人のぬくもり

昨日 料理人さん主催の食事会が 公民館で行われました。

集まったメンバーとおいしい料理やお酒を楽しみました。私は自宅から遠い場所でしたので、車で行き、泊まって帰ることになっていました。

私は毛布を1枚もっていっていました。


参加者がそれぞれ帰宅するよりも前に 料理人さんは お疲れで先に眠ってしまい、私は、私が持ってきた毛布をかけてあげました。

そして 参加者がそれぞれ帰宅されたあと 私は 車に積んでいた薄いボアのひざ掛け2枚を掛け布団代わりにして、座布団を敷布団代わりにして 眠りました。

部屋は8畳ほどで、エアコンもついています。

私は すぐに眠りましたが、朝3時ごろ寒くて目が覚めたのです。

一度寒くて目が覚めてしまうと、もう眠ることができませんでした。

そこで 避難生活をされている方を想いました。

ここは締め切っていてエアコンもついているのに、こんなに寒いのなら、広い空間で寝ている人たちはどんなに寒いだろう。

私がごぞごぞしていると 料理人さんが「眠れないの?寒いなぁ」と声をかけてくれました。

そして 一緒に寝よう ということになり、座布団をしいて、ひとつの毛布に一緒に横になりました。

抱き合って眠ったわけではなく、隣で横になっただけなのに、なんと暖かい!!

ちなみに料理人さんは女性です 念のため(笑)

「すごいなぁ 人の温かさが一番いいなぁ」と 言い合いました。

そして、また 避難生活の人たちを想いました。

家族が一人でも助かって、二人や三人で寄り添って寝ている人は 温かいけれど、一人になってしまった人たちは、本当に寒いだろう

一人になってしまった人たち同士が 一緒に寄り添って眠りましょうか? とは なかなかいかないだろうし、一人だけで寝ていたら 本当に 寒くて眠れないだろう と。

私は 普段、娘と一緒の布団で寝ていますが、暖かいのが当たり前になっていて、寄り添っているから暖かいと改めて思ったことはありませんでした。

人のぬくもりがこんなに温かいとは・・・と 改めて 思った夜でした。

暖かくなると すぐに眠ることができました。


眠れぬ夜を過ごされている方が一人でも 一日でも早く ぐっすり眠ることができますようにと祈ります。

星は咲くもの

最近 娘の肌の調子がとてもいい。

振り返ってみると 2月の末にインフルエンザにかかってから、綺麗になっている。

それと時期を同じくして 漢方の病院に行きはじめ 飲み薬と塗り薬を使い始めた。

しかしすぐに下痢症状が出てきたので、薬は あまり飲み続けていない。

塗り薬も最初だけ 塗っていたが 今はもう塗っていない。

自宅では ぐずる娘も 友達の家ではぐずらず、先日友人宅に泊まりに行った際も あまり痒がらなかったらしい。

今日は一日 痒がらず、もう 治ったのか?と 思うくらいだった。

出先から 娘を車に乗せて帰宅していたとき、

目の前の 夕陽が輝いていた。

「のんちゃん もう カイカイぜんぜんしいひんようになったなぁ 治ったんかな?」と話しかけた。

「もしかして じいちゃん(亡き父)が のんちゃんのカイカイとってくれはったんかなぁ?」といった。

生前、父は 

「俺が治したる!!」と よくいっていたのだ。

もしかしたら のんちゃんのカイカイをもって行ってくれたのかもしれない。

私がそういうと 娘は

「じいちゃんは お日様を 光らせてくれてるねん」といった。

そして 続けて

「お星様だって 咲かせてくれてる」

この世の仕事を終えた魂は まだ この世で仕事が残っている人たちが生きていけるように、役割を果たせるように 見守って 助けてくれてるということなのだろうか?


それにしても そんな発想 どこからくるのか?

やっぱり 宇宙から来てる?

宇宙から来る想い

今日で2年生が終わりました。

娘はここ最近 体調不良でしたが、今日は最後なので少しがんばって登校させました。

お昼は学校まで迎えに行きました。

朝も送っていきましたが、少し教室に入りにくく、ついてきて!といわれ教室までいったら、友達が迎えてくれて、すぐに帰っていいと いわれました。

友達は娘の荷物の整理をササッとしてくれました。

いつもしてくれているような 手際の良さでした。


で お昼 迎えに行くと、なんだか 目が赤い。

「どうしたの?」と いうと、泣き出しました。

まだ体調が悪くて つらかったのか?

