存在

おかあさんが いる

「歯をみがいた?もう 行くよ」と 声をかける。

集団登校の集合場所まで 一緒に向かう。

「さあ いっておいで。」と 背中を押す。


夕方 学校に迎えにいく。

おかあさんの顔をみつけて、走ってくる。

ジャンプ!

胸に飛び込む。



おかあさんは そこにいて

何をするわけでもないけど、

たいしたことを しているわけでもないけれど。

そこにいるということが いい。

存在している それがいい。




久しぶりに 体調を崩しました。

考えてみると、今年になって初めて。

娘を毎日、学校に送っていってました。

それを、初めてしませんでした。

主人が代りに送って、迎えにも行ってもらいました。

すると、帰ってきた娘が、私の枕元にだまって立って、泣き出しました。

うわ〜〜ん うわ〜〜〜ん

号泣です。

私が、朝 しんどそうな顔をしていたから、悲しかったんだそうです。

帰ってきても、布団で寝ていたので、まだ、治っていないと悲しかったようです。


私は、もう死んでしまうのかと思いました。


母が、毎日元気で過ごしているということは、子供に安心感を与えているんだなぁと思いました。


夜 娘が手紙を書いてくれました。


   ままへ きょうもさむかったですね。ままは、ねつ

   になってしまいましたね。かぜがはやくなおるといいです

   ね。ままもはやくしゅごうばしょま

   でいっしょにはやくなおって

   いっしょにいけたらい

   いです。またげん気になってまた

   おやすみの日にいっしょにあそべたら

   いいですね。ままもかぜがま

   たなおったらまた4人でしゅきん

   がおわったら また4人で

   あそべたらいいですね。のん

   より。


最近 娘と遊んでなかったなぁと 思いました。


おかあさんが 元気で そこにいるって すごいことなんだと 思いました。



第2回 ホームレス会議

ビッグイシュー主催の第2回ホームレス会議というものに、出席してきました。

初めての出席で、どんな話を聞くのだろう 私は何を感じるのだろうと思って参加しました。


会場は、半分がホームレスの方(当事者とよばれていました)半分が、それ以外の方でした。

約200人の方々が集まり、会場は人で溢れていました。


たくさんの人が、来られてるんだなぁ・・・が、第1印象です。


私たちは(友人Hさんと二人で行きました)会場に開始時間ギリギリに到着したので、座る席がなく、当事者席の後ろの方に案内されました。

当事者席に座るか座らないかで、どこからともなくにおいが漂ってきました。

誰から その匂いが出ているのかわかりません。

一人の人からではないかもしれません。

ずっとそのにおいがありました。

私は、体から匂いが出るほど、お風呂にはいらないでいたことがありません。

入院したとき2週間くらい入らなかったけど、においがするまでいかなかった。

一体どれだけの日数 お風呂にはいっていないのだろうか?

私は においが出るまでお風呂にはいらないということに耐えられるだろうか?

そんなことを考えていました。



当事者の代表として数人の方が、路上生活をおくるきっかけになった話をされました。

その中の一人の方が、両親の離婚がきっかけで、養護施設で、生活をするようになり、その後母親が失踪し、母が見つかったときには、新しい家族ができており、自分も引き取られたが、居場所がなく、家を出たと、言われました。


私も、両親が離婚しています。

その後は、母が兄弟3人を育ててくれました。

今までは、それはあたりまえのことと思っていました。

でも、母が自分で育てられなかったら、養護施設に預けられていたのかもしれないのだと、初めて思いました。

母が、私たちを必死に育ててくれたのだと。

私は、もしかしたら、当事者になっていたかもしれない。

必死で働いて、私たちを育ててくれた母に対する感謝の気持ちが、こみ上げて、涙が溢れて来ました。声を出して泣く寸前までいってしまいました。

昨日、母が作ってくれた夕食を一緒にしたときの母の顔を思い出し、涙がしばらく止まりませんでした。


当事者の方が、路上生活をすることになった理由は、他にいろいろありました。


話の最後に、会社を辞めさせられて、路上生活になった人と

ギャンブルなどが理由で、路上生活になった人を区別して、

手を差し伸べよう差し伸べないでおこうと、分けるのはよくない。という、話がありました。

が、私は、その部分は、理解できませんでした。


この会議に今日来ることができた人たちは、路上生活をしている人の中でも、まだ、力がある人たちなのだと思いました。

情報が、その人に伝わり、ここへくることができている。

ここに来て出席すれば、帰りにお弁当がもらえることになっていました。

その情報を得ることもできない、得たとしても くることができなかった人たちもいるのだと思いました。

何よりも大事なのは、人とのつながりなのだと思いました。

どこにいても 何をしていても 人とのつながりの中で私たちは生かせてもらっているんだと強くかんじました。



家に帰って、食事のとき、主人に会議の様子を話しました。

すると、「昔はよくこの辺にも乞食がうちにきてたわ」と話し始めました。

私は乞食という言い方を久しぶりに聞いたなぁと思いました。

(表現が適切でなかったらごめんなさい)

