取立て屋が、うちに やってきた!

ピンポーン

裏門のチャイムが鳴った。

出て行くと、見た目ちょっと怖そうな、お兄さん。(私くらいの年齢)

義弟に連絡をつけてほしいとおっしゃる。

携帯が、つながらないんだそうな。

私は、離れの電話で、義弟に電話をかけた。

つながって、その、怖そうなお兄さんにかわると、

そのお兄さんは、今まで、私が、生で、聞いたことがないような、怖い口調で、義弟を怒鳴りつけている。

そばにいた、娘は、足がかゆいだの、手がかゆいだの、ぐずっていたが、ぐずるのをやめた。

これは、カイカイに効く、一番の特効薬かもしれない。

私は、子供に聞かせたくない。などとは、全く思わず、何を話しているか、ずっとそばできいていた。

電話の最中に、「家族に迷惑かけたらあかんやろ!」

とか、

「今度ちゃんと、家族にあやまっとけ」とか、

あまりにも、怖い口調で、聞き取りにくいが、そういうふうに、おっしゃっている。

なかなか、いい人ではないか。

電話が終わり、お兄さんは、

「すみませんねぇ・・」と、普通の口調に戻った。

どうやら、義弟は、友人の借金の保証人になっていたようで、仕事があるときは(トラックの運転手)ちゃんと返済しているらしいのだが、仕事が、少ない時などは、返済できないので、お兄さんからの電話に出ずらく、居留守のようなことをしていたようだ。

「連絡さえ つくように してくれたら いいんです」と、いう、お兄さん。

私は、「ちゃんと、怒ってやってください」というと、

「怒ってもダメなんです。返す意志はありますから、ただ、連絡がつかないようなことをされると、困るんです。」

ということでした。

いったい、いくら返さなければならないのか、聞いたのだが、それは、いえないということであった。

「仕事抜きで、話をしている分には、とてもいい人(義弟)なんで、人がよすぎるんだと思います。保証人は、なったら、あかんと、言っているんですけどね・・・・」といって、帰っていかれた。

見た目、怖そうだけど、いい人だなぁ・・・と、思った。

そして、義弟。

人の為に、怒られ、人のために お金を払っている・・・

もしかしてあなたは、究極の、奉仕活動をしているのか?

私には、真似のできないことである。

しかし、奉仕活動というのは、

自分が、できる範囲で、していただきたいものである。

宇佐の旅 F ルーツをたどる その2

おじいちゃんの毎日は、

朝起きて、朝ごはんをゆっくり食べ、そして、山へ行くらしい。

おじいちゃんは いつも行ったっきり、なかなか戻ってこない。

山といっても、家から、1時間以上も奥へと入っていくそうだ。

そして、山の手入れをしているらしい。

最近はいのししが、降りてくるので、危ないから行かない方がいいと、家族は止めるが、おじいちゃんは、毎日行ってしまうらしい。

それで、お昼にも帰ってこないので、おじちゃんが、時計をプレゼントして、お昼には、一旦帰ってくるようにと、行ったらしいのだが、おじいちゃんは、それでも帰ってこず、

なぜ、帰ってこないのか?と、いうと、

「時計を見るという習慣がないので、手首にはめているが、時計を見てなかった」と。

家族から、何のための時計だ!!と、いわれ、最近、やっと、時計をみるようになったらしい。

おじいちゃんの腕には、真新しい腕時計が光っていた。

私は、おじいちゃんには、似合わないと思った。


おばあちゃんは 毎日、昼から、バイクに乗って、ゲートボールをしにいく。

毎日?と聞くと、毎日と。

土日も、関係なく毎日。休みは、雨の日。


雨の日は、じいちゃんも山に行かなくて家にいるらしい。

ばあちゃんは、本を読むのが好きで、近くに、自宅を開放して、自分で集めた本を、図書館のようにして、貸し出ししている方がいらっしゃるそうで、(どこかの先生をしていたらしい)その人の影響で、本を読むようになったそうだ。

じいちゃんは、休みの日は、ずーっと、テレビを見ているんだそうだ。

ばあちゃんいわく、「じいちゃんは、趣味というものが何もないから、つまらん。」

ばあちゃんは、ほかにも、クロスワードパズルをするらしい。ボケ防止のために。


そこで、私は、旅行とかは、行かないの? と、聞いてみた。


ばあちゃんは、「行ったよ。四国に行った。」と、話をし始めた。

そして、私が知らなかった。先祖の話を、はじめた。

ばあちゃんのお父さんは、ばあちゃんが13歳のときになくなって、自分は、お父さんのことをあまり知らないので、お父さんが生まれ育った場所を、見てみたいと、若い頃から、ずっと思ってきたそうだ。

おばあちゃんのお父さんは、四国の愛媛の出身で、大工見習いで、親方について、大分に来ていたそうだ。

愛媛の住所は、分かっていたらしいので、住所を頼りに、訊ねて行ったそうな。

それが、2年前の話。

ばあちゃんの、4番目の息子夫婦に手伝ってもらって、じいちゃんも共に、愛媛へ。

住所をたよりに、探していると、郵便屋さんが通りかかり、親切に教えてくれたそうで、もう、その住所付近には、家もなく、はっきり住んでいた場所が、分からなかったが、ばあちゃんは、

「ここで、おとうさんは、遊んでいたのかなぁ・・・この川で、泳いだりしたのかなぁ・・・」と、思いを寄せ、写真を撮って帰ってきたらしい。

私は、四国に行ったことがなく、四国には縁がないなぁ・・・と、ずっと、思っていたのに、ばあちゃんのお父さんの出身ということは、私の、曽祖父ということなので、縁がありまくりではないか!