私の迎えが遅くて 心細かったのか?

なんで 泣いてるのだ?と 聞くと

しばらくして、今日で、2年生が終わりだから悲しいので 涙が出たと いいました。

【今日で終わりだから 悲しい】

この思いはどこから来るのか。

私が

こんなときは 悲しいね

こんなときは 寂しいね

と 教えているわけではない。

娘の 心から その想いが溢れているのである。



そうやな。

寂しいな・・・・



ここ最近 お休み続きで なんだか あっという間に 終わっちゃった感じがする。

特に 2月は 私の父が亡くなり 後半はインフルエンザで なんだか記憶がない。

そして3月も 下痢嘔吐続きで 結構 お休みをしてしまった。


私は 担任の先生に1年間のお礼の挨拶をしにいった。

そこでも 娘は 涙が出てきてしまった。

先生とお別れで また 悲しいのだ。

先生は 娘を抱きしめてくださった。

のんちゃんにあえて 嬉しいよ 先生こそ ありがとうやわ。のんちゃん大丈夫。できるよ。」といってくださった。


【お別れで寂しい・・・・】


この気持ち どこから来るのか・・・・





3学期のある日、3年生で使う書道セットを もって帰ってきた。

最近の書道セットや絵の具セットは 10種類くらいの中から選ぶ。

昔は 女の子は赤。男の子は青 くらいしか種類がなかった。

10種類から選べていいけれど 娘にとっては 切ない出来事になってしまった。

カラフルなもの 女の子がすきそうなもの 男の子がすきそうなもの

いろいろある。

娘は 男の子が選びそうな シンプルなものを選んでいた。

いつも 娘は そんな感じのものを選ぶ。

「これでいいの?本当に?」と なんどか 聞き返す。


シンプルな書道セットを持って帰ってきた日。

泣き出した。

訳は 「のんちゃんが選んだのは だれも選んだ人がいなかった のんちゃん 一人だけやった 絵の具セットのときも そうやったもん。のんちゃん一人だけやった・・・」と、

おいおい泣き出した。

自分が これがいい! と 思って選んだものを 誰一人選んでなかったのだ。

絵の具セットのときも ショックを受けていたようだが、そのときは 私に言わなかった。

私は気がつかなかった。

泣きもしなかった。


しかし 今回も 自分だけ・・・・。

また 自分だけ みんなと違うものを選んでしまった・・・・。

と おもったのだ。


「それやったら 変えてもらうか?」

それは したくないようだ。

自分は このシンプルなもので いいんだけど。

でも だれも 一緒の人がいないのが 悲しいのだ。

「誰か一人でも 一緒の人が いてほしかったんか?」

ときくと 

「うん」と 頷いて また 泣き出す。


あ〜〜〜〜わかるよ その気持ち。

自分がいいと思っているものを 誰にも認めてもらえなくてなんだか 自分ひとりがみんなと違うんじゃないか?と思う寂しい気持ち。

娘の切ない気持ちを思うと 私も泣けてきた。


私は いろんな言葉を かけた。

「ままは いいと思うけどなぁ・・・みんなと同じじゃないものを選ぶって いいやん」とか

「のんちゃんだけやったら まちがわんでいいやん」というと

「そんなん 名前 かけば まちがわへんやん」と。

そりゃそうだ。

「クラスの中では のんちゃんだけかも知れんけど 隣のクラスには いるかもよ」とか

「もし 隣のクラスもいなくても 違う学校には のんちゃんが選んだのと一緒のをたくさんの人が選んでるかもよ」とか

でも 娘は クラスに誰か一人でも 一緒のものを選んだ人がいて欲しかったのである。

そうよね。

わかるよ。

他の学校なんて 関係ないもんな。



この気持ち どこから来る?




そう おもったら とある勉強会の先生が 話してくれた 自分が小学1年生のときのエピソードを思い出した。

「『この子の隣ではなくて あの子の隣に座りたい』そう 思った気持ちは 親に教えられたものじゃない そう考えると この思いは宇宙からきたとしか考えられない」と。

娘の中にも 宇宙から来た想いが しっかりと あるのだ。



【だれか一人でもいいから 一緒のものを選んで欲しかった】という 想い。

【2年生が終わるから 寂しい】という 想い。


この思いは 宇宙から来た想い。

宇宙とは 存在しないものを生み出すことができるんだ。


溢れる思いは 宇宙から やってくるのだ。


娘の場合 少々溢れすぎのような気がするが 娘の宇宙はとてつもなく広いのかもしれない。







うれしい!たのしい!大好き!