主人が小学生の頃、主人の祖父はよく、訪ねてきたその方を、家にあげ、お茶を出していたそうです。

しかし、ある日、とても綺麗な身なりをした人が、

「私は乞食です」といって、きて、祖父が怒って追い返したのを、覚えているそうです。

主人が小学生のときなので、30年ほど前ということになります。

30年ほど前は、そういう光景があったのだということをはじめて知りました。


主人は、路上生活をしている人は、仕事がないといっているけど、仕事を選んでいて、仕事をしていないのではないか?と、いいました。

しかし、仕事をするためには住所が必要で、その住所がないから仕事につけないという現実があることを話したら、はじめて、納得したようでした。



今日、ホームレス会議でかんじたのは、私はまだ 自分のことで精一杯なんだなぁと思いました。

自分だったら・・・・とか 自分が感謝し足りないことを感じたり・・・・


いつまでも 自分に向かうのではなく

一歩 階段を上りたいと思いました。



【自分の家の掃除をするのはあたりまえ 自分の家の外の掃除をする】
 

私って狭いなぁ。

また 自分に向いてる・・・・。








意識の違いは行動の違い

私は、今年の春に貸し農園で、栽培を始めました。

栽培などには、全く興味がなく、季節ごとに取れる野菜は、義父の畑から届きますし、私が栽培をする必要性を感じなかったのです。

その私が、畑を借りようと思ったのは、「取れた野菜を人にあげる」という目的をみつけたのです。

(人にあげるんなら、やってみたい)

そう、思って、春から畑作業を始めました。


畑は、固い土で粘土質 大きな石もゴロゴロしているところを一から開拓するような状況でした。


夏には夏野菜を栽培し、そして、今さつまいもの収穫の時となりました。

さつまいもは、苗から自分で作りました。

4月から苗つくりをはじめて、5月のはじめごろに植える予定でしたが、苗の成長が思ったよりすすまなくて、5月の終わり頃に畑に植えることとなりました。

畑を借りるきっかけは、友人Hさんを通してのことでした。

Hさんも人に分けるために畑を借りられていました。

収穫の時期になって、私は、友人に呼びかけて、さつまいもを掘ってもらって、持って帰ってもらおうと思い、先日それを実行しました。


Hさんの畑にも、さつまいもが植えられていました。


Hさんと、私は、今日、ホームレス会議という、会議に出席することにしていました。
Hさんは、さつまいもをホームレスの方々にあげたいと、おもっておられ、今日、それが実現しました。



同じように、畑を借り、

同じように、さつまいもを植え、

同じように、収穫できたさつまいもでしたが、


本当に必要な人のところに いったのは、Hさんのさつまいもだったなぁと 思いました。

私は、友人にあげることしか思いつかなかったのです。

天の神様は、そのことを、知っていたかのように、Hさんのさつまいもは 私が植えたさつまいもよりも、大きく太って、たくさんのホームレスの方にいきわたることができました。


同じようなことをしているように見えて、意識をどこに持っているかで、行動が変わってくるのだと、実感しました。


Hさんとの意識の違いを感じました。


本当に必要な人のところに 必要なものが届けられるような そんな意識を持ちたいと思いました。








 

自分を信じて

ほかのものを頼ると 間違います

自分の感覚を信じましょう

劣化

時は 新しいものを だんだん 古くします

新しかったもの いつまでも 新しいままではありません。

自分の周りのもの 見回してみてくださいね。

もう、使えなくなっているものがあるかもしれません。

いざというとき、使えるように 見直しておいてください。

特に足元気をつけましょう。

私は元気です。

『ごめんね。私。』

で、ご心配のメールをいただいたので、そう思ったいきさつを お話します。

ほんと ご心配をおかけしてすみません。


人に心配をかけるようなメッセージをおくっては、いけないですね。

ごめんなさい。



なにがあったかというと・・・・。


先日、友人4人で、集まった時に、

生きるために必要なことを、身に着けて、それを、担当したいね。というようなことを話していたのです。

新しいことを今から始まるということではなく、皆すでに今までに身に着けていることがそれぞれあるので、それを、担当して、一人ひとりが、得意分野を受け持って、一つのチームができたら、みんなで助け合って生きていけるね。というような話。

