お待たせ!

最近、【初対面】の出会いが、たくさんある。

そのとき、私が思うのは、

(お待たせしました!)という気持ち。


ふふふ。


まだ、お会いしていない方、お待たせしてすみません。

近々 お会いしましょう(笑)

5秒でいいんです

相手を思う時間

5秒。

5秒も要らないか

自分が取った行動で、相手は、どう思うかな?って、考えるだけ。

5秒かからないよね。

もったいないですか?

その時間。

コスモ アースコンシャスアクト クリーンキャンペーン IN 草津 

とっても いいお天気の中、琵琶湖博物館のひろ〜〜〜〜い広場に到着しました。

琵琶湖がキラキラして、空が広くて、とっても広い芝生の広場は、そこにたっているだけで、気持ちよくなりました。

見渡しても、ゴミは見当たらず、とっても綺麗なところです。

どこに、拾いに行くのだろう?と、思うほどでした。

小さい子供連れで、参加する人が多かったです。

たくさんの参加者を、3班に分け、ゴミ拾いが始まりました。

ゴミは、探さなければ、ないくらいだったのですが、探せば、あるんです。

私たちは、最後の方を歩いていたのですが、皆さんが通った後なのに、吸殻などが落ちていて、見逃しているんだなぁと、思いました。

軍手 火バサミを、貸してもらえました。

娘は、ゴミ拾いは なれたものなので、火バサミを上手に扱って、ゴミをつかんでいました。

約、1時間半ほどの作業でしたが、ないと思われたゴミも、皆さんのを集めると、山になりました。

一見、ないように思われたところからでも、このように、出てくるのですから、目に見えて、ごみが散乱しているところなどは、よっぽどたくさんあるんだなぁと思いました。

うちの家からの、散歩コースでも、すぐに、スーパーのナイロン袋いっぱいのゴミがとれます。

ゴミを拾っていると、ラジオ局の人から、インタビューを受けました。

なぜ、このような活動に参加しようと思ったのか?という質問から、1年ほど前から、ゴミを拾っている話になり、最後には、主人も以前は清掃活動を、数人のグループで、行っていた話になり、改めて、わたしたちって、ゴミを拾うってことを、夫婦でしてきているんだなぁと、思いました。

「ビアンカ」という船に乗るということが、半分目的のような感じで参加したのですが、ビアンカに乗れたことよりも、家族で、ゴミ拾いをしたことが、とても いい経験でした。

帰りの車で、うちの家の周りのほうが、たくさんごみが落ちてるなぁという話になり、これから、月に1回でも、

『アースコンシャスアクト クリーンキャンペーン in 岡村』 を しようと いうことになりました。


毎月のお風呂灯火の日に続き、ゴミ拾いの日が、加わることになりました。


ゴミを拾えた数は、少なかったですが、私たち家族にとっては、大きな収穫を得た1日になりました。

国宝 姫路城

10月から補修工事のため、「外観が大きな幕で覆われるよ」という、情報を得、最近すっかりお城めぐりが趣味のようになってきている私たちは、姫路城へと向かいました。

お城周辺になってくると、道路が広〜〜〜くなってきて、おまけに空も広〜〜〜くかんじて、いよいよ、近づいてきたなと、いうかんじ♪



世界遺産に指定されている姫路城。


お〜〜〜さすがに、違います。


何が違うかって、

インターナショナルヽ(≧▽≦)/



さすが世界遺産なだけあって、今までみてきたどのお城よりも、観光客がバラエティ豊か。

いろんな国の言葉を耳にしました。



娘曰く、

「えいごさん(外人さんをこう呼ぶ)いいにおいするなぁ」

と、思うほど、えいごさんは、たくさんいらっしゃったのです。




それに、おっきい 姫路城。

スケールが違います。

今までのお城の、親分的な印象です。

さすがは 世界遺産。





まあ

ここまでは

よかったのです・・・・・





とっても



残念なことが ありました・・・・






姫路城

いつ来ても、そうとは限らないと思います。

季節がよすぎたんだと思います。




昔の人が建てたお城を やはり 昔の空気を感じたいといいますか・・・・

昔に思いを寄せたいといいますか・・・・

やはり

そんな気分で誰でも 訪れるのではないでしょうか?

