子供番組

娘がダウンしていたので、一緒にずっとごろごろしていた。

子供番組を、みた。

驚く、子供番組があった。

嬉しいとか、残念だ とか、悔しい!という顔を、してみせて、これは、どんなときの顔か?と、言っている。

え??

そんなの、教えることなの?

それに、顔だけ見て、判断することか?

疑問に思うの わたしだけ?

コミュニケーションの方法を、学ぶのに、人と人とのかかわりの中で、体得 習得するのではなく、テレビで、それを学ぶのか・・・。

こういうことが、求められている時代なのか?

なんだか、寂しい気がした。

あ〜〜しんど。

先週から、娘が、熱で、ダウン。

熱は2日で治まったが、咳が続いて、ずっと、幼稚園を休んでいた。

熱の前、娘は、この寒空のした、森で、お漏らしをして、それが気持ち悪かったから・・・という理由で、川に、お尻をつけたらしい。

それは、気持ち悪くないんかい?


昨日から、主人もダウン。

なんと、主人も、この日、仕事で、パンツまでずぶぬれになったらしい。

親子揃って、体を冷やしてしまい、体調悪化。


私だけ、元気!

と、思いきや、今日から、悪寒が・・・。

今となっては、娘が、回復し、親二人が、ダウン。

こんなの初めてだ。

いつも、主人が、おかゆを作ってくれるので、今度ばかりは、私が作ろうと、起き上がり、作ったが、二人とも寝たまま 起きて来ず。

私は、目が冴え、寝れず、

あ〜〜しんど。

あ〜〜いい天気

おひさまありがとう

いい天気だと気持ちがいい

うれしいなぁ・・・


昨日まで 雨だったから、いい天気が気持ちよくて

そして、あ〜〜気持ちいいって 感じるんだよね


今日 いい天気でありがとう

昨日 雨で ありがとう

みんな みんな ありがとう


決めたら ドンドン

一つ決めたら、ドンドン動きます。

そんな時代。

なので、こんなことしてたら、体に悪いかな?とか、

そういうことも、考えないほうがいい。

わくわくすることばかりを、考えたらいいのです。

わくわくする ということは 自分が 喜んでいる

自分が喜んでいるということは すべてが喜んでいることにつながる。

わくわく忘れず 生きましょう

3分間

たいていのことは 3分あればできる

3分あれば 悲しみから喜びへと かわれる

3分間の幸せ

作家

希望を捨てなければ 夢は叶う

里芋 山芋 薩摩芋 

芋なら何でも植えてみて

焼いたらすぐ食べられるし

火傷したら 湿布にもなるよ

いつも家に お芋があるといいね

人魚姫

人魚姫のお話をご存知ですか?

人間になりたくて、自分の声を引き換えに、人間になりました。

王子様に、「言葉」を、一言も伝えることができなかったですね。

私は、今、二本の足と、声もあります。

たくさん 言葉を発することができます。

もし、自分が、今、人間になれた人魚姫で、声を失っていなかったら、

そして、大好きな王子様と結婚することができたとしたら、どんな生活をしているのでしょうか?

王子様に、どんな言葉をかけるでしょうか?

材木はこび

子供が背負っている材木は

大人が変わりに持ってあげましょう

お父さんとお母さんの力を合わせて

子供の持っている材木を持ってあげてください

お父さんとお母さんが力を合わせるのがポイントです

マフラー

縁あるものたちよ

集い 言葉を交わす

その言葉 バランスを取るように

そして、洗練された言葉へ

友ビス

ありがとう 

ごめんね

だいすきです

かんしゃしています・・・・

日頃、口に出しているようで、出していない そんな言葉を形にしてみよう。


誰に伝えたい?

ありがとうって誰に伝えたい?

ごめんなさい 

大好きです

感謝しています

改めて、心の声を あの人に・・・・。

安心感

相手に不安感を与えているつもりはないけれど、

与えてしまっていることってあるんだよね。

悪気はないんだけど、気が付かないんだよね。

客観的に物事を見てみると、気が付くよ。


大きい 小さいという感覚も、

近い 遠い という感覚も、

狭い 広い という感覚も

人によって、違うもんね。


方向音痴の人は、固定していないものを目印にしていることが多いんだって。

例えば、

「この角を曲がると、いつも、トラックが止まっている」とか。

トラックは、動くかもしれない。

トラックがないと、ここではないと、思って余計に分からなくなる。


変わらないものを、目印にして、自分に安心感を与えよう。

そして、相手にも。




楽器と私

楽器を奏でていて ふと 思った

「楽器は 私で それを奏でている私は 私の中の 私」

そう、思ったら、

そうか そうか そうだったのか!!と思って 妙に感動。


音を出しているのは、楽器なんだけど 指を動かしているのは、私の中の私。

楽器を奏でるって それを体験するためのものなのか!