それで、体のことを(養生)をよく知っている人。

食べることを勉強している人、

すべてなんでもできる人

が いて

学校でいうなら、保健の先生 家庭科の先生 校長先生かな?教務主任かな?と、話していて、私は、生きるために必要なことを身に着けていないなぁと おもったんですね。

そしたら、こういう、文字で表現したりすることがあるじゃない。ということになって、

でも、それって、生きていくために必要?と、思ったんです。

例えば、髪の毛を切ってあげられたり、衣服を作ることができたり、大工仕事ができたり・・・そういうことって 生きるために役に立つと思っていて・・・・。

でも、「心のために 重要なことだ」と、教えてもらったんです。


その言葉を聴いて、

あ〜〜〜私って、私がいましていることに、価値がないと おもっているんだなぁ と おもったんです。

でも、同じことを 隣の人がしていたとしたら、価値があると思えているような気がしてね。

私は、どこかで、自分がしていることなんて・・・・と、思っているんだなぁと気がついたわけなんです。

そんなこと、思っていたら、自分に、悪いなぁという気がしてきてね。


もっと、自分がやっていることを、ちゃんとみよう。と、思ったのです。

過大評価をする必要はないけど、過小評価も必要ない。


もう、1年以上も、ここで、こうしてメッセージを発信させてもらっているのに、心を担当しているという、自覚がなかったと思ったんです。

ちゃんと 自覚して、進んでいこうと、思ったのです。


なので、私は、美術担当ということに なりました。

そのことを、これからは 自覚して 過ごして行こうと思います。

そういうわけなのでした。

ごめんね。私。

自分の事って 見えていないんですね

人のことならよく見える


客観的になれないんでしょうか?


客観的に自分をみてみよう


そう思ったら、自分を大切にしていなかったように思った

自分のこと なんだか 人と同じように大切に思っていない扱い方をしている


私のしていること もし あの人がしていたとしたら・・・・

そうおもうと 少しは 自分を大切に できるかな?

ごめんね。 私。

バトン

大切に繋いできたもの

一瞬にして 途切れてしまう


自分のことだけで いっぱいになってしまうなら

バトンを受け取らないでね


バトンを受け取ったなら

そのバトン 次に繋げることを 一番に考えてね


選択(洗濯)は 自由です

世界中で一番幸せですか?