例えば、

空を見上げても

「昔の人も、この場所から こうして 空を眺めたのかなぁ・・・」なんて、思ったり。


景色は最高。

お城も、現存12天守ですよ。世界遺産ですよ。




ところが


現代のエレキの音が、ガンガン鳴り響いているのです・・・・・



なんだ?なんだ?

お城の近くで、なんか、デモでもやってるのか?

何かの嫌がらせか?

そう、思うほどです。



昔に思いを寄せても、心が研ぎ澄まされていない未熟者の私の耳には、エレキの音がガンガンストレートに入ってくるのです。

それも、かなり大音量で聞こえてくるのです。



娘もだんだん、仏頂面になってきて、

「なに?この音」と言い出しました。


音楽を奏でるのは、自由ですが、姫路城には、全く似合わない音楽で、本当に残念でした。


それがなんと、天守に登ると、どこで演奏されていたのか、見渡せたので分かったのですが、

ちゃんとした、野外音楽ホールがあり、そこで、演奏されていたのです。



あらら。



姫路城に行こうと、思われている方、近くの音楽ホールで、何の演奏がされるのか、調べてからいかれることをお勧めします。

どなたかが、

「お琴ならいいのにねぇ」と、おっしゃっていました。

同感です。


音は、上へ上へと 登るのです。

そして、防ぎようもない。


昔に思いを寄せる一つとして、

戦いの音を聴く心境は、こんな感じだったかも?と、多少強引に思いこんでみました(^ー^;



心を集中して、ここにたたずめば、きっと この音は 気にならないはず!!と、何度も、思いましたが、集中力のない私には、無理でした。残念。


あ〜〜えいごさん

これが、日本の演出だとおもわないで〜〜〜〜

空の音 風の音 光の音も 大切にしてます。日本人。と、叫びたくなりました。



今度は 真冬にでも 行こうかな。

もう一度 静かに訪れたい 姫路城でした。


うつくしい 姫路城の様子は マヤコミ写真館で(*^-゜)⌒☆ 

新しい出愛い

今日、新しい出愛いが、あった。

私の気持ちとしては、「お待たせしました。遅れました。」って感じでした。

20人近くの人が、初対面なのに、そのうち、女の人(15人くらい)が、どなたも、会ったことあるようなお顔に見えたから不思議。

(知ってます。みたことあります。あなた。)って感じでした。

お勉強会だったんですけど、その中で、ビビッと来た言葉。

「過去は過ぎ去っていながら、未来にかかわる」

そうか・・・・そうよね・・・・そうなんだ・・・・

未来にかかわる過去を、クリアにするのは、無理だけど、

今の生活をきめ細やかにすることで、クリアに近い状態にできる。

結局、今の生き方次第なんだ。と、思ったお勉強会でした。


今日、その場に 行けた、私のからださん ありがとう。

行くために、協力してくれた母、主人ありがとう。

気持ちよく行かせてくれた、娘よ。ありがとう。

お天気もありがとう。

紹介してくれて、連れて行ってくれて、ありがとう。

今日、食べるものを作ってくれて ありがとう。

その場にいて、本当に幸せだなぁ。

私は、運がいい人生だなぁと、おもいました。


すべてのことに ありがとう。



しんどそう・・・・

やりたいことではないのに、
やらなければならないと思って、
やっていると、

疲れちゃいますよ。

みていてとても しんどそう・・・・

やりたくなってから やればいいし
やりたくなければ やる必要はないんだし

自分がやりたいと思うことをしないと
時間がもったいないですよ。

いつまでもあるわけじゃないですしね。
時間。


自分にできること

誰かの真似をしなくていい

誰かになろうとしなくていい

あなたは あなたで そこにいるから

あなたの できることを すればいい

じぶんが 得意だと思うことをすればいい

それを してほしくて

あなたは いまそこに いるんだから

『コスモ アースコンシャス アクト in 草津』

抽選に当たりました!!

