モテキ

今年 私は モテキらしい。

それが 突然やってきた。


今年といっても もう2ヶ月が終わろうとしている。

ということは

もう今年 あと六つに割ったうちの五つしかないではないか。

六つに割ったうちのひとつが 終わろうとするとき 

それは突然やってきた。


「すみません 写真を一緒にとってもらえませんか?」


私は こんなこと いわれたことがないので

「写真を撮ってください(カメラマンになって)」という意味だと思い

(カメラマンになってくださいというのは よくあります)

「いいですよ」と カメラをもらおうと手を出した。

そしたら 

私と撮りたいというではないか!!


ひゃや〜〜


・・・・・・・・



この日 職場の同僚の結婚式の2次会に出席。

ずいぶん伸びた髪の毛を クリンクリンにまいていった。

服装も まあ それなりの 格好だ。

この 姿に 惚れられたか?


・・・・・・・


違うのです。


2次会のゲームの景品で トイカメラをいただいた。

トイカメラ はじめてみた。

すると 隣のテーブルの人たちが 

「うわぁ〜〜トイカメラいいなぁ〜〜〜」と いっていた。

その子達の景品は

栽培セットだった。

私は 替えてもいいですよ。と 声を掛けたのだ。


そこに惚れられたらしい(笑)


人間 姿ではなく 心です(笑)


ちなみに 相手は 女性。



モテキ これで おわりではあるまいな。


今後に期待しよう。

そうさYMCA

学童に5時過ぎに娘を迎えに行きました。

「まま 算プリ(算数のプリント)まだ やってへん。家に帰ったら 教えてな」

娘は そういいました。

家に帰って 早速 はじめましたが、

まず 

「わからへん」と いいました。

問題を 読んでみると

難しいものでもありません。

娘にしてみれば難しいのかもしれないですが、

難しい 難しくない 以前に

読み解こう という 気が まったくありません。

出てきた数字を

足すか 引くか かけとくか どれにしとこうか 

みたいな 考え方で やってるのです。


久々に 怒りました。


読み解けないから 怒ったのではありません。


「私は できない」と 思い込んでいることに 怒ったのです。


私が感情的に言葉を並べると

娘の感情も溢れてきました。

「だって 先生が 計算力がないって いわはるんやもん!!」

はぁ??

なんやと???

計算力がない子に 計算力がないって いって どうすんねん。

子どものやる気を失わせるような言葉をかけて どうすんねん。


電話したろか?

連絡帳にかいたろか?


ムッカーとしましたが これが モンスターペアレンツってやつかな?とも

頭をよぎりました。


「のんちゃんは 計算力がないんじゃない ちょっと 勘違いするときがあるだけや

先生は 答えしか見てないから 間違ってたら 計算力がないと おもわはるけど

ままは のんちゃんが 計算できるのを 知ってるから 勘違いしてるだけやと わかってる

だから 計算の力がないんじゃないで」

(まあ 勘違いしてしまうのを 計算力がないというのでしょうが それは おいといて)

娘が 自分の力を信じてみようとおもうところまで もっていかねばなりません。


わんわん 号泣する娘。


「のんちゃんはな 自分ができることを 信じてないねん。

できないっていわれたから できないんや って 思い込んでる。

できる扉を 閉めて 鍵かけてるねん。

そんなん 閉めたらあかん。 

私はできるんやって おもわな のんちゃんがかわいそうやで。」

とか

「本当に 計算力が ない人は やり直ししても できない人やろ?

