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『 浜辺 の あしあと 』


 ある日、わたしは夢を見ました。

 浜辺を 神とともに 歩いている夢を・・・


 海の向こうの大空に

 私の今までの人生の光景が

 はっきりと写し出され

 どの光景の前にも

 浜辺を歩いている 神と私の二人組の「あしあと」が

 ありました。


 最後の光景まで来たときに振り返ってみると

 ところどころ足跡が1つしかないことに気づきました。

 そして

 それは

 いつも私が苦境に落ちて

 悲しみに打ちひしがれているときでした。


 私は あえて

 神に尋ねました。


 わたしが あなたについていくと言った時

 いつも私のそばにいてくださると約束されたのに

 どうして

 私が1番あなたを必要としているときに

 私を見放されたのですか・・・・。



 神は答えて おっしゃいました。


 私の大切な愛しい子よ

 私は決してあなたのそばを離れたことはない。

 あなたが見た1つの「あしあと」

 それは・・

 苦しみや悲しみに傷ついたあなたを

 そっと抱きあげて歩いた 私の「あしあと」なのだと。。。


 ある日、わたしは夢を見ました。

 浜辺を神とともに歩いている夢を・・・





私の恩師のかかれたお話です。

ハーモニー

さあ うたをうたうよ みんなでね


みんなが同じ メロディーラインでうたっても すてきだね

でも それぞれ 違うラインで うたおうか


あなたは どのパートを うたいたい?


高い声がでますか?出る人は ソプラノね


ソプラノのラインに添って 違う音を出してみたい?

じゃ あなたは アルトで おねがいします


低い声が出る人は、テノールで

もっと低い音 響かせられるあなたは バス


それぞれのパートに分かれて うたをうたうよ


あれ?隣のパートに つられてしまう人がいるね


自分が どのパートなのか 忘れないでね

そして 自分のパートを いつでも歌えるようにしておいてね

自信を持って うたえるようにね


自分のパートがどこなのか わからなかったり

パートがわかっても 歌えるように しておかなかったら

みんなであわせたとき きれいなハーモニーが 奏でられないね


さあ みんなで うたをうたおうよ

隣のパートの 真似をしてはいけないよ

自分は 自分のパートをうたうんだよ

さあ はじめよう



 


石をえんにして すみをするよ。

瓜割の滝旅 2 〜検索大王〜

1月4日夜。

夜になっても、なかなか下調べができないままになっていた。

主人も今回は、調べてくれていないようで、

(しらべてよ)というのも気がひける。

そう、思っていると、Yちゃんからメールが来た。

「いい温泉ある?」

それで、ようやく調べに入った。

温泉発見!

しかし唯一 私がたどり着いた温泉は、その日おやすみなのである。

あらら・・・。

ここしか ないみたいやのに、お休みとは・・・。


すると隣で主人が検索を始めた。

すると、でてくる でてくる

なんで?特別なパソコンでもお使いですか?

「どのルートを通るか 決めてから、さがさんと。 地名だけで探してたら 右の端から左の端まであるからなぁ 同じ地名でも」

おっしゃるとおりでございます。

温泉を調べてくれている横で、私も調べてみた。  

いろいろ調べていた中に 一つだけ 気になった場所があった。

【馬居寺】  まごじ と 読む。

ここ そんなに離れていない場所なら いってみたいなぁ・・・と 思っていた。

今回の旅 実は ここが メインのようだった。しかし、それは、このときは、まだ知らない。




さてさて 検索大王さまがみつけてくださったので温泉も決まり、明日の朝の出発時間さえ決めればいいだろうと思い、

「9時半に迎えにいくね」とメールをし、これで 大丈夫。と思っていた。

ところが 

朝になると、主人が言った。

「滝に行ってから、お昼を食べて、温泉に入るんか?それやったら、9時半に出てたら、まにあわへんとおもうで。」

そうなん?

「8時半には出発したほうがいい」ということで、

朝に変更メールをおくり、家を8時に出た。

さすが、検索大王様。

パズルをあわせていくように、考えていくんですね。


というわけで、予定より1時間はやく、Yちゃんのおうちに向かったのでした。


つづく・・・。

 

大和・神の牧温泉 虹の湯 喜多八 ハミングバード 2

温泉のあとは 喜多八へ

もともとは お魚屋さんだっただけあって、いろんな種類のおすしがあった。

私は、えんがわ が 大好きで、もちろん頼んだが、

それが、見たこともない えんがわ だった。

「うわ〜〜これ、すごいなぁ えんがわじゃ ないみたいやなぁ。」と

大きな声で、騒いでいると、

店の人が、

「みなさん カラス鰈のえんがわを 食べさせられているんですよ。」と、教えてくれた。

「うちは、ひらめのえんがわですから。1匹で8枚しか取れないですが、よそは、それを12とってるんです。うすくしてね。」

こちらのえんがわは おおきくて、分厚く えんがわ部分 だけでなく、身もつけてくれている。

どうりで、よそより 大きいわけだ・・・・。

ほかにも、いろいろ あり、

値段も目が飛び出るほど、高いわけでもなかった。


テーブルに注文書があり、それにチェックして、お店の人に渡すと、大皿や小皿にもって、でてくるといったかんじだった。

お腹が空いている状態で、頼むと、頼みすぎになるので、注意が必要だ。

 こんなときは 大食いの人が うらやましくなる

あれも これも 食べてみたい・・・・けれど、もう、お腹一杯・・・・

今度 来たときの楽しみにして、主人のお土産を注文した。

保冷バック持参で行っていたのである。


「あ〜〜〜おなかいっぱい じゃ 帰りにアイスたべてかえろか」と、いうと、ふたりは

「え〜〜〜 まだはいるん?」と、驚いていた。

虹の湯から、喜多八までの道に、気になるジェラート屋さんを発見していたのだ。

うちは、娘が、卵のアレルギーがあるので、アイスを外で食べるということをしていない。

アイスは卵を使っている場合が多いからだ。

なので、娘が一緒でないときに、アイスを食べたくなってしまう。

「帰り道じゃないから ひきかえさな あかんで」

Yさんが そういうので、(そうなんか わざわざ引き返すんだったら、いかんとこか・・・・)と 思った。

そして、Kさんとは おすし屋でお別れするということで、手をふり、車にのった。

しばらく行くと、あのジェラート屋さんの道に出てきた。

引き返すんじゃ なかったやん。

と、思わず、駐車場に入った。

「たべるん?」とYさんは あきれている。

すると、後ろに走っていた、Kさんの車も、入ってきた。

「Kさんも 食べたいんやん ははははっは・・・・・」

と、大爆笑!

Kさんも車から笑いながら 降りてきた。

「アイスたべよっと」と いっている。

3人で、大笑い。

「お腹一杯って いってたのになぁ 笑うなぁ」

この店 【ハミングバード】という名前だった。

ハミングバードとは、日本名でハチドリという。

喜多八から ハチドリ 8つながりかと、思う。

ここのジェラートが、あたりだった。

大きすぎず 少なすぎず、甘すぎず、値段もそれ相応。

いちごパフェを頼んだが、一番底に 苺のムース 途中にコーンフレークと、クレープの細く切ったものが入っている。

私は、この、一番底にコーンフレークが入っていないところが気に入った。

大概は、一番下は、フレークなのである。

そして、なんと、ここのジェラートは 卵不使用。

娘とともに食べに来ても、いいのである。


私たち3人は、駐車場で、

これいいなぁ 

こうやな 

あ〜〜やな

と、注文したアイスの批評をしながら お腹一杯のはずなのに、パクパクと胃におさめていった。

おばさん3人が、駐車場でアイスを食べてるなぁと時々客観的にみては 苦笑い。

こんなこと、何年ぶりやろ?と、Yさんがいった。


ペロリと完食し、今度こそ、Kさんと お別れして、車を発進させた。

(今日の夜は お寿司だけど、娘には いなりずしを買わないといけないなぁ・・・生協で買わないとなぁ・・・)と、思っていると、Yさんが、

「生協にわすれものしてたから、とりによってくれない?」といった。

私も 行きたかったので、ちょうどいい と 思いながら、帰宅途中に生協によっていなりずしもかえて、娘のお迎えに行くことができた。


夜 主人が、お寿司を食べた。

主人は、おいしいものを食べると 笑う。

なので、顔をみていると、本当に おいしいか どう思っているか分かる。

一番最初に 馬刺しを口に入れた。



笑った。


気に入ったようだ。


そして、えんがわ。


私は、きいてきたえんがわの話を 主人にした。

すると

「カラス鰈のほうが すきやなぁ」といった。


私も 実は そう思っていたのでした。

2貫で100円の カラス鰈のえんがわが 私たちの口には あっていたのでした。


おわり










大和・神の牧温泉 虹の湯 喜多八 ハミングバード 1

約20年間のお付き合いをさせていただいている、私より19才年上のYさんが、

「にじのゆ いこう」といってきた。

にじのゆ? 虹の湯?そんな名前の温泉があるんやなぁ・・と 思っていた。

「にじのゆ いって お寿し、すごい お寿しやさんがあるねん!!」

Yさんは すでに 興奮している。

Yさんは 味にうるさい。

この人が おいしいというものは、間違いない。

私は、味に鈍感だったが、この20年、Yさんに勧められる おいしいものを口にし続けることにより、私の舌も鍛えられてきているように思う。

娘にいたっては、6歳にして、私たちが、これは、ここが一番おいしい という、ものしか、食べることがないので、舌がこえまくっているとおもわれる。

幸いなのは、まだ、刺身を知らないということと 一番好きなのは、白いごはんとみかんだということだ。

肉に関しては、すでにこだわっている。失敗した^^; 


虹の湯の方は、なんでも 25 26 27の3日間のうちに入りに行くと、お得な回数券が買えるらしい。

私は27日しか都合がつかず、Yさんも27日が よいということで、決定。

ということで、行ってきました。

はるばる1時間かけて、温泉。



Yさんのお母さんが、ショートステイに行っている間の お出かけ。

Yさんは おばあちゃんが 家におられるときは ほぼ、24時間つきっきりの介助生活をしており、おばあちゃんが施設に行かれる日には、ほぼ出歩いている。

そうして、バランスをとっているようだ。


そのおばあちゃんの施設の人のお迎えの車が、今朝なかなか来ず、予定時間を、約30分以上すぎての出発。

そして、現地に11時に到着した。

1時間かけてくる温泉は、1時間かけるだけはあるといった温泉だった。

現地でYさんの高校のときからの友人Kさんと待ち合わせ。

3人で温泉に入った。

Yさんは 温泉に入るとき、私の髪の毛を洗うシャンプーとリンスを持ってきてくれた。

最近、私の髪の毛が傷んでいるのを気にしてくれていたのだ。

温泉に行くということで、自分が使って、よかったからと、家から小さい容器に入れなおして持ってきてくれた。

その気持ちが嬉しかった。ありがとう Yさん。


温泉はいくつもの湯があり、男女合わせると37種類もあるらしい。


気持ちよく入っていたのだが、よその温泉ではあまり見かけない光景を目にした。

何人もの人が、滑っているのだ。

床がすべるみたい。私はすべらなかったが、

おまけに脱衣所のテレビでも、浅田真央ちゃんが氷の上を滑っていた。


こどもは ステン と転んで泣いている。

大人も転ぶ。

この方、感心したのは、立ち上がり、転んだところをお湯で流しておられた。

他の人が滑らないようにしてくれたんだなぁと 私はそんな考え浮かばないなぁとおもいながら、みていた。私も転んだら お湯で流すことにしよう。と ひとつ勉強になった。


いろいろなお湯に入って、約1時間半ほどいろんなお湯に入っていた。

露天にあった檜のお風呂からでたとき、私は、フラッと 立ちくらみを起こした。



瞬間 そばにあった岩に右手をかけた。



この瞬間 この瞬間に すごいことを かんじてしまった。


この岩は、私のために ここにいたんだ。←少々おおげさ(笑)

なんにも 話さず、動けもせず じっとそこにいるけれど こうして、今 わたしを支えてくれている。

支えようと思って そこにいたわけではないけれど、現実に 今 私を支えてくれている。

今、ここにいてくれて、本当に助かった。

この岩が ものすごく 愛しく思えた。

「このこ どこから きたんやろ?ありがとうなぁ」そうおもったら、

これって 私が今立ちくらみをして、ここに手をあてたから、そう思ったけど、そこに植えてある木も しっかり仕事をしているんやなぁ・・・ 周りにあるものすべてが 役割を果たしてくれているんか・・・ いつも まったく気がつかないけど、すべてに 意味があって そこに存在しているんや・・・・・

と、岩だけでなく、木たちにも 感謝の気持ちが沸いてきた。

私が きがつかへんかっただけか・・・・・みんな この岩のように 私を支えてくれているんやなぁ この世の何もかもがそうなんや・・・・空気も水もそうなんや。

立ちくらみで 岩に支えられながら そんなことを 思う。

温泉に来て こんなことを 思うとはな・・・・

そうして 温泉をあがったのでした。


つづく 











覚えてますか?あなたは

天使の着ぐるみ

             作:そっぺ

 ぼくの名前はトモ

 ぼくね、生まれてから一度も歩いたことないんだ
 一人で立ったこともないよ

 ぼくの足は立ったり歩いたりできないんだ
 手もね、お箸やスプーンを持ったりできないんだよ

 だからさ、ごはんを食べるときは
 お母さんとかまわりの人に食べさせてもらうんだ

 えんぴつも握れないから絵や字を書いたこともないし
 話すことも歌うこともできない

 一日の生活の中で自分一人でできることはなにもないんだ

 お母さんは
 トモくん、ごめんね。元気な体で産んであげられなくてごめんね。
 って、涙を流すんだけど

 ぼくね、自分で決めてきたんだよ

 お母さんのお腹に入る前に自分でこの体を選んできたんだ



 どうやって決めてきたのか知りたい?