どんなんかなぁ?

家族3人で 参加してきます(≧∇≦)ノ~~~


http://www.tfm.co.jp/earth/

〜〜で なければならない

〜〜で なければならない

勉強は、教室でしなければならない

治療は 治療室でしなければならない

パンは 〇〇酵母を使わなければならない

そこに いつづけると 可能性が狭くなります


勉強は 勉強する気さえあれば どこででもできます

治療は 雨をしのげる場所でさえあれば 可能です

パンは 粉と水だけで 種 をつくることができます


〜〜でなければならないと 思っていることがあったら

そこから 1歩 外に出てみると 今までと 違った世界がみえるかも

もし明日

もし明日 首から下が、動かなかったら、どうしますか?

想像してみてください。

何がしたいと思いますか?

それが、あなたが 一番したいことです。


なので、今、それを してくださいね。

鮎とり物語 2009

毎年、9月の中頃。琵琶湖のとある場所に鮎とりにいっている。

毎年とは 

20年前からである。

そのうち、出産など、子供が小さいときをのぞいて、ほぼ、毎年行っている。


軍手をはめて、鮎を素手で捕まえる。

その感触を一度味わったら、たまらない。

手に、ビク ビク と、感触が走る。

ビクといえば、数年前に、魚籠(びく)を、主人が買ってくれた。

私は、それを、腰に巻き、そして、鮎を取る。


20年間の記録をかいておけばよかったと、思う。


なので、これから、20年は、記録を残そうと思った。

今、40なので、60まで。


この鮎とり、何故行き始めたかというと、師匠に、連れて行かれたのである。

話せば長い。

なので、今後、少しずつ、書いていく事にしよう。


ところで、今回の、鮎の様子。

去年は、ここ、20年で、始めてほどの、鮎の少なさだった。

ここ20年で、初めてだった。

原因はどうやら、鵜の大量発生らしかった。

なので、今年は、少ない鮎から、生まれる数は、大変少ないだろうから、期待せず、しかし、行かないことには、様子が分からないということで、バーベキューをメインに、ということで、その場に向かった。

ところが、

うじゃうじゃ いたのである。

え????

なんで???