のんちゃんは やり直したら できるんやから 力はあるんやんか」

など 

私の胸の中で わんわん泣く娘に 言って聞かせました。


しばらくして やる気復活した娘は 算プリ制覇。


今は YMCAを 口ずさみながら くもんの宿題をやっています。

「のんちゃん 勉強 すきやねんなぁ・・・」って いいながら。


♪ 若いうちは やりたいこと なんでもできるのさ〜〜〜

「ほら 歌も なんでもできるって いってるやん」

「うん(*^-^*)」


やる気が戻って めでたしめでたし。







勉強しにきている

私達は勉強しに来ているんだって。

勉強って 辛いことを経験することなんだって。

だから

どうして こううまくいかないんだろう・・・

どうして こんなに辛い目にあうんだろう・・・・って

考えるのは 間違いで、私達は 

辛い目にあって そこで いろんな感情を味わうために きているんだから

辛い目にあえばあうほど

勉強熱心な人って ことになるね。


今日も 勉強できましたか?

今日もご苦労様です。

昔学んだこと

今日のメッセージは

『朝からメール』

『琴』

『辻』

『黄色のマーカー』

『恐竜の世界へ』

こんな感じ。

で 解読に挑戦。


昔学んだことを もう一度思い出すと 成長するのかなぁ? と思いました。


そう思って 考えてみると、

昔 「お〜〜そうか!!」と 思ったことも なんだか もうすっかり忘れちゃってて

学んだことすら なかったことのようになっているような・・・・

例えば 料理のレシピも

これはおいしいし 簡単!!と 思っていたはずなのに

時がたつと そんな料理を作ったことさえ 忘れていたり・・・・って 私だけ?(笑)


そんなことを 思い出しました。


まあ でも 忘れているってことは 必要ないことなんだから それは それでいいのかも。


あっ もしかして 自分の思い違いがあるかもしれないから 学びなおせって意味かもしれません。

というのは 

蜃気楼 という 意味。

私、そこにないものが みえることって 思っていたんですよね。

で 調べてみると

あるものが 浮いて見えたり 上下さかさまに見える現象なんです。


昔 学んだこと もう一度 学びなおすといいのかも。


昔学んだことって いわれて 思い浮かぶこと なんでしょう・・・・。

幸せのボーダーライン

最近、強く思います。

朝、目覚めた瞬間

『今日も、温かい布団の中で目覚めることができました。

ありがとうございます。』

お風呂の湯船に入った瞬間

『温かいお湯がこんなに頂けて、ありがとうございます』

本当に本当にありがたいです。






歯ブラシ

なんだか急に メッセージのようなものが やってきます。

今日は『歯ブラシ』

なんだろなぁと 考えてみました。

考えるというよりも 翻訳するという感じでしょうか?

ちゃんと 翻訳できているかどうか わかりませんが 

思いついたとおりに 書いてみようと 思います。


『歯ブラシ』

自分が発する言葉を 客観的に聞いてみると

知らず知らずのうちに 他者を傷つけるような言葉になっているかもしれません。

また 自分の発する言葉は 自分だけのものではなく、

自分の親 自分の子 にも 影響する


ここまで書いて 思い出しましたが、

自分の発した言葉は 自分に返ってくる ということかも?


この かも?というのが 申し訳ない感じがしますが、

実際にあったエピソードを思い出しました。


先日 娘が通う学童の先生が 娘の性格を褒めてくださいました。

私は、褒めてもらうってうれしいなぁ と 思いました。

そんな経験 なかなか ないですし(笑)

