さようなら 2011

2011年が終わろうとしています。

私の人生の手帳があるなら

今年のページは いろんな色を使ってかいてあって 

振り返るときに 必ず 開いてしまうページに なったと思います。


本当に いろんなことを 経験しました。

楽しいことばかりじゃなかった この一年。

苦しみの中でも 少しずつ 光が見えるという 経験をしました。

真っ暗だと 感じているのは 自分自身で

光は いつも いつも 降り注いでいるのかもしれません。

 
年の初めには 父が他界しましたが

年の終わりには 甥が誕生しました。


父がいたから 繋がった命です。


確かに 

父がいたのです。


確かに

あなたがいました。


私のことを 「愛している」といってくれる人に 逢えなくなるのは

本当に さみしいものです。


でも 確かに あの日

「愛してるよ」と 抱きしめて キスをしてくれました。


そのことは 私の心の中から 決して 失われません。


今度 逢えたら 私のほうから 抱きしめて

「愛してる」と 伝えたいです。


「ずっと 愛していたよ」と。


ありがとう 2011年。

私に かかわってくれた たくさんの皆様 ありがとうございました。

ここに 訪れてくださった 皆様 本当に ありがとうございました。


来年は どんな色で ページを作っていくのか

楽しみです。


あ〜〜お父さん。

今 紅白で 最後の曲が 津軽海峡冬景色です。

あなたが 私にくれた 最初で最後のレコードです。

あなたと離れ離れになったとき あなたが私にくれた曲ですね。

聞いていますか?

聞いているのでしょうね。

ここにいるよと いってくれているのでしょう。

紅白を 一緒に観た記憶はないですが、

今 一緒に 聞いている気がします。


じゃあね。

またね。









 

あと一日あるよ

2011年が あと一日で終わります

今年 やろうと おもっていたこと

できましたか?

もし やり残しているのなら 

あと一日ありますから 

やってくださいね(笑)

大丈夫

あと24時間もありますよ(^_-)-☆

縁がある人と、今回もまた、出逢い、そして、今回もまた、自分だけの素敵な物語を、役柄をかえて楽しんでいます。

夫婦だったとき、ちっとも、同じことをしてこなかったもの同士が、次の世では、女友達の関係で
出逢い、ほとんど同じ体験をしています。

自分が必ずやりたいと、望むことは、世代を越えても実現可能なんですね。

枠を手放した2011年でしたが、世代の枠もなくなった感覚です。

やり残した 課題をクリアするために、今回の人生があり、そのために今を生きている。

やり残しているうちは、命がある。

命が、あるうちは、生きるのです。

一生懸命生きた2011年でした。

ありがとう。2011。

ありがたい

教えてもらえることがあるって ありがたい。

今まで、自分の中になかったことを 教えてもらったら、

今まで見ていた風景が 違って見えてきた。

面白い。

自分が変われば、世界が変わる。

私の世界が変わってきました。

足りないもの

2525 笑顔が足りない

足りないよ の お知らせは まだまだ やってきます。


しかし それ以上に 

先を読むこと

一度にいろいろなことを 考えること

気配り 気働き


今までの私に

まったく足りないものが

ここに来て 求められる


いや 今までも 求められていたのだ

でも 

しないで やりすごしてきた


そのような 頭の働かし方を してこなかったんだなぁと 思う。


新しい 頭の回路 開きますように。


通知表

また やってしまった・・・・


娘が 通知表を もって帰ってくるようになって 

今回で8回目。

毎回 もって帰ってきているのを 忘れている。

前回から「勉強が できません」宣言を 先生からいただいているので、

私は今までより少し 通知表を意識していた。

「もって帰ってくるんだな 終業式に。」

そう 何日か前までは思っていた。


ところが

すっかり 忘れていた。

娘も 見せなかった。

私も催促しなかった。


そしたら 今日の朝

「あんまり よくないで〜〜」といいながら 娘の手には

通知表が!!