「こんなときだからこそ あつまろう!!」 と声をかけて集まったのは、

いつも 『うれしい!たのしい!大好き!』を 共有している友だった。


この日 何もないところから ドラム缶窯で何かを焼いてたべよう といっていたのに、

友人たちは お菓子をもって参上してくれた。

それも 和菓子が多い。

うちもたまたま前日に 墓参りで親戚がこられたので、和菓子を用意していたところ、たくさん和菓子が余ってしまい、家に和菓子があった。

桜餅 羽二重餅 みたらし団子 三色団子 苺大福。

お雛様を まだ飾っているので なんだか ひな祭りの会のようだ。と言い合う。

お花見にも感じるねと。

あとは スナック菓子。飴。苺。ジュース。ドーナツ。が集まる。

今日は お菓子パーティやな。と お昼はみんなで、これらのものを 並べて 好きなものを食べることにした。


お菓子って すごいな と 思った。

すぐに食べられる。

お湯も火もいらない。

開けたらすぐだ。

栄養面は 期待することは難しいけど、すぐに食べることができて エネルギーとなる。

これって すごいんじゃないかと。

そして なんだか ほっこり するのだ。

お菓子って。

今 食べるものがない ところでは お菓子はあるのかな?と 思う。

お菓子が果たす役割は 意外に大きいかもしれないと思った。



いつも ウクレレを一緒にひく友人が 子どもをつれて 最初にうちに到着。

みんなが来るまで もちろん ウクレレライブがスタートした。

この友人と 初めてウクレレを一緒に弾いてから半年がたったのだなぁと 思った。

お互い だいぶ上達した(笑)

ウクレレを弾きながら 歌をうたう。


しばらくして、

会発案者の家族が来られて、ご主人がウクレレに挑戦。

ちいさなウクレレが ますます ちいさく可愛く見えた。

そして お菓子パーティ。

何種類かのお茶を用意して食べた。


そして 本題。

「今 何ができるのか」

ウクレレ友の息子さんは 中学生で、学校の門で募金を集めたところ、7万7千円集まったので、この日は駅前に立ってみる。と 活動されているらしい。

そして本人も、毎朝 日の出の時間に 神社に赴いて、「ありがとうございます」とお日様に向って拝んでいるらしい。あの地震の翌日から、毎日続けているのだという。

みんな 自分ができることを 実践しているのだ。


ウクレレ初体験のご主人は、自分の仕事を精一杯やるしかないし なにか やりたくても そんな余裕もないと いった。

そうなのだ。

みんな自分の仕事を 精一杯やるのだ。


それでいい。

私は 2分の1運動のチラシを作っていた。

まだ完成ではなかったので、友人に見せて意見をもらった。

「おもわず みてしまう 4コマ漫画にしたら?」と友人はいうと、4コマ漫画を描いてくれた。

思わず、見てしまう絵を描いてくれた。

私がかいていたのは 一言で言うなら 真面目なチラシ。

友人が書いたのは 面白いチラシ。

両方いいなぁと 思った。





会 発案者ご一家が帰られたあと、もう一人友人が参上。

そこでは 今までの人生の中で 一番会いたい人に会おうという話になった。

明日 どうなるかわからない 今。


今回のこの人生の中で 一番会いたい人に会う。


娘の友達が言った。

「この3人が 一番仲良しやねん。」

娘が2歳の頃からの幼馴染3人娘。

みんな学校はバラバラ。

だけど、一番の仲良し。


日が暮れてきて 子どもたちはお風呂に入りたいといった。

娘たちがお風呂に入っている間、私がウクレレを弾き、友人がフラを踊った。


会の最初と最後は ウクレレだった。


「私たちに 何ができるか」

その答えは 

「うれしい!たのしい!大好き!生活を送ること」

だという結論に至る。

そして今晩の晩御飯は お好み焼きをしようと思っていたら 友人のところもそのつもりだという。それならうちも。と3家族ともお好み焼き。



自分の仕事を精一杯やる

会いたい人に会う

うれしい!たのしい!大好き!で生きる。


こうして 私は これから先を 生きていきます。






うさぎの数え方

うさぎは なんと 数えるか ご存知ですか?

