高知県の旅 C 高知城

1日目、豪雨な為、柏島に向かっていたエスティマ号は、高知県の中心部に引き返し、
はりまや橋を見学。

しかし、このときは、もう雨は上がっていた。

主人は、「あんなに 降ったのは、今日は、海にいくなということだったんやな」と、最近、このような考え方をするようになっている。

そして、高知城へと、向かった。

まただ、また、お城。

これも、計画していなかったが、お城が近かったため、訪れることに。

ここでは、石垣の修復のようすが、たくさんのパネルで紹介されていた。

石垣を崩して、積みなおすのだが、使えない石は取り除くが、使えるものは、元の場所に、積みなおしているらしい。

なんとも、気の遠くなる作業なんだ。と思った。

昔の石垣を、そのまま後世に残すために、そこまで、しているんだなぁと思った。

また、高知城は、今までみてきたお城にはない特徴があって、
(といっても、今までみた中、だから、他のお城には、普通にあるのかもしれないが)

雨が、集まって流れ落ちる場所に、木の杭のようなものが、お城の石垣から、垂直に飛び出していた。

この地域は、昔から、雨が多いそうで、雨が集まって、流れ落ちるところは、長年の間に、水の力で、岩をも砕くので、そのようなものを、つくってあるようだった。

この場にお城を建てるからこその、配慮。

今いる、自分が住んでいる場所をよく知り、それにあわせた、生き方を、していきなさいといわれているようだと、思った。

高知城は、松本城と、同じく、現存天守で、見ごたえがあった。

お城は、やっぱり、こうでなくっちゃ。

しかし、このとき、私は、まだ、現存12天守という、言葉を知らず、一週間後に、彦根城に行くことになっていたのですが、その前の日に、高知城も彦根城も天守閣が、現存していることを知ったのです。

松本城も現存。

私は、現存に惹かれていたのです。

ちなみに、姫路城も、現存12天守の一つで、今年の10月から、修復工事が始まり、3年間、すっぽり、幕で覆われるそうで、みるなら、今!らしいです。まあ 4年後でもいいんですけど^^

高知城で、一番心に残っているのは、鯨漁の模型。

大きな鯨を、小さな人間が、釣る?捕る?って解体している様子が、模型になっていました。

鯨を捕るしか、食料がなかったときが、あったのでしょう・・・・。

じゃないと、あんなに大きな魚を捕ろうとおもうでしょうか?

はじめは、小さい鯨をとってみたのでしょうか?

そしたら、おいしかったので、大きいものにも挑戦したのでしょうか?

命がけで、漁に出ていたんだろうな・・・と、いろいろ 考えちゃいました。

高知=くじら と 思っていなかったので、意外でした。


高知城のあと、はりまや橋、の地下道で、目に留まった、寺田寅彦さんという、人の家が、近くにあることを知り、そこに向かうことにしました。

なぜ、目に留まったのか・・・

行ってみてわかりました。


寺田寅彦記念館の巻きは、また今度。

まあるくなる 水

さといもの葉っぱは あさつゆを うける形にできているみたいに

空のほうを向いていて

手のひらを そっと 空に向けたような 形だ

ハナミズキの花も そんな形だったね


さといもの 葉っぱの上から

シャワーで水をかけると

水が ころころ 転がって まあるい 水の玉になる


となりの 蘭の葉は 葉っぱの形が 違うので

同じように シャワーの水をかけても

水が まあるい 玉にならない


同じ 水なのに

受け取る側の 形 で

水の形が かわるんだなぁ


私たちも


受け取る 私たちの心の形によって

同じ水が 降ってきたとしても

まあるい水の玉となって 受け取れたり

するすると 留まることなく

おちていってしまったり しているのだろう


いつも 心を さといもの葉っぱのように

空に向かって ひろげていたいなぁと おもった

今朝の 私


さといもの葉の上の まあるい水が

なんとも なんとも

うつくしく

みていて心が 洗われるような

大好きな 水の形

笑いあう

実家の片づけをしつづけている。

捨てるもの、捨てられないもの 人にあげるもの この3つに分けるのだが、なかなか、分けられず、うちの家の2階の一室に、入るだけは、持ってこれるといっているのだが、もう、その部屋が、満タン。