 あのさ、覚えてる人もいるかもしれないけど

 ぼくらはみんな、生まれてくる前に
 魂の着ぐるみを選ぶんだよ

 デパートの洋服売り場を思い浮かべるとわかりやすいかな

 そういういろんな着ぐるみが並べてある部屋に行ってさ
 今度の人生はどんな着ぐるみを着て生きてみようかなって選ぶんだ

 部屋にはたくさんの魂たちが服を選びに来ててさ

 あたし、次、これ着てみる!
 とか、

 ボクは色は同じだけどサイズの違う服にしてみるよ
 とか、それはそれはにぎやかなもんさ

 ぼくは白い服も、黒い服も、茶色い服も、黄色の服も着たことあって
 大きいのも小さいのも、毛むくじゃらの服もすべすべの服も…

 部屋に並べてあるたいていの服は着たことあったから
 服を整理してる天使さんを見つけてきいてみたんだ


 あの〜、ぼく、ここにある服全部着たことあるんだけど、
 他にないんですか?


 そしたらさ、その店員さんみたいな天使さんが
 しばらくの間ぼくをじーっと見つめてこう言ったんだ


 あ〜、あなた。お待ちしてましたよ
 再び人生を始める準備ができたのですね
 どうぞこちらへ


 天使さんは店員さんの控え室みたいな部屋の扉を開けて
 ぼくに手招きをしたんだ

 部屋の中はきれいな音楽といい香りが漂っててさ
 あまりの美しさに思わず入り口で立ちすくんでいたら
 天使さんがソファーに座るようにと優しくうながしてくれたんだ

 ぼくが虹色のソファーに腰掛けると
 目の前の壁が透明なスクリーンになって
 そこにぼくの今までの人生が映し出されたんだ

 何億年という長い年月をかけて何度も何度も繰り返された
 ぼくの人生がそこには映っていたんだ


 ここらへん、同じような人生ばかり繰り返してますね


 ぼくがスクリーンを見つめながら言うと


 ええ、この時期はあなたはまだ若かったですからね
 学ぶことがたくさんあったのに
 あなたは人生で起こる出来事から何も学ぼうとしなかった
 だから何度も同じような人生を繰り返したんですよ


 そうなんですか
 でも人生やってる時は前の人生を忘れてますから
 同じことを繰り返してたなんて知りませんでしたよ


 そうでしょう
 それが人間の特徴です
 確実に学びを得るために、そして今の人生に集中するために
 前の人生を忘れるようにプログラムされているんですよ


 なるほど…
 うわ〜、ここらへんは
 酷い事をしたり、されたり、を繰り返してますね


 はい、この時期は主に人の痛みや辛さ、哀しみを感じる心を
 育てることがテーマでしたからね。


 こんな恐ろしいことを平気でするなんて
 なんて酷い人間なんだ、これホントにぼくなんですか?
 それにこんな残酷なことをされてる自分を見るのは心が痛みます。
 信じたくないな。


 信じたくないでしょうが、過去のあなたがこれらを経験したおかげで
 以後のあなたは二度とこんな経験をしない人生が送れたんですよ。


 そうだったんですね…
 世の中の悲惨な事件や事故、災害などに心が傷むのは
 自分が経験したことを追体験してるのと同じなんですね


 そうですよ
 世の中で起きることは全てあなたの中にある部分が表現されているのです
 学び忘れていたことを他の人がかわりに体験してくれているのです
 あなたが再び同じ体験をしなくても思い出せるように
 みんなで協力しあって学び合えるように人間の世界は作られているのです


 そうですか
 だんだんわかってきました


 ですから世の中の出来事に関心を持つことがとても重要なのですよ
 無関心でいると大切なメッセージを逃してしまって
 そこから学ぶことができなくなりますからね


 なるほど、初期のぼくは出来事に無関心だったために
 何度も同じような人生を繰り返していたんですね…


 ぼくは天使さんに質問したり解説してもらったりしながら
 人生をつぎつぎに見ていったんだ


 ここらへんはもう最近の人生ですね
 なんだかぼく、忙しそうに動き回ってますね


 ええ、この時期は還元の時代です
 あなたはこれまでたくさんのことを経験してきましたからね
 自分が得たことを世の中に還元することに
 喜びを感じる魂に成長したんですよ


 困っている人を助けたり、
 動物や自然を守る活動に時間を費やしていますね


 人を笑わせたり喜ばせたり癒したり、
 主に人の心に接する仕事をしているでしょう
 周りから見ると自分を捨てて他人のために働いてるように見えますが
 そうではなくて、あなたは自分の行いが他の人の魂に触れることに
 喜びを感じ、そこから更に高い学びを得ているのです


 確かに
 この人生が終わった時、
 ぼくの魂は感謝の気持ちでいっぱいになっていました


 あなたはこれまでの人生を通して確実に成長しましたね
 おめでとうございます


 天使さんにおめでとうって言われてぼくは嬉しかったんだけど
 同時に、天使さんがまだぼくの最初の質問に答えてないことを
 思い出したんだ


 あの〜、それで、ぼく、次に着る着ぐるみを探しに来たんですけど…


 わかっていますよ、着ぐるみですね
 あなたの着ぐるみはこの扉の奥にあります


 そう言うと天使さんは入って来たドアとは反対側にある
 金色の扉を指差したんだ


 この扉の奥にはあなたのように
 高い成長を遂げた魂専用の着ぐるみが用意されています


 なんだ、やっぱり他の着ぐるみもあったんですね
 よかった〜、それを早く言ってくださいよ〜


 そう笑いながら扉の方へ近づくと
 天使さんは落ち着いた表情で言ったんだ


 あなたはこの扉を開ける準備が整った魂です
 それをよく認識して開けてください


 わかってますってば〜
 どんな着ぐるみが用意されてるのかな〜〜〜ルンルルン


 勢いよく扉を開けて中をのぞいたぼくは言葉を失ったんだ


 こ、これは…


 「天使の着ぐるみ」です


 て、天使って…
 だって、これ…


 人間の医学界では普通でないとされている
 いわゆる障害のある着ぐるみです


 これを…ぼくが…着るんですか…?


 これを着られるのはごく限られた魂だけです
 普通の魂ではとうてい着こなせませんから
 人間の医学界で普通ではないと言われるのも
 皮肉ですがある意味、的を得た表現です


 でも…
 これを着て一体何をしろって言うんですか…?


 何もしないのです


 何もしないって…
 じゃあ、何のために人生を送るんですか…?


 何もしないことによって
 全てのことを行うのです


 何もしないで全てをやる…?


 言いたいことを口で言うのは簡単です。
 やりたいことを体を使ってやるのは簡単です。
 しかし「天使の着ぐるみ」は
 それらの手段を使わずに
 存在のみ。
 あなたがそこに存在していること、それのみで
 人類に大切なことを伝えるための着ぐるみなのです


 そんな難しいこと、ぼくにできるかな…


 できます
 あなたはそれをする段階まで成長した魂なのですから
 最も、「天使の着ぐるみ」を選ぶかどうかは
 あなた次第ですけれど…


 ん…
 …
 …


 うん!ぼく、やります
 「天使の着ぐるみ」を着て人生やってきます!


 そう言うと確信していました
 ありがとう


 でも…お母さんは誰にしよう
 きっとぼくが産まれることによって
 お母さんはたくさん苦労すると思うんですけど


 大丈夫
 あなたのお母さんになる人は
 この人生であなたを育てることによって
 最大限に成長することになっている魂なのですから
 お母さんだけではなく、お父さんも兄弟も周りの人達も、
 あなたに関わる全ての魂は
 あなたに触れることで最大限の成長ができるのです


 うん、ぼく勇気が湧いてきました
 ぼく、この課題きっとやりこなしてきます


 いってらっしゃい


 いってきます




 ぼくは「天使の着ぐるみ」を受け取ると
 天使さんにあいさつをして
 ぼくを産んでくれるお母さんをさがしにでかけたんだ

 しばらく空を飛んでたらさ
 誰かがピンク色の光をぼくに向かって放ってきたんだ
 なんだろう、と思って近づいてみたら
 ぼくの知ってる魂だったんだ


 ぼく、ぼくを産んでくれるお母さんを探してるんだけど
 もしかしてぼくのお母さんになってくれる人なの?

 ってその魂にきいてみたんだ

 そしたらその魂は

 そうよ、わたしはあなたのお母さんになるために
 少し早めに人生を始めたのよ
 次は親子になろうねって約束してたじゃない

 って言うんだ

 そっか、そういう約束してたっけ

 ぼくは嬉しくなって泳ぐようにしてお母さんのお腹の中に入ったんだ




 人生やってるお母さんはそんなことすっかり忘れちゃってて
 トモくん、ごめんね
 って泣くんだけど
 ぼくたち、約束しあって生まれてきたんだよね


 「天使の着ぐるみ」を着て人生やるのってホント、難しいんだけど
 その分、すごくやりがいがあるんだよ


 ぼく、この着ぐるみ大好き!





 ありがとうそっぺ



ps、このお話が小冊子として、発行される事になりました。



申し込みは



http://kilei.ocnk.net/product/23

お風呂にはいって 体をこすると 垢が出た

こすると でるんだなぁと 思う


体の表面についている 垢は こするということをすると

目に見えるようになる

こすらなくても 本当は そこにあったのに

こするまえは みえなかった


見えていなかったけど なんだか あるようなきがして

そして こすってみると でてくる


そして、みえたら 洗い流すことができる



心についた 垢は どうだろう?

どうやって だそうか

こするって どうやればいいかな?


手ではこすれないね

人とのかかわりで 心を動かすと こすれて 垢が出てくるかな?

人とかかわらないと 心も動かなさないので 垢がみえないね

動かして初めて 垢がでてきて そして 洗い流すことができるだろうね


体の表面を綺麗にするよりも 心の垢を 取り去ることのほうが 大切かもしれないね

瓜割の滝旅 1 〜旅の始まり〜

確か11月ごろ・・・。 たまにしか顔を合わせないが、時々ふと、小旅行に行くYちゃんと電話で話していて、

「冬休み どっかいっとかなあかんなぁ。冬休みの予定の打ち合わせをしなあかんなぁ」と いっていた。

そして、時はすぎ、冬休みに入ったその日まで連絡がなく、今回はどこも行かないことになるのかな?と思っていた。

ハワイにも行くので、「泊りはあかん 日帰りでどうぞ」 と主人に言われ、娘には「今回は、行っていいよ。」といわれていた。

「今回は 行っていいよ。」というのは、Yちゃんの娘さん二人と、ものすごく仲がいいというわけでもない娘は、母の用事につき合わされている感があり、1年半前に、初めて、長野県に旅行に行ったことで、少々懲りており、その後は、お出かけをあまり喜ばず・・・。しかし、今回は快諾。なんで快諾してくれたん?というと、

「時々は いいって いったやろ?」と、自分が前回拒否したので 今回は付き合ってやろう的なのりである。そのとき、今回は 何か あるのかな?とちょっと頭をよぎっていた。
行くべき場所に いくのかな?と。

娘とYちゃんの娘さん二人は 同じ幼稚園でしたが、クラスも離れており、学年も違う。あまり、幼稚園で遊んだということはないようだ。

ただ、母同士が 気があっているというだけのことである。

しかし、そのような娘たちも、何度かこうして 合わせていることで、毎回少しずつ仲良くなっていくから面白い。


そして、冬休み初日だったか、別件でYちゃんに電話をした。娘のお下がりをもらってもらいたかったのである。

すると、冬休みのお出かけの打ち合わせもしなあかんし、今からいけると、いって、すぐに来てくれた。


ひさしぶりやなぁ というかんじ。


ホノルルマラソン完走ができたのは、この方のおかげといっても過言ではない。

そう、私に 「走っとく?」と 声をかけ マラソン部発足させ、人生初めての10キロマラソンをともに走ってくれた、Yちゃんである。

まずは 丁重にお礼を述べる。


さあ、そして本題。

どこ行く?