「私、四国にだけは縁がないと思っていたんだけど、あるんだね。」というと、ばあちゃんは、

「たどっていけば、縁がないところなんて、どこにもない。全部縁があるところだ。」と、これまた、すごい一言をいった。

お〜〜〜ばあちゃん すごい一言をいったね〜〜〜と内心思い、

それにしても、今日、ばあちゃんから、自分のルーツをたどった話を聞くとは・・・・

私も、さっき、宇佐神宮で、自分のルーツをたどるような感覚になったんだよなぁ・・・と、思っていた。


そして、ずっと、ずっと 思っていたことが、2年前に叶ったというのもすごい。

想えば叶うが、ばあちゃんにまで、起こっているのだ。


いつか、行ってみたいなぁ  四国。

想えば叶うでしょう。


宇佐の旅 E ルーツをたどる その1

サファリの後は、宇佐神宮に向かった。

宇佐神宮の、横で、名物だんご汁を頂いた。

だんご汁の中のだんごを出して、きな粉をかけると、“やせうま”という、これも郷土料理の一つに 大変身。

私たちは、腹ごしらえを済ませて、宇佐神宮へとむかった。

宇佐神宮は、鳥居の数が、多かった。

そして、オレンジ色というか、朱色が、鮮やかだったのが印象的。

娘は、ハイテンションになり、走ろう走ろう 回ろう回ろうと、ず〜〜っと 跳ねている。

私は、神社めぐりが好きなわけではない、が、最近、めぐっている。

この宇佐は、宗形3姉妹を調べていて、たどり着き、祖父母の家に近いと知って、行ってみようと思った。

さあ、さあ、何があるのか?

と、思っていたが、特に何もなく。

お賽銭を入れる箇所が、一箇所に付き、3つもあり、それが、何箇所もあるので、

小銭がどんどんへるなぁ・・と、神様の前で、せこいことを、考えていた。


そして、何事もなく、お参りがすんで、後ろを振り返ると、木の格子が、綺麗に切り取られているところがあり、

遠くの山の、山頂が、絵のようにみえる。(マヤコミ写真館参照)

なにやら、昔々、神様が、降り立ったところらしい・・・・

それくらいの認識で、帰りかけた。そのとき。

入り口から、一番遠いところに、ちいさな看板がかかっているのを発見。

なんだろ?と思ってみてみると、なにやら、絵画が、飾ってあるらしい。

ここまで来たら、これを見ないとな。

と、帰りかけた、主人と娘に声をかけ、絵画が、飾ってある部屋に、下りていった。

建物の、端の端に作ってあり、非常階段のようなところを、下りていく。

地下1階 地下2階 と、二つの入り口があり、地下2階から、見てあがることにする。

入ると、なんと、大きな大きな屏風絵のようなものが、10枚以上展示してある。

入り口の小さい看板からは、想像できない立派な絵がたくさんあった。

それは、一つの、物語を、紹介してある絵だった。

見ていくと・・・・

あれ???

これ、どこかで・・・・・

あ〜〜〜〜〜〜!!!!


つい先日、親戚の結婚披露宴に招待され、京都の、ホテルへと電車で向かい、その、道に、同じ内容の、お話が、展示してあったのだ。

うそ〜〜〜〜

何これ(驚)

このお話は、和気清麻呂さんと、そのお姉さんの広虫さんという人のお話。

京都のときは、少々名前が違った気がしたが、でも、一緒だ。


今まで、全く、知らなかったお話(歴史に全く興味なし)を、立て続けに見ることになるとは・・・私、何か、関係したのだろうか?と思わずにはいられない。

そう思いながら、絵を見ていくと、どうやら、私たち、出口から入ってしまったようで、絵の番号が若くなっていく。

あらあら、反対から、見てるのね・・・。

そう思っていると、娘が、尿意をもよおす。

主人が、娘をつれて、トイレを探しに外へ出る。

私は、絵を見続ける。

すると、トイレ発見。

外に出なくても、トイレがあった!と、あわてて、携帯を、鳴らすが、ここは、山奥の、地下室。電波状況が悪く、私も外へ出て、上へあがりながら携帯を鳴らすと、通じた。

もう、トイレが見つかったらしい。

そう、それならよかった。と、

今度は、本当の入り口の方から(地下1階)入ってみると、

ど〜〜〜〜ん

と、特別大きな、絵が飾ってあり、それは、多紀理姫命 市杵島姫命 多岐都姫命が、この地に降り立った絵だった。

この絵を見たとき、私は、なぜか、

「あ〜〜〜これを、見るためにここに来たのね・・・」と、おもった。

なぜか、なぜだか、この絵を見たとき、私のほかには、誰もいない、静かな 静かな 空間で、しーーんと、静まり返っていた。

娘が尿意をもよおしたのも、なんだか、計算されていたような・・・・この絵と、私が、静かな中で、ご対面できるように、なっていたような・・・・なんだか不思議な感覚だった。

そして、私はどうしてここに、来たいと思ったんだろう?と、考えた?