このままだと、立って寝るしかなくなる。

しかし、まだ、実家の2階には、荷物がたくさんある状態。

そこで、一度、母に、確認してもらうことにした。

どれだけの荷物を運び込んでいるのかということを。


いつも、実家で荷物を作って、私が、車に積み込んで、うちに持ってきている。

母は、まだ、実家で寝泊りしているので、最初の数回のみ、荷物を運び入れるのを、こちらに来て手伝ったが、あとは、ずっと、実家にいるので、みていない。

引越しやさんにきてもらって、大きなものも運び入れた。

そして、まだ、小さなものを、毎日少しずつ運び込んでいる。


久しぶりに、うちに来て、荷物をみる。

「まあ 想像していたけど・・・。」と苦笑い。


私が若い頃使っていたベッドを、母が使っていて、娘が大きくなったら、使ってもらおうと、処分しないで、持ってきた。

娘の部屋に入れたベッドを、組み立てようとしたら、母も手伝ってくれた。

すると、娘も手伝いに来た。

ネジをとめるだけの簡単な組み立て。

組み立てるのではなく、パーツを固定させるという感じ。

娘は、ネジをとめたい と、一つずつ、力をこめて 止めていった。


すると、

力を込めすぎて・・・・・



   ぷーーっ 



と でた。


床にお尻をつけていたので、木の床で、音が響いた。

私も、母も、娘も 顔を見合わせて、大笑い。

もう、お腹がよじれるほど 大笑い。

母でもなく、私でもなく、娘が おならをしたのが 面白くてたまらない。

娘は一瞬、笑われて、恥ずかしい表情をしたが、やはり、面白くて自分も大笑い。

ゲラゲラ わははは 大笑いしていたら・・・・

不思議なことに

だんだん 悲しくなってきた。

なんだか、不思議なんだけど、笑いすぎて、

ただ単に、涙が出るのではなくて、

え〜〜〜ん え〜〜〜〜ん と、真剣に泣きたくなった。


笑いと悲しみの関係って、まあるく 円になっているのかな?とおもった。

そのことを、泣き出しそうになりながら、母に話すと、

「笑うってことのほうが、悲しいより すごいってことや」と、悟ったようにいった。

悲しくて、悲しくて 泣いていて、一線越えると、笑いに替わるのだろうか?

そちらは、私は、まだ、経験がない。


母が、うちに同居することを決め、この引越し作業を始めて、2ヶ月くらいがたつが、なんだかんだいって、この作業が、楽しかったりする。

私にはガラクタにしか見えないものたちに囲まれて、(母には宝物)ひっくり返っている部屋の中の、狭い 狭いスペースで、カレーをたべたり、昔 家族で連絡ノートを作っていて、それが出てきて、昔を懐かしんだり・・・。

そうそう、その連絡ノート、発見したのが8月15日。

最後の連絡をかいているのも、8月15日で驚いた。


片づけをしていると、この片付けを終えようとか、目標が、もちろんあるんだけど、今、この、とんでもない、状態が、とても、面白く、とても貴重で、楽しいなぁ おもしろいなぁと、思っている。

 
それも、これも、一人では、楽しくない。

いつも、そこに、母がいるのだ。

娘がおならをして、大爆笑のときも、私と、娘だけでは、わはは〜〜〜と、笑って、おしまいだったかもしれない。

そこに、母がいると、なんだか、笑いが、倍増する。

「今のは、いいタイミングやったな〜〜」とか、

「いい音やったなぁ」とか、

いいあって共感する相手が、そこにいることが、笑いを倍増させることになるんだなぁと思った。


誰かが、おならをして、大爆笑。

そのたびに、昔、私の知り合いが 1枚のはがきをくれた、その一言を、いつも思い出す。

「おならは いいね  みんながわらうから」

逢う

逢う って おもしろい

逢いましょう って 約束しても 逢えないときもあるのに

逢いましょう って 言ってなくても 逢える時がある

人と人が 出会って、話しをするって 細い針の穴に 遠いところから糸を通すような感じかな?と思った

朝 家の前で 挨拶を交わす ご近所さんも とても とても すごい確率の上で 挨拶を交わしているのだ

なんだか そう思えた

明日は どんな人と逢えるかな?

誰と言葉を交わすのかな?

さらけ出す

自分を そのまま さらけだそう

【こんなことしたら だめかな?

