黄昏泣き

子供を生んでから初めて耳にした言葉。

「たそがれなき」

夕方に、子供がぐずることを 黄昏泣きというそうだ。

うちの場合は、夕方にぐずるということはなく、しょっちゅうぐずっていたので、黄昏泣きだと思う【泣き】は 思い出としてない。


昨日、娘は算数の宿題をしていた。

55問の引き算。

6列に分けて、問題がかいてある。

1列問題を解くたびに、私に、合っているか見てくれと、いう。

合っていたら、「パーフェクト!!」と、いうと、喜んでいた。

5列目の問題をといて、みせてくれたが、

3−2=6

と書いてあった。

足したわけでもなく、どうして、どういうわけで、6になったんだろう?


娘は、手の指を使って、問題をといている。

片手に5本ずつ指があるので、10までの計算が、解ける。

1+2 の場合でも、指を使っている。

そして、 1 2 3 と数えて答えを出している。

3−2=

左手を開いて、右手で3本の指を立てたらしい。

数えて・・・・

8−2 の計算をしたことになる。

6だ。

それなら分かる。

指で、数を数えているから、起こった間違いだった。

なるほど!!と感心している横で、娘は、泣き始めた。

「いいやん 一個ぐらい間違っても」

この手の、言葉がけは、娘には逆効果。

どうしても、全問正解したかったのである。

最近、このような 「〜〜〜〜したかったのに、できない!!」泣き、というのが、多い。

また来たな。という感じである。

泣いているというより、間違った自分が許せない!という感じで泣いている。

だんだん 泣き は エスカレートしてくる。

私を叩いたり、蹴ったり 暴力的だ。


その様子をみていると、黄昏泣き を 思い出した。

夕方この時間に泣くのを、黄昏泣きって言うんだったっけ。娘は、小さいときは、体がかゆくて黄昏泣きを経験していなかったので、今、しているのかも。と、思えた。

算数の問題を間違って、泣いて怒って、母親に受け止めてもらって・・・・なんと、幸せな時間なんだ。

こんなことで、泣いて怒って・・・をしたいんだなぁ。黄昏の時間に、泣くというのも やってみたかったのだろう・・・・と、最近の私は、寛大だ。

一生懸命泣いて、汗だくの娘を団扇で扇ぎながら、幸せな黄昏泣きを満喫した。

しばらくして、落ち着いてくると、

「まま ごめんな。ごめんな。」と、謝る娘。

「謝らなくて いいよ。泣きたかったんだから。」



なんて、幸せな時間。

はじめて 来てくれた 子

人間に育てられた 象は、

象の群れで生きてこなかったため、子育ての方法を知らなかった。

3度目の妊娠で、初めて はじめて 赤ちゃんが生まれた。

赤ちゃんが、立ち上がって、お乳をのもうとするが、母親は、飲ませようとしなかった。

小象が見えなくなると、あわててどこにいるか探すようなしぐさをみせるが、母親は、小象を鼻で持ち上げ、高いところから落とすなどの行為をし始めた。

母性はあるようだが、どのように扱っていいのか分からないといったようだった。


飼育員によって、小象は、育てられた。

小象は、母から お乳を一度ももらえなかった。

しばらくして、小象が、柵にある 突起に、しゃぶりつく癖が出てきた。

その高さは、母親のお乳の高さと、同じくらいだった。


柵越しに、母親と子が、触れ合う機会を経て、一緒に暮らせるように促されたが、母親が妊娠していることが分かり、また、引き離された。

弟が生まれた。


母親は、弟には、お乳を飲ませることができた。

一人目のときには、どうしていいのか分からなかった母親だったのに・・・。結局、一人目にはお乳をやれなかった。けれど、二人目には、できた。

一緒には暮らせていなかったけれど、そばに赤ちゃん象がいた。ということだけで、母親は、多くを学んでいたのだ。

そして、高いところから落とすというようなことも、せず、母が子を育てることができた。


一人目の子は、まだ、一緒には暮らせていないが、一人目の子がいてくれたから、二人目の子の子育てがスムーズにできているんだと思った。



どの世界でも、一人目の子は、本当に 親を、親にしてくれるために、きてくれているんだと思った。




わが娘を、抱きしめたくなった。

今 この瞬間♪

どうして、こんな感覚になったのか?きっかけは、なんだったか・・・・?

振り返ってみると、知人に、言われた言葉。

「近い過去に 生まれていたんですね」という言葉。

鍬で、畑を耕したり、藁を編んだり・・・あんまり、教えてもらわなくても、体が覚えているという感覚があって、そのことを話したら、「最近生まれていたんでしょうね。」と、言う言葉をいただいた。

そうか、最近か・・・・。

みんなは もっと 前に生まれたりしていたのか?

でも多次元だというから、どこのどの時代というのは、同じ時間の流れの上に、ないんだよなぁ・・・と、あんまり分かっていない頭で、ぼんやりと考えた。

ん?

