちは、もう一度、チャレンジしてみることにした。

やはり、3階はランプがつかず、今度は4階を押してみると、点いた。

2階と4階はつくが、3階はつかないのだ。

4階から降りることにしよう。

そういって4階につくと、いきなり美容室になっている。

ここに入るわけにも行かず、また、2階から向かうことにした。

今度は、ノックをしてみよう。

私たちは、また、おっとっと と、なりながら、非常階段のスペースに出て、3階を目指す。

コンコン Mさんがノックする。

さすが、自分が行きたい店だもんね。

私たちは、少し下がって、様子を伺った。

すると、「はい」と返事が、聞こえた。

逆に驚く。

やっぱり、人はいたんだ。

中からは、いかにも、ハワイで日焼けしましたという感じに日焼けし、髪の毛は、茶色くてウエーブしている、女の人が出てきた。

リニューアルするにあたり、今日から閉めているらしい。

今、張り紙をしに、行こうと思っていたところだというのだ。

今? 今、もう昼よ。

私たちが、いったりきたりしたことを、この人は知らないだろうが、この、おっとっとと、なりながら、上がってきた階段に立っているのだから、お店に入れてくれるのかと思いきや、すぐに、ドアを閉められ、終了した。

ここまでたどり着いたんだから、見せてくれてもよかったのにねぇといいながら、階段を下りる。

それにしても、エレベーターって、3階だけ止まらないようにとか、できるんですね。

知りませんでした。

やっと見つけたと思ったお店が、このような状態で、私たちは、かなりの時間をロスしてしまった。

もう、昼を食べないと。

Mさんの行きたかったハワイの店に一軒もいけないというのは、何をしにきたのかわからない。Mさんは大阪まで、エレベーターに何度も乗り、ランチを食べたというだけになってしまう。

私たちは、とにかく、次の店の方向に進みながら、食事できる場所を探したのだった。


続く・・・。

笑いは笑いを呼び 怒りは怒りを呼ぶ

12月17日 水曜日

一ヶ月ほど前から、ママ友と、3人で、クリスマス会をしようということになっていた。

今から声をかければ、たくさんのママ友が集まるに違いない。

たくさん集まれば、プレゼント交換なども、面白いだろう

人数が少なければ、昼間からカラオケでもいい

とにかく、日にちは17日しか空いていなかったため、

日にちのみが、決定していた。

そして、月日は流れ、明日が17日になった。

娘が、急に「プレイ延長して欲しい」と言い出した。

プレイというのは、プレイスクールの略で、幼稚園の隣の施設で、幼稚園後、4時半まで、物づくりをしたり、森で遊んだりできるところで、

延長というのは、5時半や6時半まで、そこで、遊ぶという意味である。

5時半の延長は、おやつが出ないため、6時半の延長を、娘は望んでいる。

延長も、今日しか、日にちから考えて、可能性がなかったので、よし!延長をお願いしようということになった。

私は、朝から、6時半までフリーということになる。

どんなクリスマス会でもこなせるぞ とおもった。

ちなみに、ママ友達は、誰が来るのか分からず、プレゼント交換は、しないというのが、暗黙のうちに決まっていた。

当日の朝、今日は、主人が早く帰宅できる日だったと思い出し、娘はぱぱのことが大好きなので、こんな日に、プレイスクールの延長をしては、もったいない(パパと過ごす時間が減る)とおもい、娘に、そのことを伝えたが、あっさり、

「プレイ延長する」ということだった。

ぱぱを見送り、幼稚園に送っていく時間になり、

待てよ。

ぱぱが、早く帰宅。

娘 プレイ延長 6時半 

= ぱぱが迎えにいける

ということである。

娘に打診してみると、「ぱぱに迎えに来てもらう!」と良い返事。

ということはだ。私は、もっと、フリータイムが長くなる。

頭の中で、こんな計算をしながら、娘を、幼稚園に送っていき、門の前で、今日参加するメンバーを待つこととなった。

ところが、これるといっていた人も、用事が入っていたり、子供が熱を出したりして、結局、「クリスマス会をしよう!!」と言い出した、3人だけが参加することになった。

そのうちの、一人、Mさんは、3時ごろから、仕事が入っていたのだが、もうひとりのYさんは、今日の子供のお迎えは、ご主人が担当だそうで、ということは、うちと一緒の状況ということになる。

