直感

今日、お昼に母とアルプラザで待ち合わせをしました。

「12時にね」

お昼を一緒に食べる目的です。

私は、30分ほど前についており、うろうろとして 1階のフードコートには 

11時55分につきました。

携帯で到着を知らせようとおもい かばんのなかを見ると、携帯を車に忘れて降りてきてしまってました。

取りに戻ろうかと思ったのですが、もう5分前でしたし お昼を食べる目的だからフードコートに来るだろうとおもい、私は フードコートの一番通路側に座って 本を読み始めました。

普段 本を読まない私ですが 今日は 本を読め 本を読め という声が聞こえた気がして(笑)つい先ほど 本を購入したのです。

読みながら 顔を時々あげて 母が来るのを待っていました。

(遅いなぁ・・・)

と思いながら 

また本を読む。

(まだきいひんなぁ・・・・)


あまりにも 現れないので 私は 店内の時計を探して 何時になっているだろうと思い見てみました。

時計の針は1時をさしています。

え???12時の約束で もう 1時になってたんか!!!!

これは 何かあったのかもしれないとおもい 車に戻り携帯を見ると いくつも着信履歴が残っていました。

電話してみると 母が出ました。


なんと 母は 私の横を通り過ぎていたらしいのです。

でも 気がつかなかったのです。

私も 母が来たことに気がつかず、本を読んでいた。


こんなことって あるんですね。


わからないもんなんですね。

気づかないもんなんですね。


同じ時間 同じ場所に居て お互いが逢いたいと思っているのに 逢えないなんて・・・。


そのとき私が読んでいた本

「直観で生きる」


まったく ないやん 直感

と 思ったのでした。


それにしても なんとなく で 決めていることって 役に立たないんやなぁと言い合い、

これからは 携帯がなくても ここで待ってるって決めとこうと約束しました。


お昼にわざわざ行って 結局一人では ご飯も食べる気になれず、自宅に帰りました。

本を買いに行ったようなものでした。


直感を磨かなければならないようです(笑)

自分で自分を抱きしめる

二日続けて 友人二人から 同じような言葉をいただいた。

『自分を許してあげる 自分を愛してあげる』 

『寂しい自分を 自分で抱きしめてあげる』


足らないものを埋めるのは 他の誰かに それをゆだねてはいけない

癒してもらおうと 思っていては いつまでも 解決にならない

癒すのは 自分。

自分で自分を癒すことができるらしい。

というか自分でしか自分は癒せないのだそうで・・・。


自分で 自分を癒す。

自分を許す?自分を愛す?寂しい自分を抱きしめる?


一体どうやってするんだろう???


で 教えてくれた友人に きいてみた。


「心の中で唱えるねん」


二人とも 同じ意味のことをいった。


「どんな風に唱えるの?」ときくと、

「私は さみしいんやなぁ そうか そうか さみしい私 抱きしめてあげよう」

そう いいながら 自分を抱きしめるイメージをする。

そんなことを続けると 本当に寂しくなくなったのだそうだ。



お〜〜〜すごいではないか

心の中で唱えると 自分で自分を癒すことができるのだ。

知らなかったなぁ そんなこと。


それにしても みんな みんな

さみしかったり 辛かったりしていて、その自分の問題を自分でなんとか解決しようといろいろ試してみたりしているんですね。


このことを教えてくれた友人が 最近、自分の状況が好転してきたことを報告してくれました。

その友人いわく、自分は自分のことを知らず知らずのうちに攻撃していたと気がついたらしいです。


自分を許し 自分を愛す

そして 自分を抱きしめる


みんな みんな 元気になりますように。










一人で炊けたよ

娘 小学3年生にして 一人で お米をあらい ご飯を炊くことができました。

(炊飯器ですけど)

私がそばで 見てなくても 一人でできました。


さっき 炊き上がったので 蓋を開けると 水加減抜群で、とってもおいしそうに炊けていて

思わず お仏壇に お供えしました(笑)


私も食べてみたくなって お昼3時に ふりかけをかけてたべました。


今まで食べた中で 一番おいしい ふりかけご飯でした。

なくならない想い

被災した女の子が言いました。 

お父さんと二人で暮らす女の子。 

「まだ見つかっていないお母さんが見つかって 3人で暮らすのが夢です」と 話していた。


たくさんの人が 祈り続けている。

会えなくなってしまった 愛しい人を 思い続ける。

探し続ける。

そんな人が たくさん たくさん いるのだ。

あの日から たくさんの人が 【祈る】ということを自分の時間の中でし始めたんだなぁと思う。


今は会えないかもしれないけれど 

会いたい 愛している という気持ちは なくならない



今度 お母さんに会えたとき 

「こんなことして 待ってたよ! 自分がやりたいことをみつけて お母さんを待ってたんだよ」って、いえたら いいなぁと 思う。  

悩みの種

娘がいった。

「のんちゃんも おんなじや・・・。」

女の子が 男子校に男として入学して過ごすというテレビをみていて、女というのがバレそうになるお話。

男の子たちが いいます。

「今まで だまされていたということが 許せない」


娘は このようなやり取りを聞いて

「のんちゃんも おんなじや・・・・」と いったのです。


娘は 女の子ですが どこから みても 男の子の格好をしています。

髪の毛も短く 着ているものも靴も持ち物も男の子用。

唯一女の子用なのは 学校の安全帽と 学校の水着。

普段の水着は 男の子用です。

学校で使う 習字道具 絵の具道具も 男の子が選びそうなものを選択。

以前この辺のお話は ブログで書いたと思いますが。


3年生になってから 知らない子に

「女なん?」と 聞かれたらしく、何も答えなかったと いうことが2回ほどあったようで、そのことが とても嫌だったといことを 告白してきました。

「そんなん 女やで。って いえばいいだけやん」といったのですが、聞かれたことが嫌だったと なき始めます。

中学になったら セーラー服の制服を着ないといけなくて 短い髪の毛でスカートはいてたらおかしいし おかしいけれど 髪の毛は伸ばしたくないし 誰かにおかしいといわれるだろうし 今の小学校とは違う小学校から人も来るから のんちゃんのこと女と知らない人がいるからまた 「女?」と聞かれるのがいややと 悩んでいる娘。

お〜〜

まだ来ぬ未来の心配を今している。


でも この悩みって どこから来るのか?