ということは、

みんな、いろんなところで、生まれてて、いろんな人生を経験していて、そして、今、ここの時代に、来ている人は、みんな、いまここを 望んで、いまここ にいるのか・・・・と、

それも ぼんやり分からない頭で おもっていた。


最近、私の恩師が、菓子製造と、喫茶店営業の許可を取るべく、保健所に申請を出された。

私は、ちょうど、1年前に、その許可を取っていた。


なんだかね。

そのことが、すごく、私の中では、じんわりと じんわりと いまここを感じる出来事でね。



今 ここに 生まれてきて、同じことを 同じくらいのタイミングでしている。

今 ここに 生まれてきて、同じ場所で 生活をしている。

今 ここに 生まれてきて、なんと 家族になっている!!

今 ここに 生まれてきて、一緒に笑っている!!!



そのどれもが、


すごく すごく 貴重なこと 

今 ここにいて 今をともに生きているというだけで、

【そうしたかったんだなぁ 私 それを望んで 今ここにいるのか】 と おもってね。


そしたらね。

いつもちょっと、少し先とかの事を考えて、

今をじっくり味わっていなかったような気がして、

子供といても、今の笑顔を、じっくりみるというより、少し先の寝かせることなんかのことが、頭の大半を占めていたりして、その笑顔を100%堪能していなかったように思ってね。

なんだか、もったいないことしてたなぁと そういう感覚になったのです。

さっきも、娘が、機嫌よくしていてね。

いつもなら、この間に、用事をすませて・・・・と、思っていたんだけど、

その、機嫌がいい娘をみていよう と いう 気持ちになって、

すごく 幸せだなぁと 思ったの。

用事は、その笑顔をみてからでも、できるんですね。

 
今 この瞬間が、以前よりも 輝いて見えます。


すべていいタイミング。

最近、家族のことが気になっていた。

自宅を開放しているが、主人や、娘が、過ごしやすい家になっているだろうか?

そんなことを考えて、少し家の使い方を、替え始めたら、私の母が、うちに来ることになった。

急といえば、急だが、予想していたといえば、予想どうり。

それが、今だということ。

自宅開放は、少し、お休みして、家族が、落ち着いて過ごせるように、生活をしていくつもり。

娘も、6人家族になったといって喜んでいる。

母は、自分のせいで、私がしていたことが、できなくなったのではないか?といったが、私は、

「ここに来てくれる人が、喜んでくれるのも嬉しいが、母が、喜んでくれるのが一番嬉しいし、私もちょうど、お休みしたかったところ。いいタイミングやわ。」


というと、それならよかったと、笑った。


母が、いるというだけで、なんだか、家の中が、活気付いている。

会話も増えるし、笑い声も増える。


というわけで、また、あらたな生活がスタートします。





傷つかない私

6年前、子供を生んだ。

その子は、私と、1グラム違いで、生まれてきた。

私は、昔から、母が、「あんたが、生まれたときは、とても小さすぎて、誰にも見に来て欲しくなかった」と、言う言葉にとても傷ついていた。

私だったら、わが子が、どんなに小さくても、どんなに大きくても、それ以外の理由でも、見に来て欲しくないとおもうかなぁ?と、思っていた。

実際生まれた子が、1グラム違いだった。

私は、見に来て欲しくないなんて、ちっとも思わなかった。


私は、出産後、母に、手紙を書いた。

今まで、見に来て欲しくなかったといわれて、その言葉を聞くたび、嫌な思いをしたこと、私の娘は、1グラム違いで生まれてきたが、私自身は、見に来て欲しくないということは、全く、思わないということ。
そして、その両方が、どちらが、正しいとか、間違っているというのではなくて、同じことが、起こっても、それに対して、全く正反対の気持ちを持つものもいるんだということをわかって欲しいということを書いた。

今思えば、自分にそのことを言っているようなものだ。

当時は、心のどこかで、 【母は、間違っている】と、思っていた。

そう思いながら書いた手紙は、母には、「きつい手紙を書いてよこした」とだけ、受け取られたようで、内容は、覚えていないらしい。(後日談)

それから、6年。

先日、また、同じ話を、母が、私にし始めた。

大きくなった娘の、寝顔を見ながら、思い出話をしているのだ。

「あんたがうまれたときはなぁ〜〜〜生まれたての赤ちゃんなんて、みたことなかったしな〜〜」

そして、最後は、「もっちょっと 大きくなるまで、見に来て欲しくないと思ったわ」で終わった。

それを聞きながら、なんとも思わない自分がいた。

私が、言ってほしくないと 言ったことも、忘れているし、また、この話を、ちょっと、嬉しそうにする母。別になにも、私を傷つけようとして、言おうと思っていないし、それは、今も、そして、昔も、そうなのだ。