という感じである。

おかげで、子供たちも、ビク ビクの感触を味わうことができた。

去年は、思うように取れなくて、不完全燃焼だったが、こんなに取れるのも、面白みがない。

適量というものがあるのだ。


ある程度とったら、はらわたを出し、その場で、天ぷら。

それが、私たち流である。

熱々の天ぷら 絶品である。

食べるものがなくなったら、夏場は、ここにテントを張り、鮎をつかんで、生きて行こうと決めている。

今日は大量に取れたので、師匠が、そこにいる皆さんに、天ぷらを振舞った。

子供たちが、天ぷらを差し出す。

子供たちは、見ず知らずの人にでも、どうぞ といえるのがすごいなぁと思ってみていた。

娘は、一口だけ食べただけで、もういらないと言っていたのに、目の前で、いろんな人がおいしそうにほうばるのをみて、自分も、また、一匹口に入れているのがみえた。

みなさん、よほど、いい顔で食されたようだ。


娘が、ここに参加するのは、もう、3年目?かな。

いつも師匠とその娘さんと、ともに来ているので、二人とも、知っている場所というかんじで、私たちに案内されるというよりも、自分から鮎を取りに行っていた。

年に1回来ているので、子供の変化がよくわかる。

いつも、変わらない場所がある。というのは、ありがたいことだ。と、言いながら、来年もこの場所があって欲しいと願いをこめて、周辺のゴミを拾って帰った。

吸殻が、たくさんあった。

帰りに、バケツに入れていた鮎を持ち帰ろうとすると、なんと、10匹ほどしかない。

何十匹もとっていたはずなのに・・・????と、おもっていると、

師匠の娘さんが、「そばにいた、よそのお兄ちゃんが、餌を取るフリをして鮎をとってはった」と、教えてくれた。

へ〜〜〜そんなことする子がいるんやなぁ と、驚き、自分でとるから面白いのになぁと、思った。

基本的に、その場でとって、その場で食べて、満足するので、たくさん持ち帰らなくても、それでよかった。

なので、ちょうどよい数を残してくれたといえる。

鮎は年に1回 ここでしか食べない。

1年分、食べるのだ。

量を食べるのではなく、最高においしいものを、食べたという気持ちが、1年分続くという感じ。

よそで、食べようと思わない。

今年も適量をとり、適量を食し、そして、10匹ほどを、弟一家に夜、届けて終了した。

この私の20年の歴史を、弟には伝えていなかったようで、今日、たまたま電話がかかってきたので、弟が知ることになったのだ。

来年はぜひ参加したいと言っている。

来年は、鮎とり物語 2010 弟一家初参加の巻きを、アップする予定である。


いつまでも、いつまでも 続けていきたい年間行事である。

世代が替わっても、この場所があって欲しいとおもった。





明日 目覚める奇跡

とっても とっても 逢いたかったのです。

もう、ずっと 前から 逢いたかったのです。

 
今 私の一番近くにいてくれる あなた


私の においが好きだと いってくれる あなた


私は 香水も 洗濯の洗剤も いいにおいのするものなんて なにも 使っていないのに。


私の においが 好きなんて。



なぜだか 今日は、あなたに 愛があふれてきます。


私の中の 泉から どんどん どんどん 溢れて それが、涙になって 溢れてきます。


不思議だね。


これから、どれだけの時間 あなたと 一緒に 過ごせるのだろう。

これから、あなたと なんど 手を繋げるのだろう。

これから、あなたのやわらかい頬に 何度キスができるだろう。


もしも 明日が 私に あったら 

手を繋いで そして あなたの頬に キスをしよう。


神様 私に 明日を ください

明日 目覚める 奇跡を ください


もう一度 抱きしめて キスがしたいから。

まっすぐ

あなたの まっすぐさを 見習いました。

自分の 気持ちを まっすぐに表せる あなたは すばらしいと思いました。

そして

そのまっすぐを 聞いてあげられる人は すごい人だな と思いました。


なんにも、自分を飾らなくても 付き合える相手がいる幸せ。

ありのままを 受け止めてもらえる幸せ。

あなたは 神様みたいですね。


大きな安心感を 人に 与えているんですね。


何にも 飾らない人が あなたの周りにいるのなら、

あなたが 神様だって ことですね。



約束の集まり

今日は 不思議なメンバーとの 集まりがあった。

初対面の方、2名。

一度うちに来てくださった方 1名。

以前からの知り合い、3名。

みなさんと、持ち寄りで、食事を共にした。


不思議な集まりであった。


出身地を、話すことになった。


みな、それぞれの場所で、生まれ、生きてきて、今ここに集っている。


約束していたんだろうなぁとおもう。


ひとりひとり、違った人生。

ひとりひとり、持ち寄った物も異なる。

ひとりひとり、顔もちがう。


7人が集うというメッセージが来ていたのは、このことなのか?と思った。

誰一人、同じ人はいない。

まったく、違う人が、7人集まる。


そうして、私たちは 生きている。

それぞれ、生まれてきて、今ここにいて そして、これからも 生きていく。


約束していたように。

わたしたちのいる場所

同じ場所にいるように見えて、もう、同じ場所にはいないのね。

自分の心の居場所が 自分のすむ世界。

空をみあげる気持ち

娘がね。

学校に行きにくいんだけど、

今朝 いつものように 一緒に 歩いていってたらね。

空が ばぁ〜〜〜〜〜っと 広がる とても、素敵な道を 歩いているんだけど、

そこに 来たときに、

「まま そら!」って いったの。

いわれて、空を見上げると、4本のひこうき雲が 前から後ろに す〜〜〜〜っと 伸びていて、

「わぁ ひこうき雲だね」と いったんだけど、

私の心の中は、

(娘が空をみあげた!!)と、おもっててね。

今までは、私が、

「今日の空は どんなかな?」

「今日の空は 不思議な雲がうかんでるなぁ」とか

いっていたの。

「空が、こんなに 見える場所を、あるいて 学校に行けるなんて、幸せやなぁ」とか。

娘は、空を見上げるでもなく、聞いているのか、聞いていないのか、

あまり、反応がなかったのに。


空を見上げてくれたんだなぁと。

気持ちが、少し上向きになってくれたんだなぁと。

上を向けば、空はみれるんだけど、

空を見上げる心がないと、空は みえないんだなぁと、思ったよ。


空をみて!