そして あっ 同じことしてた!!と 思い出したのです。


同じ日 私は職場で 3歳の園児の保護者に その子の心遣いがすばらしかったと伝えたのでした。

私は 担任を持っていないので 子どもの様子を保護者に直接お伝えすることはめったにありませんが、その日は とても感動したことがあったので お伝えしたのでした。


自分がしたことが 自分もされたんですよね。


『歯ブラシ』から こんなところまでやってきましたが、

自分のしていることが 自分にも帰ってくる というところへ たどり着きました。


日々 愛の言葉を 発している人は 愛に溢れる毎日。

日々 愚痴ばかりの人は どんどん 思い通りにならない世界で暮らしていくということにも繋がるのかもしれません。


歯を磨く 言葉を磨く 心を磨く


歯ブラシの先がひろがってしまっている人は 新しい歯ブラシにお取替えください。

磨いているつもりでも 磨けていませんよ。





9歳の誕生日会

9歳の誕生日は ラーメンがいい。

と 娘は言いました。


それだけでは なんだかな・・・・と 思った父親は

娘が好きな 大阪ラマダホテルのカフェヌフヌフのランチバイキングに連れて行くことを提案。

夜は ラーメン。そして リクエストのサーティーワンのアイスケーキ。と

なりました。


面白かったのは この日。

娘が 自分の誕生日の飾り付けを指示したこと。

風船を膨らませて、そこに去年と同様 文字のカードを張るというもの。

「まま 8のかわりに9をつくってや」といわれ、

言われたとおりに「9」をつくりました。


それから アイスケーキに指を突っ込んで 大笑い。


飾り付けをして欲しいというのも アイスケーキに指を突っ込んで笑っているのを見ても、まだまだ そんなことで喜べるんだなぁ かわいいなぁと 思いました。


このお話も

「まま 今日のブログは 誕生日の事かいてや」と いわれてかきました。


誰かに 自分の誕生日を 伝えたいようです。


10歳の誕生日はどんなふうでしょうね。

金柑

金柑を買った。

自分が食べるためには買ったことがないが、母の好物なので、買って持っていった。


今日、初めて知った。

金柑の食べ方。

私は今まで、周りの皮から食べていた。

そう、くるくる くるくる リスがドングリの皮を剥くように。

すると、中の酸っぱい部分が残って、最後にそれを、エイ!と口の中に放り込む。

そう、風呂上がりに、水を体に掛けるように(笑)

今まで、いくつもの金柑が、そういう手順で私の中に入っていった。


今朝、母と一緒に金柑を食べた。

母は、金柑が大好きで、自分のために金柑を買う人。

買っていったけど、買ってあった。

そして、金柑タイムが始まった。

『きんかんって、中、すっぱいよなぁ』

娘が、金柑に対するコメント発表。

『え?のんちゃんって金柑食べたことあるん?』

私が自分のためには金柑を買わないので、家で登場することもなく、母に買っていっても、娘が口にしたことはなかったのだ。

『給食で、でてん。』

なるほど。

『みんなは、皮がいややといってたけど、好きな人もいたけどな。
でも、のんちゃんは皮が美味しいと思ったわ。』

そうよね。そうよね。

金柑は皮だよね。

といって、食べていると、

母が、こうやって食べるねん といって、金柑を縦に真っ直ぐ食べ始めた。

真っ直ぐとは、回転させずにという、意味です。

するとね、甘い皮と、酸っぱいのが一緒になって、酸っぱさが緩和され、そして、なんと!甘い皮が最後に残るということになるんです。

風呂上がりに、水を掛けなくてもいい(笑)

今まで、そんな食べ方したことなかった。

回して食べることしかしたことなかった。

すごいなぁ こんな食べ方あってんなぁといいながら、

ふとみると、目の前に盛ってあった金柑が、残りわずかに。

さすが、金柑を愛する母。

食べ方だけでなく早さも年期はいってました(笑)

気をつけてください

今日は朝から

『気をつけてください』と 言われているような気がします。


まずは 目の前で

バイクと歩行者の事故を目撃。


次に 「波風」という 地名があることを 今日知ったばかり

なのに その地名を カーナビで偶然発見。


偶然ではないはず。


気をつけてくださいね。

撮られる日

今日は 朝 出勤途中に コンビニに立ち寄り

車を停めた目の前に 証明写真撮影のボックスがあり

(そうだ 今 撮っておこう)と 入って 証明写真を撮った。


そして その約2時間後。 

勤務中に 「写真を撮らせてください」と

アルバムに使うといって 胸から上の写真を撮られた。

同じ日に 同じような写真を撮ることになるなんてね。

そんな写真めったに撮らないのにね。


なんだろね

おもしろいね。

何のため?