こんなこと おもっているのが しれたら どう おもわれるだろう?】

何に対して思っているのか 世間様に対して思っているのか

誰かの目を気にして 

自分をさらけ出すのではなく

何かを たくさん 身にまとって 本当の自分の姿が 相手から見えないように していない?

いろんなものを 身にまとった分 あなた自身に必要なものが わかりにくくなる

さらけ出して 

身にまとっているものを 剥ぎ取って

【私は こんな人なんです

こんな部分も もってます

今 こんなことを 思っているんです】

と、あらわすと

本当の自分に必要なものが 目の前に あらわれる


いろいろ 身にまとって生きている方は 早めに 脱いだほうが よさそうです

高知県の旅 B はりまや橋

金曜日の夜に出て、土曜日は、一番遠い柏島に行くはずであった。

が、

豪雨のため、主人の判断で、途中で引き返し、予定を入れ替えた。

主人の判断 というのは、 私は車の中で、眠っていたのである。

ということで、朝早く、着いたのは、

「はりまや橋」

娘をつれて、二人で見に行った。

(は?と、思うほど、小さいよ。)

と、がっかりするよ というような話を聞いていたが、

私は、綺麗な、赤い橋だなぁ・・・と、思った。

はりまや橋の近くに地下道があって、そこに、降りてみた。

朝7時ごろである。

降りていくと、ムッとする、こもった空気を感じる。

地下はあついんだなぁ・・・・と、思う。

すると、備え付けのベンチに、荷物が置いてある。

ここで、寝泊りしている人がいるようだ。

私は、旅行のはじめに、ここにくることになっていたんだなぁ・・と、思った。

この荷物の持ち主は、そこにはいなかったが、反対側の上り口の方から、台車を押して犬をつれている人が、歩いてくるのが見えた。

この荷物の持ち主さんだなぁと、思う。

すると、荷物の持ち主さんには私たちは、柱でかくれて見えなかったようだが、犬が、私たちに気が付き、吠え始めた。

地下道に、響き渡る 犬の鳴き声。

不思議なことに、持ち主さんが、私たちを確認できると、犬は吠えるのをやめた。


持ち主さんは、年齢60くらいの女性であった。

ここにおいてある道具が、自分の荷物のすべてなんだろうか?と、思った。

今、母の荷物を片付けているので、その量の違いを感じていた。

地下道の展示物をみて、また、おばさんの近くを通りかかった。

私は、何か、声をかけようと思った。

すると、おばさんが座っているベンチの後ろに、タッパーが落ちている。

中に、何かは入っていたような、タッパーだ。

これは、間違いなく、おばさんのタッパーだと思い、拾って、

「これ、落ちてますよ。」と、渡すと、

「あ・・・あ・・私のじゃないけど・・・・」と言って、手を出された。

私のじゃないけど、もらっておくわ。ということか?

なんだか、私と娘が、ここにいるのが、落ち着かないといった感じだった。

誰のものか知らないけど受け取っておくので、もう、どこかに行ってくれ。という感じを受けた。

人間不信になっておられるような、なんだか、そんな感じでした。

私は、もう少し、何か話ができないか?

いつからここにいるんだろう?とか、いろいろ思ったが、タッパーを、拾って渡すのが精一杯だった。



はりまや橋が気になって、行くことができて、行ってみたら、こういうことがあって、

それを、旅から帰ってからも、しばらく考えていて、そして、ようやく、最近、はりまや橋の意味するところが分かった私。

時間かかります・・・。

ビッグイシュー初購入!

昨日、ミュージカルアニーを観劇に行きました。

電車で大阪に出ました。

主人について、とことこ歩いていきました。

道案内は、主人に任せています。

すると、

目の前に、ビッグイシューを掲げているおじさんがいます。

「あっっ!!これ買っていい?」といって、私は、まっすぐ おじさんのほうに向かいました。

私が、歩きながら、財布を取り出す様子をみて、

おじさんは にこにこ わらっていました。

主人が まっすぐ このおじさんの もとに 案内してくれたようでした。

「がんばってください」と、声をかけました。



主人は、これなんだ?という顔をしました。

私が、自宅に来られた方に、ビッグイシューの宣伝をしているのを、知っていますが、それが、なんなのか?ということまで、知らなかったのです。

私も、主人に説明してなかったのか・・・と、驚きました。


ビッグイシュー日本版
http://www.bigissue.jp/about/index.html


主人について歩いていましたが、道を間違えていたようで、ビッグイシューを買うために、そこまで歩いたようでした。

私たちは、引き返す格好で、そこを離れたのです。


道を間違えたのではなく、ビッグイシューを買いに行って、そして、劇場に向かったのです。

無意識ですが^^;


ところで、ひそかに、驚いていたことが もう一つ。

ビッグイシューの販売員さん。

父 そっくり でした。


驚!