うわぁ 忘れてた まるっきり 忘れてた


と 心の中で思いながら 娘には それを悟られないように

通知表を覗き込み

「いいやん いいやん」と いった。


「まま 3が一番いいんやで 全部 2やん」と 娘はいったが

「2で いいやん」と答えた。

「二重丸なくなった でも 三角も ひとつ減ってる」と娘。

「お〜〜いいねぇ」と私。


所見欄には 娘が二学期 がんばったことがかかれてあり、

すごい すごいと 褒めた。


なんで 忘れちゃうんだろう 通知表。

次回は 忘れませんように。




冬至の祭り

クリスマスは 冬至のお祭りでも あるそうです。

冬至を境に これから 太陽のエネルギーが復活する 

そのお祝いをするのだそう。


いつもと ちょっと ちがった想いで クリスマスを過ごすのも いいかもしれないですね。

私たちはただ

笑ったり 泣いたり

喜んだり 悲しんだり



しに来てるだけのこと。

サンプルどうぞ

頭で考えるのをやめて、心で動いたら、スッと軽くなる。

意外なものが、助けになる。

あれはダメ これは出来ないと 決めつけないで

とにかく、一度試しにやってみよう と 軽い気持ちで、行動にうつすと

意外な結果が得られるかも。

私たちは、この世に、『お試し』に やって来てるのだから、

試しにやってみて!

何も、しないなんて 勿体ない。

目の前にサンプルは いくつも並んでますよ。

今日は いい日

今日は いい日

半年振りくらいに すっきり 気持ちよく起きられて

布団の中で 神様に感謝。


今日が いい日だと 誰も知らないはずなのに

「錦の里」という日本酒をいただく。


「錦の里」

錦・・・糸と糸が織り成す錦

誰かが 暖かくなりますように・・・


今日の自分に 乾杯をした。


今日は いい日だったね。

神様は 私のいい日 知ってたのかな?


楽にしてくれて ありがとう。

今日にあわせてくれたみたい。


あなたにも いい日 やってきますように。

心の声

大好きなのに 大好きといえない

あえて嬉しいのに 嬉しいよといえない


にっこり笑う も できず

やさしく抱きしめる も できない


あの子は まだ どうすればいいか 知らない


大好きなのに いじわるをする

嬉しいよ の かわりに 

あっちいけ! と いう

大好き の かわりに

体当たり


私は とめた

子の両手をつかんだ


その子は 離せ 離せ と泣き叫び

いつもなら 足で私を蹴るはずが

体を私に預けて泣いた


そのとき私は 聞こえた気がした

幼子の心の声が


(たすけて たすけて 

こんなふうにしかできないの)


私は その子の背中をさすり

私の目からも 涙があふれた


助けて欲しがっている この子を

私は どうやって助ければいいのだろう


泣くしかできなくて ごめんね


あなたのこと 愛しているよ




今はこういう時期

自分の人生は、もうすでに決めてきており、
今、どういう気持ちで過ごしていても、たどり着く場所は、決まっているのだそう。

今を楽しく過ごしても、悲しく過ごしても、ゴールはひとつ。

とにかく

昨日は 朝起きたときから

(もう・・・・あかん・・・・)

という テンション

あかん  おかしい・・・・

サンタクロースさんが 来てくれたというのに

ケーキも 食べられたというのに

テンション あがらず

そんな日は 早く寝る

とにかく 寝る

そして 今朝 起きました

昨日よりも元気。


そんな日もある


そんな日は


とにかく寝よう。

読んであげるよ

今朝 登校前 少し時間があったので

「のんちゃん この本読んであげるし 聞いててや」

そういって 私は 久しぶりに 娘に絵本を読んだ。


『やっぺ はぁ! 希望の光』という 絵本。

表紙をめくり

【あの日 爆発した】

ページをめくり

【見えないほこりが雨雲にのってやってきた】

この2行を読んだだけで 娘は

「東日本大震災みたいやな」と いった。


そう この絵本は 

福島市内において 放射線量が高い渡利地区にある保育園が

子どもたちを守るために、どこよりも早く

除染活動を起こした

その行動の記録と再生への願いを込めて作られたものなのです。


このたった2行で 大震災の絵本だと わかるんだと 驚きながら

絵本を読みすすめました。



読み終わると 娘は

「もうひとつ 読んで!」と いいました。

「ままの好きな本でいい?」というと 良いと言う事で

『春はあけぼの』を 読みました。



私は この本が大好き。

言葉のリズムがすごく好き。

訳が 絵本の最後に載っているのですが、

その訳の 言葉のリズムもすごく気持ちいいのです。



『春はあけぼの』を 読みました。

すると 今度は

「のんちゃんも 読んであげる」

そういって 絵本の棚にいき 絵本を一冊 もって来ました。


『リサとサンタクロース』という大型絵本。

離れた場所で 娘に絵本を読んでもらうのは 初めてでした。

「今の季節にぴったりの本 えらんだやん」と いうと 娘は にこっとして

読み始めました。

大人みたいに

大きな絵本を 私に見えるように 持って

「みえる?」なんて 私にちゃんと 見えているかな?と 気にかける言葉なんか いっちゃって(笑)

こんな風に 絵本を読んでもらうのは はじめてで

この絵本を 距離をおいて 眺めたのも初めてで 

みてみて 感動。

絵がとても素敵!