1月の初め 出産した妹の助けになればと

娘を連れて千葉の妹宅に行ったが、

私が腰痛発症。 逆に世話になって帰ってくるという

なんとも情けない事態を起こし、

私は何のために 何をしに行ったのかと 考えた。


振り返ってみると妹宅では 私が知らなかった 今ブームらしい ときめくものだけを残して片付けるという情報を得て帰ってきたのだ。

それを 知るために 行ったようなもんだな・・。と 思った。

妹はその片付けの様子を録画したテレビ番組まで見せてくれた。



妹の助けをしないで 得た情報なので、ときめくものだけを残すという片づけを試してみないと意味がない。

家に帰って 1月は 倒れていましたが 復活してきたので 衣類の収納をやってみました。


娘のものから 取り掛かる。

娘のものは ときめくものしか ない。

子どもは ときめくものかそうでないかの判断がはっきりしている。

きれいでも可愛くても まだしばらく使えそうなものでも もうときめかないものに対しては見向きもしない。

なので 娘の衣類は すでに ときめくもののみ存在している。

たたんで 立たせて収納。

すると 見た目が美しい。

そして 何がどれだけあるか 一目でわかる。


今まで 重ねて収納していた(お店のディスプレイみたいに)けど 立てて収納って便利。


おもしろい。


そういえば 以前 友人が

「服は綺麗にたたんだ方が 服のためにもいい」というようなことを 言っていたことを思い出す。


綺麗にたたむと 服が今どういう状態なのかも よくわかるんですね。

綺麗だと思っていたけど 汚れているところや 傷んでいるところを発見したり。

(今まで よくみていなかったんだなぁ・・・)と 認識しました。


洗面 脱衣所(←ここに衣類のほとんどを収納しています)の娘のコーナーが美しくなってくると、他の部分の汚さが際立つ(笑)

というわけで

最近は 朝起きると 洗面所に行き 片づけをはじめるという片付けモードに突入。



娘の服をたたむことからスタートして 

今は 洗面脱衣所全体の大掃除に発展。


何のために 行ったのか わからなかった千葉でしたが

おかげさまで 片付けモードに突入することができました。


ありがとう。

妹よ。


あなたがくれた情報 無駄にはしないわ(^_-)-☆

って 

妹の助けには 結局 何もならなかったってことだけど(>_<)

いただいてばかりで

ごめんなさい。m(__)m








平日の休み

貴重な平日の休みでした。

何をして過ごすことになるかとワクワクしていたら、

ごみ処理場と、リサイクルセンターに行きました。

まだ使えるものは寄付。

役目を終えたものは処分。

ごみ袋にして約8袋分ほどとお別れしました。

貴重な平日の休みに 色気のない場所ですが(笑)

ちょっとスッキリしました。

!!

『あなたには 時間がない』

そういわれました。


私には時間がないのだ。


今できることを 今しないと 

今のこの『私』が おわっちゃう(>_<)


あなたもね。

きょうのいいこと

今日は いつもと違う 一日でした。

そしたら 楽しいことが見つかった。

4月から また はじめようと思うことが みつかった。


楽しみだ。


今日は この みつかったのが いいこと。



『元気になるのは ひとりで ならないと いけないんじゃないの?』

『人にかまってもらって 元気になると かまってもらえなくなったら また 元気がなくなるでしょ?』

と きいたら

『あんまり ひとりで 元気にならなきゃって 思いすぎるのもねぇ・・・』と。


その言葉どおり

今日は いつも私をかまってくれる人と 話をしていて

4月から はじめようと思うことが 見つかったのだ。

わくわく してきた。


一人の力で 元気にならなきゃって 思ってたけど 

そんなことないし そんなことできないんだなぁって おもいました。


わたしのこと かまってくれる人たち どうも ありがとうございます。

考えすぎない

考えても 考えても どうしようもないことは

考えないという方法で 解決。


すごい 

 
こんな方法が あったなんて!!