ここ最近で、一番驚いたこと


主人が・・・・




7月の始め頃から・・・・・




昼休みに・・・・・









ジョギングを始めていたのです!!!!




そして、今月末にある、琵琶湖マラソンに エントリーしていたのです!!!





ほんとに 主人が 走るように なっていたんですね・・・・


私の苦手だったマラソンなのに、夫婦で、大会に出ることになるとは・・・・。

人生、なにが、どうなるか 分からないものですね。

今、私も、毎朝、早く目が覚めてしまいます。

そして、毎朝、走ってしまうのです。

天の神様に 

「明日から 走るので 起こしてください」と、寝る前に思って、寝たら、起きられたのです。

それまでは、朝寝坊のリズムが付いていたのに・・・・。

面白いですね。



朝の空は、最高に贅沢な 心の栄養になります。

手を思わず、空に向かって広げます。

朝は、なんだか、とても 特別な 気持ちになります。

なんというか、空が、私のほうを、みているような・・・

そんな気持ちです。

あさつゆ

ほんのひとしずく

ひとしずくが

葉にたくさんついている

その葉が たくさん生えている

私は そこを通り過ぎる

ほんのひとしずくのあさつゆなのに

葉の中をとおりすぎると くつが ぐっしょり濡れている

みずたまりに 入ってはいかないけれど

あさつゆのついた 葉の上は とおってしまう

くつはぐっしょり濡れるんです 

ひとしずく すごい ちからに なるんです

彦根城へいくはずが・・・・

私の住むところから、彦根城までは、1時間ちょっとでいけます。

なので、朝、10時頃に家を出ました。

彦根に着いたら、お目当ての麺どころにいって、彦根城を見学という、予定でした。

友達2家族を拾って、母子合計7人で、出発。

天気は快晴で、気持ちよく、順調に走っていました。

ところが、高速、彦根の降り口を、通り越してしまいました。

では、次の降り口で降りよう
 
と、いうことになりましたが、なんと、そこも、降りそこない、

私たちは、関が原で、降りました。

関が原に来ることになっていた?私たち。

そして、養老の滝を目指すことにしたのです。

養老の滝は、とても すばらしく、行こうと思っていなかったのに、来れた。というのが、倍おもしろく、景色をより感動的にしてくれました。

前の日が、雨だったので、滝の水量がとても多くて、滝の目の前までいけて、迫力がありました。

ずっと ここに いたいなぁとおもうほどでした。

昼ごはんに、予定していた店には、いけなかったですが、養老の滝のところにある店で、流しそうめんを体験しました。

子供たち大喜びでした。

まさか、養老の滝で、流しそうめんを体験するとは・・・・。

養老の滝は、標高の高いところにありましたので、その店からの景色もとてもよかったです。


養老の滝を満喫し、私たちは、ひこにゃんの待つ、彦根城へと向かいました。

その車のなかで、なんで、養老の滝にいくことになったんだろうね?と、話していると、Yちゃんが、あっ!!と、いい、「養老の滝も行きたいって言ってなかった?私」と、言いました。

実は、今回の旅、Yちゃんが、4つの場所をあげて、どれか、ご一緒しませんか?と、お誘いを受けたのです。

それは、

和歌山の海

鳥取砂丘

彦根城

そして、養老の滝だったのです。

そんなこと、すっかり忘れていましたが、メールを確認してみると、確かに、そう、かかれてありました。

すごいなぁ

いきたいと思っていたから、行くことになってたんやなぁ。と、いいながら、高速の降り口を通り越したときのことを振り返っていると、Yちゃんが、急に、私に質問をしてきたのです。

私は、もうすぐ、彦根だと思いながらも、質問に答えている間に、通り越したのでした。

Yちゃんの 夢をかなえる力というのは、恐ろしく強いんだなぁと、検証し合っていました。

ようやく、彦根に着きました。

養老の滝からは、1時間でした。

予定より、倍近く行き過ぎていたことになります。


彦根城も、とても高いところにあるんですね。

この日は、高いところから、景色を見渡す体験ばかりをしました。

彦根城だけにいくはずだったところが、養老の滝も行きましたので、夕方になり、子供たちも、走り回り飛び回り、上り下り、たくさん動いてお腹が空いたと、いうことで、晩御飯を食べて帰ろうということになりました。