あれ?何が発端?

そういえば、宗像3姉妹を調べていて、たどりついたんだったっけ?

宇佐神宮なら、祖父母のところと近いんじゃないか?だったら、訪れることができるなぁと、思ったんだった。

調べてきたなら、別に驚くこともないのだが・・・・

しかし、この場所が、祖父母の家に近いということがなければ、わざわざは、決して来ない場所である。


私は、なんとなく、今回の旅の目的は、ここに来るためだったのだなぁと思えた。


宇佐神宮を後にして、祖父母の家に向かう。

祖父母の家は、山の上に建っている。

2年ぶりの、おばあちゃん80歳。

足が悪いが、元気。

おじいちゃんは、88歳。

なんと、山に出かけているらしい。

おじいちゃんは、耳が悪い。戦争で、悪くしてから、年をとるごとに、悪くなっていて、今では、右の耳元で、大声を出して、やっと、聞こえるほどだ。

おばあちゃんの3番目の息子夫婦と共に、暮らしている。

久しぶりに会って、再会を喜ぶ。

積もる話があるようで、ない。何を話していいかわからず、会話のネタに困る。

私は、祖父母が、どんな、毎日を過ごしているのか?が気になり、話を聞いてみた。

そして、その後、驚く話を 耳にする。

やはりこの旅、「ルーツをたどる」 旅なのだ。 

つづく・・・。



たまっている・・・・

脂肪?贅肉?

あらら、そちらもたまっているけれど、かきたいことがいっぱいあるのに、なかなか かけない・・・

3月は、なぜか、旅行が続き、

大分 千葉 和田山 と、いろいろいって、ここで、ご報告しようと思っているのに、なかなか、落ち着いて、パソコンの前に座れず・・・・。

朝は、マラソンをはじめ、向かえず、夜、早く寝て向かえず・・・・

友人が、「どうしても、やりたいことなら、時間がなくても、してしまうよ〜〜〜」と、いうが、私の場合、記事を書くのに、結構な時間を費やす。

そうしていると、次の旅に出かけており、また、書きたいことが増える。

出さずに、たまる。

便秘状態だ。


書きたいことは、やはり、早く出さないと、新鮮さにかけると、思うのだが、宇佐の旅も、完結していないのに、昨日の、和田山の旅を書くのはどうか?とか、いろいろ考えて、また、書けず・・・・。

入れるだけ入れて、出していない。

やはり、便秘か。


そうか、そうだ。

やはり、毎日、書くということが、大切だ。

毎日出すのだ。

快食快便。

というわけで、何事も、入れるばかりではいけませんので、出して行こうと思います。


TAP TOKYO

今朝、初めて知った活動。

《TAP PUROJECT》

3月22日は 世界水の日 というのだそうです。


私は、今晩から、千葉に向かうので、この活動に、参加できそうです。


http://www.unicef.or.jp/tapproject/about/

宇佐の旅 D 思い出のアフリカンサファリ

私が幼い頃、大分に来て、祖父母に連れて行ってもらった思い出の場所が、アフリカンサファリ。

連れて行ってもらった。という記憶だけが残っている。

娘くらいの、年齢だっただろうか?

なので、娘も、それくらいの記憶に留まるのだろうか?

昨日とは、違って、気持ちよい青空。昨日、無理に、入らなくてよかったぁ^^

今日は、動物たちも、はっきりくっきり見えるだろう。

自分の車で、そのまま 見れる。

さあ、最初みれるのは どんな動物?

鳥だ。

鷲?鷹?

大きな鳥が、アフリカンサファリの、動物たちのえさを、上空から狙っている。

(鳥はいいなぁ えさを発見して、さっと奪い。そして、安全な場所で、食べる。

地震があっても、飛び立てばいい。

洪水が来ても 飛び立てばいい。

鳥って、すごいなぁ。

大災害が来ても、鳥が、一番困らなくてすむかも・・・・。)