私は、「彦根城にもう一度でも いいんだけど。」といった。

彦根城も このYちゃんといき、 同じマラソン部員Lちゃんと3家族(パパ抜き)でいったことがある。

すると、彦根から、話は、一気に 瓜割の滝へ飛ぶ。


Yちゃんと 私は 共通の工務店さんをしっており、その工務店の社長さんが、いい水をいつも汲みに行っているとはなしてくれていた というのだ。

その水がなくなりそうになると、そわそわしてくるらしい。

私は、その情報は初耳だった。

でも・・・・

私たちが どこかに行く。今回はこの2家族だけ。

そして、この情報で、面白がっていくのは、私たち以外にないだろう。


彦根城に行ったときも、道を間違えて、養老の滝にいった。

今回も彦根城が発端で、瓜割の滝である。

いつも 彦根は後回しやなぁと いいあう。


というわけで、

早速、Yちゃんが 社長に電話をする。仕事が速い。

社長に聞いて初めて、滝の名前がわかる。

そして、社長は キャッチホンがなっているにもかかわらず、熱く滝の話、その周辺のお勧めスポットを、教えてくれ、情報ゲット。


この滝の水しか、飲まないらしい。


そんなにいいのか 瓜割の滝。


ということで、聞き出した情報を 紙に書いてくれ、あとは Yちゃんと うちのパパが検索するのである。(Yちゃんも検索大王)


お昼の お勧めの店にだけ、早速電話をし、お正月にあいているかどうかの確認を取った。

旅に日にちは1月5日。

その日しか、都合がつかなかったのである。

すると、お昼のお店も、1月5日から開店らしい。

これは ここに行けということね。ということで、お昼だけ予約して、そして、集合時間も決めずに、解散した。

まあ 朝から行って、滝にいって お昼食べて、温泉があれば温泉に行って・・・なので、朝から出れば、大丈夫よね。くらいにおもっていたのだ。

ところが、そうではなかった。


そして、あっという間に、旅の前日 1月4日に なっていたのである。

つづく・・・・。


石黒由佳先生の講演会

石黒由佳先生の講演会を企画しました。

ご興味のある方は マヤコムSNS内のコミュニティから お申し込みくださいね。



講演内容は

「シュタイナー的観点からの ホメオパシーの使い方」です。




日時  2月 25日 (木)  10時半から 12時まで

場所  近本宅

講演料  1500円

定員  20名

今回の講演会は、シュタイナーやホメオパシーという言葉を、はじめて聞くという方にはご遠慮いただくことになっておりますのでご了承ください。

お子様連れの参加は可能です。




石黒由佳先生 プロフィール

内科医。3児の母。日本ホメオパシー医学会認定医。2004年より毎年長野で開かれているゲーテアヌム主催の医師卒後研修制度であるアントロポゾフィー国際医学ゼミナール(IPMT)で人智学医学を学ぶ。末娘が知的障碍を持つことをきっかけに治療教育も勉強中。









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ホノルルマラソン旅 36 〜おわりに〜

今回のホノルルマラソン旅

33歳のときに思い立ち そして、39歳で思い出し 40歳で現実となりました。

一つの夢を叶えて そして 帰ってくる旅だと思っていましたが、

思ってもいない出来事があり 次の夢への下準備をしたような感覚になりました。


この旅以来 いつも なんだか ウキウキしています。


人生って 何があるか分からない 


旅から帰って 私は 私のことが面白いなぁと おもいました。

客観的に 今回の私をみてみると おもろいなぁと。


母に 「どうおもった?面白い娘やろ あんたの娘は」というと、

「いや〜〜〜感動したわぁ ようやるわ。嫌いやったんやろ?マラソン。

それをわざわざするとはな。」といい涙ぐむ。

そして、次の言葉をいった。

「お産はな まあいってみたら あたりまえのことや。できるようになってる。でも走るのは大変なことや。それを やったとは・・・・・」

母は お産とマラソンを重ねて話している。


お産をしたときに、マラソンを思いついたが、私の今回のマラソンは、お産よりも何倍も楽だった。


私は、20代前半に富士山に登った事があるが、お産 マラソン 富士山を比べると、

お産と富士登山が同じくらいつらかった。フルマラソンは 一番楽だった。



フルマラソン後 娘は 手紙を書いていてくれた。



 ままへ きょうは ほんとに が

 んばってゴオルまで あ

 きらめずに がんばって

 よく はしれて よかった

 ですね 一とうしょうにな

 れて よかったね。まま

 ほんとに だいす

 きだよ。まま またいっしょ

 に マラソンヲ いっしょ

 に はしろうね。のんより



また 一緒に 走るらしい。

ほんとか?


この年末年始 テレビでは富士登山をしている映像が流れており、

富士登山の話をしていた。

弟が富士山の7合目の宿でバイトをしており、家族全員(父母妹と私)で富士登山をしたのだ。

そんな話をしていると、娘は

「のんちゃん いってない」と怒りだす。

「ぱぱもいってないで」というと

「富士山に登りたい」という。

マラソンも一緒にしたいし、富士山にも登りたいって?

あなた6歳からそんな目標もつのかい?


誰に似たんだか

あっ 

私か^^;



できないなんて おもわない

できると おもえば かならずできるよ

きめてごらん

さあ どんなことが これから おこるかな?

自分の 今の 常識なんかにとらわれず

何が起こるか分からないんだから

夢をかなえる方法は ちゃんとあるのさ



今回のホノルルマラソン旅 出産に次ぐ すばらしい経験になりました。

あの時 走ろうと 思い立った私 でかした。

33歳の私を 褒めてあげます。


長い 長い 旅日記になりました。

最後まで 読んでくださった みなさま ありがとうございました。


そして 家族に 主人に 娘に 母に。

応援してくれた 仲間に。

私の人生の物語に登場してくれたみなさま。

ありがとう。


最高の旅でした。





















ホノルルマラソン旅 35 〜エッグスン シングス〜

完走証をもらいにいった後は、エッグスンシングスのパンケーキを食べに行きました。

ここは 前回ハワイに来たときも 訪れており パンケーキで有名なお店です。

パンケーキを食べるのに、1時間ほど待ちます。

待っている間に、また コインを拾いました。


エッグスンシングスは 店を移転しており、2階建てになっていました。

2階建てで、見晴らしのいいところにもテーブルがおいてあります。

私は、外からお店を眺めながら 

「せっかくなら、店内ではなく、見晴らしのいい席が良いなぁ」と思っていました。

この待ち時間に、順番に近くのお店をうろうろ しに行きました。

待っている間、娘と、せっせ せ〜〜の よいよいよい とアルプス1万尺の 手遊びをしていると、

お店のお兄さんが、それを知っているといって、娘としようとしました。

娘は恥ずかしがってしませんでしたが、ハワイでも手遊びってあるんだなぁと 思いました。


すると、順番を抜かされたようで、一番最後に案内され、見晴らしのいい席に座ることができました。

パンケーキは 一皿に付き5枚。生クリームを山盛りにしてくれます。

苺のパンケーキは 苺ジャムがついています。

この生クリームが、日本の生クリームと違っていて、泡のようにシュワシュワとけていきます。

かる〜〜いので ぺろりといけます。

私は苺のパンケーキ

母はブルーベリーのパンケーキ

娘は お魚を焼いたものを頼みましたが売り切れで、また、ステーキ。

娘はこの旅で、ほぼ 肉ばかり食べていました。

主人もパンケーキを頼もうとしましたが、店の人が、

「それならば パンケーキは全部で15枚になるので、それは食べられないと思うよ。一人は違うものにしたら?」と英語で話してくれました。

では このソーセージのランチにします。というと、

「あなたは これを食べたことがありますか?おいしいのは こちらのソーセージの方ですけどね。」というようなことを、言ってきたので、「では、そちらの方にします。」と、答えました。

おいしくない方のソーセージは どんな味なのか?

ではなぜ、それをメニューに入れているのか?

謎でした。


が、店員さんが いってくれたとおりにして大正解。

パンケーキは 多すぎました。

5枚をみんなで分けるぐらいでちょうどよかったです。

三種類のソースがテーブルにおいてあって、ココナッツソースを好きなだけかけられるようになっていて、それがおいしかったです。


見晴らしのいい席に座って 目の前を見ると ハワイの郵便局がありました。


パンケーキは お腹一杯 今度来ることがあったら、その おいしくない方のソーセージを食べてみたいです(笑)

ホノルルマラソン旅 34 〜フィニッシャーズTシャツ〜

フィニッシャーズTシャツを着て、外に出ると、

「完走しました!!」と看板を背負っているようなもので、

え?あなたも?というような 年齢の方が着ておられて驚くこともあります。

そして、心の中で (おめでとう あなたも あの道をとおったのですね・・・・)と 思うのです。

ここで、私が、外人なら

お〜〜〜〜あなたも 走ったのね!!♪\( *^^*)/♪

と、ハグをしあうところですが、日本人なため 派手に喜びません。


しかし、トロリーバスに乗っていて、

向かい側の通り過ぎるトロリーバスの乗客が 殆ど、フィニッシャーズTシャツを着ていたのを発見したとき、私が、指をさして、「走った人ばっかり乗ってはるなぁ・・・」と いっていたら、

その トロリーバスの乗客が私に気付き、

お〜〜〜〜と 手を振ってくれました。

私は、手を振ったつもりはなかったのですが、

こちらが 「私も走ったよ〜〜〜〜」と手を振ったと思われたんだと思います。

みると、向かい側のトロリーバスの殆どの人が私に手を振っています。

私も それをみて お〜〜〜〜〜っと。

一緒にバスに乗っていて、おなじTシャツを着た人とは、なんだか恥ずかしくて健闘をたたえあえないのに、少し離れている人とは、

お〜〜〜〜〜と、手を振ることができる。

私も走ったよ。と 手を振ることができる。


日本人は おもしろいなぁと。


でも 恥ずかしがりながらでも、このようなことが できるので フィニッシャーズTシャツを着ることをお勧めします。

きっと みんな、内心 喜び合いたいのです(笑)


それから、このTシャツを着ていると、お店の人に声をかけてもらえます。

「今度 走るときは 走る前に この店に着てくれたら、走っているところを写真にお取りしますよ。私は、折り返しのところに住んでいるので いつも そのようなサービスをしていますから。では また来年 お待ちしてます」と 言われました。


これも Tシャツを着ていたから、得た情報。



日本に帰ってきて まだ 1度も着ていないのですが、先日 父にTシャツを見せると

「お〜〜〜ちょうだい!」と。

私は 一瞬 (え?)と思いましたが、

「いいよ。」というと、娘が 「あかん」と。

大事に取っておくことにします。

ホノルルマラソン旅 33 〜無駄な時間〜

今回の旅の最中で 無駄な時間がありました。荷物整理の時間です。

マウイと オアフに 滞在したので ホテルの移動がありました。 一度あけた荷物をもう一度詰めなおす作業がありました。

日の出を見るのに、冬の装いが必要で、でもその荷物が多かったのではなくて、自分が着るかな?と思って持っていった服が、あまり必要ではなく、向こうで洗濯もできたので、何枚も替えの服もいらず、(私は毎日スタイルを変えたいとおもわないので)なんだか、
必要のない服がたくさんあり、それを、またスーツケースに入れるという作業が なんとも 無駄だなぁと思いました。

旅行でこれだから、きっと 日常の生活も無駄が多くて、その無駄なことに時間を費やしていることが多いのかもしれないと、思いながら、荷物を詰めていました。

そして、肝心な、夜寝るときの服がなくて、母にTシャツを借りました。

私は なにをもっていったのでしょう????