以前から 色合いが大好きな絵本でしたが

奥行きが感じられる絵で 

こんなに 素敵な絵だったの!!と 新たな発見でした。


読み終えた娘に 

「この絵本 すごく 絵がきれいやったんやなぁ まま 知らんかったわ いつも近くから みてたから わからんかったけど 少し離れてみたら きれいやってんなぁ 読んでくれたから わかったわぁ」と いうと

「まま 2冊 よんでくれたから のんちゃんも もうひとつ 読んであげる」と

読んであげたいスイッチが 押されてしまったようでした。


ここで タイムオーバー

学校へ 行く時間です。


「また 明日読んでもらうわ」と いいましたが

今日 学校から帰ってきて

「まま 絵本読んであげる!」と

『リサとサンタクロース』の絵本を もう一度 読んでくれました。

「今度は ままが読んで!」と 絵本を手渡され

今度は 私が読むことに。

娘も改めて この絵本の美しさを感じたようでした。




読んであげるよ といったら 読んであげるよ といってもらった日でした。



※『やっぺ はぁ!希望の光』の 販売収益は福島復興のため、積極的に除染活動に取り組む自治体に送られます。











 

みているよ

言葉ひとつで世界は変わる

子どもの世界は特に。


言葉とそれを使う人の感情まで 子どもは真似て生きている

子どもの世界を作るのは 子どもの周りにいる人間。


24時間ずっと一緒には いられないけれど

せめて私と一緒にいるときだけは 暖かい言葉と穏やかな感情で 包んであげたい


すこしでも 一日のうち 少しの時間でも 

穏やかで暖かい時間の中で過ごして欲しい


「そこで みててね ぼくを みててね」

子どもは いろんなことを するけれど

メッセージは ひとつ。


ずっと みているよ。

ここで みているよ。

私が みていることを あなたは わすれて 

そして 遊びだす

そのうち 私のほうを 見なくなる

それでも 私は あなたをみているよ

楽しそうに 遊ぶあなたを。






自分の思うように

右か左か 

右へ 行こうと思えば 右へ

左だと思えば 左へ

今は 空を見上げようと思えば 上を向き

道端の花を眺めようと思えば 立ち止まり 眺めればいい


誰かが 右がいいといったから 右へ 行くのは やめなさい

 
どうか 自分の 思うように 生きてください

こうして生きていく

もう大丈夫!と おもったり

もう駄目だ・・・・と おもったり


いろいろ いろいろ

ころころ ころころ


そのときの その感情は 正直で

未来を 思って

喜んだり 憂いたりするけれど


未来を 思わず

その瞬間の いただいた感情のみに 感謝するようにしよう


【これからずっと 大丈夫】 じゃなくて

【あ〜〜 今 大丈夫】


【もう ずっと 駄目だ・・・】 じゃなくて

【あ〜〜今 ちょっと 駄目・・・・】


そう思えたら 少し 楽になる と 

今 思いました(^^)


せっかく 楽になったと思ったのに また 苦しい・・・・と

思わずに


楽になったり

また 苦しくなったり・・・・


そうしながら

生きていきましょう

「おつかれさま」

昨夜 私と娘は 同じ布団で寝ました。


今朝 寝返りをうって ふと 目を開けた娘が

「今日は 金曜日」といって すぐ

「あっ 今日は土曜日! まま おつかれさま ゆっくりしようね」

と いいました。

私は

「のんちゃんも おつかれさま」といいました。

娘は また 目を閉じて眠りました。



ふと 目を開けた瞬間に

「おつかれさま」が でるなんて。



金曜日の夜 娘は

いっぱい 起きててもいいよね

宿題してしまわなくてもいいよね

時間割も しなくても いい!!


そういって 何もしないで

テレビを見て いつもより早く眠ってしまう娘。

昨日は 晩御飯も 食べずに眠ってしまってました。


お疲れなのは 娘さん自身。



一週間 がんばった みなさまにも 娘の 「おつかれさま」が 届きますように。

見えない壁

壁なんか どこにもないのに

壁を作っている


立場という壁


そんなもの 考えなければ


もっと もっと 近づける


人間を 育てるのに 壁はいらない

探し物は何ですか?