今まで、近くで見ていた景色を

ぐっと ずっと 大きく 広く 

そんな位置から 見たような感覚


楽器に 良い悪いもなく 

こうしたい ああしたい もなく

ただ 鳴るだけ

ただ 音を出すだけ

私の中の私が 弾いたように

私が 鳴ればいい

そんなことを 思った


生きているということは 音楽を奏でているのと一緒なんだなぁ



協和音

音を奏でる

相手の音を聴きながら 自分でも音を出してみる

相手の音と 合わないときがある

合う音と 合わない音 がある

恐れずに試してみる

試してみて はじめて 合う音が分かる

試してみることを 恐れていては どの音が合うのか どの音が合わないのか

わからない

そして みんな誰しも 合う音を知らず知らずに探して奏でる

最後は 合う音で おさまりたいと 思っている


いろいろ 試してきたのね 私たち

たくさんたくさん 試したから もうそろそろ 合う音でおさまろうとしている?

いえいえ まだ これからも もっともっと 試していくのか?

でも 最後は 合う音で おさまりたいと思っているんだよね

駆け足

春が来て目覚めたら、駆け足だ。

タッタ タッタ タッタ タッタ

マラソン倶楽部発足。

今日は、進入部員も登場。

なにか、目標があるといいなぁ と思っていたら、

マラソントレーナー様から

「目標に、10キロマラソン申し込む?」と、お電話。

タッタ タッタ タッタ タッタ

駆け足で、進んでいく。


昨日は、途中で歩いてしまった距離を、今日は、歩かずに、走ることができた。

昨日の今日。

たった1日のことなのに。

面白い。


歩くのと変わらないスピードで走っている私だが、明日もまた、走るのが楽しみになってきた。

方向転換ってしてしまえば、あっという間なんだね。

春が来た

今まで、冬眠していたような気がした。

冬眠から目覚めて、春が来たような感じだ。

冬眠中は、冬眠しているとは、認識していない。

冬眠する動物も、きっと、そうなのかもしれないと思った。

今から、長い間寝るから、たくさん蓄えておこう とか、春に目覚めるために、今から寝ようとか。

そんなことは、考えていないのだ。

ただ、たくさん食べたくなって食べ、眠くなって眠り、目覚めたら、春になっていた。

振り返ると、とっても長い間眠っていたのだ。

さあ 春ですよ。

着地点の設定

自分が何をしたいのか、わかって、着地点を設定すると、どんどんまわりが、サポートしてくれることを発見。

どんどん着地点を設定することにしてみた。

まずは、ホノルルマラソン。


私は、マラソンが、昔から、大嫌い。

どうして、長い距離を、走りたいのだ?どうして、苦しい思いをしたいのだ?

走ってみて、早ければ好きになっていたのかもしれないが、私は、遅かったため、全く好きになれなかった。

体育は、大好きだったが、マラソンさえ、なければいいのに・・・・と思っていた。


ところが、33歳で、子供を生んだとき、これは、フルマラソンを走ってみたい。と思った。

ホノルルというのは、ハワイが大好きなので、ハワイに行く口実。

出産は、もう二度と、するか〜〜〜〜と思うほどだったが、私は、応援する側ではなく、やっぱり産む側がいいと、思った。

マラソンで、がんばれ!がんばれ!と旗を振る方ではなく、つらくても、走る側がいいと思った。

それで、40歳の年に、ホノルルマラソンに出るわ。と、宣言していた。


月日は流れ・・・

気がつけば・・・・

今年40歳!ということは、今年の12月だ。

ずっと、以前に、40歳で、ホノルルマラソンに出る。と、宣言したものの、そんなんむりよなぁ・・・とか、半ば、あきらめ状態だったのに、ここ最近、なぜ、あきらめる必要がある?と思い始め、何か分からない壁があったような気がしていたが、それが、全く、壁を感じなくなった。