考えないコツを つかんだら 最強やん^^


で どうやったら 考えることを やめれるんかな?と 考え始める私。

最弱?(笑)

そこには感情だけがある

『そこにあるのは 感情のみで 物は何もないのと同じ。』

友人が そういった。


例えば本。

どんな本でも 読む人によって 感じることはさまざま だから そこには 本があるのではなくて 感情がある。(いや 本は 本であるんだけど(笑))


そう思ったら 人も同じだなぁと おもった。


同じ人だけど、

その人に対しての 印象とか 想いって 人それぞれ。

だから そこに その人が どういう風に 存在しているのかっていうのは 決まったものは ひとつもなくて 受け取る側の 感情によって 何通りにもなる。

(なんか ややこしいね)

ある人には なんて気難しい人なんだ と映る人が 別の人の前では

なんて おおらかな人 って 映ることがあるということ。←おおげさにいうとね。


なので 

人 が どう。  

ではなく 

自分が どう。 ということなんだなぁと。



これってもしかして 答えは 自分の中にあるってこと?



自分が感じることは どこかの誰かが 自分に 与えてくれた 感情。

その感情は 自分だけのものなので 自分の課題って 考えられるのか・・・・。



なんか 今日は ややこしいこと 考えるなぁ。


満月だから?

そうしとこ。



いいこと探し

私と似たような 苦しみ 悲しみ 切なさを 味わっている友人が

「しんどいときは しんどいといって欲しい」と 私にいってくれた。


自分も 苦しい 悲しい 切ないはずなのに

その友人は 自分を癒すことではなく 人を癒すことを考えているのだ。


すごいなぁ

えらいなぁ


しんどいことを言って欲しい と いわれただけで

しんどいことが 吹っ飛んだような気になった。


なので 今日一日 嬉しかったこと 楽しかったこと ときめいたこと など

『いいこと』を 報告することにした。


すると お互い テンション あがるような気がして(笑)


今日のいいことは

朝 ちょっと早起きできて トイレ掃除を 入念に行えたこと。

職場で みんなが なんだか 私に にこにこと笑いかけているように 感じたこと。


みなさんは 今日 なにか

いいこと ありましたか?


今この瞬間が いいこと ですけどね(笑)

いいこと ありましたね(*^-^*)

教えてくれて ありがとう

誰も なんにも 悪くない

あなたが 悪いなんて

誰も一言も言っていない


なのに 「自分が否定された」と おもっている


なんでだろうね

どうして そのように 感じてしまうのだろう


認めてもらっていない

あてにされていない

自分が必要とされていない


そんな風に 思っているのかな?


あなたは そこにいてくれるだけで いいのに

それだけで十分なのに


自分のことを 自分が認めていないのかもしれないね


だからなのかな? 

わからないけど。


そのことを 私が 教えてもらったのかも


自分が 自分を認めるって ことを。




ずっと 以前

友人が 

カードを作って 私にくれました。

そこには


『ごめんなさい』

『許してください』

『愛しています』

『ありがとう』


この言葉を 自分や 自分の愛する人に いうといいよ って

教えてくれました。

もらった当初は どうも ピン!とこなかったんだけど

最近は

この言葉

なんだか 心地よいんです



自分で 自分を 愛してあげて

と  

私が教えてもらったんですね。


今日は 心を込めて この言葉

自分に言ってあげることにします。


『ごめんなさい』

『許してください』

『愛しています』

『ありがとう』





気を使うなら最後まで。

その後 クリームシチューを食べ続けた娘。

おかわりまでして。

気を使って食べているに違いない。


気を使って 母親が作ったクリームシチューを食べるかぁ?


今朝は 

もう なにもつくるか!!