モンゴルは、貧富の差が激しく、貧しい家に生まれた子供たちは、虐待を受けていることが多いそうです。

虐待を受けて、家から自ら出て行くか、家を追い出されるか。

子供たちは、結局家を失います。

貧富の差が激しいモンゴルは、気温の差も激しいようで、日中は40度 夜はマイナス40度気温差80度もあるそうです。

家を失った子供たちが、行き着く先は、マンホール。

マンホールにすむ子供たちをマンホールチルドレンと呼ぶのだそうです。

しかし、そこには すでに 家を失った大人たちもいて、子供は、その大人にまた、虐待を受けるそうなのです。



そのような子供たちを、施設に迎え入れ、育てている人々がいます。


私は、その施設『太陽の子どもたち』に実際行かれた桜庭さんという方のお話を聞きにいってきました。



悲惨な経験をしてきた8歳から18歳までの子供たち40人。

どんな風に接すればいいのか・・・・と、思いながら向かわれたそうです。

心を開いてもらうには、どうしたらいいのか・・・・


しかし



そこにいた子供たちは、すばらしい笑顔で、迎えてくれたそうです。

そして、そこで体験された、たくさんのエピソードを、お話してくださいました。


その中の一つ。

食事の時間になり、メニューは うどんだったそうです。

ラーメン鉢より少し小さめの鉢が、与えられ、桜庭さんは、(これだけだったら、足りないなぁ・・・まだ、おかわりあるのかなぁ?)と、思われたのだそうです。

ふとみると、斜め前の子供の器が、赤ちゃん用の器くらい小さいもので、うどんは、1本ほどしか、入っていなかったそうです。

具合が悪いのか?と、思って通訳の人に理由を尋ねてもらったのだそうです。

すると、その子は

「私は、これで十分なんです。私が食べると、その分周りにいきわたらなくなる。私はこれだけでいいのです。」と、答えたというのです。

桜庭さんは、ハンマーで後頭部を殴られたような気がしたと、おっしゃっていました。


私は、この話を聞いて、自分の過去の行いを思い出しました。


子供を生んだ助産所での朝ごはん。

おいしい玄米の芋粥でした。

それぞれ個室で、食事を摂ります。

3つある個室の前の廊下には、おかわり用のおなべがおいてあり、おかわりがほしい人は、自分でよそいにいきます。

私は、おかわりをよそいにいきました。

すると、上の階から、助産師さんの家族のかた(高校生のお孫さん)が、降りてこられ、手には器を持っておられました。

少しの差で、私の方が早く、お鍋にたどり着いたのですが、私はそのとき、お先にどうぞがいえなかったのです。

それも、もう、殆ど残り少なかったお粥を、少しだけ頂こう という感じではなく、私の心の中は、「おっぱい出さなきゃならないから!」という思いで よそったのでした。


そのときのことが、桜庭さんのお話を聞いて、思い出され、

なんと、すさんだ心だったのか・・・・と、思いました。


そして今でも、あんまり変わっていないような気がしました。



それから、この桜庭さん 年齢は40歳。

私と同じです。

本職は雑貨屋さんを4店舗ほど経営されており3年前に始めて、マンホールチルドレンという言葉を耳にしたそうです。

初めて耳にしたその日から、3年後には、こうして、何度も、モンゴルに足を運び、その子供たちの支援をする人になられているというのが、すごいなぁと 思いました。

私も同じ40歳なのになぁ・・・と。


モンゴルの この施設にいる子供たちは、自分たちのことを、『私たちは世界中で一番幸せな子供たち』と、言っているのだそうです。

「親に、捨てていただいたおかげで、自分は、40人の仲間に出会えた。親にお礼を言いたい。」

そういっている子もいるそうです。


自分に起きた出来事を、どう捉えるか そのことが大切なんだと感じたと、言っておられました。


そして、最後に、三感力という言葉を教えてもらいました。


運感力・・・・自分は最高にツイているんだ!運がよいと思い感じる力

喜感力・・・・小さなことにも喜びを感じ、周りの人間に喜びを与える力

恩感力・・・・人から受けた恩を感じる力


三つの力 この力は どんな過去を持っていても、何にも物を持っていなくても、身に付けることのできる力なのです。

反対に、壮絶な過去を持っているから、何も物を持っていないからこそ、得られる力なのかもしれないと思いました。



今、自分が世界中で一番幸せだ と いえるでしょうか?

もっと こうなればいいのに  もっと もっと・・・・

今日、お腹一杯食べているのに、そんなことを思っていないでしょうか?

何不自由なく今日を生きたのに、世界中で一番幸せだと 思っているでしょうか?



今度、助産所で、おかわりをよそうことがあったら、「お先にどうぞ」といえる自分でいたいと思います。















原因は自分の行動か

先日、実家までの裏道を、車で通っておりました。

何年も通りなれている道です。

途中踏切があり、車での行き違いは難しいので、

踏切が閉まったときは、

暗黙のルールとして、

先に踏切まで到着した車が、先にわたれるというようなふうになっていました。


ある日、私は、先に踏み切りに到着しました。

電車が来るので踏み切りはしまりかけていました。

しばらくすると、対向に車がやってきて、向かい側に停まりました。

そして、踏切が開いたので 発進しようとしたら

対向の車が踏み切りを先に渡って来たのです。


え〜〜〜

それは ないやろ〜〜〜



相手が とっても非常識に思えました。


なにか すごく急いでたのか?

それにしても 明らかに私が先に踏み切りに到着してたのにぃ!!

と、

思いました。


しかし しばらくして、その原因が分かったのです。

私が、踏み切りに到着したとき、すごく左にギリギリによけて停まっていたのです。

いかにも、

お先にどうぞ!

といわんばかりの 停まり方をしていたのです。

対向車は、その私の車の停め方をみて、先に踏み切りをわたってきたようでした。


あ〜〜〜私が 相手の行動を誘導してるのか・・・・

そりゃ 先に、わたってくるわ・・・

と、思ったのでした。


これって 普段でもいえることなのかも・・・・


自分の行動が原因で 相手が見せてくれる現実。

それに対して、非常識!と思うなんて・・・・。



気をつけよっと。




ろうそくの灯

私の夢は 自分の体験を 文字などにして、表現することでした。

昔から思っていたわけではないけれど、それっていいなぁと なんとなく思っていました。

自分が 日々何を考えて、何をして、何を食べて(笑)どこかに行ったりしたこととか

そんなことを、発信されている本などをみると、いいなぁ すごいなぁ と 自分が自分でそのままでよくって、それを、そのまま表現することが 仕事として成り立っているなんて、こんなにいいことないやん!!と 思っていたのでした。