そこに空が あったら 大丈夫。

空さん そこに いてくれて、ありがとう。

すいか

生まれてはじめて すいかを 栽培しました。

ひろい 畝を作って

すいかの 苗を植えました。


はじめは あたたかく しないといけませんでした。

はじめは みずを 頻繁にやらなくてはいけませんでした。


ふふふ 人間の赤ちゃんと にているね。


天から、雨が降ってくると、次の日は 驚くほど、つるが延びていて、

雨の力を 自然のちからを 大地の力を かんじました。


私が育てているようで それは、私ではなく 天の神様が育てているんだなぁと 思いました。

虫は スイカの葉ができ始めると、どこからか、集まってきました。

茶色の土だったときは、一匹の虫もみなかったのに、畑が、緑色になると、虫は、どこからかやってきました。

それは、天から雨が降るのに 似ている気がしました。

うどん粉病になった葉に、一生懸命、重曹水をかけましたが、かけすぎて、焼けたようになってしまいました。

そのあとは、もう、何も、しないでおこうと思いました。


しばらくして、すいかのちいさい実がなり始めました。

ちいさくても、ちゃんとすいかの黒い筋がついていて、かわいいかわいいすいかのあかちゃんでした。

たいせつにたいせつに育てようと思いました。

大きくなるのを、楽しみに、していました。

ある程度 大きくなると、鳥が つついた後がありました。

鳥も よく知っているんですね。

虫が、葉っぱを見つけたみたいに、鳥も、よくみていて、つついています。

これも、雨を降らせてくれる、天の神様の仕業かな?と、思いました。

雨も、降らせてくれるし、虫も 鳥も 生きなさいといっているよう。

おかげさまで、私には、家に帰ったら、食べるものがあります。

すいかはなくても、違う食べ物があって、生きていけます。

そう思って、鳥よけのネットなど、対策はしませんでした。

一つぐらいは、味見させてください。

そういう気持ちでした。


私が、畑のすいかを 鳥たちに提供しようとおもったからか、今年は、うちに 続々とすいかが届きました。

畑のすいかを、鳥にあげる代わりに、天の神様が うちに 届けてくれたのではないか?と、思うほどです。

生きているって、大きな世界なんだなぁと思いました。

畑で育てたのは、私だから、私が全部収穫するのだ!!と、思わなくても、大きな流れの中で与えてもらえるものは、与えられる。

すいかのおかげで、世界は、広いんだなぁと、

なんか、うまくいえないけれど、

みんな、みんな、天の神様の仕業だなぁと。

そんなことを、感じました。


自分で育てたすいかも 二つ口にすることができました。

畑から、あんなに水分を蓄えている物が、できるなんて、不思議だなぁと思いました。

すいかは、とくに、つるが延び始めたら、水をあまりやらないほうがいいのです。

すごいですよね。

水不足の場所で、水を与える方法を、神様が考えられたのですね。


すいか から、 感じたことでした。

今 あなたが

そこで、そうしていられるということは

幸せなことなんです。

それが、どこでも どういう状況だとしても

そこで、そうしていられる。

ありがたいことです。

気付かない

自分が そのとき そのとき している選択 そして、判断。

心の持ちようで、180度かわってくる。

みんな 悪気がない。