という心境だったが 

(ちょっと まてよ

これを逆手にとって・・・・

食べて欲しいものを 作ったら

今なら 気を使って 口にするかも)と 考えた


そして 今までなら

「いらん」といわれた

シジミの味噌汁をつくって こういった。


「シジミの味噌汁作ったし 食べへんと 思うけど 作ったし」

「食べへんと思うけど」

「食べへんと思うけど!!」と いうと

娘は こちらを振り返って ニヤッと笑った。


そして 私は 出かけた。


家に帰って 鍋を見てみると 味噌汁は減っていた。


夕飯時に 聞いてみた。


「○○ちゃん(娘の友達)は シジミの味噌汁食べてくれたやろ?」

(この日 娘の友達が 昼 遊びに来ていた)

「うん」

そして 娘の顔を覗くと

「のんちゃんも 食べたで」といった。


「気 使って食べてくれたんやろ?」というと

「うん!」

「のんちゃん シジミ 2個も食べたで」と。


娘よ。

気を使うなら 最後まで使いたまえ。

仕上げは涙

クリームシチューを つくった

以前作ったのは いつだろう?

思い出せない。

料理をすること自体が 久しぶり。

どうしても 作れなかった。

やっと やっと 作れたのが 

クリームシチュー。

(もう少し 塩味をきかせてもいいな・・・)と思いながらも

そのまま完成。


この日 出張だったのんぱぱは デパ地下で 餃子を購入して帰宅。


食卓に 餃子とクリームシチューが並んだ。

娘は

「え〜〜クリームシチュー??」といって 

お皿を 自分の前からスッと奥へ押しのけた。


娘は 私が どんな思いで クリームシチューをつくったのか

今まで どうして 料理ができなかったのか

そんなこと

何にも知らない


やっと ここまで来たんだけどなぁ と

思ったら 


涙が溢れた。


「どうしたん!!」と のんぱぱがいったので

娘は 私の涙に気がつき

自分の態度で 母が泣いたと 悟り 娘も 私のひざに顔を伏せて泣いた。

「のんちゃん たべる」

と 泣きながらいったけど

どうでもよかった。


もう私は 少々の悲しいことで 泣いたりしないと 思ってて

ここ最近 悲しんで泣く ということを していなかったのに

まだ こんなに泣けるんだなぁと 思いながら

泣きながらシチューを食べた。

(塩味が足りないと思ってたけど これで ちょうど良くなった)と

心の片隅で思いながら 食べていた。

涙って そんなに 塩味でもないのにね。


自分の分を平らげて 私は 娘の分も食べ始めると、

娘は私のひざに顔を押し付けて泣いていたのに、

コタツの上に手を伸ばし 私が食べている 娘の皿を 押しのけた。

「のんちゃんがたべる!!」と いいながら。

「無理して食べてくれんでもいい」といって 私が全部食べようとしたけれど

そんなことも

もうどうでもよかった。


本当に 久しぶりに作った クリームシチュー。

今度作ることがあったら

塩味を しっかりつけて 完成にしようと思う。

シャボン雲

今朝の空の雲

みましたか?

生まれて初めてでした。


大きな 厚い雲がひとつドカーンとあって 

その周りが 少し薄い雲になっていて

そこに光が当たり

その薄い雲の部分が

虹 

ではなく

シャボン玉のような色をしていたんです。


車を 運転しながら 

え??

なに あれ

こんなの初めてみた!!


みんな みてる??


と 心の中で 叫んでました(笑)


シャボン雲 と 今 勝手に命名。


いや〜〜〜 美しかったです。


昨日 17時の雲を 綺麗だと いったので

朝の雲も

これは よし がんばるか!!と

朝の雲も いいでしょって 

アピールしてくれたみたい(笑)


綺麗だったね

シャボン雲。





17時の雲

毎日17時まで お仕事しています。

最近 ようやく 17時になっても 日が暮れないで 空が私を待っていてくれるようになりました。

帰宅するとき 必ず 空を見上げます。

なんて 綺麗な雲の色。

17時の雲の色は 桃色とみかん色の間。


17時よりも早く 日が暮れてしまうときには 

夕焼けを じっくりとみられませんが、

こうして 日が長くなると

夕焼け色を 堪能できます。

それだけで 

うれしくなります。


きれいだったね。

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摩耶
京田辺在住です。

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