一羽 二羽?

一匹 二匹?


最近 私のところに 【うさぎ】というメッセージばかり やってきます。


今日 ようやく それが 何を意味するのか わかりました。




もともと ウサギは 一匹 二匹 と数えられていたそうです。


昔々神様は 人間に 【4本足の動物は食してはならない】という決まりを作っていたそうで、 しかし人間は ウサギの肉を食べたいので、ウサギがはねる瞬間 2本足になるではないか といい、数え方も 一匹から一羽にかえて、ウサギは鳥の仲間だということにし、ウサギの肉を食べてもいいことにしてしまったそうです。


人間の都合で ウサギの数え方が 一羽 二羽 になった。

神様は ウサギを食べていいとは いってないんです。

人間は 自分の欲を満たすため 都合のいいように ルールを作り変えてしまうんですね。



 

今だからこそ集まろう チャリティーフェスタ開催

急ですが 21日 月曜日 春分の日

チャリティーフェスタを開催します。


今だからこそ 集まりましょう!!

朝10時〜自宅を開放します。

皆さん こられる時間にお越しください。


内容は、

■ドラム缶釜を使って 何かを焼いて 食べる。

わざわざ 準備しないで 何を食べることができるか やってみます。

燃料を使わずに着火します。


■集ったみんなで 祈る


あとは 何も決めていませんが、

音楽あり 踊りあり なにか あるかもしれません。


なんでもありです。


参加したい方は、こちらの返信コメント または mayamayagpm@ybb.ne.jp

にご連絡ください。



ご参加お待ちしております。


いつもの半分。

何ができるか・・・ 

その話を友人としていると、もう、友人は考えていた。


みんなができること

それは

【今使っている限りある資源を 2分の1にすること】

トイレットペーパーも ティッシュも

シャープペンシルの芯も 消しゴムも

自分が使って消耗している ありとあらゆるものを 2分の1にする。


この友人は もう自分の子供さんに そのことを伝えて、実践されている。

すばやい行動。


私もすぐに 実践してみた。 

いつもより トイレットペーパーを少なく使った。

ふけた。

ふけるんだよ。


みんなが 心がければ 

すごい力になる。

そう信じて 今日からいつもの半分にしよう。









一時宿泊可能です

私は 京都府京田辺市大住に住んでいます。

被災された方 こちらにこられた方で 泊まるところに困ってらっしゃる方がおられましたら、うちに泊まってください。

自宅の2階を開放します。

一時的で申し訳ありませんが、3月いっぱいなら、泊まっていただけます。

連絡お待ちしております。

mayamayagpm@ybb.ne.jp

編んでいたんだね

私にいろんなことを教えてくれる友人。

昨日はその友人と私が繋がっていることで、被災された方が 「癒された」といってくださった。

私とその友人は 時々子連れ小旅行をする間柄。

子どもの学年も地域も違うので、そう頻繁に会うことはない。

でも いつのまにか 

私達は 編んでいたんだなと おもった。

いろんな話をして 相手を理解しあって・・・

そういうことって 編んでることに なるんだね。

私は友人と 毛布を編んで そして 今 辛い人を 温めることができた。

ありがとう。

あなたがいたから 編めたんです。

ひとりでは 編めないんです。

人を温める毛布。

私も 温まりました。

何も知らない

私は 何も知らない。

知らないということにも気がついていなかった。


■原発

■遺伝子組み換え作物

■TPP「環太平洋戦略的経済連携協定(Trans Pacific Partnership)」


もう少し

今よりもう少し 視野を広げようと思う

時計

また時計が壊れていた。

いつから壊れていたのか 気がついたときは壊れていた。

いつも時計を見ないので、それがいつ壊れたのか、昼なのか夜なのか わからないが

時計は ある時間をさして 止まっていた。


これで3つ目だ。


なので 外に出ると 時計ばかりが目に付く。


今まで 過ごしてきた 時間が 終わりなのかもしれない。


まだ 新しい時計を 買っていない。

祈るだけじゃない

【祈るしかできない】なんて とんでもない!!