悪気がないから 怖いです。

悪気があるということは、分かっててやるということなんで、分かっているだけマシ。

悪気がなくて とんでもないことをしてしまっている。

これは、分かっていないんですね。

気付かない。

いつまでも気付かない。

私は、いつになったら気付くのだろう・・・。

どうしたら気付けるのだろう。

そうだ!先生 先輩に 聞いてみることにしよう!


「私 とんでもないこと していませんか?」

迷っていたのね・・・・。

今日、友人と信楽へ陶器の買い付けに行った。

道中たくさん話す時間があった。


そして、発見した。


   (私、迷ってるんだ。)


娘を通して、私が、迷っているということを教えてくれていると感じた。

娘は、小学校の1年生だが、学校に行きたがらない。

私は、無理に学校へ行かなくてもいい と 思っている。

思っているけど、学校は、行ってよ。とも、思っている。

2つのことを 思っている。



宿題も、したくなけりゃ しないでいいやん と 思ってるけど、

「宿題してから テレビみなさい」と、いう。

あれあれ?

ふたつのこと 思ってる。


本当は、どう 思ってるんだろう?



行けばいいのに と おもったり、

行かないでいいや と おもったりしているから、娘も 行ったり行かなかったりするのか?


そこで、娘に こういった。

「ままは 学校は 行きたくなかったら 行かないでいいと おもってたんだけど、やっぱり、学校は 行った方がいいとおもうねん。」


そして、娘に、どうして欲しいのか 聞いて見た。

朝 行きたくないといって泣いているとき、どうしてほしいんだろう?


私に 叱咤激励して欲しいのか。

もう 行かなくていいと 言ってほしいのか。


「のんちゃんが、学校行きたくないよ〜〜って、涙が出るとき、ままは、なんて言ってあげたらいい?」


ストレートに 聞いて見た。


すると、

「おこらんと やさしく『いこうね』っていって」と いった。

「行かないでいいよ」 ではなく、「いこうね」なんだ!!


そうか、それなら、これから そういおう!


もう一つ聞いて見た。

「宿題は いつするの?

したくないの?

しなさいって言ってほしくない?」

すると

「このてれびが 終わったらする」


了解しました。


これから、何でも きいてみよっと。


本当は、何がしたいのか、本当は どう思っているのかって なんだか、難しいね。

まだ、いろいろ迷いそうだけど、迷っているって 分かっただけなんだけど、

それが、なんか 心地よい気分。


迷っています。私。


胸を張って言うことでもないか(笑)




 



焦点

天窓を見上げる。

今日の空は、どんな空かな?

今日の雲は、どんな雲かな?

と、思っているときは、

空しか見えない。


ところが、焦点を 天窓にあわせると、

天窓についているゴミが見える。


ゴミを確認して、もう一度、空に焦点を合わせると、

ゴミは気にならない。

気にならないけど、はじめに空を見上げたときとは、ちょっと違う。


ゴミがあるのが、わかってて、焦点をごみに合わせていない。


目に見えるものって

どこに焦点を合わせるかで、見えるものが違ってくるんだなぁ・・・・。

私って・・・

夜中、大量のおねしょには、笑える。

食事中、お茶をこぼされると 腹がたつ。

なんで?