すると、Yさんが、切り出した。

「このメンバーやったら、遠出でも、できますね。わたし調べていたんですが、オペラ座の怪人か、よしもと見に行きません?」

私は、オペラ座の怪人は、娘を妊娠中にすでに見ており、ものすごく、お腹が張って、観劇を楽しむどころではなく、あまり、いい印象が残っていない。もう一度見たいとも思っていなかったため、すぐに、よしもとがいい と、返事をした。

よしもと

吉本新喜劇のことである。

大阪のなんばにある。

以前2度ほど見に行ったが、どちらも大爆笑した。

お腹がよじれるほど笑えるのだ。

普段、テレビで、漫才を見ても、大爆笑するということは、ないが、生は違う。

体全身から、何かが出ている感じがする。

リズムがとてもいいのだ。

関西人しか、感じられないのかもしれないが・・・・。


しかし、Mさんが 3時には、こっちに帰ってくるとなると、見るのは、むずかしい。

そう思っていると、Mさんが、

「行きたいところが、なんばの近くにあるから、私は、そこに言って、ランチを共にして、帰って、その後二人で、吉本に行く?」

と、ナイスアイデアを提案してくれ、私たちは、大阪へと向かった。

続く・・・・  

笑った?

今日 声を出して笑いましたか?

全く笑わなかったですか?

もっと 真剣に 考えましょう

自分が 楽しいと思うことは何ですか?

自分が 喜ぶことは 何ですか?

真剣に 考えたことありますか?

ペンタトニックの音階

私は 9月から ライアーを 習っている。

ライアーの先生は いつも 面白い話をしてくれる。

ライアーは ハープのような楽器のことです。

キンダーハープというのは、ペンタトニックの音階になっており、

レ ミ ソ ラ シ レ ミ という 音しかない。

この、音階の集合を ペンタトニックの音階という。


ライアーというのは ドレミファソラシド という、一般的な音階で、

ピアノと同じように、半音(ピアノの黒鍵)もある。

右手側で ドレミファソラシド (ピアノでいう白鍵)

左手側で  ドの♯ レの・・・・(ピアノでいう黒鍵)

をひくことができる。

このライアーの左手側の部分を、連続してひくと、ペンタトニックの音階になる。

要するに、ピアノの黒鍵は ペンタトニックの音階なのだ。

音の幅が レミソラシレミ と 同じ幅だということ。

しかし、このペンタトニックは、同時に鳴らしても、気持ち悪い音になる。

レミソラシレミ・・・・という音と、ド♯ レ♯・・・・は同じペンタトニックの音の幅。

ペンタトニックは 一つではない。

どんな 段階の音でも、ペンタトニックは 存在する。

しかし、それらは 一緒には、存在しない。

いろんな世界の ペンタトニックがあるのだ。


私たちは 今 3次元という世界にいる。

ペンタトニック=次元のように思えた。 

旗をあげる

自宅ショップで、イベントを行った際、

【ペットボトルのキャップを あつめています】と、エコキャップ運動について、お知らせをした。

すると、イベントに来てくださった方が、キャップを持ってきてくださる。

イベントに参加できなかったといって、後日、私に手渡してくださる方もいる。

旗をあげると、周りは 動いてくれる。

キャップをあつめることだけに限らず、

旗は、誰でも、明日からでも あげられる。

その後 どうなるか?

想像力を養いましょう。

今、自分がとっている行動が、5分先 どうなるのか?