そして、口に出して、改めて宣言してみた。

すると、またまた、周りが動き出す。

私、応援に行くわ と、 サポーターもあらわれ、

マラソンのトレーナーまであらわれた。

そして、みんな、私に、声をかける。

「なにか、スポーツ始めたの?」

いえいえ、これからはじめるんです。

全く走り込みなどしていないが、なんだか、始まる予感。





そして、もうひとつ設定をしてみた。

瘦せるという設定。

これさえも、決めてしまえば、回りが動くはずである。

そう思ったら、昨夜、面白い体操を発見。

朝、YOU TUBEで、流したら、娘もはまり、朝から、何度も体操する羽目に。

おかげで体は、ほっかほか。

幼稚園に、到着すると、みんな寒いねぇといっているのに、そうか?と、不思議なくらい暑い。

そして、マラソントレーナーが登場。

走る極意などを伝授してくれ、森の中へ 走り出す。

朝から、私の筋肉君たちは、

「おいおい。今日はどうなってるんだ。普段使わないところが動きまくっているぞ!」と、驚いていることだろう。

着地点を、設定したら、声に出す。

声に出すと、本当になる。


ホノルルマラソンとダイエットが、タッグを組んでいる。

きっと私は、やせて、ホノルルを走っているに違いない。





一週間

一週間 7日間 24時間が7回

そしたら、一巡り。

うちの場合、この一週間というのは、無くした物が見つかる日数。

主人が、もっていた、家の鍵一式と、免許証入れがついた、キーケースがなくなる。

車で、自宅に戻り、家の鍵をあけて入っているのに、次の朝なくなっていた。

おかしい絶対あるはずなのに・・・。

主人は、私が、なくしたものは、必ず見つけてくれる。

無くした本人は、記憶があいまいな上、記憶が嘘をつく、思い込みが激しい などの習性があるのと、基本的に根気がないため、なくしたものを、見つけることがなかなかできない。

いつも、

そこ、さっきみたのに。。。。

という状態になる。

主人は、根気つよく、しらみつぶしに探すため、うちでは、名探偵とよばれていた。

ところが、今回は、自分の鍵がない。

それも、どこでなくしたか分からないのではなく、家に帰ってきてからである。

見つからないわけがない。

なのに、今回ばかりは、見つからない。

見つからないとなると、今度は、泥棒か、猫が、怪しいということになった。

鍵穴に刺したままにしていて、猫が、引っ掛けて、どこか、持って行ったのではないか?

泥棒さんが来て、盗んで行ったのではないか?

主人は、合鍵を作ったが、家の数箇所は、合鍵屋さんでは作れない鍵だった。

しかし、泥棒さんなら、合鍵を作るのではなく、鍵穴自体を取り替えてもらう必要がある。

無くして、3日目に運転免許を再発行してもらい、6日目に、工務店さんに、鍵穴の取替えの見積もりをしてもらった。

なんと、取替え代 45000円。

その値段をきいて、泥棒ではないって。と、泥棒説を、どこかに押し込みたくなる。

泥棒が、入ってしまってから、かえればいいではないか?と、どこか、順番が違うが、そういう気持ちになってくる。


この日までに、主人と私は、なんとなく、脱衣室が怪しいと思っていた。

主人は、西の方角。私は、衣替えとか、そういうことが気になっていて、きっと、ここではないか?と思い、私は、主人の服を、すべて、取り出し、すべて、たたみなおして、棚に収めた。引き出しではなく、棚だけの収納スペースなので、すべての衣類が見えている。

すべて、たたみなおしたが、なかった、

私のと、娘の棚は、綺麗にたたまれてあるので、主人が、鍵を置いたなら、すぐに、分かるので、たたみなおすことはしなかった。

吊り下げている、服のポケットから、何から、何まで、くまなく捜索。

しかし、名探偵も、その妻も、探し当てることはできなかった。


わたしは、頭の中で、見つかったときの、主人の第一声を思い浮かべていた。

「あった〜〜〜〜」と、主人が発するイントネーションも鮮明に、頭で思い描き、その声が聴かれることを、楽しみにしていた。

こういう場合、必ず、見つかるというイメージのみ、頭で想像する。


そして、鍵がなくなってから、一週間後、

「あった〜〜〜〜」の、あの声が、響いた。

やっぱり、この声を聴けた!!