子守唄

1.昔 昔よ、北の果て
  オーロラの火の燃えている
  雪のお城がありました
  「それから、かあさんどうしたの」
  「黙ってお聴きよいい話 お話きいてねんねんよ」

2.雪のお城のお庭には
  氷の花が咲いていて
  雪の小人が住んでいた
  「本当にかあさん、おもしろい」
  「黙ってお聴きよいい話 お話きいてねんねんよ」

3.雪の小人は十五人
  揃って白い雪帽子
  帽子の玉は銀のふさ
  「おやおや!かあさん すてきだな」
  「黙ってお聴きよいい話 お話きいてねんねんよ」

4.帽子の房をふりながら
  一日踊ってくたびれた
  眠った小人は十五人
  「そうしてかあさん、おしまいね」
  「いえいえ黙っていい話 お話きいてねんねんよ」

5.眠った間にいたずらの
  白い小熊がもってった
  房のついてる雪帽子
  「・・・・・・・・・・」
  「あらあらおねむり おりこうよ、
   およって静かにねんねんよ」


タイミング

【物事をするのに ちょうどいい瞬間 合間】

そう書いてあります。

国語辞典に。

そう 瞬間なんですよね。タイミングって。

瞬間レベルの話なので、1日ずれても大違い。

1週間なんて もっと変わってくる。

1ヶ月なんて、話になりません。

私たちは、瞬間を生きている。

思いついたことは、思いついたときにしておかないと、

思いついたという、瞬間を逃していることになりませんか?

思いついたなら、どんどん やりましょう。

タイミングを逃さないようにね。

それが、いいタイミング。

『愛しているよ』

今日は、とっても嬉しい日。

『大好きだよ』は、文字で。

『愛してるよ』は、涙声で、言ってもらいました。


そんなこと、そうそうありません。

大好きだよ って いわれることも 愛してるよ って いわれることも、

あまりないのに、そんな言葉を、同じ日に 一度に聞けるなんて・・・。

一滴の教え

昨日、娘と二人でガストという、ファミリーレストランにいきました。

ガストにはドリンクバーがあって、子供も一人で、ドリンクを入れることができます。


娘は、3回目のおかわりをしにいきました。

そ〜〜〜っと そ〜〜〜〜っと

こぼれないように 歩いています。

もう少しで、席につけるというところで、

「あ〜〜〜よかったぁ」と、

ホッとしたような口調で、いいました。

「どうしたん?」というと、

「あしにおちてん」と

ジュースが、一滴、娘の草履を履いた足の甲に落ちて、キラッとひかっていました。

私は、そのとき、瞬間に、

(なんでよかったの?濡れてるやん)と、思ったのです。


娘は、床に、ジュースがこぼれないように、

そ〜〜〜っと そ〜〜〜〜っと 歩いていたのです。

一滴でも、こぼしたくはなかったのです。

けれど、一滴 落ちちゃって、床に落ちちゃう!!と 思ったのでしょう。

でも、自分の足の上に落ちて、

「あ〜〜〜〜よかった」と、思ったようです。


私は、娘ほど、一滴のジュースを床にこぼさないようにと 気をつけていないように思いました。

たとえ一滴でも、たくさんになれば、コップ一杯にもなります。

一滴を、大切にしたいと思いました。





第24回 琵琶湖ジョギングコンサート

「わざわざ お金払って 走るなんて・・・・

なんでそんなことするんやろ?と、おもってたわ」

主人が、会場に向かうバスに乗るための、長い列に並びながら、ポツリと言いました。

私も、長い距離を走るなんて、なんで、こんな体育の授業があるんだ?と、大嫌いだった長距離。

なのに、そう思っている二人が、10キロにエントリー。

早朝から、子供を預けて、走りに来ているのです。

人生って面白い。

案外、嫌い 嫌い と、おもっているのは、

とっても自分の近くに「ある」のかもしれませんね。


主人は、私と一緒に走ろうと思っているのだろうか?