私には まだ できることがあったんです。

小さなことでも できることがある

『【祈るしかできない】と思うのは まだ早いと思う。』と 友人がメッセージをくれました。


そして 大切なことを 私に教えてくれたので 紹介します。



******************************


助かった私たち 今 普段の生活ができている私たち

今の生活ができていることに感謝し そして日々誠実に暮らしながら

暮らしの中に食い込んでいるいろいろな問題から目をそらさないこと。

そのことが 間接的な支援につながっていくのではないか?

身の回りから 自分でできることから 少しずつでもいいから 変えようとしていくこと。

「わたしなんて 何の力もない 何の役にも たたない。」という 思いこそが

被災者の方々に 一番失礼なことになる。


***************************************



去年の秋 この友人に紹介してもらって

『ミツバチの羽音と地球の回転』いう映画を見に行きました。

ミツバチの羽音でも大勢集まってブンブン羽ばたきすれば世の中の大きな声となって世の中を変えていける。

この映画を見せてもらっていたのに 私には祈るしかできないなんて 思っていたなんて・・・

そんなことしか 頭に 浮かばなかったなんて・・・・


でも 今 知ったので 今から やります。

祈るしかできないのではないことを 知りました。

今できること

今できることは なにか 考えていた

【祈るしかない】 そうおもっても こういうときに どう祈ればいいのだろうと 思った。

私にできることはなにか?


今朝 友人が電話をくれた

そして 今 私にできることを 教えてくれた。


私にできること

『身近な人を 愛すること』

それしかない。

そのことを ぜひ 発信して欲しいと 友人は私にいった。

私は 発信する ということが できるのだ。


現地にいって なにかをするのは 素人の私にはできない。


これは 被災された方がしていない人に向けて 伝えたメッセージらしい。

『いろいろ助けて欲しいことはあるけど、でも ご自分の身近な人を愛してください』と。

それが願いだと。


私も ずっと 考えていた。

私ができること
 
『愛している人を抱きしめること』

抱きしめられることに 感謝すること。

それしかできないと。



   『身近な人を 愛してください』


  





素直に

いまだ 素直になれないのは なぜだろう

素直になって 素直だけで 生きる

たくさんの命が 光になって それを 教えてくれる


一人でも 多くの人が 愛する人と 再会できますように。



今を生きる

今日は面白い企画に参加してきました。

対話をしようと いう会 ワールド・カフェ

そのことを仕切ってくださる方(ファシリテーター)がいて 会が進んでいく。

対話のテーマは

断舎離 捨てるということ。

対話を通して気がついたのは、自分がどう生きたいかがはっきりしていないと、不要なものを貯めてしまうのだということ。

逆にいうと どう生きたいかがはっきりしている人は、すっきりシンプルに暮らしているのだということ。

私達は この肉体と時間をもらって この世界に生きている。

いつか 終わりがくるこの世界。

肉体をもった時間の世界で 何をしたいかということ。

本当にしたいことのために 時間を使っているのか?ということ。

過去の思い出 と 未来の心配

この二つが 今の 物を増やす。

今は 必要ないのに 過去の思い出と 未来の心配のために 溜め込む そして 身動きが取れない。

今 楽しく生きる

今 思いっきり輝いて生きる

今 自分が輝く その連続が未来。


本当に 心が望むことを しているならば 物が捨てられないことに悩むことなんてない


どう生きたいか なんですね。


過去にとらわれず そして 未来を心配しすぎることなく

今を 生きようと おもいました。

あらすじを話す

先日 娘は主人と ドラえもんの映画を見に行きました。

私は行かなかったので、娘に

「どんなおはなしやったん?」と聞いたのですが、娘は、何をどういえばいいのか、わからない様子で、話をしてくれませんでした。

別の日、

私と娘が見たことの在る映画のダイジェスト版がテレビで放映され、一緒に見ていました。

映画を観ているだけに、ところどころカットされているのが残念で、

「あ〜〜〜ここ いいところやのに カットされてるなぁ〜〜」と私が言うと

カットってなに?という 話になり、

「長いお話をところどころ短くして、テレビの時間の中に納まるようにしてあるねん。

そしたら、見たことない人は 大体のお話がわかるやろ? そういう風にしてあるねん。

あらすじがわかるように してあるっていうこと こういうの ダイジェストっていうんやで。」

そういって この間のドラえもんの映画の話を出しました。

「この間のドラえもんの映画を、初めから最後まで 細かくお話しするのは難しいやろ?