と、考えた。

次のゾーンに行っても、今度は、カラスたちが、いる。

そして、地上の動物たちは、一つの種類に、足を悪くしているのが、何頭かいたのが気になった。

歩き方がおかしいのだ。


娘は、入るまでは、興奮していたが、あまり、動物に、興味を示さず、途中、

「おなかすいた〜〜〜」と、袋菓子を、ばりばり 食べ始め、車の外でも、草食動物が、草をバリバリ食べており、

「同じ動物やなぁ〜〜中でも、外でも、食べてるわ」と、笑った。

園内には、動物と、触れ合うことが、できる場所もあった。

初めに目に留まったのが、ポニーの乗馬体験。

ある家族が、やってきて、

「のりなさいよ〜〜」と、おばあちゃんが、孫に促す。

孫は、「いやや」と拒否。

「のればいいのに・・・・」と、おばあちゃんは、不満気。

うちは、「乗りたい!」といわれ、のり、「もう一回乗りたい」と、要求。

「何回も乗らなくていいから。一回でおわり。」と、私が拒否。

乗りたくない子には、乗せたいし、何度も、なりたがれば、止められるし・・・子供は、自分の要求を素直に表現しているだけなのに、大人は、いつも、中庸を求めているんだなぁと思う。

カンガルーのコーナーには、人間との柵が、20センチほどしかなかった。

カンガルーって 人間を 襲ったり しないんだなぁと 初めて知る。

このカンガルーが、一番、笑えた。

どうみても、暇そうに みえる。

リラックスしているのだ。

その、くつろぐ姿が、なんともいえない。

画像は、マヤコミ写真館で。

宇佐の旅 C これがほんとの露天風呂

朝5時半から、露天風呂に入れる。

私は、5時半に入りに行った。

夜、さっさと眠り始めたので、起きられる。

この日の日の出は6時20分と、書いてあった。

露天風呂といっても、内湯とか、いろいろあるだろうから、5時半からはいって、日の出を見てから、あがればいいと思っていた。

ところが、

扉をあけると、外であった。

露天風呂は、ほんとに露天風呂で、ガラッと、扉をあけたら、もう、外で、屋根は、半分しかなくて、露天しかないのだ。

体を洗うところはあるが、思いっきり外。

そういえば、昨夜、娘たちが露天風呂から帰ってきたとき、第一声が、

「寒かった〜〜〜」だった。

そのときは、半分寝ながら、(そりゃ 寒いでしょうよ。露天風呂なんだから・・・)と、思っていたが、今なら、第一声にその感想が出るのが分かる。

と、いうことは・・・・

私は、一時間近く、お湯の中で過ごすということになる。

お風呂は好きだが、なかなか、熱めのお湯で、耐えられるか?

まだ、外は、暗く、なんとなく、白くなってきた・・・という空。

建物の、屋上に、そのまま、お風呂が作ってあって、空と、海が見える。

海の向こうの対岸は、夜の明かりがついて、キラキラしている。

お日さまは、どこから、出てくるだろう。

そればっかり 考えた。

なんとなく、空が、白くなってきて、ここから出るのだな・・・・と、見当をつけた。

しかし、待てども、待てども、お日様は出てこず、私と同じく、早く、入りに来た人が、

「日の出まで、入って(待って)おられますか?」と、聞いてこられた。

私は、「せっかくですので、見てからあがります」と、答えた。

その方も、きっと、扉を開ければ、露天風呂とは、思っておられなかったのだろう。

だんだん 夜が明けてきて、

あ〜〜きっと あそこからお日様が出るのね・・・・と、思うポイントがあった。

そして、そのポイントの、右の方に、山か、雲かわからないものがあって、そこが、紫色になってきた。

その色を見て、

わたしって、この夜明けの色が、すごく好きなんだよなぁ〜〜と、思い出した。

飛行機にのっているとき、すごく綺麗な空に出会うことがある。

あ〜〜〜きれい!!

あまりにも綺麗で、これは、カメラなんかにおさめられない。と、思うほど。

カメラに、目を向ける時間が惜しいという、気持ちもあって、ずっと、その綺麗な空を、1秒も見逃さず、見ていたいと思う。

しかし、周りの人は、平然としていて、

飛行機から見る空って、いつもこんなもんよ。とでも 言いたげに、あまり、外の色に注目していないようだった。

その時の綺麗な空を、思い出した。

色って、空から来るのね・・・・・と、思う。

紫色から だんだん オレンジ色になってきた。

それでも私は、お日さまは、もっと左のポイントから出てくるのだと、思っていた。

日の出をこんなに待つのは、富士登山以来だ。

富士山に登ったとき、寒くて寒くて、お日様が出るのを待ち望んだ。

そして、ぴーーーーーーっと お日さまの光が、一筋地平線上に現れた瞬間、暖かくなったのを、思い出す。

お日さま お日さま ありがとう ありがとう  

私は、心のそこから、お日様が出てくれたことに、感謝した。

光の速さで、あたたかさも、こちらまで伝わることに、驚いた。

そんなことを思い出しながら、まだ出ぬ、お日様を待った。

旅館のお湯係り?の人がやってきて、お湯加減を、見てくれた。

「ちょっと、ぬるいですね。温度上げましょうか?」

いえいえ、あげないでください。

心の中で叫んだ。

ぬるいのだろうか?わたしが、もう、一時間近く入っているので、熱く感じるのだろうか?