母の荷物はとても少なくて、その中のTシャツを1枚貸してくれていたのですから、無駄なく荷物を使い切っていたと思います。


私たちは 今もこの場所で 旅をしているも同じ。

自分が使わない荷物は 必要な人へ 必要な場所へ届けて、そして、自分が使い切るだけの荷物を 周りにおいておきたいと思いました。

いつも いつも 使い切らない荷物の整理に 貴重な旅の時間を費やしたくないですから。


日本では 母が荷物整理に頭を悩ませています。

今まで ために貯めていた物たちを整理しなくてはいけません。


私は 『風の谷のナウシカ』で、飛行機から積荷を捨てないと助からない というシーンをいつも思い出します。

積荷には大切なものがあるのですが、それよりも大切なのは命で、命を守るのに、積荷を捨てなくてはいけないのです。

積荷を捨てられなければ、飛行機は 墜落してしまいます。


捨てられない人は 墜落。

捨てることができたなら 着水。


実際の物も 心の積荷も どんどん手放したほうがよさそうです。



ホノルルマラソン旅 32 〜心の温度〜

ハワイへ旅立つまえ、

「ハワイには ホームレスの人いるのかな?」と考えていました。

ハワイに何度か行ったけど、今まではみたことがありませんでした。


暖かい国には いないのかな?いなさそうだなぁ・・・・


なんとなく そう思っていました。


結果、

予想に反して、ハワイでホームレスの方を見ることになりました。

(ホームレスかは 不明です値。家がないことを確認したわけではないので。)



南国のハワイなのに、寒い国にいる人のように 着込んでいるのです。

そして、カートを押していて、その中にいろいろ荷物を詰め込んでいます。

みるからに です。


私は その姿をみて、ホームレスの人は 寒いんだなぁと 思いました。

私たちが こうして、薄着でこの場を歩いていられるのは、ただ単に気候が暖かだからではないのか・・・・。

どんな気持ちでいるかで、暖かさが違うのか・・・・。



お風呂にはいっていないみたいで、皮膚はなんとなくどす黒く 髪の毛も汚れているようでした。

(海がそばにあるから 海に入ったらいいのに・・・)と、思いました。

でも よく考えてみると 海に入ることというのは、その後にシャワーで体を流さないと塩水で余計に体がかゆくなったりもするし、私たちは、海から上がった後、シャワーを浴びることができるから、入れるのだなぁと 改めて思いました。


昔から ハワイにも このような人はいたのかな?

最近増えてきたのかな?


いかにも な人とは 別に もう一人 それらしい人を見ました。

家がないのかは わかりません。

風貌は・・・・どこかで見たことあります。

この人どこでみたかなぁ?と、想っていました。

背も高く からだもがっちり。

背筋もピンとしていて、スタスタと 歩いています。

映画から すっと抜け出てきたみたいな感じです。

そんな人が、すたすたと歩きながら ゴミ箱に顔を突っ込んで、何かを探しています。

この人は カートなど なにも もたず、寒そうでもなく、前者とは少し違う感じはしましたが、観光客ではないのは、確かでした。

うろうろでも スタスタ 同じ道を歩いています。

どこか目的地があってあるいているのではない。目的はゴミ箱です。

ゴミ箱から ゴミ箱へスタスタと歩いています。


そして 思い出しました。

この人 誰かに似ているとおもったら、

イエス様に にていました。

体格の良い イエス様。

裸足で、上半身裸で 腰には布を巻いているし。


イエス様は 寒くないようでした。



先日 母が 言いました。

私が1日家を空ける日で、娘のお迎えも 主人に頼んでいました。

朝から 夕方6時ごろまで 家に私がいません。

母は 

「寒いやん 寒いやん」と、私が出かけるときに言っていました。

私は次の日に、寒いやんって なんで 寒いの?

実家より うちのほうが 寒いの?と、きくと、

「心が寒いねん」と、言いました。

この家で、私がいるから いられるのであって、私がいないと 心細くて寒いのです。

その言葉をきいて、ハワイでの出来事を思い出したのでした。


やはり温度は 心が決めているのだなぁと おもいました。




   




















同じ想いをもっていた  

ホノルルマラソン ゴール時 私の中に 母に対するイライラ感があったと お伝えしました。

そして、謝ろうと思ったけれど、今後の私の心を変えようと 思いなおして今日、母と話をすることができました。



今日は、今回の旅行の写真を、アルバムに差し込もうと朝から用意していて、そして、そこに母が起きてきました。

先日 ホノルルマラソンの番組があったのでそれを録画しており、それを見ながら写真を整理していました。

「ほんまに はしってんなぁ」

「よ〜〜〜はしったなぁ」

「しんじられへんやろ?」

「ほんとに みんなで いったんやなぁ」と

母は、「最近になって ますます 感動してきてん」 といいながら写真をみていました。

そして、私がゴールしているときの写真を見ながら、母はこういいました。


「私な このとき ほんまは ゴールで 待ち構えときたかってん・・・」と涙ぐんでいます。

「ゴールしたとき 抱きしめたかってん・・・・・でもな、走れへんかって ここで、はしって 自分が足をくじいたりしたらあかんと思って、はしるのやめてんで。」


私は 母の言葉をきいて、

「わたしもやねんで。ゴールして ぱぱ!のんちゃん!って抱き合ったのに、あれ?ばあちゃんは?いいひんやん どこや?って なってんで あ〜〜〜〜ゴールできた!!感動やぁっておもってたのに、どこいってん!!って イライラしてんで。」と、告白。

私たちは お互い ゴールで抱きしめあいたかったんだということを 確認しあって、

「ほな 握手しとこか」 と ゴール地点で抱き合えなかったかわりに 握手をしました。

「じゃぁ また ゴールすることがあったら、必ずゴールで待っててや そして、抱き合おう」といいました。

「早く してや 早くしてくれな もう いけへんで」といったので、

「何歳になっても ゴールで待ってるで。と いわなあかんわ。もういけへんなんておもったらあかんわ いいことばっかりおもわな。パパはオーナーにならはったんやから また いけるやろ?」といい、

「そやなぁ すごいなぁ・・・また いけるなぁ」と 喜び合いました。


ゴールしたとき 同じ想いを持っていたんだということがわかって 嬉しい日でした。


今度は かならず 抱きしめよっと 


今度?

またいくか!?(笑)

ホノルルマラソン旅 31 〜トラブルデスク〜

フルマラソン完走の次の日、ベッドから起き上がると それほど痛くない体に驚きました。

これが、プール効果です。

イタタタと ならないのです。すごい。


それから、もう一つ ここでミラクル。

私は、瘦せていた(今よりも)時に はいていたパンツを、瘦せてハワイで はくんだと決めていて、それを持ってきていました。

はけました(笑)


朝ごはんを昨日の残りで済ませて、完走証を取りに行きました。

ゴール地点の公園にとりに行くのです。

すると、ここでハプニング!!

私の完走証がないのです・・・。トホホ・・・・

けれど、そういうこともよくあるのか、トラブルデスクというものが設置されており、

パソコンでパパパっと ゼッケン番号を打ち込むと、シャーッと印刷されて、名前入りタイム入りの完走証が出てきました。

前もって あるべきところに私の完走証がなかったというのは、

少々複雑な心境ではありましたが、トラブルがあった際、サササッと対処できるようにしてあるというのをみせていただいたと、思いました。

トラブルに対する対処。

それを万全に整えておくということ。

ホノルルマラソン 最後のメッセージでした。

今日は、やたらと 「字」が気になりました。

伝える も

会う も

云うという字が中に入っている。という記事をよんで、

わ〜〜〜〜ほんとだ〜〜〜と 思っていました。


私は、最近 魂という字は 云うに 鬼と書くんだなぁ と、思っていたばかりなのです。

云うに鬼 

鬼のように云うことは 魂の本当の言葉なのか?

と、どう解釈したらいいか分からずにいたのです。


会うという字は

人が云うと書く

人と話しをすることが、人と会うということなのです。


伝える も 

人が云うですね。


云うという字 なんだか 気になります。



それから、蘭と 欄。

くさかんむりと きへんのちがいか・・・・。とか。

きになる きになる 

今日の1日。


ホノルルマラソン旅 30 〜完走後のケア〜

完走してすぐ、座り込んではいけなくて、水のシャワーを浴びたり、少し歩くほうがいいです。

けれど、早く靴を脱ぎたい。

座りたい。

しばらくうろうろして 芝生の上に座りました。


靴を脱いでみると、両足の小指が伸びていましたw(゚o゚;)w

先が水ぶくれになっており、3mmくらい伸びているように見えたのです。

うわ〜〜〜こんなになるんや〜〜〜〜と、思いました。

私は 人より足の小指が少し短いのです。

その加減かな?というと、母が

「それは、親の責任やな。」と、言いました。

私は、(また そんなことを いう)と、思いました。


けれど、私のその時の言い方が、母にそんな言葉を言わせたかもしれないと今思います。


完走後、草履を持ってきておいて欲しいと主人に言っていましたが、それ以外のものはお願いしていませんでした。

ホテルまではバスで少しかかりましたので、泊っているホテルの場所にもよりますが、私は、着替えが欲しかったです。

着替える場所は、このゴール地点に用意されているので着替えることができます。



そして、ホテルにかえると、友人に教えていただいていた、プールに入ることをしました。

体をとにかく冷やすといいそうです。

私は、睡魔は襲っては来ず、とにかくプールに入らなければと思っていましたので、すぐに着替えて、海水のラグーンに入りに行きました。

母は娘と部屋にいてボール遊びをし、主人はその間、買出しに行ってくれました。

その間、私は、ラグーンで浮き輪で浮かんでいました。

もう、夕方になって、日が沈みかけていました。


朝 日の出前から走り、そして、お日様が沈む頃に水につかっていました。

足をバタバタ動かしてほぐすことを心がけました。


しばらくすると、寒くなってきました(笑)

十分体をクールダウンできたと思います。

プールの方には、ジャグジーが着いていましたので、そちらに少し入ってから、部屋に帰りました。


主人が、筋肉痛にきく、塗り薬を持ってきてくれていたので、ふとももにそれを時々塗りました。

太ももが一番筋肉痛になっているようでしたので、今日で、この状態なら、明日は、これよりひどくなるんだなぁと思いながら、寝ましたが、なんと、次の日は、それほど痛くなかったのです。

歩く、座る 立つ トイレに行く。

そういうことが それほど苦では ありませんでした。

走った後の クールダウンは とても効果があったと思います。

しかし、一番痛かったのは、バスを降りるとき。

この 降りる という行為のときに使う筋肉が 一番痛かったです。


私は、走っている最中に 貼ったり 塗ったりすることはしませんでしたが、そういうものを持ってきて、途中で座り込んで、ケアされている方もいました。


9時間40分走っていたわりには、筋肉痛に悩まされることなく、その後もすごすことができました。


貴重な情報ありがとうございました!!