そして、ふと 考えてみると、今、それ、してるやん と 思ったのです。

今 ここで発信している。

そして、日々 食べるものがある。

願いが叶っている。


今 何かに向かって 生きている と 思っているかもしれないけど、

今 すでに 願いが叶っている と 思えると ものすごく うれしくなる。

もう 思い描いた 自分になっているです。


自分が、それに気付くか 気付かないかだけなんだなぁと。


でも、これが、少し方向が 替わってくると、

例えば・・・

「本を出して、それが爆発的に売れないかなぁ・・・・」という 自分を思い描いているならば、

本を出して、爆発的に売れるまでは、願いが叶っていないことになる。


私は、そんなことは思っていない。


今、ここに 来てくださっている方で、

「コメントはしないけれど、いつも 勇気付けられている」

と、ありがたいことをいっていただける。

そのような方が、一人でもいるならば、私の願いは、叶っているということだと思っている。



小さなろうそくの灯りを灯していこう。


私は、それくらいで十分です。




泣いてもいいんだよ

泣いたらいけないなんて いってないよ。

泣いていいんだよ。


涙が出てくるんだもんね。


泣くのを我慢なんてする必要は どこにもないんだよ。

誰かが教えてくれたよ


 我慢とは


【我が 慢心すること】


我が慢心することなんて しなくていいんだよ


涙が出るなら、私が拭いてあげるよ。



拭く前に、どんな涙か 見せてもらうよ。

あなたの頬をつたって 流れ落ちる雫を。

あなたの体から出てくる その涙を。


動くために 泣くんだね。

泣かないでおこうと して 動けないくらいなら

思いっきり泣きながら 動くほうが 未来があるね。


だから

泣いていいんだよ。

かっこ悪くなんてないよ。


そのうちね

泣き止むのに 慣れてくるから。


泣けるなんて 

涙が出るなんて


あ〜〜

私たちは 生きているんだね。

ハーフマラソン体験記 〜7年かかって 気がついたこと〜

私の人生で、初めて、ハーフマラソンを体験して来ました。


マラソン大会は、今回で4回目。

今までは、すべて、10キロでした。


1時間半ほどかかって、10キロを走っていて、練習では、2時間まで、走っていたので、

ハーフは、単純に計算しても、3時間かかるので、未知な世界でした。

3時間も走り続けるのです。

誰よりも、走る時間が長いということです(^^;

11時出発なので、帰ってきたら、早くても2時です。

ウエストポーチには、エネルギーにすぐかわるという飲むゼリー2つと、スポーツドリンクを1本入れていきました。

それから、大事な音楽も。

この日、娘が私に、唯一確認してくれたのが「音楽持った?」でした。

すっかり必需品です(笑)


天気は良好。

良好すぎました。


淀川に沿ってはしり、半分で折り返すというコースでした。

受付を済ませて、驚くことが一つ。

私の知り合いと同じ名前が、ランナー名簿に載っていました。

「〇〇 ゆうき」という名前です。

折り返すときに、顔を確認しようと、思いました。

私は、最後尾を走るので、必ず、皆さんと顔を合わせることができます(^^;

それと、豚汁引換券がついていました。



走り始めて、すぐ、最後尾を独走?していましたが、前の方を走っている男の人が、

少しコースを離れ、屈伸をしたりしています。

5キロ地点くらいだったと思います。


少し歩いたり、また、走ったりしているようでした。


故障しないで、走りきるということはありがたいことなんだなぁと 思いながら走っていました。

そして、7キロ地点くらいでしょうか、折り返してきたランナーと、すれ違い始めました。

私は、ランナーのゼッケンナンバーをずっと見ていました。

(ゆうきくん どんな青年になっているかなぁ?見つけられるかなぁ)と、思いながら走っていました。


ボランティアの方たちが、時々コースのポイントに立っておられ、「ガンバレー」と、声援をくださいました。

今回は、折り返して同じ道を帰るというコースなので、ランナーのすべての方と、すれ違うということになりました。

すると、今、走っておられる方が、私に声をかけてくださるのです。


声には、勢いがありました。

走っているから、ということもあるでしょうが、

心の底からの声という感じがしました。


「がんばれ!」

「マイペースで がんばれ!」

「がんばっていきましょ!」


すれ違う、ほんの 一瞬で、声をかけてくださいます。


その言葉に、救われます。


「ありがとうございます」と、いおうにも 

ほんの一瞬なので、頭を下げるしかできません。


自分も走っていて、とてもつらいだろうに、人に声をかける余裕があるんだなぁと 思いながら、走っていました。


10キロ近くなると、もう、誰ともすれ違わなくなり、そして、エイドステーションの方々も、片付けに入っておられます。

ずっと ゼッケンを見ようと、思っていても 時々ふと、よそ見をしていて、見ていないときがありました。

(通り過ぎてしまったのかなぁ ゆうきくん わからないなぁ) などと 考えていました。



「もう少しで、半分!」


半分まで来たら、主人が用意してくれた、音楽を聴こう と 思っていました。

半分まで来たら、ゼリーを飲もう。


折り返し地点にいた、係りの人が、

「お茶を 飲んでいき!」と、冷たいお茶をくださいました。

やっと 半分やってきました。

私が、最後なので、私を待って片づけをされるのだなぁと思っていました。

お茶を一口いただき、折り返しました。


さあ、後半分。

音楽のスイッチを入れました。

 
いつも 聴いている音楽が流れると、嬉しくなりました。


そして、しばらく行ったとき、

驚くことがありました。


5キロ地点くらいで、足を故障した方が、まだ、あきらめずに走ってこられていたのです。

足を引きずりながら・・・。


もう、とっくにあきらめてリタイヤされていると思ったのに、折り返し地点を目指して、すすんでいる。


その姿に、涙が出ました。


何を目指して走っているのか、私も何を目指しているのか?