そこにいた自分が、傷つく自分だったんだなぁと、思った。

「また その話しんといて!!」とも、思わないし、

(あ〜〜おかあさんは、私が生まれて、初めての子で、とっても小さかったのに、驚いたっていってるんやなぁ・・・)と、

穏やかな心で、母の話を聞いた。

今まで、何度もこの話を聞いたが、聞くたびに、私の心がトゲトゲ イガイガしていたのに、同じ話を聞きながら、なんとも、嬉しいような感覚になるとは・・・・

人はかわいい かわいい ものですね〜〜〜〜

面白いつながり

先日開催した 陶器市では、面白いつながりを感じる出会いばかりを見せていただいた。

そのなかの一つを紹介すると、

私は、先週、畑に行き、そこで、隣の畑の男の子にパンを頂いた。

娘がそれを気に入って食べ、もっと食べたいということで、帰りに寄ってみた。

パンは殆どなかったが、陶器市のチラシを置かせてくださいとお願いして、おかせてもらった。

そのとき、2枚しかチラシがなかった。

もう、日にちも迫っているので、効果はあるかな?と、思っていた。

すると、そのパン屋さんで、チラシをみたという方が、陶器市に来てくださり、私が作っている、小麦粉と水で、パン種を作って、焼いたパンに興味を示された。

陶器市で、このパンを試食していただけるように、焼いていたのだ。

大変興味を示されて、作り方を知りたいということで、レシピを差し上げた。

パン屋さんつながりで、パンに続く、面白いつながりだなぁと思った。

また、このパン屋さんのおかみさんと、今回、陶器を展示した、私の知人が、昔の知り合いで、ちょうど、同じ日の、同じ時間帯にこられ、昔話に花を咲かせておられた。


あのとき、畑でパンをくれた、男の子が、みんなをつないでくれたような気がしている。

畑で、めったに一緒にならないのにね。

パンを分けてくれてありがとう。

【経験するということ】

なにかをして その結果が、うまくいったとか いかなかったとか

うまくいけば、よかった

うまくいかなければ しなければ よかった

そう思うときがあるけれど、

そんなこと ちっとも関係ないんだね


経験をしたか しないかが 大切で、

結果が よかった 悪かったかは 問題ない


その時に うまくいかないことも、何年も、何十年もたって

うまくいかなかったという経験が、自分の中で熟成している


そして、体が、そのことを覚えていて 今度は、うまくいく

なので なんでも やってみることなんだね。

それが、経験するということなんだね。

京都チャリティーファンラン

昨日、家族3人で、走ってきました。

今回は、娘が参加したいといったので、2,5キロのコースを走りました。

人がたくさん溢れていて、少々走りにくいコースでした。

走る場所に向かうのは、日吉ダムマラソンに続き2度目ですが、いいですね。景色がいいところで、走るんですね。マラソンって。

あ〜〜〜これがいいのよね〜〜〜 と まだ、2度目なのに、何度もいろんなところを走ったかのような感想が出てきました。

娘は、早く走りたくて、うずうずしていました。

うずうずと、わくわくが、一緒になっている感じで、落ち着かない様子。

私は、どうなるだろうなぁ・・・と、楽しみにしてました。

2,5キロを走りきるのか、途中で嫌になるのか?

ものすごくペースが速いのか?

日吉ダムの時には、10キロを、友人と走って、私のペースにあわせてくれたので、とても楽に走れました。

が、今回は、娘と一緒にということで、自分のペースで走れないのが、とても大変だと感じました。

娘は、飛び跳ねるように走っていました。主人は、娘にあわせて走ります。

私は、だんだん だんだん 離れてしまいます。

でも、娘の走る姿を見たいので、姿を追って、走ります。

一人で走っていたならば、こんな走り方しないよなぁと思いながら、自分のペースで走れないというのは、とてもつらいなぁと思いました。

いつも、私は、周りに合わせてもらっていたのだなぁとも思いました。

娘のペースは、速かったり遅かったり安定しなかったので、時々追いつきました。

でも大体が、娘と主人が、10メートルほど先を走っていました。

小さい子供たちも走っていて、何人かの子が、転んで、泣いていました。

伴走者に元気付けられたり、なだめてもらったり、する姿を、あちらこちらで見かけました。

中盤にさしかかると 今度は、娘が、止まっています。

膝の裏が、かゆくなったらしいのです。

今度は、主人が、娘をなだめたり勇気付けたり、ズボンをめくったり・・・・いろいろと、してあげています。

そして、娘は、また走り始めます。

そんなことが何度かありました。

転んで、走れない子もいるし、娘のように、かゆくて止まる子もいるし、つらくなってペースが落ちる子もいるし・・・・。

理由は違うけど、【みんな 同じだなぁ】と、思ったのでした。

ゴール付近で、一緒になり、3人で走る感覚も体験しました。

そして、ゴールの旗が見えると、娘は、ダッシュ!

ラストスパートをかけていました(笑)

タイムは、20分26秒でした。


マラソンに、人生を感じました。

みんなそれぞれだけど、みんな一緒。

どれだけ走るかとか、タイムがいくつだとか そんなことはあまり問題ではない。

その過程を体験するということなんだなぁと・・・・。


子供がつらいとき、親は手助けをしてやり、子供が一人で走れるときは、後ろで見守っている。

そうやって これから 歩んでいくんだなぁと思いました。

人がいい

結局 最後は、人がいいかどうかだ。

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摩耶
京田辺在住です。

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