ここまで来たら、ビビビッとくるところにはいろうではないか!といいながら、あるいていると、Yちゃんが、ビビビッと、来ました。

Yちゃんが 後ろから、「まやちゃ〜〜〜ん」と、叫んだ瞬間、隣にいた、Lちゃんが、「あの店に反応すると思ったわ・・・」と、予想をしていた発言をしました。

この日、1日、Yちゃんの思い通りにことがすすみ、また、ここで食べたのが、昼に食べたかった、ちゃんぽん。

それがまた、おいしかったのです。


ありがとう。Yちゃん。

私だけでは、とうてい体験できないことを させていただきました。

とっても、面白い1日でした。



許すというお題を頂いているだけのこと

過去の何かにこだわって 

今でも 許せない何かがあるのは

今の自分に 満足していないからではないだろうか?

今の自分に満足できたならば

過去を経て今があるのだから

自分の身に起こったことすべてが よし とできるだろう


では なぜ 今の自分に 満足していないのだろうか?

あなたは どこをめざしているのだろうか?


自分で決めた 自分の理想や 相手に対する理想

それが 自分の思い通りにならなかったから

今の自分を否定しているのか?


表面は 幸せに見えても 心の中は 寒いだろう


相手が許せないのは 自分自身を許せないということではないか?


もっと 楽に生きられるのに・・・・

つらい過去があるというのは それを 許すというお題を頂いているだけのことなのだ

許すということが難しければ 難しいほど できたときはすごく高みに登っていることだろう

 
あなたが どんな風に そこから 抜けていくのか 楽しみにしています

高知県の旅 A 寄せられる情報

四国が 気になってきたら、はりまや橋というところがあることを知った。

はりまや橋 という題名の映画が最近上映された。

その映画は、見ていないんだけど、はりまや橋に行って見たいと思った。

調べてみると、高知県。

かつおのたたきも高知県。

四国の旅は、高知県に決定。

主人は、娘を綺麗に海に連れて行きたいと思っていた。

日本の海で、綺麗なところに、いまだかつて出会っていなくて、あまり、娘が喜んだことがない。

しかし、アトピーには海水がいいので、連れて行きたい。

ここは、綺麗だと評判のところを、探さねば。

柏島という、四国の一番西の端の海が、綺麗らしい。

「柏島に行きたい。すごく綺麗みたいよ。」と、主人に言ったが、かなり、はりまや橋と、離れているので、無理かな?と、思っていた。

主人が、情報誌を買ってきた。

モネの庭 というところがあるらしい。

ここにも行きたい。

と、私は、行きたいところを次々とあげていった。

が、

問題は、食事である。

高知といえば、ここよ〜〜〜

みたいな、情報が寄せられないだろうか・・・・・と、思っていた。

情報を得たいなら、情報受付中と、旗を揚げればいい。

そう思いつつも、誰かいいところ知りませんか??と、情報収集していなかった。

ところが、友達と夏休みの予定をあわせていて、この日は、高知にいくねん。といったら、

高知いいところよ〜〜〜と、まさに、私が求めていた情報が、はいってきたのである。

はりまや橋の近くの、食事処。

旗を揚げるのは、3次元的にあげなくてもいいということですね。

その情報を、すべて主人にお渡しし、あとは、主人が、どういうスケジュールで、行くかを検討。

泊るところや、ルートは、こだわりがないため、お任せなのである。

柏島は、無理だと思われたが、金曜日の夜に出る作戦で行こうということになり、行きたいところをひとつも逃すことがなかった。

こうして、私たちは、金曜日の夜に、出発したのでした。

つづく・・・・。

許されている


この間、夜、娘が、暴れて、ちょうどわたしの顔の上に 娘の足が落ちてきた。

隣で寝ていたんだけど、アトピーで足がかゆくて、

かゆい かゆい といって、足をドタバタやって

ちょうど、私の顔の上にその足が落ちてきた。

私は眠っていたんだけど、

はじめは、(うまい具合に わたしの顔にあたったなぁ・・・)と、半分感心してた。

そして、ごろんと 横を向いて、寝ていたら、

また、私の上に、足が落ちてくる。

娘は、ものすごく怒りながら、足をドタバタやっている。


なんなんだ?