なんだか、わからないけれど、目標に向かって あきらめない という、姿を目の当たりにすると、涙が出るのですね。


私は、今まで、声援を受けてばかりだったけど、声援を贈りたいと思いました。

でも、こんな、遅い私に声援を贈られて、うれしいだろうか?とも、考えました。


あ〜〜〜

どうしよう〜〜〜



だんだん、その方との距離が、近づいてきます。

勇気を出せるか?

自然に声援を贈れるところにいない私。

勇気が必要なのです。


すれ違う瞬間。

「ファイトです!」という言葉が出ました。

声が出ました。


すると、その方は、にっこりとされ会釈をされました。

輝いた笑顔でした。


あ〜〜よかった。

私も声援が贈れた。



それから、いろいろなことを考えました。


今日、この大会に出場するにあたり、いろいろな手配をしてくれたのは、主人でした。

申し込んでくれたのも主人。

この日の朝、

「はい 朝ごはん」といって、納豆ごはんを用意してくれたのも主人。

車を運転してつれてきてくれたのも主人。

飲むものを用意してくれたのも主人。

何もかも、お世話になっています。


そして、ふと、思いました。

7年前に子供を生んだときに、産むのか、そばで応援するのかどちらかがあるとしたら、私は、産むほうがいいと、思ったのでした。

それで、やったことがなかった出産が感動的だったので、やったこともない、マラソンをしてみたいと思ったのでした。

走るのと、応援するのだったら、走るほうがいいと思ったのです。


けれど、

それって・・・・。



自分が、道の真ん中を走るから、沿道で応援して欲しいといっているようなもんだなぁと、気がつきました。

今、私が、こうやって走っているのって、本当にたくさんの人が助けてくれて、走ることができていて・・・・。

ということは、7年前に 私は、「道の真ん中を歩く人でいたい」と、宣言したようなものなんだなぁ。

そして、その考えは、7年たっても変わらず、今日一日のことを振り返っても、私は、堂々と道の真ん中を走り、周りの人に応援してもらっている。

なんと!!

私は7年間、全く成長していないではないか!!


私は愕然としながら、走り続けたのでした。


あららら 私って・・・・


ここ何年かで、ちょっとは マシになってきたと思っていたんだけど、堂々と真ん中歩いてるわ〜〜〜

そして、主人は、ず〜〜〜っと 道端で応援する人だなぁ。また、それが自然にできる人なんだなぁ。すごいなぁ。

と、思っていたのでした。



そんなことを思いながら走っていると、もう一人、もう、歩くこともできなくなって座り込んでしまっている人がいました。

その人にも声をかけることができ、その方も、とても嬉しそうな顔をされました。

決して自分に余裕があったわけではないですが、声援をもらったお返しに、自分も声援を贈りたいと思ったのでした。



走り始めて、2時間くらいまではまだ、元気がありました。15キロくらいになると、つらくなってきました。

初めから、ペースの遅い私でしたが、ますます遅くなるのです。

歩いているよりも遅いくらいです。

私は、何のために走っているのか?

途中で、そんなことを何度も考えます。

ところどころに立っていた、係りの人たちが、まだ、走っていたのか!?と、驚ろいたような顔をしているように感じます。

(みんな、長距離に向いている人が、走っているんだなぁ・・・・

 向き不向きって あるんだよなぁ・・・

 私は、向いていないほうだよなぁ・・・・

 なのに、なんで 走っているんだろう?)

そんなことを 考えました。


ラスト4キロからは、なかなかすすまない感じがしました。

(ハーフだからラスト4キロだけど、フルなら、これの倍でしょ・・・・・。)