でも ところどころ 大体どんな話やったか 簡単にはいえるやん」というと、

娘は あらすじを話す ということが どういうことなのかを 理解したようで、

そこから ドラえもんの映画が どんな話だったかを 話し出したのです。


子どもって こうやって ひとつ ひとつ 理解していくのか・・・と 思いました。


どんなお話だった?と 聞かれて、あの長いお話を どう 話せばいいんだろう?と はじめはおもったんだなぁと 思いました。

あらすじを話してきかせる。

ということを 初めて理解した 娘なのでした。

がまんしなくていい

辛いことがあって 現実をどうしようもなくて

なんだか 息がしにくい感じがして

この状態は どうすれば 楽になるのだろうと 考える。


そしたら、あることに気がついた。


辛いことを 辛い といえないことが 辛いんだって。


辛いことを 辛いと いっても 辛い状況が 変わるはずもないのに どうして 

楽になるのだろう?


辛い現実が 辛いのではなく 辛いことを誰にも言えない事が辛いのではないか?と

なんとなく そう 思ったとき。


友人が

『がまんしなくていい』と 言ってくれました。

我慢しなくていいとは?一体どうすることなのか?

と 訊ねると

『辛いということを 言うことです』と 言った。


やっぱりそうなんだ。


私 さっき そう 思ったところだった。


自分が 何が辛いのか 本当は どうしたいと思っているのか。

それを 言葉にするのって 難しい。


でも 自分の心のうちを 誰かに打ち明ける ということで 楽になるのなら 

辛い出来事というのは そのものが問題ではなくて 自分の心のうちを 外に出すという体験をするために起こっているんじゃないだろうかと思った。

そのことが できると 辛いと思っていたことが 辛いことではなくなる感じがする。

なにが 変わったのか?

どうして楽になるのか?と 考えてみたら、

私の心のうちを 話せた ということで その相手との関係が 今までよりも 近いものに感じ、得がたい宝物を得たような そんな気持ちになる。

もしかして 

この世に起こる 辛いこととは 

この宝物を得るための道具なのかもしれない。


私の心に起こった 辛いことは

私には すばらしい仲間がいると 気がつかせてくれた。


ひとりぼっちじゃない。

だから 

がまんしなくていい。

がまんしなくていいんですね。

今日の不思議

今日は 子どもを長い時間 抱く日でした。

昼には 同窓会で、友人がうちにこられましたが、そのとき、娘は私のひざにずっと座りたがりました。

途中 娘は主人と映画を見に行きましたが、帰ってきてまた 私のひざにずっと座りました。


そして、私は その後 1歳の子を託児することになったのですが、その子が ずっと泣き止まず、私は、その子を抱いて 外を歩き回り、1時間半後に泣き疲れて眠り、その後 30分ほど抱いたままその子は 私の胸で眠っていました。

託児が終わって、娘の友達&ママ友たちと カラオケに行く約束になっており、向うと、また娘が 私に抱っこされたがり、ずっと 抱いていたら、また 眠りました。

カラオケボックスにいた間、ほとんど娘をひざに乗せていました。

こんなに 長い時間 子どもを、抱いていたのは 久しぶりです。

明日 腕が 筋肉痛になりそうです。


私の腕の中で 眠った二人の子どもたち・・・1歳の子は 初対面の子でしたが、なにか深いご縁があるのかもしれないなぁと思いました。

二人とも 可愛い寝顔で 幸せな時間でした。



そういえば 幼稚園に勤めていたとき、3歳の子を抱いたら、寝てしまったことがありました。

私の腕の中って 寝心地満点なのかもしれません(笑)

どんなときでも 自画自賛できる私。

めでたいですね(笑)



同窓会

今日は 中学のときの同級生3人が うちの家に 来てくれました。

いつか 会おう。

また 会おう。と 年賀状に書き続けて、やっと実現しました(笑)