もう一人のお客さんも、ぬるいとは、思っていないようなので、お湯係りのおば様は、いいですかね?といって、去っていかれた。

もう、空は、夜が明けたように、明るくなっている。

もしかして、もう、日の出になったのではないか?

海から出るとは限らないし、もう、日の出になったのだ・・・きっと。

そうだ、そうに違いない。

私は、あきらめてお湯から上がったのではない と、自分に言い聞かせるように、お湯からあがった。

要するに、限界だったのである。

そして、ようやく、露天風呂から上がることにした。

脱衣場で、体を拭いていると、バタバタと、人が入ってきた。

若い娘さんも、ものすごい勢いで、服を脱いで、露天風呂への扉をあける。

なんで、こんなに急いでいるんだろう?急いで入って、急いで、出かけたいのか?と思っていたら、

「もう、出てるやん!!」という歓声が聞こえた。

あ〜〜そうか、日の出を見たかったのね。

そうよ。日の出を見たいなら、もっと早く来なくちゃね。

そして、お湯に入って、待つ。これがいいのよ〜〜〜。と、思い、部屋に帰ると、

部屋に、朝日が差し込んでいた。

え!!とおもって、窓の外を見ると、露天風呂の、下が、私たちの部屋だったようで、大きな窓から、朝日が見える。

それも、紫色や、オレンジ色を見せてくれた、あの場所から、お日様が出ているではないか!!

ということはだ、長い間、お湯につかって、日の出を待たなくても、早々にあがって、部屋で、ゆっくり、日の出を待つこともできたわけだ。

なんや〜〜〜〜

私の1時間近くのがんばりは、なんだったの〜〜〜〜。

お日さまは、そんなあたしを、あざ笑うかのように、燦々と照り始め、あんなに待ち望んだお日さまなのに、まぶしすぎるその光に、もう結構 と、障子を、閉めた。

どうせなら、もう少し、後5分でも、お湯に入っていたら、本当に、日の出が見れたのに・・・

旅の二日目の始まりは、こんな感じ。





宇佐の旅  B くっちゃねの巻

飛行機で、九州入りした、私たち。

非常に眠い。

レンタカーが、新しい車で、とても快適に走行するのが原因か?気圧の変化に対応しきれないためか?ただ単に、今朝、早起きだったからか?

「亀正」を、後にした私たちは、早々に本日宿泊予定の旅館に向かい、昼寝をした。

そして、夜になり、夜ごはんを食べに、外に向かった。

くっちゃね。くっちゃね。とは、このことだ。(食っては 寝るの意)

私たちは、よく旅行先で、居酒屋のようなところにはいることが多い。

ごはんや おにぎりが、確実にあるからだ。

娘は、米を食べられれば、それでよい。

最近は、フライドポテトが、あればよい。

ということは、やっぱり、居酒屋がよい。

商店街をあるいていると、白黒の新婚旅行の写真が、たくさん飾ってあった。

宮崎は、新婚旅行の旅先によくなったという話は聞いていたが、大分もか?あまり、聞いたことがないなぁと、思いながら見ていた。


私は、どうしても、ワインが飲みたいなぁ・・・という、衝動にかられていた。


すると、店にはいってすぐ、トイレに入り、トイレの中の張り紙に、

「この味で この値段!!」と書いてあった。

お勧めワインの、張り紙である。

お〜〜〜これは、飲みなさい ということね。

ということで、ワインを注文。

そして、郷土料理の、とり天を、頼んだ。

鳥の天ぷらでとり天。鳥の唐揚げではない。唐揚げに比べると、鳥も衣も柔らかい感じ。

小さいテーブルを囲んで、「これは、こうだね、あ〜〜だね。」と言い合うのって、普段の生活ではあまりない。

普段、外食もめっきりしなくなった私たちは、こうやって、旅行の時だけ、ゆっくりと、向かい合って、一つのことに対して、話をすると、いうことを、するなぁ・・と、思った。

たまにはいいね。こういうの。


ワインは、ビールと違って、どうして、こんなに、気持ちよくなるんだろう・・・・

酔ったときの 幸せ度が、ビールとは、ぜんぜん違う。

なんでだろう?

そういえば、私、ワインを飲んでいるときが、一番、しあわせ〜〜〜って、思っている。

この世にワインがあってよかった^^

ワインを作った人に、お礼を述べたい気持ちで、ワインを頂く。

「この味で、この値段!」のチラシどおりである。

頼んでよかった。

普段は、無口な私だが、ワインを飲んでいい気分で、話しをする。

酔うっておもしろいなぁ。


ふとみると、私の後ろに水槽があり、元気に泳ぐ魚。

昼間も見た光景である。


私たちは、その魚を注文することなく、最後の締めに、郷土料理の一つの、だんご汁を、頼んだ。


だんご汁を頂きながら、先日、友人宅で頂いた、ほうとう を、思い出した。

ほうとうは かぼちゃがメインだったが、こちらのだんご汁は、メインの食材というものはなく、味噌汁の中に、うどんの少し、ふとくて、いびつなものが入っているという感じであった。