主人が探し当て、私が、そのとき、家にいるという、状態で、鍵が見つかった。

鍵は、なんと、脱衣室で発見。

私の、たたまれた、服の間。毛糸の帽子の上だった。

どうして、そこから見つかったのか?

綺麗にたたまれている、服の間?なんで?

この日、私は、発見された場所の上に、紫色のニットカーディガンを、重ねている。

すぐそこにあったのに、私には、見つけられなかった。

主人の服は、たたみなおしたのに、私のも、たたみなおせば、もっと早くに見つかっていたのに・・・・。

なんだか、近くまで行っていたのに、たどり着けなかったのが悔しかった。

けれど、二人とも、脱衣室が怪しいと思ったのは、あっていたんだね。

それと、この日は、鍵を、なくしてから、ちょうど一週間。

鍵穴を変える発注はお願いする前でよかった。


去年の夏も、娘の、着替えが入った、私が生まれて初めて、娘のために作ったかばんが、なくなり、それは、うちの近所の通りに、ぶら下げてある状態で見つかった。

これも、なくなってから1週間。

物を探している間の一週間は1ヶ月くらいに感じる。

しかし、どちらも、1週間で見つかっている。

そうそう、今回の、鍵がなくなる、数日前、私が、大事に愛用している、3色の色が変えられるシャープペンシルがあるのだが、それを、なくし、それもまた、なくしてから1週間で見つかった。


一週間って。

なんだろう?

なくしたものは、何故一週間すると出てくるのだろう?

それまで、一生懸命探した結果、1週間ででてくるのか?

全く、探すという努力をしなくても、1週間後に、でてくるのか?

次に、何か、なくしたら、探さないで、一週間待ってみようと思う。


雪山の様子

雪山へ行った。去年の今頃も行った。

去年の今頃は、たまたま、こっちでも雪が降った日に、わざわざ雪山へ向かい、

「こんなことなら、わざわざ雪山に行かなくても雪で遊べたね。」といっていた。

雪山では、停めていた車に、雪が20CMほど積もり、車のドアをあけると、雪が、たくさんはいって、大変だった。


今年は、雪が、なかった。

駐車場にも、全く雪はなく、ゲレンデの、山の斜面も、土が見えていた。

これが、ほんとの地肌というものではないか?

体感気温も、全く寒いという感覚はなく、去年と、まったく、様子が違うことに驚いた。


だんだん、冬が短くなっているのかな?

そういえば、毎年2月2日は雪が降っている。

なぜ、知っているかというと、友達の誕生日だからだ。

毎年、「今年も降ったね。おめでとう。」が、誕生日の挨拶。

今年は、「珍しく、降らなかったね。こんな年、初めてだね。」だった。

ここ20年は、降っていたと思う。

私が、生きてきた中で、一番の暖冬だと思う。

今年で40歳。

あと、20年後は、どんな気候だろう?

私60歳。

あなたは わたし

自分以外の人を見て、

イライラしたり、不満に思ったり、

私なら、こうしないのに 私なら、私なら・・・・

と、考えた。

でも、あなたは、私なのかもしれない・・・・と ふと、思う。


例えば、皿を割ったのが、相手なら、どうして?と思う。

でも、自分なら、しかたない・・・・と、思う。

割れてしまったことをいつまでも悔やんでもしょうがない。と、思える。


そこで、また、ふと、思った。

相手か、自分かで、区別すると、ややこしくなるけれど、

皿が割れたという事実は、変わらないのに、

考え方を変えただけで、気持ちが変わって、受け入れることができるのなら、

それは、どっちでもいい。だれでもいい。なんでもいい。ということか!