今度は マラソンカード。

マラソンカードがないといって 探し 泣き 泣きながら寝る。

夜中おきて 「ご飯をたべていなかった」と ご飯を食べ、寝る。

朝起きて やっていなかった宿題をし、

「まま マラソンカード 学校かな? 学校やんなぁ・・・学校にあるように 祈っといて」

そういって出かけた 娘。


学童に迎えに行ったら

「なかった。はじめて ままの願い事かなわへんかった。」

と いった途端

「あ!! 思い出した!! 学校の あの 入れ物にいれたんやった!!」

と 叫ぶ。

「やっぱ ままの願い事は 叶う!!」


私の顔を見た途端 マラソンカードの行方を思い出すとは。


物って 決して なくなっていない。

ずっと そこにある。

置いたところに在る。

けれど ないと 思い込み 

おおさわぎ。

自分が見失っているだけなのだ。

探し物は 必ず 見つかります。


なくなっていないのです。


何か探し物をしている方 私の顔 見に来ますか?(笑)

真逆

一昨日の朝 太陽の周りに 虹が出ていました。

「あ〜〜朝から いいもの見れた!!」と

喜んで 出勤。

職場の人に 虹が出ていた話しをすると

「なんか 不気味やな・・・・」と。


虹=不気味 とは 

初めて出会った感想でした。


私は みんな喜ぶかと 思って 話をしたんですが

虹が出ることを 不気味と捉える人もいるのなら

そうそう 

喜んで伝えるのも 考え物です。



きれいだったんだけどな・・・・。

カバは何色?

「ままぁ カバの色って 何色かな?」

娘が聞いてきた。

「そうやなぁ グレー?かなぁ ちょっと 茶色も 混じってるような色やったと思うけど・・・」

そういって ネットでカバの画像を探してみて見ました。

「口の中の色は ピンクやなぁ  グレーのような茶色のような・・・

ところで なんで カバの色が知りたかったん?」

学校で 紙粘土で動物を作って それに色を塗るらしい。


そして 翌日の朝・・・・。

「グレーなんて あるかなぁ・・・・」と テンション下げ下げで 聞いてきた。

「なかったら つくったらいいねん。グレーの作りかた しらんの?」

知らないらしい・・・・

何のために アトリエに通っていたのだか・・・


それにしても どうして 

カバを作るのに カバ色を塗らなければならないのだ?

「のんちゃん! 何色でも いいねんで のんちゃんが 塗った色がカバの色やん。

赤でも黄色でも のんちゃんが これは カバですって いったら それでいいねん。」

そういっても 

娘は 先生が 用意してくれる絵の具に グレーがあるのかが 気になっている。


そして なかったら どうすればいいのか?

出してもらえるのか?

自分で作るのか?

どうしよ〜〜〜

どうしたらいいのだ???


娘の頭の中は このことでいっぱいで 洗面所で 泣き出す始末。

なんでやねん

なんでそんなことで 泣くねん。

「ままぁ (ひっく ひっく)グレーがありますようにって 祈っといてや」

と娘が言いましたが

「うん 祈っとくで」

とは いいませんでした。

「何でやねん!なんで そんなこと祈らなあかんの。

何色でも いいって いったやろ?赤でもピンクでもいいねんから

そんなことのために 祈らへん 

そんなことで 泣かんとき!!」

久々に 怒鳴られ ますます 号泣。

「ハードルで こけないように 祈っといてや って いうのは わかるわ。

こけたらいややもん。

でも 絵の具の色がありますように なんて 祈る必要まったくないやん。」


ここから スイッチが入る。←私の(笑)