場所は変わっても、野菜と味噌と、小麦粉でつくった麺やだんごをいれて、作る料理は、みんなで分け合って、いただける料理だなぁと思った。

おなかも心も、大満足で、いい気分で、店を出た。

いい気分の理由は、ワインもあるが、
福岡よりも 大分のほうが、半値くらいで、食べられるということだった。

2年前、結婚10周年記念で、福岡に旅をしたのだ。

その時の晩御飯の、居酒屋さん。

おいしかったが高かった。

ホテルの上等な、コース料理が食べられるほどの値段であった。

それだったら、ホテルのコース料理のほうが、贅沢な気分に慣れたなぁ・・と、いうことがあったのだ。

大分は やすくて おいしくて よかった よかった

大分万歳!!

しかし、こうやって、2年前の居酒屋のことを、今でも思い出し、引き合いに出して来れるほど、印象に残っているので、面白い。

それ相応の、値段と味ならば、記憶に残ることはないだろう。

高かったから、安いがあるのだ。

そういえば、昔々その昔・・とある水族館で、お昼を食べることになり、頼んだスパゲッティの味が、今まで、食べてきた、どんな、料理よりも、まずかった。

私は、何でも、頂く方だ。が、食べられないほどであった。

しかし、そのスパゲッティは、私の記憶に残り、こうして、10年以上もたっているのに、話題に上る。

最高においしいものと、最高にまずいものは、同じ位置にいるのだとおもう。


私たちは、ホテルに帰り、主人と娘は、お風呂に向かった。

私は、もう少し、酔いが冷めてから、後ではいるね・・・・と、いって、また、眠ったのであった。


瘦せられないはずである。



宇佐の旅 A

到着した日は、曇り。

朝早くからあいている、アフリカンサファリに向かった。

昔、私が幼い頃、祖父母につれいていってもらった、思い出の場所。

どんどん山を登っていくと・・・天気が・・・悪くなり・・・

霧で視界が悪い。

ぞうさん きりんさん 全く見えそうにありません。

で、今日は入場を断念。

明日、天気がよくなることを 祈りつつ、

さて、どこに行こうか?

ということで、「うみたまご」に行くことに。

うみたまご = 水族館

また、厳島のときと同じ 水族館に、予定外で行くことになる。

私は、若いときに、旅行先でかならず、水族館を訪れた。

が、もう、私の中の、水族館のメモリが、いっぱいになったようで、全く水族館に興味がなくなっている。

しかし、またしても水族館。

何があるというのか?


水族館では、たちうおが 綺麗だった。

キラキラ光って 立って 泳いでいた。

まさに たちうおだ。

ラッコは、もらった貝を、ガラスの壁に打ち付けて、割る。

慣れている。

そして、食べた、後の貝殻を、飼育員にかえす。

うまい具合にしつけされている。

しかし、自然な感じではない。

ここに住んでいるから、そうしているという姿。

貝を、自分でもぐって取り、貝殻と、貝殻をぶつけて殻を割るとか、そういうことはしない。

大人は、それを見て、すごいなぁ。しつけされているなぁ。と、思うけど、子供は、

こうやって食べるのが、あたりまえでみているのだなぁと、思った。

水族館に、わざわざ、生きたラッコを見に来ているけれど、本来のラッコの食事の仕方を見ることはできなかった。


見て回ったあと、おみやげ屋の、ぬいぐるみに反応する娘。

亀は、いなかったのに、亀のぬいぐるみを発見。

甲羅と体が離れるようになっていて、私が反応。

しかし、この手のぬいぐるみが、増えてきており、購入断念。


水族館をでて、向かった先が、回転寿司。

今、泳いでいた魚たちが、目の前を、流れる。

人間って・・・・。


このすし屋の屋号「亀正」

この場所に着くまでも、たくさんの亀という漢字があちこちに。

大分は、亀 が好き?


続く・・・・。







宇佐の旅 @ 

今、飛行機のチケットは、インターネットで予約し、自宅のプリンターで、印刷したもので、搭乗することができるのですね。

驚きでした。

なんだか、【チケット】という感じがしない。

飛行機に乗るんだ〜〜〜という、感じもあまりしませんでした。

そんなことを思ったら、飛行機に乗るのに、滑走路を歩くように促された。

ん?

どこにいくの?

と、思ったら・・・・

なんと、ちいさなプロペラ機。

こんなちいさな、飛行機で行くの??

と、少々不安な気持ちが、押し寄せる。

いかん いかん 

チケットが、自宅のプリンターだからって、プロペラ機?

そんなはずはない。

マイレージがたまったおかげで、大人は、無料で、今回チケット代がういたのだが、

そんな人ばかりを集めて、プロペラ機?

いやいや そんなはずもない。

伊丹から大分空港へいくのは、このような、ちいさな飛行機なのだ。

(はじめてだ・・・・)

と、思ったが、初めてでもない。

昔々、ホノルルから、ハワイ島に行くのにも、こんな飛行機に乗ったのだった。


小さい飛行機だと、不安に思うのはなぜだろう?