なんで、また 私の上に 足が落ちるんだ?

すると 私は

【寝ぼけている娘の胸ぐらを掴み、隣の部屋に突き飛ばしていれ、戸を閉める】という行動をとった。

そして、泣いて戻ってきた娘の ほっぺをつねりながら、

「なんなん?何がしたいの?どうしたん?」と問い詰める。

「かゆいから・・・かゆいから・・・・」と、泣く娘に、

「かゆかったら、ままのことを蹴ったら、かゆいのが なくなるんか?どうやねん!!」と、つねっている手を、ぐいぐい 動かしながら いう私。


この私の行動 すごく 娘に 腹が立って 起こした行動ではなく、頭の中は とても冷静で、体が 勝手にしてしまっているという感じ。

それが、不思議な 感覚だった。


かゆいというだけで、こんな夜があるのです。

かゆいというだけで、母に怒られ、部屋から出され、つねられる娘。


「かゆくても 人を蹴ったらあかん」

そういって 抱きしめると、ひっく ひっく 泣きながら、すぐに眠った。

別に娘は、かゆいから、母を蹴ってやろう なんて 思ったわけではなく、ドタバタしていたら、母に当たってしまったというだけなのにね。


すると 娘の膝のかゆみが消えたようで、それから、掻かなかった。


かゆいというのは、心のどこかで、絶つことができるのか?

かゆいという状態は、精神が安定している状態で起こるのか?

いやいや反対に 大きな噴火があったため かゆいという精神不安定から脱したのか?


私は、嫌われても、娘が一晩 眠ってくれたら それでいいわ。


そんなことを 思いながら、そして、とても頭が冷静だった不思議な感覚を感じながら、私も眠った。


以前なら、娘に蹴られたことに腹をたて、そして、怒ってしまった自分を悔やみ、落ち込み・・・と なっているはずである。

それが、頭の中が冷静であったため、自分がしたようで、自分がさせられたというような
なんだか 変な感覚だったので、自分を悔やみ 落ち込みというところにいかなかった。

頭の中、冷静だったな・・・私・・・・という 感じである。

どこか、少しはなれたところから 自分をみているような感じ。


翌朝、昨晩のことを話してみると、娘は、全く 覚えていなかった。

私は 驚いた。

あんなに 泣いていたのに、あんなことがあったのに 覚えていないのか・・・。


娘の愛だとおもった。

忘れてくれている。


そう思ったら、なんだか、私が、大きなものに受け止めてもらってるような感覚になった。

私自身が 許されている。


今までも、ぜんぶ もしかして そうなの?

娘は、私のところに来て、私のことを 受け止めるのが お役目なのか・・・。

そうおもったら、

(もういいね もういいよ)

そんな感覚になって かゆがる娘に接する 私の気持ちが 変化している。


どう、言葉でいえばいいのか・・・・

【もう 私は、自分が許されていることを 実感したので、大丈夫です】

そんな 感じでしょうか?


このことがきっかけで、今までの場所とは 違う場所にいる私。


そして、より一層 娘のことが、かわいくてしかたがない。


私たち親子は こんな ドタバタをしながら 成長する同志なんだなぁと 思ったのでした。


同志じゃないか、私を育てにきてくれているんだから ^^;


痛い思いも つらいことも 何もかも引き受けて、そこにいてくれる娘に感謝です。








逆らう

みなが 一丸となって 同じ方向をみる
すると みえないものがある
大きな流れに逆らって 逆の方をみる
すると 今まで 見えなかったものが見える


なにかを 得たいなら 流れに逆らうのも 必要


ひとりでもね


信念を持って すばやく行動する 力がいるよ

高知県の旅 @

高速料金 土日1000円。

この機会にどこへ行く?

すると、私と主人の意見が 一致した。

四国。

四国は、一度も行った事がなかった。

結婚して、主人が かつおのたたきが好きだと知って、結構 かつおのたたきが食卓に上がった。

いつか、本場で食べてみたいね。といって、早10年。

高速料金1000円のおかげで、実現します。


さて、四国のどこへ行くか・・・そう 考えていたら、私のところに情報が寄せられてきた。


つづく・・・・。

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摩耶
京田辺在住です。

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