ホノルルマラソン旅 29 〜母に対する感情〜

フルマラソン完走直後 私の心の中は、感謝の思いで溢れていました。


と 


言いたいところなのですが、実は、そうではありませんでした。


私は、母に対して、少々イライラした感情を持っていたのです。


母は、私が、ゴールするのを今か今かと待っていてくれ、そして、ゴールのところではなく、ゴールより前の方に、娘や主人といてくれたのです。

ところが、私は ものすごい スピードでゴールしたので、主人と娘は 私と一緒に走って、ゴールに来れたのですが、母は、走ることができず、ずいぶん遅れて、私のところに来ました。

私は、母が、走ることができない ということを 知りませんでした。

年をとると走れなくなるんですね。

当たり前といえば あたりまえかもしれないですが、気がつきませんでした。


私の姿を 早くみたいと思って、ゴールからずいぶんはなれて待っていてくれたけれど、私がゴールする瞬間は、みることができなかった。


そして、ゴールの感動を分かち合いたいのに、母がそばにいない・・・・。


遅れてやってくる。


そんな、母の姿に、

なにしてんのやろ?と おもう私。


そう、思ったとき、私は、母に対して いつも このような感情をもっていると気がつきました。


そうです。

忘れもしない、娘を出産するとき。

陣痛で苦しんでいる私の横で、ナイロン袋からコンビニのおにぎりを出した母。



ガシャガシャガシャガシャ

ビリッ

ビリビリ


それが?と思われるかもしれませんが、私は陣痛の際、音にとても敏感になっていました。

痛いし寝てないし(2日間ほど寝れていませんでした)

母の、その行動が、とても気になりました。


その時に 母に感じた感情と 似ているな と思いました。


せっかくの感動のゴールに こんな感情が、私の中にやってくるなんて・・・。

私の中に、母の行動に対するイライラ感がまだ、ある。そのことがショックでした。



後になって考えました。

私は、母の何にひっかかっているのだろう?と。

私は、自分の思い通りに、周りが動いてくれないと 気がすまないというところが、まだまだあるのだなぁと、思いました。


そういえば、中学3年生の三者面談のとき、母が、突然面談の最中に咳き込み始めたのです。

母は喘息の気があり、少し空気が悪いと咳が出るのですが、私は、咳をし始めた母に、

(いつまで咳してんの 早くとめてよ)と、思っていたことを、思い出しました。

先生は、「背中をさすってあげて」と、いわれましたが、私は、そんなこと、ちっとも思いつきませんでした。

このことを、最近になってから ひどい娘やったなぁ と 思ったことがあったのですが、そのことを、また、思い出しました。

私は咳き込み始めた母に、大丈夫?と思う気持ちはこれっぽっちもなく、(こんな限られた時間の中で、いつまで、咳してんの!!)と、母の様子を全く心配していませんでした。


私は いつのときでも、母のありのままの姿を受け止めておらず、自分の思っている母の理想の姿のようなものを当てはめて、そして、それに当てはまらないと イライラしているのだと思いました。

そして、そのことは、『母は、いつも私のありのままを受け止めてくれていない』と感じていたそのままだと 思いました。

私が、母に対しておもう感情は、そのまま私自身の姿だったのだと、思ったのです。


このことを感じたのは、帰国してからしばらくしてからですが、このゴールの直前は、母に少々イライラした感情が渦巻いており、自分自身、この感情に驚きを感じていました。



なんと ちいさい 人間なのでしょう。

なんと ちいさいことに こだわっているのでしょう。

けれど、この感情を抱いたというのが 紛れもないその時の私の心の中なのでした。








嗚呼 大山崎

私は 大山崎が大好きだ。

今日は、約4ヶ月ほど前から 大山崎に行ってみたいといっていた友人をつれて、大山崎へ行ってきた。

毎月10日は十日市といって 大山崎の駅前に手作り雑貨店が、ならぶ。

駅前の建物には、雑貨屋さんが入っており、その雑貨屋さんをのぞくのも楽しみだ。

そして、アサヒビール大山崎美術館 も 大好き。

モネの絵が 飾ってある。

建物もとても素敵。



そして 大山崎では いつも 不思議なことというか かんじることというか そんなものがある。


今回も あった。


今回は、知りたかったこと。を2点教えてもらえました。

一つは、スノードームという、雪が舞う置物。

持ってひっくり返すと 透明の液体の中に入った雪が降っているように現れる。

そのものの、名前を知りたいと思っていた。

調べても、分からなかった。

が 今日それがあったので、お店の人に聞いてみることができたのだ。

「スノードーム」

あ〜〜〜すっきりした。



それと、もう一つは、

「九賽溝」

この読み方も知らなかったけど、ここに行きたいと思い始めていて、なんて読むんだろう?と、思っていた。

「きゅうさいこう」

この九賽溝の美しい自然をみたピアニストがCDを作っていて、そのCDをレリッシュで見つけた。

それも 見つけるように、このCDのケースだけが、表をむけて飾ってあったのだ。


お〜〜〜〜引き寄せ始めたか!!



やっぱり、好きだな。

大山崎。






おまわりさんがやってきたw(゚o゚;)w

1月9日 朝8時

うちの家に おまわりさんが4人たずねて来ました。

私は、たまたま 2階でアイロンをかけようとしているところで、2階の窓から、ちょうど、おまわりさんがうちの家の裏の門のところに立っているのが見えたのです。

(また 近所の おばあさんが 行方不明になられて 探しに来られたのかな?)くらいに思っていました。



ところが

私に用事があって 4人のおまわりさんがやってきたのです。

主人があわてて私をよびに 2階に駆け上がってきました。


京都に住んでいる私の父が、私に連絡が取れないと警察に電話をし、安否確認に来たというのです。


はぁ?


連絡が取れない?


昨日こちらからメールをして、その返事をしてこなかったのは、向こうなんですけど??


携帯の着信を見てみると、今朝の7時から3回着信がありました。

このとき、8時です。


父は 何度も何度も警察に電話したらしく、私の携帯番号を警察にも伝えたけど、私が出ないので、おまわりさんが出動したらしい。


驚いていると、父から電話が。


「なにしたん?今警察の人4人もきたはるで、なにしてんの?」というと、

「いきよったんか!!いったらあかんいうたのに!!おまわりにかわれ!!」と、逆切れしています。


完全に酔っ払いのたちのわるいおっさんです。


おまわりさんは 私に、

「さみしくてしかたがないようです。お酒が入っているというのもあるんでしょうが、そういう心境におられるということを 知っておいてあげてください。」といわれました。


昼 父とあう約束をして、出かけようとしたとき、義父が、

「お父さんは 酒がはいっていたんやろ アル中か?一人でさみしいんやろう。

まあ こっちから 時々電話してあげることやな」と言ってくれました。

心の広い義父です。


昼に、娘と一緒に会ったのですが、そのときもお酒を持ってきて飲んでおり、レストランでもお酒を頼み、ずっと飲んでいました。


飲んで、店員さんに絡み、私に怒られ、あやまり、また、怒り出し、私に怒られ 謝るをくりかえす。


「警察がかってにいきよったから、悪い」といって、警察に文句いうたる!!と 言い出しました。

私は、最寄り駅まで車で送っていって、「絶対 警察に文句言いにいったら、あかん。パパは仕事で警察とかかわりがあるから、それだけはせんといてやっていうたはったし、やめてや」と念を押し、そして、駅前でおろしました。

父は、「ぱぱがそういうたはるんやったら、いかへん。」といって分かれました。

が、車を発進させて、バックミラーでみると、父は駅のほうに歩いていません。

これは あやしい・・・・・まさか・・・・・

とおもい、娘に、

「じいちゃんを 京都までおくってあげようか?」といって、一方通行の道でしたので、ぐるっとまわって同じ道に戻ると、もう、父の姿がありません。


すると、娘が、「タクシーにのらはったみたい」と、いいました。

まさか・・・・・・

タクシーに乗って、自宅まで帰ってくれていたらいいけれど・・・・・

私は、どうか警察に行っていませんように・・・と願いながら、警察署にいってみました。



残念なことに・・・・・・


そこに いたのです。


玄関のところに座り込んで、お酒をのんで、いまから、乗り込む というようなところでした。

当たって欲しくなかった勘が 当たってしまいました。



車に乗せて、京都まで、できるだけ この場所から遠ざけようと思いました。

私は、車の中で 完全に無視をしました。

娘は、その私の気を受けたのか、娘も黙り込んで、眠ってしまいました。

そして、京都までの間、父は 何度も私の名前を呼び、何度も私たち家族のことを話し、

大好きだ 愛していると 繰り返し、涙を流し、また、警察に怒り、運転をかわれといったり、また、私の名前を何度も呼び・・・・・を繰り返していました。


だいじょうぶ

だいじょうぶ


父はなぜかこの言葉を繰り返しました。

そして、私に笑顔がない ということを 心配しました。

笑顔をなくさせているのが 自分だと思っていないのです。


だいじょうぶ 

だいじょうぶ と いいながら

だいじょうぶか?といいます。


笑って欲しいなら、笑顔になるようなことをしたらどうやの?

今 この状況で どうやって笑えっていうの?




途中、口を開きましたが、もう、何を言っても、酔っ払いに通用しませんでした。


自宅まで送らず、その辺で下りてもらいました。


疲れました。



娘は 父が車を降りるときに 目を覚まし、そして、挨拶をし、車を発進させたとき、

「今日は 楽しかったなぁ」と いいました。


娘は、こんな父が 大好きなのです。


その一言を、いうか??と、思いました。


私が、よく娘にいう言葉なのです。

楽しく遊んだ後に、よく、娘はまだ遊びたい まだ帰らない といって ないていたので、

「こんなに楽しかったのに 最後に泣いてかえるんか?

 あ〜〜〜楽しかった とは いえんか?」と。

ここで、それを 使うとは。


娘は完全に、私のご機嫌を伺っています。

父に対して 怒る私 その様子を 見ています。

自分がじいちゃんに対して、どのような態度を取るのかも、ままは、怒るかもしれないぞというような目をしています。


この 楽しかったな の言葉は 娘の願いがつまっているように 聞こえました。


まま じいちゃんを みすてんといてあげて・・・・ と。



家に帰ったら、電話をするように言われていたので、もう、話したくもないのですが、電話をしました。

そしたら、また、警察のことを言い始めるのです。

もう、いい加減にして欲しい と おもいました。

主人のために 警察にいこうとしたんや といっているので、何が主人のためになるのか分からなかったので、主人に直接いってくれと、電話をかわりました。

主人は仕事柄 この手の人の話を聞くのは 慣れているのですが、その主人が、最後に、これ以上はなしても、仕方がないので、切らせてもらいます。といって、切りました。


そして 「もう あわんとき あっても いいことない」といいました。


今年が始まって9日目。

先が思いやられます。



今回 父が教えてくれたこと。


自分の常識は 人の非常識。

お酒の飲みすぎには注意。

どんなときでも 笑顔を忘れずに。


まだまだ 私を鍛えてくださるようです。


今回一つだけ 以前と変わった私を発見しました。

心の中が 静でした。

言葉で怒っていても 以前のような はらわたが煮えくり返るような怒りの感情が、全くない。

動じない。という感じでしょうか。


でも これって いいことでしょうか?

冷めてるだけか。










ホノルルマラソン旅 28 〜芸能人〜

旅に出る前 「芸能人もたくさん はしらはるんよね〜〜誰かに会えるかもね」と、何人かに言われました。

私は、安田美佐子さんは 走られるとブログで見ていたのですが、それ以外は、知りませんし、あまり芸能人の誰が走るのだろうと思っていませんでした。



結局のところ、前日のコンベンションセンターで見かけた、「加藤大ちゃん」に、レースの前半で抜かされ、そして、ゴールして、フィニッシャーズ Tシャツがもらえるテントの横に加藤大ちゃんがいました。フィニッシャーズTシャツとは 完走した人がもらえるTシャツです。

様子を見ていると、私の少し前に、ゴールしていたような感じです。


同じ人に3回も会うんだなぁ・・・と 思いました。

それが、大ちゃんだから、こちらが分かるだけで、私の周りには、何度もあっている人ばかりがいるのかもしれないなぁ、気付かないだけで・・・・と、思いました。


先日「世界は仰天」の番組を見てみましたが、かなりリバウンドして、太っていて、また、ダイエットの旅をしていたようなのです。

でも、私がみた、「大ちゃん」は、太っているというよりも、大きい人という印象でしたので、ダイエットがんばられたんだなと 日本に帰ってから思いました。

ちなみに この大ちゃん 北海道の方でした。



それから、最後の給水所の手前に、赤いサングラスをした、女性が立っていました。

すれ違うランナーに 大きな声をかけておられました。

「もう少しですから がんばってくださいや。最後の給水でっせ」というような

関西弁だったので、よくみると、

夫婦漫才の 宮川大輔花子の 花子さんでした。

私は、「おっ?」と、驚いた顔をして、

花子さんですよね?という顔をしたら、

うん と 少し会釈されました。


大ちゃんと 花子さん


私があった芸能人は この二人でした。(大ちゃんは芸能人ではないですが^^;)




ホノルルマラソン旅 27 〜最大のミラクル〜

長いハイウエイが終わりました。

不思議なことに、行きに猛烈にお腹が空いた同じ場所で、猛烈にお腹が空きました。

ハイウエイの入り口。

そして、もう一袋あった黒糖をボリボリボリボリ。

また、一気に食べました。


そして、私は、この付近で 道に迷いかけました。

危なかった^^;


後半戦になってくると、トイレに行く回数がグッと減りました。

生理のほうは不思議なことに出血量が少なくて、大変ではありませんでした。

よかった よかった。



残り7キロ地点 35キロまでやって来ました。


7キロか・・・・・

7キロって 私がいつも練習で走っていたくらいの距離だなぁ

案外 距離あるんだよな・・・・


と、後7キロなのに、さあ 走ろうと思えませんでした。

最後は、歩いてゴールしたくないよな・・・・

と 思っていました。


あ〜〜〜でもあと7キロで終わるのか・・・・

と 少し残念な気もしてきました。


そして、ダイヤモンドヘッドの上り坂。

左手は 海です。

キラキラ キラキラ 輝いています。

とても 高いところにいるんだなぁと、海をみて思いました。


そして、ダイヤモンドヘッドの一番高いところに来たあたりで、とても見晴らしのよいところに来ました。


あ〜〜〜〜きれいだなぁ


ここで ストレッチしよう


こんなところで、綺麗な海 青い空 を 見ながら ストレッチができるなんて!!