大きな鉄の塊と、小さなほうでは、小さな方が、飛びやすいではないか。

そう自分に言い聞かせ、乗り込む前に、操縦席のパイロットを目視。

娘に、「あの人が、飛行機を運転してくれる人だよ」と、口では、言いながら、

心では、(たのむよ たのむよ あなたにも家族がいるでしょ)と、わけのわからない思いを胸に、ちいさな飛行機に、案外ビビッている私。

小さいほうが、飛びやすいんじゃないか?と思ったが、小さいほうが、空の影響を、受けやすいので、ゆれることが前提というような、アナウンスや、お手洗の使用の制限などがあった。

そんな、案内があると、ますます、どれだけ揺れるのだろう?と、不安になる。

時間にして、1時間程度のフライト時間だったが、途中何度か、ジェットコースターのような、上下のゆれがあった。

私は、ジェットコースターが大好きなので、そのゆれを感じた瞬間。

おもしろい!!

と、思い、1時間ジェットコースターに乗れると思ったら、楽しいなぁと、わくわく、ウキウキしていたのだが、隣で、ジェットコースターが大嫌いな、主人は、目を閉じ、ただひたすら耐えているようであった。

ジェットコースターが、大好きでよかった。私。


無事大分空港に到着。

着いたときも、もちろん、滑走路を、歩く。

小雨が降っていたので、傘を貸してくれた。

黄色い大きな傘だった。

これは、ほんとに初体験。


ところで、飛行機に乗り込む前から、気になっていた年配のご夫婦がいた。

何かと、目が、そのご夫婦にいく。

そして、飛行機を降りて、歩いていても、そのご夫婦と、一緒になり、レンタカーショップまで、一緒になった。

どうして、気になって、どうして一緒なのだろう?と思った。

レンタカーショップで、車を借りる際、名前の確認があった。

そのご夫婦の名前。「おおもとです」と、おっしゃった。

私は、これから、自分の祖父母の住む場所へ行く。自分の元。おおもとだ。

このときは、そこまでは 思わなかったが、本当に、自分のおおもとを知る旅になる。

そのことを、私に教えてくれたようだった。

私たちが借りることになったレンタカーのナンバーが、【39−39】

大分に来て ありがとう ありがとう って 言われているようで、嬉しい出発になった。


続く・・・。




悩んでいるということ

夜も寝られないほどに悩んでいる人がいる。

すごいと思った。

そこに、真正面から向き合っているのだ。

逃げないで、どうしたらいいかわからず、ただ、向き合っているのだ。

そして、気が付く。

自分のすばらしさに。

悩んで、悩んで、悩んだから、気が付くこと。

そのことに気が付くために、悩んでいたのだということ。

すばらしい。

人それぞれ、悩みの内容は違うけれど、

行き着く先は、同じなんだなぁ。

旅の香り

大分県 宇佐に2泊3日で行ってきました。

旅の始まりは、去年の暮れ。

大分宇佐に住む、私の祖父母に、年賀状を出す際、

一言コメントに、

「3月頃にそちらにいけたらいいなぁ・・・」

と、書いたのです。

何の当てもなく、ただ漠然と。

予定に組み込んでいたわけでもなく。

すると・・・・

いけちゃうんですね^^

それも、3月に。


で、約3年ぶりに、行ってきたわけなのですが、

伊丹の空港に、朝6時30分。

出発まで、1時間近くあるので、朝ごはんを食べることに。

朝早いので、まだ、空いているお店が少なかったのですが、

いいにおいが ぷ〜〜〜〜ん と、漂ってくるではありませんか・・・・

焼きたての、パンの香り・・・・

あ〜〜〜いいにおい

と、ここで、私の記憶の一部が、この香りと共によみがえる。

そう、この香り、秋に、広島に行ったときの、ビジネスホテルで食べた、あの、焼きたてのおいしいパンの香りだ!!