ゆっくり話すのは 5年ぶりくらい。


一人は 子どもが22歳と19歳

22歳の子が先日子どもを産み、もう おばあちゃんです。

7年ほど前に 離婚。


もう一人は 子どもが高校生と中学生

旦那さんが7年前に急死。今 実家で生活。彼氏有り。


もう一人は 高校 中学 小学生の3人の子持ち。

旦那さん 健在。


みんな それぞれ 自分だけの物語があるんだなぁと 思いました。


私が 一番 小さい子がいて、私だけが まだ 子どもを産みたいと おもってて、

他のみんなは とんでもない と 言ってました。


でも 私が産むのは 賛成で 45まで 大丈夫といわれました。


45まで大丈夫といわれたのは 初めてだったので 嬉しくなりました^^


一人は もう おばあちゃんなのに こちらは まだ 自分で産む気があるって なんかすごいなぁと 思いました。

私 おばあちゃんに なっても おかしくない歳なんですね^^;


今度会うときは みんな どんな変化があるか 楽しみだね と いいあい 同窓会が終了しました。


生きていて 会いたい人に 会えるって すごいことだなぁと 思いました。






かくれんぼ。

最近 立て続けに 起こった出来事。

財布に入れているはずのものが 探しあてられない。

はじめは、京都府子育てパスポート。

確か入れていたはず。

そして最近財布の整理をしたので、確かにみている。

なのに 探しあてられず、お店で提示していれば 粗品をいただけたのに、もらえなかった。

家にわすれてきたんかなぁ?と 思って帰宅。

帰宅して もう一度 財布を 見てみると、あった。

財布に入っているのである。


そして 今日 レンタルショップの カードが見当たらない。

つい先日、ガソリンスタンドでポイントがたまると知り、財布から出した。

だから そのときは あったのだ。

今日 CDを借りようとレジまで持っていって、カードを出そうとしたら、ない。

あれ?どこだろう?

どこになおしたっけ・・・。

そして、結局見つからず、借りずに帰ってきた。

どこに おいたんだろう?

家に帰って かばんの中を調べてみるが、どこにもない。

もう一度 財布をみてみるか・・・。

と 財布を開くと すぐ あった。

なんで?どこに隠れてたの?

お店で5分くらいは探してたのに・・・・。


夢あわせのご案内

2011年3月度の夢合わせです。

3月19日午前中投稿

夢テーマ【天から授かった自分の長所を知る】

申し込みは
http://kakure-no-manabiya.net/?page_id=61

イワサキクリニック

去年の11月頃。

娘がひざの裏やひじの内側を痒がっている様子をみた、友人が、

『のんちゃんの治療 どう考えてる?』と いった。

私は、そういわれて、治療していない自分をはじめて知った。

治療しようと思っているのではなく、しのぐ方法を、ずっと探していたのだ。


この友人の子供さんも、食物アレルギーがあり、いろんなことを試されたらしく、その中で、出会った病院のひとつを紹介してくれた。


漢方の病院 【イワサキクリニック】


でも わたし 「漢方を子どもに使いたくないんだよなぁ」と いうと、

「塗る漢方やで」 と

そんなんあるのか???

「漢方は保険がきかないから少し高いけど、漢方の中では良心的な値段やと 思う」と。


私は、人から聞いた情報は、神様からくれた宝物だと思っている。

その治療が 娘にあうかわからないが、とりあえず 一度 行ってみよう!と すぐに 思った。

が 主人にそのことを伝えると、

「値段が いくらかやな・・・」と いった。

1度行って見ないとわからんのに、なんで そこで 二の足を踏むのか。

あんたの マラソンのエントリー 1回キャンセルすれば お金なんて ういてくるんちゃうの?

と、そのときは そこまで 思わなかったが、

大金持ちに紹介された病院でもないのに(←ごめん 大金持ちかもしれんね^^;)なんで、値段がいくらか?で すぐに行動しようとしないのか?なんか よくわからんかった。