しばらく ここにいたいくらいだなぁ・・・・

でも、みんな 待っているだろうなぁ・・・・


と、ノンキなことを考えていました。


ここまで走って(歩いて)きて、この景色が見えるというのは、なかなか、考えられているコースだなぁ。と、思うほど、今までの疲れを癒してくれるかのようなすばらしい景色でした。


そして、いよいよ あと2キロのところまでやってきました。


あと2キロだと 電話しよう。と携帯を取り出すと、電話が何回かかかって来ていました。

気がつかなかったなぁ・・・・


と 思って、電話をかけ、

「あと2キロのところまできたよ」といいました。

すると、主人が

いつも冷静な 主人が あの主人が(笑)

「まま!! 聞こえるか!! みんなゴールで待ってるで!!

 すごい歓声やで!! もうちょっとやで!!待ってるからな!!」

と、興奮していました。


その声をきいたら、


あ〜〜〜〜〜〜あと ちょっとで おわるんや!!!!!!と


涙が こみ上げてきて

「うん 分かった がんばる!」といって、

そこから、


うえ〜〜ん と なき始めてしまったのです。


そして 電話をポーチにしまいながら走り始めたとき、

そのとき、不思議なことが起こったのです。


あんなに 痛くて痛くて たまらなかった腰と足が 痛くないのです。

あれ?

痛くない

あれ?あれ?


と思いながら、泣きながら

ぐんぐん走れます。


うわ〜〜〜〜〜


すごい走れる〜〜〜〜〜〜


ひっく ひっく

といいながら、走るので、

周りの人が振り返ります。


もう、この時点で、この場所にいるということは、

限界が来ていて、歩くのもつらいという人たちが歩いているのです。

なのに、後ろから、泣きながら タッタ タッタと 走ってくる人がいる。


みんな驚きます。


そして、しばらくして泣き止んで 痛くない腰と足に驚き続けながら 走ります。


うわ〜〜〜〜 ミラクルや!!

こんなことってあるんや!!

今まで 痛いと思っていたのは なんやったんや?

あれは 幻か?

いや、ほんとに痛かったよな・・・


と 思いながら タッタ タッタ と 走ります。


そして、前方に、私と同じスパッツをはいた人を発見しました。

あっ あの人や!


歩いています。


私は、後ろから抜かすとき、

「もう少し いきましょ!」

と、声をかけました。

ただ、同じスパッツというだけで、勝手に親近感が湧いていました。

向こうは同じスパッツと気づいているか分からなかったので、驚いていたかもしれませんが、にこっと笑ってくれました。

そして、ゴールゲートが見えました。


すると、娘がまた、ダッシュで私の方に走ってくるのが見えました。

あ〜〜〜きた!!

のんちゃん 一緒に走ろう!!


といいましたが、その時の私は、ものすごいスピードで走っており、娘のダッシュより、早かったのです。

区間最速記録が出たと思います。

この2キロだけを測ってくれれば(笑)


沿道の日本人が、

「そんなんやったら8時間切れたやろ」といっているのが聞こえました。

私のその時の走りは、8時間を切る早さだったのですw(゚o゚;)w


そして、10時間まで後約20秒というところで、さらに、私のラストスパートがかかります。


どんだけ 力 残してんねん


と 思われるかもしれません。

私も自分で、そう思ったのです。


私は 力の出し方を知らなかったのかもしれません。

あと2キロだから 走れたのか?

こんなにどこに力を蓄えていたのか?

自分の限界は まだまだ 先にあり ずっと手前を限界だと思っていたのか?


どうして、痛みが消えたのか?本当に驚きでした。


そして、ゴーーーーーーーーーール(笑)


主人に抱きつき 娘に抱きつき 私は泣いていました。

泣いて興奮している私を娘は少し変な顔をして見ていました。

母は・・・・・

私があまりにも早く走っていったので、ゴールに間に合わず、後から 私のところに到着。

母も 泣いているようでした。


娘も一緒にゴールゲートをくぐりました。

なので、娘もレイをもらいました。


きっと人が少なかったので、コース上に入れたのだと思います。

私が遅かったおかげです(笑)


ゴールしたら 


やったぁヽ(≧▽≦)/

やったぁヽ(≧▽≦)/

できたぁヽ(≧▽≦)/


と、いっていました。


ゴール後は、やはり足が痛くて 早く座りたい 靴を脱ぎたいと思いました。

芝生の広場に座り込み 靴を脱ぐと、娘も母も主人も 3人がかりで、私の肩や足を揉んでくれました。

特に娘は ひたすら ひたすら 私の足を揉み続けてくれました。

母は 「ようやったなぁ 心配したわ 無事でよかった」と 涙ぐんでいました。

主人は・・・・写真を撮っていました(笑)



最後の2キロからのミラクル


この旅の最大のミラクルでした。




タイム  9時間42分01秒

ペース  22分13秒

カテゴリー  40歳から44歳

カテゴリーの順位 968/988

女性での順位  9772/10043


@10キロスピリット 1時間58分23秒

@21,1キロスピリット  4時間14分01秒

@30キロスピリット  6時間25分25秒

@40キロスピリット 9時間18分58秒




これが 私の記録です。


 
つづく・・・・。続きます(笑)










ホノルルマラソン旅 26 〜気になる人たち〜

走り続けて 6時間7時間たっていたでしょうか・・・・

腕にはめていた 腕時計は全く見ていませんでしたね。


あまり時間を気にしていなかった。


ここまで走ってくると、気になる人ができてきます。

みな、同じ感じで、走り 歩きを 繰り返しているので、抜かされたり また、追い抜かしたりを、繰り返してきます。

なので、見覚えのある人ができてくるのです。


一人は、私と同じスパッツをはいた人です。

その人に追い越されたり抜かしたり・・・・。

今まで、何人ものランナーを見てきましたが、同じスパッツの人は いなかったのです。

同じスパッツの人が 同じくらいの走りをしているとはな・・・と 思っていました。


それから、まっすぐ走ることが不可能な人。

両足 かかとからの着地ができていないのです。

だれも、付き添いの人はいませんでした。

その人とも、追い越されたり抜かしたりを繰り返しました。


それから、飛脚の格好をして、背中に衣装ケースのような大きな箱を担いでいるひとも、もう、初めのころから、一緒でした。

若い男の人でした。


この人とは、今度すれ違ったら、どんなメッセージをこめて、走っておられるのか、聞いてみようと思っていましたが、そう思った後、もう、すれ違うことはなく、聞きそびれてしまいました。


それから、ハイウエイを折り返して走っていると 今からハイウエイを越えていく人とすれ違いました。

上を見ることしかできない人が、伴走者に付き添われて走っていました。


いろんな 人が 走っているんだなぁ

いろんな人を 受け入れる大会なんだなぁ

そういうところが 今まで走ってきたレースとは、全く違うと思いました。

ホノルルマラソンは 何か特別なものがあるなぁと 思いました。

ホノルルマラソン旅 25 〜同じ人生笑っていこう〜

家族と別れて、そして、またハイウエイへ。

この頃干し梅も食べながら走っていたと思います。

そして、もう、給水ポイントで水をもらったら、次に走り出すのが、走り出せなくなっていました。


あ〜〜〜このようにみんな歩いていたんだなぁ と

歩く人の気持ちが分かりました。


一度とまってしまうと、足が痛くて走り出せないのです。


痛いなぁ


痛いなぁ



そればかりを考えてしまいます。


もう、この頃は、腰から下が全部痛くなっていました。


しかし、不思議なことに、早くゴールしたいなぁとは、思わなかったのです。

ゴールに向かっているのに、不思議な話ですが^^;


日差しは一層強くなって、私の左側があつい。

左側に壁があって、少しでも日陰を歩きたい。

歩道には、座り込んでなにやら、磁気の湿布?を貼ったり、スプレーをしている人がたくさんいます。

ああいうものも 必要なんだなぁと 思いましたが、靴の中が一番痛いので、何も施しようがないような気もします。

それに、一度靴を脱いでしまったら、もう、履けなくなるような気がしました。


ずいぶん歩きました。

給水ポイントから 給水ポイントまで歩きました。

そして、よし 走ろうと、おもって 走り始めると ものすごくいたいのですが、不思議なことに、しばらく走ると、走り始めのような痛みは少し薄れるのです。

痛い!と思って、すぐ走るのをやめてしまうと、その 痛みしか知らないですが、痛いと思いながらも、しばらく続けると、痛みはマシになるんだと、私は、何か普段の生活でも、通じることがあるように思いました。

しかし、痛みは、ずっと 続きます。



出産も 痛かったよなぁ・・・・・と、思い出します。

出産の痛みを100とするなら、この足の痛み、30くらいでしょうか(笑)

たいしたこと ありません。


この足の痛みは、自分で、軽減しようと思えば歩くという方法で軽減できますが、出産のときの陣痛は、私の場合、自分で軽減することはできなかったので、その辺が大きな違いです。

しかし、まだ、出産を経験されていない方 ご安心ください。

陣痛には、全く痛くない休憩時間がちゃんと用意されているのです。

面白いです。

多分、ずっと続くと、もう、ほんと大変なので、神様がちゃんと休息を用意してくれたんだと思います。

ほんと すごいです。


あ〜〜〜〜痛い

あ〜〜〜〜痛い

あ〜〜〜〜痛い


と、しばらく思い続けて、ふと、


痛い 痛いって おもってても 仕方ないやん と 思いました。

痛いのは、なんにもかわらへん

しかたない

でも ここは ハワイやで

ハワイにきて、走ってるんやで 私。

ほら 上をみてみ!

この空 この景色。

走るなんてことしなかったら 見ることはなかっただろう景色。


痛い 痛いばかり 思っていたら もったいない 

思うのやめよっ




あ〜〜〜私は いま ハワイにきてるぅヽ(≧▽≦)/

走ってる〜〜〜〜ヽ(≧▽≦)/

夢が叶ってるんや〜〜〜〜〜ヽ(≧▽≦)/


と、頭を切り替えました。


人生も 同じことがいえるなぁ

なにか つらいことがあって

つらい つらい つらい つらい と思い続けて日々を過ごすのと

つらい状況は なにも 変わらなくても

そのとき その時の 嬉しいこと に 目を向けて、笑顔で過ごすのと、

同じ時間を生きるなら、

私は、嬉しい 楽しいことを 見つけながら、生きていきたいなぁと。



フルマラソンは こんなことも教えてくれるんか・・・と、

青い空を見上げながら 思ったのでした。


つづく。

ホノルルマラソン旅 24 〜未知の世界突入〜

日本では ハーフを走ったのが最長の距離でした。

レースでもハーフが一番長く、そして、練習でも4時間が最長。

そして、いよいよ、未知なる世界へ突入です。


お日さまは、もう、とっくに高いところまで昇っています。


30キロ地点で、音楽を聴こう そこまでは我慢しようと思っていましたが、我慢できませんでした。

それほど、つらくなってきていました。

ハーフくらいのところのトイレは 芝生の広場のところにあって、座り込んでお化粧をなおしている人もいました。

余裕だな。と 思いました。

ここから、ハイウエイの心積りのようなことをしていなかったので、長く、長くかんじました。

高級住宅街のなかを走ります。

信じられないくらい 大きな家。


すごいなぁ  大きいな〜〜〜

モデルハウスじゃないんよなぁ・・・と、きょろきょろ。

山の上を見ると山肌に沿って、家が並んでいます。

あそこから、海が丸見えなんやろな・・・・

など、みながら、走りますが、足が痛い。


高級住宅街の人たちは、自分の家の玄関の前にベンチをもってきて、そこで応援してくれている人もいます。

キャンディーや グミや チョコレートなど、多分個人的に応援してくれているのだと思います。

家の前を、2万人もの人が通り過ぎ、残るのはゴミの山です。


水のカップや、体を冷やすスポンジなどが、散乱しています。

嫌じゃないのかな?と、思いました。


このときは、後からゴミの清掃車が通ることを知らなかったので、このゴミたちはどうするのだろうと思っていたのです。


私は、このマラソンの間、変に几帳面な性格が顔を出し、カップやスポンジを道端に捨てたくないと思って、一度手にしたものは、次の給水ポイントまで、手に持って走っていました。