もし、私に合わせて、走るようなら、

自分のペースで走らないと、つらいから、自分のペースで走りやって いおう。と、思っていたのですが、そういう間もなく、

スタートしてすぐに、

「自分のペースで はしるで」と、言い捨てて、

とっとと、走っていった主人。


もう少しくらい、一緒に走るのかと思ってたけど・・・^^;


私は、みんなより、ずいぶんペースが遅く、どんどん どんどん抜かされていきます。

前回のマラソン大会では、初めから、最後尾を走っていたので、みんなに抜かされるという体験はしていなかったのですが、

今回は、中間くらいにいて、走り始めたので、どんどん どんどん 抜かされるという、体験をしました。

田んぼの中の、一直線の道。緩やかな、のぼりとくだりで、私は、最後尾から、みんなを観ました。

すると、たくさんの人で、道に波ができているようで、それを、後ろから見ていると、後ろというよりも、高い、空から見ているような感覚になり、

(あ〜〜〜神様って、こんな感じで、私たちをみまもっているのだなぁ)と、思いました。

「早いとか、遅いとか、どんな格好で走るとか、そんなこと、上から見ていたら、なんにも関係ないよ。みんながここに来て、走っている。がんばってね。ここからみているよ。」

そんなことを、思って、自分が走っているのではなく、みんなをみている私。になりました。


それと、今回、不思議な体験をしました。

私の足が、足の付け根から、足ではなく。腰から、足になった感覚。

7キロ地点くらいで、急に、タッタ タッタと、走れるようになり(ランナーズハイ?)それが、腰から下が、右 左 右 左と、動いているのです。

ペースも急に、早くなって、

(お〜〜〜待って 待って、そんなに早く走れないよ)と、走っているのは、私だけど、体と、心が別物になってしまいました。


ほぼ最後尾で走ると、沿道の人々の声援が、自分ひとりに向けられているようで、とても、ありがたく感じます。

(すみませんね。私のために、声援をしていただいて)

そんな思いで走る。

すると、後ろから、おおきな声が聞こえてきた。

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」と、大きな声で、お礼を言いながら、走ってくる男性。

声援に対して、きっちりと、お礼を言いながら走ってこられる。

日吉ダムマラソンで、一緒に走ってくれた友人も、ぺこりぺこりと、頭を下げながら、「ありがとうございます」といいながら、はしっていたことを、思い出した。

私も、心の中で、ありがとうございますといわず、大きな声をだそうと、思い、そこからは、

「ありがとう」と、声を張っていうようにした。

すると、声を出す、ということをしてみたくなって、沿道の人たちがいない空間で、

「あ〜〜」とか「お〜〜〜」とか、いってみた。

走りながら、声を出したくなってだしてみた。

あまり、できない経験だ。


夏のマラソン大会なので、ところどころに、シャワーが設置されていたり、給水ポイントでは、頭から、水をかけてもらえたり、水のコップの中に、氷が入っていたりした。

私は、暑くてたまらないという感じではなかったのだが、水をかけてもらえるなんて、面白そう!と、思って、かけてもらった(笑)きもちよかった。

後、1キロくらいのところに、主人が立ってくれていた。

そして、一緒に走ってくれた。

私は、話す元気があった。

はぁはぁと、息が上がらない程度で、走り続けているのである。


ゴールしてから、自分の体が、硬くなって、固まっていることを感じた。

しかし、足の裏にまめができることなく、特別に、膝が痛いということもなく、無事に完走することができました。

そして、夫婦二人で、ストレッチを、しました。

二人だからできることをやってみたかったのです。


私が、始めなければ、こんな世界は知らなかったはず。

何かをはじめてみるって、面白いですね。

「こんなところで、こんなことをするなんてね。」と、

それが面白くて、たまらない 私たち。

共通の趣味ができると、おかげさまで、会話が増えました。

まさか、共通の趣味ができるとは。

まさか、それが、マラソンなんて。

面白いですね。








おわりは はじまり

今まで続いていたものが 途切れる

目の前で途切れる

今までの世界には もう 入れない

おわり


残念がる必要はない 

おわりは 新たな世界の始まり

今までよりも景色はいいよ

さあ 乗っていきましょう

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摩耶
京田辺在住です。

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