この後  いろいろ あり・・・・・。

結局、2月26日に主人に連れて行ってもらうことになった。



娘を新しい病院に連れて行くのに、3ヶ月くらいかかったことになる。

どんな 遅いねん。



診察室に 入って 驚いた。

先生 二人。

それに 女の人。

で どちらも 日本人じゃない。


私の話を 一生懸命 聞こうとしてくれる。

そして 自分が言いたいことも 一生懸命伝えようとしてくれる。


なんだか こんなこと 初めてだったのだ。

いままで いろんな病院にいっても、

先生たちは アトピーを見て 人間を見ていない そんな感じがした。

『私の考えについてくるなら どうぞ やってみたら?』みたいな 感じがするのである。

しかし イワサキクリニックの先生は 

『一緒に 治しましょう。漢方って こういうものなんですよ〜〜』と いう感じ。


(私 今まで 一人で 戦ってきたわ・・・・・)と 思った。

何をするのも 何を選ぶのも 何を排除するのも

すべて自分で決めてきた。

一緒に 考えましょう という 感じは なかった。

この病院 マシ やな と 通い始めても 一人で 通っているという感じがしていた。


なので ここ2年ほどは 病院に通うというより 今 娘が痒がっているのを どうしのぐか ということしか 考えてなかったのだ。


今 娘は 飲み薬も処方され 塗り薬と平衡して使っているが、インフルエンザにちょうどかかった後で 皮膚の傷が治っていたことも幸いして 塗り薬がしみないので、嫌がらずにぬらしてくれて、いい感じである。

傷があると しみるらしい。

飲み薬は かなり苦いけれど、この病院を紹介してくれた友人の子供さんは3歳の頃ぐらいにこの薬を飲んでいたんだと娘に説明すると、嫌がらずに飲むようになった。


そして 今まだ 1週間もたっていないけれど、夜中も2,3回背中をなでてくれ というだけに落ち着いて ひざやひじはかかなくなり、
朝起きるときも いつも 痒い痒いと泣きながら おきてきたのに、それがなくなった。

漢方って すごい。


やっぱり 薬 なんだなぁと 思った。



ところで 病院を後にして、主人と娘に 

『いってみて どうやった?』ときいてみた。

二人とも 『いってよかった』 といった。

すると 娘が 『ままは どう おもったん?』というので、

『ままは 初めから いく気やったやんか!!ままは いつでも なんでも 前向きにやってみようって おもってんねんで。あんたら ふたりが いつも 後ろ向きやねん!!』と

くちから 出てしまった。



私は これからも 人からいただいた情報は ありがたく受け止めて 試してみようと思う。

あ〜〜だ こ〜〜だ 理由をつけて 行動しないのは 本当に もったいない。

なんでも やってみないと わからんのに。


私が 行動するから この二人は 行動しない派なのだろうか?と 思う。

私が 行動しない派に かわったら この二人は ちょっとは 考え方を変えるだろうか?



あなたは どうしますか?

痒くてお困りなら 一度 行ってみられたら どうでしょうか?


ところで 値段は

2週間分の飲み薬と 塗り薬をいただいて 15000円ほどでした。

決して 安くはないけれど、

私は 行ってよかったと思っています。






あれも これも・・・・

私と 父とは 長い間一緒に暮らしていませんでした。

かかわっていた時間って そんなに 多くないと思うんです。


なのに、最近になって あれも これも 父に教わった と思うことがあって、驚きます。


父は 私たちに 物を教えようと思ってくれている人でした。


骨付き鶏肉の食べ方とか 鼻のかみ方とか 些細なことですが 今までは 父に教えてもらったなんて意識したことがありませんでした。

けれど、あれも これも 教えてもらっていました。

今になって それが わかるんですね。

卒業なんだなぁ

2月3日。

「じいちゃん しんでんて」と 私が言った瞬間 娘は、号泣しました。

そして、警察に遺体の確認にいく、車の中で、娘は ある歌を歌い始めたのです。



『大空がむかえる朝』

  あの大空が むかえる朝
  巣立ちゆく 白い鳥
  風を受けて 光る
  おめでとう おめでとう
  すばらしい日だね
  つばさ広げたすがた 目にしみる

  あの大空を 見上げながら
  力合わせ 助け合い
  わたしたちも 続く
  さようなら さようなら
  わすれないでね
  ともに過ごした日々を いつまでも


6年生が卒業するので 小学校で歌っているようです。


父の死と この歌が 娘にとってはつながったんだなぁと 思いました。


火葬式当日、最後のお別れのあと 男の人たちで棺を抱えて車に運ぶとき、3歳の姪が

「おめでとう おめでとう」と 言いました。

私は、

「そうやな。 おめでとうやなぁ。」といいました。


死ぬって 卒業なんだなぁと 思いました。

今回の世を 卒業して また別の場所へいく。

小学校を卒業したら もう 小学生には戻れないのと 同じ。


娘や姪は そのことが わかっているのかも知れないなぁと 思いました。

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摩耶
京田辺在住です。

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