そんなこと、気にしなくていいと思うんですが、日本でゴミを拾ってきていて、なんだか、ここで、ポイポイとゴミを作るのが嫌だったのです。

あ〜〜〜こんなこと 気にしてるわ〜〜〜と、思いながら、

でも、やっぱり捨てられなくて、握り締めて走っていました。



そして、住宅街を走っている最中に、携帯電話がなりました。

主人が、今どのあたりを走っているか、きいてきました。

主人はドコモのランナーサイトをみながら今、私が、どの地点を走っているか分かるサイトに接続して、場所をいつも確認していたようでした。

私のその時の場所は、折り返し地点の山のふもとのスタートくらいで、まだ、ぐるっと回ってきて、ハイウエイに戻るという場所でした。

主人は、このとき、

「じゃあ まだ 海側を走っていないということやな?」と

えらい詳しい言い方をしていたので、よく 知っているなぁと、思っていました。


そして、やっと、折り返し地点に差し掛かり、広い芝生の広場のようなところに来たとき、

その芝生のところに設置してある給水ポイントのところを見ると、

子供が、ダッシュして、こちらに向かっています。

娘です。


え〜〜〜〜〜


ここは 一番遠い場所です。マラソンコースの東の端。

ここを折り返してハイウエイをもう一度走って、ダイヤモンドヘッドを超えてゴールです。


この 一番遠い場所に、娘と主人と母が 来てくれていました。


わぁ〜〜〜〜〜きてくれたん ありがとう


娘は、手にお花を摘んでいてくれました。

それを、私に 渡してくれました。


ありがとう ありがとう


そして、私が走るのをやめてストレッチをしながら、

「足が痛いわ・・・・」というと、娘は

「とまったら あかんやん」と厳しい一言を^^;


そして、私の頭に、水をいっぱい含んだスポンジを絞ったり、してくれました。


後からきいたのですが、私に電話をかけてきてくれた時点で、もう、この場所に到着してくれていたようで、1時間ほど、ここで、待っていたようです。

なので、私の姿を今か今かと 待っていてくれて、見えるなり私のところに走ってきたようなのです。

私が娘を確認できたときはすでに走っている姿でしたから^^;

主人は、ずっと私の写真を撮っていました^^;


また、走り始めるとき、

もう少し家族といたい という 気持ちになりました。


足が痛いので、もうだめだとか、ゴールできるかな?とか そんな気持ちは全くありませんでした。

精神的に だめだ〜〜〜と 全く思わなかったです。


しかし、


ここからが、大変つらい

やはり 魔の30キロなのでした・・・・・。



つづく




ホノルルマラソン旅 23 〜やっと分かったこと〜

ひ〜〜たすらぁ

ひ〜〜たすらぁ

ひたすらひたすら

ひ〜〜たすらぁ



と、ひたすらリズムよく走っていましたが、給水ポイントが来ると、お水をもらい歩いてしまいます。

すると 次に走り出すときに、とても足が痛いのです。


あ〜〜〜足が痛いなぁ・・・・


ハーフに近くなると、足が痛くなってきて、そして、ここで あることを思い出しました。

前日、コンベンションセンターに行ったとき、かかとから着地するようにしたら足に負担がかからないと、教えてもらったのでした。

それを思い出し、かかとから走ってみよう・・・・。

すると、

驚くことに、前に 前にと足が出て、そして、つま先も痛くないのです。

考えてみれば、そうですよね。

かかとから着地していないということは、つま先の方から着地しているので、常に足が、靴の前の方にあたっていたということです。

そして、かかとから走るということは、かかとの方に足が移動するような感じで、常につま先にすき間ができるようになり、つま先が痛くないという状況になりました。

そして、なんだか、足が、前へ前へとすすむのです。


はぁ〜〜〜〜〜

すごいな〜〜〜〜〜

これは 知らなかったなぁ

というか、昨日 のんちゃんが やりたいやりたいとぐずらなかったら、この情報手に入れなかったんだなぁ〜〜〜

娘よ ありがと〜〜〜〜〜



背中に羽が生えた とまでは いかないけれど

すたすたと 走れる。

すると、今まで 経験したことがないことを経験しました。

ごぼう抜きです。

今まで 抜かされることはあっても、何人もの人を抜かすことなんてなかった。

けれど、もう、皆さん歩いている方も多く、ごぼう抜きを体験することができたのです。

お〜〜〜初めてだ!!

もしかしたら、早く走っている人は、こんなごぼう抜きを経験しないよな・・・・

遅い人が突然早くなると、ごぼう抜きができる。


それでも、これは、長い間続きません。

すぐに かかとから着地ということを忘れてしまうのです。不思議なことに。

かかと かかと と思っていると かかとから走れるのですが、いつの間にか違うことを考えて、フォームが、元に戻っている。

簡単なことなのに、今までの形から 新しい形になるというのは、簡単なことではないな 常に意識をし続けることが必要なんだなぁと 思いながら、何度も、かかとから走ったり、また、戻ったりしました。


ハーフ地点を、越えたあたりで やっと、「走り方」というものが分かった気がしました。

長い距離を走ったからこその収穫でした。


つづく。






ホノルルマラソン旅 22 〜ひたすらハイウエイ〜

【ハイウエイは 単調で ひたすら長い】ときいていたので、心積もりができていました。

心積もりができているというだけで、まだかな?まだ終わらないのか?と、思わないのがすごい!!

ここは ひたすらなのね〜〜〜と、思うのである。


そして、最初の頃は、もう、引き返してきているランナーとすれ違い、いろんな格好をしているランナーをみながら走るので、つらい感じはない。


すれ違うランナーは、走っている人も、歩いている人もいる。


私は、すごく早い人たちなのに、(私からしたら)歩いているのが、なんか、不思議で、自分のことは棚に上げ、(どうしたん?がんばり!!)と、思っていた。

折り返しのハイウエイは、歩かないでおこうと思っていた人でも、歩いてしまうらしい。

このことだな・・・と 思いながら走っていた。


それと、もう一つ不思議に思ったのは、トップで走っていかれた人と、今、このハイウエイですれ違って走っている人と、もうずいぶん時間の差はあるのだが、みな、同じにみえた。

なんというか・・・

その人が、一生懸命に走っている という姿が、なんの変わりもない 同じ姿にみえた。

今、すれ違っているランナーが、トップのランナーだといっても 分からないという感じ。

言いたいこと、伝わっているかな?


人が、自分の今の力を精一杯を出しているという姿は、みな、一様に同じ輝きを放っているんだなぁと、思った。

そして、私も走る。

私も、同じように輝いているのだろうか?


ひたすら ひたすら ハイウエイを走る。

私は、まだ、音楽を聴いていなかった。

30キロ地点になったら、聴こうと思っていた。

というのは、ハーフで、ハーフだと思ってしまうと、あとが長すぎるらしく、30キロをハーフだと思うくらいでちょうどよいと聞いていたからだ。

なので、最後に、音楽の力を借りて、走ろうと思っていた。


私は、音楽なしで、ひたすら走る。

すると、勝手に、リズムを取り出した。

ひたすらやな〜〜〜と、思っていた。それがそのままリズムになる。



ひ〜〜〜たすらぁ  

ひ〜〜〜たすらぁ

ひたすらひたすら

ひ〜〜〜たすらぁ

これを4分の4拍子で、つぶやきながら走るのだ。

ひ〜〜〜が四分音符

たす が八分音符2個

らぁ が四分音符と、休符がはいる。


ひたすらひたすら は 8部音符が8個


これを、延々と繰り返す。

繰り返すと、足が勝手に動く。

お〜〜〜すごい!!

テンポよく走るというのは このことか!

私は、自然に出てきた このリズムを口ずさみながら、

言葉が ひたすらって言うのも おもしろいな と 思いながら、しばらくこれで走っていた。

なので、この頃の写真はあまりない。

ひたすら走っていたのだ。


給水ポイントで、お水をもらい、そのお水がなくなるまでは、休憩だと思って歩くことにしよう。

この辺では、そういう風になってきていたと思う。

座り込んでいる人もいたが、座り込むほどではなかった。

そして、ひたすら長いと聞いていたハイウエイは、意外と楽に乗り越えることができた。

が、ここから、ひたすら長いと思っていなかったので、また、

まだ、折り返しじゃないの???と、思いながら走ることになる・・・・


ほんと、心構えってすごいですね。


この時点で、ハーフを越えたくらい。


もう4時間ほど走っていた。


つづく。



ホノルルマラソン旅 21 〜ダイアモンドヘッドからハイウエイまで〜

ダイヤモンドヘッドの 学生たちのボランティアゾーンが終わると、少々寂しくなった。

高橋尚子選手が、いっていた言葉で、

「走っている間は暇なので、そのときそのとき一瞬の楽しみを見つけながら走るんです。」

その言葉が、よく分かる。

走っていることを、私走っている と 思うと、つらい。

景色を見たり、いろんな事を考えたり、そういう風にして、この走っている時間の暇を潰すのだ。

ダイヤモンドヘッドから ハイウエイまでの距離を頭の中に入れていなかったので、ここがとても長く、まだなの?まだなの?と思うのが疲れた。

そして、お腹も空いてくる。

 
主人からペットボトルをもらったので、私は、左手にペットボトル、右手にデジカメを持ってずっと走っていた。

水分を補給すると、また、トイレに行きたくなる。

トイレに行くたびに、手荷物が大変だ。

ペットボトルをウエストポーチに無理やり押し込み、デジカメをトイレの棚において用を足した。

すっきりして走り始めると、デジカメを置いてきてしまったw(゚o゚;)w

デジカメなくなったら、今までの記録が〜〜〜〜

50メートルくらい走っていたかな?

すぐ引き返しました。



ここで、小さなミラクル。

15個ほどのトイレが並ぶ中、私は 一発ビンゴで、自分が入っていたトイレを見つけることができたのです。

真ん中ほどのトイレに入っていたので、どのへんかな?ここか?と、扉をあけました。

フルマラソン中に、宝探しまで体験。

それも1発であてるとは!!


すごい!!

すごくない?(笑)


私すごいやん と、思うのと、あってよかった〜〜〜〜と、安心しました。

今度から、デジカメのほうをカバンに入れよ。

そう思って、また、走り始めたのでした。


飲んでは出すを繰り返す。

そのたびにストレッチをします。

そして、また、走り始める。


そして、空腹もやってきました。

スタート直前に食べた、チョコバーもすっかり使い果たしたようで、空腹は、急にやってきます。

うわっ お腹すいた!!というかんじです。

私は、黒砂糖を食べました。

計画では、一欠けら食べて、そして、また、お腹が空いたら、また 食べて・・を繰り返すのだと思っていたのですが、小袋にいれた黒糖を 一気食いしました。

もぐもぐもぐ

すると、空腹感がなくなりました。

黒糖パワーすごい!!と、思いました。

ハイウエイの手前での出来事でした。


この手前の地点で、レストランのようなお店があり、ボランティアで、バナナシェークのようなものを、小さい容器に入れて提供してくれていました。

これが、おいしかった。

冷たいシャーベットが、少し解けたようなものでした。

どんぶりで頂きたいくらいでした。

これを口にして、いよいよ、ハイウエイへ突入するのでした。


つづく。





ホノルルマラソン旅 S 〜日本と違うところ〜

私は、朝水分をとると、午前中は、トイレに頻繁に行く。

マラソン本番も例外ではなく、私は、5キロくらいの地点で、トイレに行きたくなった。

5キロくらいの地点は、ちょうどスタート地点に戻ってくるようなルートになっている。

そこで、初めてトイレにいった。


ここがはじめてのトイレの場所だったのだが、それ以前にトイレに行きたくなる人もいるようで、ここまでの間、設置されたトイレではなく、一般のお店に駆け込んでいる人も、何人もいた。

まだ、真っ暗な中で、そのお店は、看板に明かりをつけており、多分毎年、トイレに行けるように開放しているような感じがした。

私は、海外の簡易トイレに始めて入った。

まあ普段は入る機会はないよね^^;

さすが海外のトイレ。洋式なのだ。

そして、一つのトイレの中に、男性用と女性用が設置してある。

なるほど、外国だ。と思う。


けれど、日本人は、ここで洋式として使わず、和式として利用しているようだ。

洋式の便座をあげ、段差をあがり、用を足す。

ほかの人の様子をみていないのだが、きっと日本人はそうしていたような気がする。

だって、何度もトイレに行ったが、便座はすべてあがっていたからである。

男性用は、左サイドにあるので、男性が便座をあげて用を足したとは思えない。


海外の日本の簡易トイレの違いをしり、写真を撮りたいくらいだったが、それは やめた。


私は、ただでさえ、遅いのに、トイレに入るとさらにロスタイムだよな・・・・と、思いつつも、出るものは仕方がない。

そして、用を足し、トイレから出てくると、外が急に明るくなっていた。

私が用を足しているうちに、夜が明けたのだ。

ここでも、夜明けに縁がない(笑)


しかし、ここで、ちいさな ミラクル。

トイレを出た私は、走り出すと今までのペースよりも、ぐんぐん走れるのである。

お?お〜〜〜?