「ないてるんやったら まま 送っていかへんし ひとりでいきや」とか

「なんで そんなことで なかなあかんの」とか

愚痴愚痴愚痴愚痴いう私。


といいながら 集団登校の集合場所まで 送っていく道で←まだ送っている

「のんちゃん グレーで ぬる」と

意を決した表情で いう娘。

「それがなかったら どうするん?」

「違う色で塗る」

娘にしたら 大決心。

「ままやったら ピンクで塗るわ。それで誰かに そんな色なんかないわ とかいわれたら

世界のどこかに いるかもしれんで 見てないだけで。って いうで」

娘は 母の意見など 耳に入っていないようで

泣きながら 集団登校の列に入って 登校していきました。



そして 一日が終わり 娘を迎えにいって 聞いてみました。

「どうやったん カバは」

「茶色で塗った」

「あんなに朝 泣かないとあかんことやったか?」

娘は 照れ笑い。

「先生は サイをつくらはったんやけど 水色ぬってはった」

何色を 塗ってもよかったんや という 表情。

「そうやろ 何色でもいいねんって いうたやろ?金でも銀でも 塗ったらよかってん」

「そんな色ないわ(笑)」


先生 もう一越え!! サイに 真っ赤でも塗ってくれたら よかったのに と 心で思いながら 

カバ騒動終了。



カバは一体 何色で塗られたかったのか 聞くところまでいけたら 上級。











生きていてね

生きたくても 生きれない命があります


人はどうして 出会うのでしょう


一人で生きていれば 悲しむ家族もいないのに

幸せを感じていればいるほど

愛している人を失う悲しみは 計り知れない


愛している人が まだ この世に 生きているのなら

生きていることを 感じたい


抱きしめあうのは お互いが肉体を持って生きていることを 確かめ合い

喜び合う行為なのかもしれない


生きていて良かった

あなたと出会えたから


生きていてくれてよかった

ありがとう


そう思える相手と 出会えるその日まで

どうか 生きていてください


そんな相手と出会ってしまったら

別れる悲しみは計り知れないけれど

けれど

そう思える相手と 出会って

ほんのひと時でも 共に時間を過ごして欲しい


それまで どうか生きていてください




わかる日が来るよ

今日の苦しみも悲しみも いつか 必ず

そういうことだったのかと 思う日が来る



私は今年の春 13年前の苦しみの訳がわかった。

わかったとたん その苦しみは 無意味なものではなく

私の人生の大事なひとつの出来事であったということがわかって

辛い思い出も 必要な思い出だったと 思った。

理由がわかると その辛い思い出さえも ありがたく感じる。


今 辛いこと苦しいことの 真っ只中で 

どうしようもない と 落ち込んでいる人も

この苦しみは あ〜このための苦しみだったのか・・・と わかる日が来ると

私は信じている。


今日 久しぶりに 生まれなかった一人目の私の子どもの墓参りに行って 

こんなことを 思ったのでした。


わかる日が来るよ きっと。

辛抱

辛抱って 辛いを抱くと 書くんですね


辛いことを 敵にしないで

辛いことも 味方にするって いう意味なのかと思って調べてみると

辛抱とは 未来があるときに 使うらしいです


今は辛抱してください

辛さを抱きしめて

必ず 未来があるから

日毎

日毎 ひごと って 読むの 知らない人がいました。

これって 最近使わないのかしら?

【日毎に 思いが募る】

なんて 使い方しますよねぇ〜^^


というわけで 日毎。

日毎に私の周りの状況が 変化しています。

激変

そうたぶん 今までも 

日毎に激変 していたんでしょう

でもそれを 感じていなかっただけかもしれません。


今日は 私自身の激変に気がつきました。

とっても 安上がりな女になった自分を感じて

これまた テンションが上がる私。


例えるなら

今まで 毎日 コース料理を堪能しなければ気がすまなかった私が

一日 一個のおにぎりで 大満足。

そんなくらい 激変な自分を ふと感じ、

これなら これから おにぎりに梅干ひとつついたとしても 大喜びできる自分だな と

そのことに 気がつき

やった でかした私! と にんまり☆



塩だけでも 大満足。

米がいただけるんですから。


何を 米だと思うかが肝心なんですけどね。


日毎 周りも自分も変化していくんですね。

それが 生きてるってことでしょうか?



今日の 激変。

家族が増えました^^




おいしいキャラメル

今日幼稚園で キャラメルのおやつを出しました。


そしたら、家に帰って 娘が

「まま キャラメル 一個ずつ食べよう」と いって

今日のマラソン大会でもらった サイコロキャラメルを出してきて

私に一粒くれました。


学校で 食べてしまっても良かったらしいのですが

娘は 私と食べようと思ってくれたようで 一粒も食べずに

もって帰ってきてくれました。


「まま ちょうど キャラメル食べたいと思っててん。幼稚園でな・・・・」

そういうと 娘は 嬉しそうな顔をして

そして 私の口に ポンと キャラメルを入れてくれました。

自分の口にも ポン。

おいしい おいしい キャラメルでした。


私が小学生の頃から サイコロキャラメルが マラソン大会のときのおやつでした。

私は 家に持って帰ったことなんて 一度もなかったと 思います。


今度 母に キャラメル あげよっと。

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摩耶
京田辺在住です。

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