だから、あなたは わたしなのだ。

あなたはあなた わたしはわたし ではない。

あなたは私で 私はあなた。

そうか。そうなんだ。


そうおもったら、何にも気にならなくなる。

だって、あなたはわたしなんだもの。


今まで、自分という、小さい枠の中に、いたんだなぁ。

あなたがいてくれて、ありがとう。

叶った

ほんとに 早い。

次の時代だと、確信して、意志を表示することを、実践したら、実現。

自分が 何をしたいかを、明確にする。ということができれば、どんどん実現。

何がしたいと思っていた?私。と考えると、どんどんでてきた。

そうそう、こうしたかったんだ。

自分が今、ここで生まれて、ここで生きてきて、やりたいと思っていることがあるなら、

それは、する。ということなんだ。

そうだったのか。といまさら、気が付く。

気が付いたら、わくわくがずっと、続いている。

次の時代へ

私は、今まで、自分の考えが 一番正しいと思っていた。

そう、正しいか正しくないか。

白か黒か というものの考え方をしてきたが、

この世の中には、グレーもあるということに気が付き、グレーの中でも、白に近いのもあれば、黒に近いのも、さまざまあるということを知った。

それを知ってからは、周りを受け入れられるようになり、すべて、この世の出来事は必然で、偶然などないと、わかった。

それで、これらが分かるまでは、自分の我を、思いっきり通してきたわけだが、

最近では、なるようになるので、どっちでもいい。というところに自分がいて、自分が、絶対こうしたいんだ!というのが、なくなってきていた。

そういう考え方を常にしていた。

それが、【すべてを受け入れる】ということだと思っていた。

いい感じで、いろんなことを受け入れられるようになり、周囲に合わせて自分が動くというようなことを続けていたが、最近どうも、この【すべてを受け入れる】時代が終わりを告げたように感じる。

次の時代は、【自分の意思を表示する】時代。

自分が、本当は、何がしたいのか?ということを、明確に持つ。

そして、それを、表示する。

そうすると、すぐに叶う。

そのスピードが、速くなっているように思う。

まず、決める。

すると、それにあわせて、周りが動くといった感じ。

私の中で、時代が変わった。

歯磨きは 誰がする?

今日、娘を歯医者に連れて行った。

子供の虫歯は ほうっておくと、すぐひどくなる。

初めは、ほうっておいた。

すると、神経まで達して、歯が黒くなっちゃった。

かろうじて、傷むまではいかなかった。

予防は、歯磨きしかない。

あとは、甘いものを控え、硬いものを食べる。

私は、甘いものを極力与えない。

主人は、すぐに甘いものを与える。

私は、ジュースは買わない。

主人は、すぐ、ジュースを買い与える。

虫歯を発見して、歯医者に連れて行くのは私。

歯磨きを丁寧にするのは私。

主人は、娘の虫歯に気が付かない。

歯磨きも、鼻をかむくらいのスピードだ。


これって、主人が、虫歯にさせていると、思うでしょ。

でも、違うんです。

私が、虫歯に、ならせないぞ!!という、想いが、強いから、なっているんです。

ほんと、不思議なんですが、虫歯出来ているかな?と思わないときは、虫歯ができず、なんか怪しいんじゃない?と思いながら見始めると、数日後に、虫歯ができている。

私が、よんでいたとしか思えない。

確かに、甘いものが口の中に長い間入っているのは、いいとはいえないと思いますけど、

私が、むきになればなるほど、娘の虫歯は増えていく。

おもしろい。

分かっているのに、このことを実感しているのに、

歯磨きの仕上げを、丁寧にしてくれない主人に、腹をたてる。

それを聞いている娘は、複雑な顔。

(私の歯のことで、ぱぱとまま喧嘩?)

見たいな顔。

あ〜〜〜〜分かっているのに。

なんで、人のせいにしたいのか・・・・。


虫歯ぐらいで、ガタガタいうなんて、幸せな証拠。

ということで、本日も、幸せな日を、ありがとう。

寝坊も必然

娘とともに8時半に起きた。

幼稚園には9時までに入らなければならない。

しかし、あせらない。

時間が私に合わせてくれる。

娘も、たっぷり寝たので、朝の準備が早い。

機嫌も良い。

私は、手抜き弁当を、さらに手を抜いて作り、間に合う。

すると、朝、会いたかった人と遭遇。

寝坊も すべて 計算済みか。

それに気が付いて、かえりに 一人で大笑い。

朝、イライラして、間に合わない〜〜〜と 焦って用意していたら、いろんなことが、スムーズに進まず、余計に時間がかかり、会いたかった人とも遭遇しなかっただろうなぁと。

そうおもうと、やはり、大笑い。

おいしいいちご

娘が 急に泣き出した。

「ままと ずっと ころんころん したい」

「ままと ぱぱと しんでも ずっと そばにいる」

「ままも ぱぱも じいちゃんも ばあちゃんも みんな だいすき」

あ〜〜〜〜ん あ〜〜〜〜〜ん


そして、いつもは 決してくれない いちごを わたしにひとつくれた。

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摩耶
京田辺在住です。

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