なんだ なんだ?

なんで、こんなに体が軽い?

トイレに行って、いらない物をだしたからか?

お日様が出てくれたからか?

急に、ぱぁ〜〜〜っと 空が明るくなったように、私の体も軽くなった。

そして、スタートから走ってきたペースよりも、速く走り始めたのである。


そして、少しして、泊っていたホテルの前を通り過ぎる。

第一給水ポイントだった。

私は、いろいろなものをもって走っていたが、水を持っていなかった。

しかし、このときに給水できるかと思いきや、この地点は、一番人が集中しているので、

遅い私の分の給水はなかった。

(やっぱり 水は必要やな・・・・ないとなると、のどが渇くなぁ)

そこで、最強の助っ人登場。

ちょうど、主人が待っていてくれるといった地点にやってきた。

そこに、母と娘も来ているはずだった。

私が走っている姿を、この時点でしか、見れないからだ。

私が走っている姿を、見れるようにと、今回、ヒルトンに泊ったはずだった。

しかし、立っているのは、主人だけ。

「あれ?のんちゃんは?」というと、「見に行ってない」と。

ここで、あえないと、ゴールまであえないのになぁ・・・・と、思ったが、

今言っても仕方がない。

「そうなんや。まだ寝てるか・・・」といって、水が欲しいことを伝えた。

すると、ペットボトルを持っていてくれた。

それをもらって、ストレッチを少しして、そして、また、走り始めた。


このときは、まだ、全く疲れていなかった。スタートから7キロくらいの地点だったと思う。


ここから、ひたすら、孤独に走る。


周りを見てみると、結婚記念に走っていると思われるカップルがいる。

頭に、小さなティアラをつけ、ご主人はタキシードの絵のTシャツを着ていたりする。

見るからに、ご結婚おめでとう マラソンだ。

また、友達同士、家族 など、二人組や三人組で走っている人が、私が走っているペースの中では多かった。

すごいなぁとおもう。

私は、人のペースに合わせて走れない。

自分のペースは自分だけのペースなのだ。

4月に、友人と走った日吉ダムの大会は、私のペースに友人があわせて走ってくれており、私が人に合わせたことはない。



マラソンのコースは 大体頭に入っていた。

それは、夏ごろに1冊のランニングマガジンを主人が買ってきてくれ、そこに、ほのるるマラソンの、DVDが付いていた。

コース紹介。注意点。実際走った人の生の声。ストレッチの方法。大会主催者の挨拶。などなど、DVDにおさめられていて、そのDVDを日本で何度もみていた。

もうすぐゴール地点を通り過る、そして、ダイヤモンドヘッドへ ダイヤモンドヘッドを越えると、ひたすら長いハイウエイが続くと、記憶していた。

ハイウエイを降りると高級住宅街のなかをはしり、山の周りをぐるっと1周して、折り返し、また、ひたすら長いハイウエイをもどり、ダイヤモンドヘッドを越えて、ゴールだ。


心積もりとは、えらいもんだと思う。

私は上記のように記憶していたので、ひたすら長いハイウエイ、みんなが魔のハイウエイと呼んでいるらしいハイウエイは、覚悟していたので、あまりつらくはなかった。

しかし、ダイヤモンドヘッド周辺が、結構長く、いつになったら、ハイウエイなんだ?と、何度も思っていた。

人は、心に備える ということができ、備えさえすれば、大変なことも軽減できるもんなんだなぁと実感することになるのである。

このことは 後ほど詳しく。


ゴール地点の付近を走ったとき、なんと、トップの人たちが帰ってきていた。

このあたりは、スタートから10キロくらいの地点。

私のペースは、10キロが、1時間半くらいだったのだが、トイレに行ったり、給水したりしているので、2時間は、この時点で経っている。

なので、トップの方々が帰ってこられるのも当然。


ものすごい歓声が聞こえる。

声援ではなく、歓声だ。

「きゃぁ〜〜〜〜ヽ(≧▽≦)/」

「うわぉ〜〜〜〜〜ヽ(≧▽≦)/」

「ぐっじょぶ! ぐっじょぶ!! ぐっじょぶ!!!」


この声が 拍手とともに鳴り響く。



お〜〜〜〜

いいね〜〜〜〜〜



私は、自分が走っているのだが、すれ違う人たちが、一生懸命走っているので、応援する人に完全になっていた。

心の中で、「がんばれ〜〜〜」と、思っているのだ。

この歓声は 日本にはないな と 思った。

ここでは、応援する人がはじけている。

このはじける感は 日本人にはないな と思う。


自分が走っているということ時々忘れている時間がここから始まる。

ダイアモンドヘッドへ向かう上り坂は、ボランティアの学生たちのゾーンで、

先ほどの、歓声を間近で聞くことができる。

ものすごく早い人たちを見て、こんな人が走っているんだなぁとか、私とは、全く次元の違う人たちをそばで見れて、なんだか、楽しい。

私は、歓声をおくられながら、ボランティアの学生さんとハイタッチもしながら、すれ違うランナーさんたちを応援しながら、走り続けた。

今から思えば、このダイアモンドヘッドの上り坂は、楽しかったゾーンだった。


つづく。



サンタが届けてくれたもの



昔の願いも 今 叶います

あわてて叶えてくれているのかな?

なぜ、あわてているのかな?

もう、今のこの世界がなくなってしまうのかな?



先日、実父が 娘にクリスマスプレゼントを届けてくれました。

クリスマスの朝。

娘がお願いしていた スキーセットのほかに、もう一つ箱があるので、娘は、

「サンタさんは 二つもくれた!」と喜んでいました。


開けてみると 地球儀でした。


私は、小さい頃から、地球儀が欲しいと思っていました。

しかし、それを口に出したことはなく、今まで持ったことがありませんでした。


それが、今 目の前に届き、それが、実父からだということに、なにか 不思議なものを感じました。


そして、元旦に 実父に お礼の電話をしました。

そして、地球儀に対する思いも伝えました。

すると、実父も 幼い頃から 地球儀が欲しいと思っていたらしいのです。

お金持ちの人の家にはあって、自分にはなかったと。

「私もやねん」 と 共感しあい、そして、それを、今回叶えてくれたこと、父と同じ想いだったことを嬉しく思いました。

実父は、私たちが子供の頃は、そういう考えが浮かばず、遅くなってごめんといいました。

が、私は、そんなことは いいと、いいました。

大晦日に続き、涙が溢れる元旦。

泣いてばっかりです。

実父に 大好きだと いいました。

昔から大好きだと。


宇宙の 地球の進化と、人間を比較すると、人間の進化なんて、瞬きくらいかな?と思いました。

その瞬きくらいの中の、人が生きる時間なんて、せいぜい100年くらい。

そのほんの一瞬を懸命に生きている。

私が子供の頃に 地球儀が贈れなかったけど、私の子供に地球儀が贈れた。誤差はないようにおもった。

宇宙規模で考えたら、どうってことない。




それから、昨日は、一里野という、スキー場に行ってきた。

娘、初のスキーデビュー。


私は、一里野って どこかで聞いたことあるな・・・・どこやったかな?と、思っていたら、思い出した。

高校時代の、修学旅行先だった。

でも、私は 行かなかったのである。

旅費は積み立てで貯めることができていたのですが、そのお金を修学旅行に使わなければ、違うことに使えると思い、旅行に行かず、お金を母に返したのでした。

そして、そのお金で 冬のコートを買うことができました。

そのお金でか は はっきりは分からないですが、旅行に行かなかったすぐあとに買ってもらったのを 覚えています。

その時のことなども 今回 思い出したのです。

私は、本当は 行きたかったんだなぁと。

けれど、このことも、約20年ほど経って来る事ができたのか・・・。と、思いました。


少々の誤差です。

宇宙規模で考えると 誤差なんてないも同然です。


昨年の 我が家にきてくれたサンタさんは、私に 昔の思いを 思い出させてくれるものばかり届けてくれたんだなぁと 今 思います。


そして、その時に叶わなかった思いを 新しい 思い出にしてくれました。

ありがとう サンタさん 私にも プレゼントをくれて。

歌の力 ∞

あけましておめでとうございます。

こちらにお越しいただきまして、ありがとうございます。

ホノルルマラソン旅日記 年末までに 完結させたかったのですが、やっと、マラソン日記に突入したところですね^^;

まだ、あと何編か続く予定です。

もうしばらく、お付き合いください。



昨日は、紅白を見ながら、パソコンに向かっていました。

主人も娘も傍にいました。


昨年は、マラソンをしながら、音楽を耳にしていました。

主人が入れてくれた曲も、何曲か紅白で歌われました。


ホノルルから帰ってきて、まだ一度も走っていなくて、その音楽たちも耳にしていませんでした。


誰が紅白に出るとか、あまり関心がなかったので、知らなかったのですが、コブクロが、歌い始め、私は一気に、走っていたときの気持ちがよみがえってきました。


あ〜〜〜〜この曲・・・・・・

娘は、音楽に合わせて、何か楽器をならしたい!と騒いでおり、ライアーにしようか グロッケンだ と テレビの前でバタバタしています。

ちょっと ちょっと この曲聞かせてよ!!


自然と 涙が出てきました。

走っているとき、初めて走りながら音楽を聴くということをして、この曲が流れたときも、

主人に感謝の気持ちがこみ上げてきて、走りながら号泣。

また、それから、何度も、この曲を聴くたびに、泣けてきていたのです。走りながら。


その時の想いが、ぐ〜〜〜〜〜っとまた、溢れてきて、

あ〜〜〜〜私は、本当に、主人に応援され、無事ホノルルマラソンに参加したんだなぁ と、曲とともに、感謝の気持ちがこみ上げてきました。

その様子を察して、娘はバタバタ騒ぐのをやめ、私の膝にすわりに来て、私の背中を曲に合わせて、トントン トントンと 叩いてくれます。

どっちが 親だか 分かりません。

この娘にも、たくさん応援してもらいました。

前回の日記に書き忘れていましたが、マラソンの朝、目覚めると、テーブルに大きな自由画帳が置いてあったのです。

主人が日本から持ってきていたようでした。

私が、早々にベッドについてから、娘に応援の絵を描かせていたのでした。

その絵には、私と、娘と主人が描いてあり、私に、主人と娘が、水を差し出している絵でした。

空には、太陽と青空と2つの虹が描かれていました。

私の胸には1の数字が描かれていました。

次のページには、「マママラソンがっばってね」と星。

次のページには 1の札を持った私。

次には「ママヨクガンバッタネ」

次には「スゴカッタネ」

次には「マタマラソンガアッタラマタマラソンヲガンバッテネ」

その次に 赤いお花二つと 蝶2匹

最後に 「一とうしょうになれてよかったね」


と描いてありました。

私を思い、一生懸命かいてくれたのでした。

まだ、走っていないのに、走った後のことまで描いてある。

娘は、もう、知っているのかな?無事完走することを。

それとも 願いを描いてくれたのか・・・・。


そんなことがありました。


娘にも、応援してもらい、主人にも応援してもらい・・・・。

そのときのこと、今までの事が、音楽によって、よみがえってきたのです。


声をあげて、泣いてしまいました。

おいおいと泣いたのです。


そして、私は泣きながら、


この曲で、何度も泣いててん 本当に・・・・パパのおかげ のんちゃんのおかげで マラ・・・ソンできたわ。あり・・・がとう ヒック ヒック ぐらいの泣き。


こんなに泣きながら、人にありがとうといったのは、初めてでした。

主人は、私の近くに来て、うんうんと うなずいていました。

娘は、わたしの顔に、チュッチュッとしてくれていました。



歌の力ってすごいですね。

歌の力を借りて、主人と娘に、心からのありがとうのことばを伝えることができました。

歌は、いろんなものを剥ぎ取る力があるような気がしました。

歌を歌っている人も 歌を聞いている人も 不用なものをすべて手放して、素になるのかな?と。


私の人生の思い出の曲です。

コブクロの「STAY」



「いつも心に太陽を 唇に歌を」 どこかできいた言葉です。


ではでは、また 今年もよろしくお願いいたします。


いつ完結するのか、マラソン日記。お楽しみに〜〜〜〜

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摩耶
京田辺在住です。

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