今回の旅も、旅の始まりに、おいしいパンの香りでスタート♪
パンの香りは、なんだか、幸せな気持ちになるなぁ・・・・と、思ったのでした。

と、ここまでなら、何も、ブログに書こうと思わないのですが、

なんと、旅の終わりにも、パンの香りをかぐことに・・・・

旅の終わりは、早朝でもなく、昼間に、地元に帰ってきて、買い物をしにスーパーに入ったら、焼き立てパンのコーナーができていて、いいにおいがしていたのでした。


今回の旅、パンの香りで始まり、そして、終わったなぁと、思ったのでした。



で肝心の旅の中身は、次回。

見守っています

伝えなくてもいいことだけど

ちょっとしたことを伝えることで

その内容よりも、あなたを 見守っている ということを伝えたことになる

心を伝えたことになる

心を通わせて はじめて 信頼感が芽生える

一見、無駄話と思えることでも、そこに無駄は、一つもない。

権力者はいらない

何人かで、仕事をするとき、

リーダーの指示を、待つような関係を作っていては、事が進まない。

日頃から、何でも言い合える関係を作り、いざというとき、リーダーの指示を仰がなくても、

一人ひとりが、自分の判断に自信を持って、行動し、それを、事後報告するくらいになってこそ、

スムーズに、やるべきことを、みんなで成し遂げることができる。

一人で、仕切って、指示を出していくよりも、はるかに、早いスピードで、できる。

そのような関係を 作ってほしい。

感謝するために病気はあるんだね。

娘が、インフルエンザ(多分)にかかり、

多分というのは、調べられなかったから。

調べに行ったら、48時間以内でないと調べられないといわれて、ダメでした。

インフルエンザは、熱が出て6時間後から48時間以内に調べないと分からないそうです。

苦しそうな娘の横で、一緒に寝ていたら、ちゃっかり、しっかり、もらいました。

まずは、主人が、どうやら、うつったみたい・・・と、いいはじめ、娘は、自然治癒力で、治す方法の、ホメオパシーのレメディを使っているのだが、主人は、行きつけの?いえいえ、かかりつけの病院があり、そこに、すぐに行って、薬をもらってきた。

私は、内心、レメディを使おうと、おもわへんのかなぁ?と、思っていた。

薬は、体が、治ったんじゃなくて、症状を抑えてしまうものなので、体のことを考えたら、自然治癒力で回復するのを待つほうが、いいのになぁ・・・・。と思っていた。

そして、その旨を伝えると、

「もう、遅い」と、一言。

主人にとって、レメディは、風邪の引き始めに、取るものと、認識されているらしい。

そういって、薬を飲んでいた。

私の方が、娘とずっと一緒にいるのに、パパのほうがうつるんやなぁ・・・と思っていた。

今回、私が、看病する番なのね。

私は、普段から、医者に行かず、レメディも、とらず、自力で、治す。

というか、治るのを、ただひたすら、待つ。という感じ。

今回は、主人がうつったので、私が、看病しましょう!と思っていたが、


主人が、うつった・・・・といった、次の日、私にも悪寒がやってきた。


娘は、もう、元気になっており、子供元気で親二人がダウンという、なんとも一番、困ったパターンに突入してしまった。

いつも、私が、熱をだしたら、主人が、にらのスープやおかゆを作ってくれるので、今回は、私が、作ろう!!と、思っていたのに、それは、1日だけの行動で、早めに薬をのんで、ぐっすりと睡眠を取った主人は、次の日、ほぼ、体調が戻っていた。

私は、病院にいかず、今回は、主人もダウンしたので、早く治そうと思い、レメディをとっていた。

症状としては、私の方が、遅く、重症な感じ。

主人が、病院に行って薬を飲んだことを、私は、いいと、思っていなかったが、こうして、親二人ともがダウンして、どちらかが子供をみなければならないときに、いち早く動けるようにならないといけない。

そんなときに、体のためには、薬ではないほうがいいといって、薬をのまないことを、二人ともがしていても、どうしようもない。子供を、ほうっておいて、寝ているわけにはいけないのだ。

しかし、主人は、私に、病院に行け、だの。薬を飲め、だの。そんなことは、一言も言わず、自分は薬を飲み、早く、動けるようになって、娘の面倒をみ、熱が続く、私の看病をすることになった。

私は、自分の体を、大事に思って、薬をのまないのだが、そんなこと、余裕があるからできるんだなぁと、初めて思った。

そして、その余裕の行動というのは、支えてくれる人がいて、成り立っている。

なんと言うわがままな、病気の治し方なのだろうか。

今回、ほぼ同時に、風邪を引いたことで、初めて気が付いた。

そして、私は、今回、風邪を引くということで、普段よりも、いろいろと、世話をしてもらうと言うことに対して、ありがたいことだと思ったのだが、

このこともよく考えてみると、いつも、私は、してもらっているばかりなのだと、気が付き、普段と、なんら、変わりがないような気がしてきた。

元気なときも、いろいろと、してもらうことが多く、主人は、いろいろと、してくれることが多く、病気でも元気でも、大して変わりがないと思った。

今回、病気になったということは、私は、普段からいろいろとしてもらっていることに、気が付きなさいということだったのか?と思った。

ただ、何がちがうかというと、私が心から、主人にありがとうをいう気持ちになっているかどうかがちがう。

元気なときは、軽い ありがとう。

病気のときは 本当に すまないねぇ ありがとう  と、結構 重いありがとう。

はかりで計ったら、明らかに重さが違ったとおもう。

主人はいわば、自分の体を犠牲にして(ちょっと大げさ?)私たち家族の面倒を見てくれたのである。

日頃も、そうなのだ。

外で、身を粉にして働いてくれているのである。

軽い 感謝をしている場合ではない。

心から、感謝申し上げる。


こんなことを感じた今回のインフルエンザ(多分)。

自然に治すか、薬を使うか、時と場合によって、使い分けるのが必要である。






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摩耶
京田辺在住です。

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