気をつけないと、周りに怪我人が発生しますよ。

人生最高のりんご

私は 果物が大好きです。

幼い頃は、「いろんな果物が 毎日食べられるように、果物の木がいっぱいなっているところに住みたいなぁ・・・・」と思っていました。

今、私の周りは、ほぼ、その状態になっており、葡萄 梨 柿 林檎 蜜柑 桃 などがあります。

幼い頃の夢が現実となっています。

けれど 私は りんごはあまり好きではありません。

おいしいと感じたことがなかったのです。

りんごより梨のほうが好きです。甘いので^^

甘いものが好きなんですよね。


林檎だけは あまりすきではない。

というのは、ずっと続きました。


私は、幼稚園に就職しました。

その幼稚園では、クリスマスの時期に、林檎にみつろうろうそくを立てて、明かりをともすことをしていました。

職員室に、子供の数だけ、林檎が届きます。

100個ほど、ありました。

100個の林檎の かおり。

とっても いいかおりで、初めて りんごっていい香りがするんだなぁ とおもいました。

その香りをかぐと、食べたくなったんです。

そのときに、食べた林檎は そのとき迄で一番おいしく感じたと思います。

けれど、林檎好きになったということはありませんでした。


それから、20年が経ちました。

今、娘が、私が就職した幼稚園に通っています。

私は、もう、とっくに退職しています^^

先日、この林檎ろうそくを灯す、クリスマス祝会がありました。

娘は、祝会の後、林檎ろうそくを 持ち帰る道中、「たべたい たべたい!」と、言い続けました。

娘も、私と同じように、たくさんの林檎のにおいをかいで 食べたくなったのでしょうか?

林檎ろうそくとして、家においておかないのか?と思いましたが、なんとか家に帰ってから、パパに見せてから、食べるように、思いとどまらせ、帰り着きました。

パパの帰りを待ち、みせるや否や 林檎にかぶりつきはじめました。

すると、「ままも 一緒に食べよう」と、いい、私がソファに腰をかけ、娘を膝にのせ、向かい合わせになって、順番にかぶりつくのです。


なんと おいしい林檎でしょう!!

ガリッ パキッ かぶりつくときならではの 音が鳴ります。

娘は、なぜそんな音がなるのか?と不思議がっていました。

すごい速さで、私たちは 林檎にかぶりつきました。

今まで、何も食べていなかったように^^;

途中で、ふと気がついて、パパにもあげようよといって、一口だけ、パパの口に入りました。

そして、また二人で カシュッ パリッ と、音を鳴らし続けます。

娘はとてもうれしそう だんだん芯に近づくほど、甘いのです。

一つの林檎を、娘と順番にかじっていく。

林檎の果汁がぽたぽたと落ちます。

私は、黒いパーカーを着ていました。

白だと、汁がおちる〜〜〜〜っと あわてたと思いますが、

黒だから、まあいっか と、黒のパーカーに汁を受け止めてもらいながら、

娘と、林檎を分け合う幸せな時間を過ごしました。


娘と分け合う林檎をかじりながら、

この林檎 私の人生の中で 一番おいしい林檎やわ・・・・と、思っていました。

これって、あまり好きではない りんごだから 感じたことなんでしょうね。

林檎は あまり好きではない果物 ではなく

    娘との素敵な思い出の果物 に 変わりました。

可能性 

人間の可能性は 今の自分が決められるものじゃない

もう決めてしまっている人 そこで 可能性は絶たれています

思い込みという 鎖が ぐるぐる巻きになっている

そんな鎖 どこにもないのに

私たちは 可能性に溢れている

絶つのも 伸ばすのも 自分自身

女王様

やってもらってあたりまえの人は、

どこまで行っても そのままなのか。

早く気がつくことを 祈ります。

あっ と思うとき

それは、自分からのメッセージ

気がついたということ

それを大事にしてね 後回ししないでね

後回しの時間は もうありません

光が集まる

自宅カフェに ランチをしに たくさんの人が集まる。

料理をする側 手伝う人も 集まる。

自宅が たくさんの人を 受け止める。

夕方 みんなが帰って 家族だけになった。

すごく少なくなった感じがする。

夕食後 パンをこねた。

なんだか、パン種が 熱い。

今日一日 たくさんの人がここに集まって、そして、この家が 喜んでいるような気がした。

パン種が熱いと思ったとき、そんなことを考えた。

クリスマスのイルミネーションも 一つ一つの 小さな灯りが たくさん集まって キラキラしている。

今日 この家に 集った 一人ひとりが このイルミネーションの小さな灯りの一つ一つのようだと思った。

光が集まって この家を 輝かせてくれている。

86歳のこの家が 喜んでいる気がする。

明日、パン種が いい感じに 発酵してくれる。

そんな気がする。

足元

遠くから 足音が聞こえる
冬の足音

すぐそこに もう 近づいている

足元は 大丈夫か?