大変無謀なことに挑戦しようとしていることを、初めて認識しました。


10キロマラソンでは、ここまでつらくないのです。


ゼリーも飲み干して、もう、エネルギーを得る方法がありません。

私は、手を空高く、延ばしました。

足が痛いという感覚よりも、肩がこりました。

肩をぐるぐるまわしたり、空に手を高く上げると、

すーっと 何かが通る気がします。

なにか、いただけている気がしました。


そして、ある方に教えてもらった言葉を、繰り返したのです。

「ありがとう」

「ありがとう」

「ありがとう」

ありがとうという言葉で、楽になったという感覚はありませんでしたが、

ありがとうといい続けることによって、その時の体のつらさを忘れ、ありがとうという言葉に集中したような感覚になりました。


手を挙げたり、ありがとうといったり、思いつくいろんなことをして、なんとか、ゴールまで乗り切ろうと思うのです。


ボランティアの方が、コップ一杯の水を車で、持ってきてくださったり、

「えらい えらい マイペースで ゆっくり!」と、声をかけてくださいました。


15キロを越えると、「がんばれ!」という言葉ではなく、「マイペース!」という言葉をかけてくれるんだなぁと、思いました。

がんばってここまで来たことを、認めてくれているんだなぁと 

そして、

【これ以上はがんばらなくていいよ。そのままでいいよ。そのままでゴールしてね。】

と、いってくれているようで、がんばれ!といわれるよりも、とても嬉しい気持ちになりました。



ゴール近くになると、主人と娘の姿を探しました。

後続車も、私を追い抜かし、ゴールに入っていきました。


オレンジのボールをもった、ピンクの服を着た娘が、私を見つけて、走って来ました。

なんだか、涙が出そうになりました。



私の人生初のハーフマラソンは、3時間30分かかって、ゴールしました。


座り込む事ができないほど、驚くほど体が硬くなっていました。



主人がしばらくして、豚汁の無料券を交換しに行ってくれました。

やはり、応援する人です。


帰りは温泉に立ち寄って、家に戻り、主人に改めて、

「いろいろと ありがとう おかげで 走れたわ」というと、

「マッサージしてあげるわ」と、最後の最後まで、応援する人を全うする姿をみせてくれました。

主人と娘が二人で、私の背中や足を揉んでくれました。

私は、どこまでも 道の真ん中をあるく人をやってるんだなぁ・・・・と、最後の最後まで、思ったのでした。


7年前に、マラソンを応援する人ではなく、走る人になりたいと思った私ですが、今度のホノルルマラソンを最後に、今後の私は、応援される人ではなく、応援する人になりたいと思ったのでした。

3時間半走ることで、気付けたことでした。





































誕生日

昔から、誕生日が大好きだ。

周りの人は、「また一つ歳をとっちゃう〜〜」って 言う人が多かったけど、

私は、誕生日 今でも とっても嬉しいです。

そして、今回の、誕生日も、とても素敵でした。


今までには、考えられない1日を過ごしました。

去年とも激変。


2時間ランニング。

母と、温泉。(これは、珍しくない)

そして、料理。


料理は、今まで、あまり興味もなく、主人が、何を食べたい?と聞いてくれた時点で、

「やった〜〜〜私食べる役になりま〜〜〜す」と思っていたのに、

今回は、ワインにあう料理、つくらせてください !! とばかりに、

いろいろつくっちゃいました。

人間、かわれば かわるものです。


そして、お酒も入って、気分がよくなった私。

いつもより、ぺらぺらしゃべり、感動して泣く。


娘にあえて嬉しいと、泣くのです。

でも 主人もそれにあわせて、泣いていました。

二人とも、娘にあえて嬉しいのです。


そして、世界の子供たちの話へ・・・・

何も食べれず、家もない子供たちもいるのだということを、私は、語ったのでした。


誕生日を、自分の作りたい料理を作ってすごすことができるなんて、本当に、ありがたい話です。



しかし


こんな私。


10代の頃は、20歳になる、自分を想像できずにいました。

私は、19歳までに、死ぬのだろうと思っていました。


そんなことを 考えていた、10代でした。


なのに、今、40代になり、主人も娘もいる生活をしている。

人生って分からないものですね。



30代の頃から、あこがれていた40代に突入です。

どんな 人生が待っているのでしょう・・・・

楽しみでしかたありません。



楽しみで仕方ない、自分でよかったなぁと 思います。




自分が気付くと 周りが変わる

娘が とても 近くに感じられます。


私が、私のままで生きようと思ったら、余計なものがなくなって、とても シンプル。

そして、どんどん 娘が成長していくような気がします。


娘の成長を妨げていたのかもしれないと思いました。


大切なことを 教えてくれるために 娘は 長い時間をかけて、その役割を果たしてくれているんだと思いました。

そして、周りの人も、この親子の歩みを 見守ってくれているんだなぁと 思いました。


なんで、今まで気がつかなかったんだろう・・・・

気付いたら、そう思うんですよね(笑)

このほうが いいね

本当の自分で生きていないような気がして、

そして、本当の自分で 生きようと実践した。


いいたいことをいい、やりたいことをやる。


するとね。

面白いことが分かった。


娘に対しては、私が、「この方がいいだろう。こうあるべきだよね。」なんて、思わず、

心にあることを、そのまま口にしてみたら、そのほうが、娘との心の距離みたいなものが ぐんと縮まったような気がした。

今まで、心の距離があることさえ分からなかったけど、縮まってみて初めて、距離が少しあいていたな・・・と、思った。

そして、娘がどんなことを考えているのか、少しだけ、以前より分かるようになった。

ある人が、教えてくれた。


【信じきる】ということ。

何があっても、大丈夫だと 信じきる。


その 信じきる という 意味が、やっとわかった。


本音で かかわらないと 本音で帰ってこない

私が、こんなに 娘のことが 大好きでたまらない ことは 紛れもない事実。

私、娘に嫌われたくないと 思っていたのかな?



日々の暮らしの中で、こうあるべきだ を 取り除いてみると、主人とも 会話が増えた。

おもしろい。

なんだか 私 自分をおさえていたのかな?