と 私は 考えてみた。

娘が 女の子の格好をしていれば なにも 起こらない悩み。

でも 男の子の格好がすきなのだ。


そういうことをすると 周りから へんに思われるのもわかっていて でも それなら 男の子の格好をやめる ということにもならず、娘の嗜好が 娘の悩みを作っている。

これって 自分で 自分の悩みを作ってるんだよなぁ。と 思う。

心が 悩みを作ってる。

悩みの種は 自分が 生んでいる。

悩みって 全部 そうなのか・・・・。と 思った。

どうして こんなことで 悩むような種が 娘の心の中に 生まれてきたのだろう。


娘に聞いてみた。

「おちんちん ついといてほしかったん?」

それは 嫌みたい。

心は 女の子なのかな?と 思う。


私は 自分がしたいことを 貫くのは いいとおもうんだけどな。


悩みの種。

心が変われば 種も生まれないのにね。


娘に生まれた種は 娘にどんな花を咲かせるのでしょう。





弾けた!

今日は 朝から 何かいいことが起きそうな予感がありました。

というのは 昨晩ふと目を覚ますと 11:11

3:33

4:44

5:55

何度も そろった数字をみて 

(うわっ 今も 22:22だ)

今日は ぜったい いい事あるぞ!って 心に決めた(笑)


今日は 最近では珍しく 予定いっぱいの一日。

昼は もうすぐインドネシアに戻るママ友と レストラン ルスティクで ランチ。

また1年 会えなくなる友人と おいしいお料理を堪能。


 
そして 夜は 友達をよんで うちの家で 手巻き寿司パーティを開催。


ということで 朝からは 掃除(笑)

一日 忙しく動いていた。


朝から 気分がよかった。

掃除をすると 気分がよい。

私 掃除 すきだったっけ?と 思った。


友人とのランチ 文句なしに いい気分。


友人たちとの手巻きパーティも もちろん。


でも わたしにとっては その後の ウクレレタイムが よかった。


ウクレレ。

久しく弾いていなかった。

震災以降 間違いなく 弾いていない。

約5ヶ月は 弾いていなかったことになる。


今日のパーティのメンバーは 以前 バンドを組むぞ!!で 集まったメンバーもきてくれていた。

ギターが弾けるので ウクレレも すぐにマスターした。


調弦もまったくしていなかったので 調弦をするのに 時間がかかった。


そして 久しぶりに ウクレレの音が 鳴った。


幸せなら手をたたこうは 娘も弾けていたのだが 娘も 弾けなくなっていた。

幸せなら手をたたこうを 弾きながら みんなで歌った。

涙が出そうになった。

いや ちょっと でてた。


歌うたいのバラッドも 弾いた。

そして 歌った。


これも 泣けてきた。


あ〜〜〜ひさしぶりだなぁ

 

悲しくて 泣くんではなくて また ウクレレが弾ける日が やってきたと

嬉しくなった。


一緒に弾いてくれた友人に感謝。

本当に ありがたかった。


一人では なかなか 弾けなかったウクレレ。


今日を期に また 一人でも ウクレレを弾けるかな?

弾けるといいなぁと 思う。



ウクレレを弾いてくれた友人が 「落ち込んだときにこそ 音楽やで」と いった。

「まやちゃんの声は ウクレレとあってる。」とも。


ちょっと 調子に乗ってみようかと思う(笑)

それで 気分がよくなれば いいよね。



やっぱり いいこと あったでしょ(^_-)-☆


今日 一日を ありがとう。







偽りでは生きられない時代

偽りの自分で生きていた人は もう偽りで生きられなくなって 自分がしたいことのみで生きはじめています。

自分がしたかった生き方。

例えば 世界一周の旅がしたいとおもっていたけれど、いろいろ考えて 自分にはそんなことは無理だと決め付けて、本当にしたいことではない 違うことをして生きていた。

けれど、ここへきて 自分が本当にしたかったことを思い出し 生き始める。

世界一周の旅に 旅立つのです。


私の周りに このような生き方を始めた人が 増えてきました。


そして 楽しく生きはじめています。


でも そのことに気がつかず 今までと同じように偽りの人生を生きていく人もいるんですって。

決めるのは自分なんですね。

自分のものではない

自分の体は 神様から借りていて 魂を入れる入れ物らしいんだけど、

自分に起こる感情も 自分のものではなくて 神様からのメッセージらしい。

そう おもったら 受け入れてみようと 思えた。


いつも 気にかかってしまう考えてもどうしようもないことを

(あ〜〜〜私 また 考えてるわ・・・)と 思うんじゃなくて

(また 思い出したのか そうか そうか)って 思うと

スッと 軽くなった。


すごいぞ!!

こういうことまでも ポジティブに 受け入れると好転するのかと 新発見。 

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摩耶
京田辺在住です。

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