真剣勝負

毎日が 真剣勝負

この一瞬 この一言 自分の行動

間違ったと思ったら すぐ修正

自分が 世界を変えるんだ というつもりで

毎日を 生きていこう


家族の問題を解決していないのに 

世界から 戦争は なくならない

真剣に 心して 

言葉

娘が通う 幼稚園は、保育時間が終了しても

園庭を開放してくれているので、

娘たちは 暗くなるまで遊んでいる。

木々に囲まれた 園庭に

子供たちの 遊ぶ音が 溢れている。


この日も 何人も子供たちが 日が暮れるのを惜しむように

遊んでいた。


娘は 縄跳びをしていた。

いつの間にか 後ろとびもできるようになっていた。

飛び始めると、すぐ、縄跳びが 切れてしまった。

あっ きれた・・・・

と思うと、

クラスメイトの女の子がやってきて、切れた縄跳びを 結んでくれる。

娘は その様子を、じっと見ていた。

結び終わると、その女の子は すっと、また

自分の遊びに もどっていった。

この子は、娘のことを じっと、見てくれていたのか?

通りすがりに 結んで行ってくれたのか?

娘は、それが あたりまえのように

その子に お礼も言わず、

また、 飛び始めた。

何回か飛ぶと また 結んでもらった 縄跳びが ほどけた。

すると、今度は 違う子が やってきて

縄を 結んでくれる。

結び終わって また さっと 立ち去る。

娘は また お礼も言わず 飛び始める。

切れた縄を 結びに 二人の友達が すばやく 来てくれた

この事実を、娘は ありがたいと思っているのだろうか?

自分のために 二人の子が 動いてくれたと 認識しているだろうか?

と 思った。

もしかして、いつも このように 娘は 周りの 友達にサポートを受けているのだろうか?

とも思った。

あまりにも、この 行動が、自然に行われていた。

切れた縄を 結んであげる。

そこに、「むすんで あげようか?」も

「むすんでくれて ありがとう」も

何もないが 温かいものがそこにあった。


しばらく飛ぶと また ほどけた。

娘は 今度は 自分で 結び始めた。



家に帰って、私は、今日のこの出来事を 思い出していた。

娘は してもらえたことを ありがたいと思っているのだろうか?と 

まだ 考えていた。


そのことを ありがたいことだ と 自分は まわりに 助けられているのだと

自覚して欲しいと思った。


それで、言葉にしてみることにした。

今日、二人の子が 縄跳びを結びに来てくれたことを そのあった事実を言葉にしてみた。

娘は、黙って 聞いていた。

最後に、ありがたいことやなぁ と 私が言った。

娘は、どう、思ったのか、本当にありがたいと思ったかは、わからない。

そうやな とも うん とも いわなかった。



私は 言葉って、すごいなぁと 思った。

私たちが 言葉を持たなかったら、

さっき起こった出来事を、後で、言葉にして相手に伝えるということはない。

その言葉を聞いて、ありがたいと 認識するということもないわけだ。

(娘が認識したかは定かではない)

人間だけが こういうことをしているのか。


私は、伝えたいことを 伝えるために 言葉を使おう。

と 思ったのでした。

ぎゅっと

ただ ぎゅっと 抱きしめて欲しかっただけ

強く 思いっきり

それだけのこと


そのことに 気付くまで

遠回りした

ただそれだけのことだった

途上

私は 相手に 完璧を求めていたんだなぁ

自分の欲しい答えを 出してくれないことに腹を立てる

『こういう行動をとるだろう 普通は』 

と、自分の中の常識に当てはめて 相手を見る

その普通の、すっごく狭い普通の範囲に 入ることなんて、めったにないのにね。

みんな、学んでいる最中 

自分も 周りも。

なのに、どうして相手に 完璧を求めるのだろう

学びあって 補って 助け合って 分かり合って

進んでいけばよかったんだ

サポート

今あることに 心から 感謝していれば

悪いようにはならない

今日 目覚めたことに 感謝した?

温かい お風呂に入れたことに 感謝した?

食べられるものが あるということに 感謝した?

ぬるま湯の中の生活をして

何もかもがあたりまえだと思って

感謝も何もせず 不平不満ばかりでは

先が思いやられる

先なんて ない

心から 今に感謝していれば 大丈夫

中庸

どちらかに偏りすぎると

ど〜〜〜んと

揺り戻し。

揺り戻さない程度に 日々を過ごしたい。


そんなことを繰り返しているうちに

揺り戻す幅が 狭くなっていく

端に行かないように しようっと。

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摩耶
京田辺在住です。

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