私が 私で生まれてきたんだから、私で生きないと その私に合わせて、周りの登場人物を配置してあるのに、私が、違う役をやってしまったら、物語が 成り立たなくなってしまう。

そんな ことを 考えた。


自分を抑えていた と 思っていなかったけれど、ちょっと そうだったみたい。


自分を生きるって おもしろいね。




ひとり アースコンシャス アクト クリーンキャンペーン

9月に、アースコンシャスアクト なるものに 家族で参加し、これからは、
自分の家の周りで、月に1度クリーンキャンペーンをしようと、家族行事にしよう!と、決めたのですが、実際、日を決めなかったので、とりあえず、ひとりで クリーンキャンペーンを行いました。

お墓掃除にいく、毎月23日は、お墓までの道のりを歩いてゴミを拾うことにしようと、もう、1年以上前から決めていたのですが、なかなか実行できずにいました。

そして、今回、10月23日、ひとりでしたが、ゴミ拾いを実行しました。

拾いながら、【ゴミを拾うって、どういうことだろう?】という気持ちが 浮かんできました。

ゴミを拾いながら、その道をきれいにしているというよりも、自分のほうの(内面)何かが綺麗になっているような気がしました。

自分の内面(?どう表現したらいいのか分からないんですが)が綺麗になっているのだとしたら・・・・と ゴミを拾いながら、考えていると、

ゴミを拾う行為をさせてもらっている という気持ちになってきます。

すると、ゴミを捨てる人がいるから、私は、ゴミを拾うということができているのだなぁ・・・と、思えてきました。

もし、誰も、ゴミを捨てなかったら、私は、ゴミを拾って気持ちいいという、感情は生まれてこないわけです。

なんだか、ゴミを捨ててもらって、すみませんねぇ 私のために・・・とも、思えてくるのでした。



お風呂の掃除をしたり、キッチンの洗い物を片付けたり・・・・

神様が、そういう、家事を与えてくれているので、毎回、綺麗になって気持ちいいと、思う気持ちをもらっているんだなぁ。

と 思いました。

気持ち良い という 感情は、目には見えない自分の何かを きれいにして、そして、その綺麗になるという人が、たくさん増えると、ものすごく大きなものが、綺麗になっていくような・・・・・

ゴミを拾いながら、そんなことを 考えたのでした。


ゴミは、家族で参加したクリーンキャンペーンのときよりも、たくさんありました。


今月は、家族で、クリーンキャンペーンを実行したいと思います。

言葉にすれば願いは叶う

北海道に行きたいと思いました。

それも 1月に行きたいと思いました。

でも、12月には、ハワイに行くので、翌月にまた、北海道には、いけないなぁと 思ったとき、

【どうして、そう 決めるのか?】

と、自分が、自分で突っ込みを入れたのです。

時間にして、2,3秒。 


そうだ、そうだよ。いけないなんて まだ決まっていない。

私が行きたい ということによって、行けることを喜ぶかもしれないではないか。


そうおもって、(行けないよね・・・・)という、雰囲気を出さず、かる〜〜い感じで、言ってみよう。そうしよう!!

と おもっていたら、次の日の朝、

「誕生日 何が食べたい?」と、

主人が朝食のときに 聞いて来ました。

お〜〜〜私の願いを 聞き入れますよ。というモードになっているではないか!!



チャ〜〜〜〜ンス☆♪\( *^^*)/♪



すかさず、北海道行きを 提案してみました。

最初の印象は・・・・

「自分の小遣いでいけるんやったら、いったら」という感じでした。

それでも いいのです。一人旅 やってみたかったし。

しかし

その日、仕事から 帰ってくると、様子が違っていました。

自分も、娘も一緒に 行く よい案が浮かんだようでした。



【無理だ】 と 自分で決め付けて、提案もしなかったかもしれない 今回の北海道行きですが、

言葉にしてみるもんですね。



無謀と思われることを、実現化するのって

一番の難関は、他の誰でもなく 自分なのかもしれません。


自分で、だめだ 無理だ とおもったら、だめ 無理 になる。

いける!できる!と おもったら、いける できる。


頭で いろいろ考えないで 素直に 言葉にしてみる。

それが 夢実現の近道なのかもしれません。

根っこさえ あれば

地上に出ている部分で、人は いろいろ判断しがち

地上では 枯れたように なっていても 

しっかりと、根をはって 地中深くに根をおろしていたものは

また、時期がやってくると

地上に 緑の葉を だす。


地上が枯れるときもあるのです。

根っこが腐っていなければ 

時を待てば

また、生えてきます。


あ 枯れちゃったと あきらめるのは まだ早いんです。

1年は 楽しみに待っていてください。

それから 判断しても遅くない。


根を地中深くに延ばすことを 日々心がけたいです。



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摩耶
京田辺在住です。

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