遺書

今朝 ニュースで 高校一年生の男の子の遺書が 紹介されました。

携帯メールに残されていたそうです。

泣けました。


男の子は お金を持ってくるようにと言われていたようです。

一度ではなかったのでしょう。


遺書には 

「この世に お金がなかったらよかったのに」

「死ぬのは怖い

でも それしか方法がない」と 書かれてありました。


家族に

「長生きして」とも 残していました。

そして

「もう逝くわ」と。

まるで どこかに 遊びにでも 行くみたいに。


引きこもることは できなかったのでしょうか?

毎日 学校に行かなくてもよかったのでは ないでしょうか?


死ぬしか方法が本当になかったのか・・・。



今から 娘に 教えなければなりませんか?

「同級生から 『お金をもってこい 誰にも言うな』 と いわれても

ママにはちゃんと 教えてや。」

「いじめられたら 学校に行かないで 家にいたらいいんやで。」


この世って そういうことを 教える場所なんですか?

そんなはず ありません?

大阪から 電車で帰宅。

行きは、JR線で。

帰りは JRと近鉄を使って帰ってきた。


友人と二人で帰ってきて 友人は私より先に 電車を下りた。

改札を通るとき 私は一人だった。

ピタパとイコカを もっていて ピタパをピッとやったら、通れず、

あれ?イコカのほうを使ったんだっけ?と 思い、イコカをピッと やった。

でも 通れない。

なんで?

イコカでいけへんやんか。


そして駅員さんに言いに行くと、

「改札を通ってこなかったんですね。」という。

「はい?すり抜けてきた覚えはありません。」と 答えた。

すると、

「そんなはずありません。」という。

「鶴橋はお客さんが多いから こんなことがあるんです」という。

なんでやねん!!

お客さんが多いから 改札をすり抜けるようなことが知らず知らずできてしまうところなんてあるんかい?

そんなん おかしいがな!!


ちょっと アルコールも いや 

大いにアルコールが 入っていたので、久々にスイッチ入りました。


「実際 改札をすり抜けた覚えがない私が 今こうして ここにいるのは事実なんですから、『そんなはず ありません』って おかしい話でしょ。改札を通らなくても電車に乗れてしまうようになってるから こういうことが起きるんでしょ。」

駅員は しばらく奥に行って出てこない。

なにしとんねん。

しばらくしたら 小さい用紙を持ってきて

「近鉄分の運賃はここでいただきますので JRのほうは 払いに行ってください」という。

そんな用紙がもともとあるんやったら こういうこと よくあるってことやんか。

そんなはずありませんって おかしいやんか。


ほんまに どないなっとんねん。

イコカもピタパも 便利なはずなんちゃうんかい!!


親の役目

初対面の人と 親の役目の話になった。

子供さんがもう 20歳を越えている方との会話。

「親は 子どもが 生き生きとできることを見つけてやるのが役目。そのためには、経済力がないといけない」

そうやろか?

経済力がないと 子どもが生き生きとできることを見つけてやれないの?そもそも 生き生きとできることって 親に見つけてもらわなあかんのか?

私は 疑問に思った。

「そんなことないと思います。経済力があるとか ないとか そんなことは 関係ないのじゃないですか?」


その人は 経済力を持っている。

大阪の高層マンションの最上階を即決で買い、即リフォーム。そこへ知り合いを招いて、ワインの会を開く人だ。

詳しくは知らないけれど ご主人の稼ぎではなく、ご自身の力。


私が 意見をすると その人が言った。

「盲目のピアニスト。 あの人の親が ピアノを与えたり、レッスンを受けさせる経済力がなかったら ただの 障害者でしょ。」

そうやろか?

ピアノの才能があって 親に経済力がなくても その人は 違うことで 生き生きと生きていくのかもしれない。

その人の幸せは その人にしか分からないよね。

たくさんの人に 感動を与えることが 生き生きと生きたことになるのだろうか?

それよりも なによりも 

ただの障害者って どういう意味やろ?


なにか 腑に落ちない。


私には 経済力がない。

それは 明らかだ。


経済力がない親に育てられると 娘に 生き生きとした生き方を提供してやれないということになる。

そんなことないよね?


まあ 意見するなら 経済力を持ってからにしなさい。ということなら なにもいえないけど、うちの娘は ぜひ 自分の力で 生き生きできるものを見つけてもらいたい。

 

星が見える家。

アルプスの少女ハイジで うらやましかったのは、

とろとろのチーズと 屋根裏の丸い窓の側の干草ベッドで眠る様子。

ハイジが目覚めると 小鳥がやってきたりして、家の中にいるのに 外の感じがよかった。

夜には星が見える。

干草のベッドは(ちくちくしないのか?)と 現実的なことを想像したりしていたが、

家の中にいて星が見えたり 小鳥が飛んできてくれたり そんな感じがよかった。


節電の夏。

エアコンは使わない。

家の中で 一番涼しい場所を探した。

吐き出し窓の側が一番涼しい。

ひんやりしている。

布をたらしただけの カーテンのすそをあげると 風が入ってくる。

「のんちゃん ここ涼しいで。」と

布を捲り上げて 網戸の側に座る。


ここで眠ることにしよう。


網戸ギリギリのところまで 布団を移動する。

すると 娘が 外にかけてある すだれもよけ始めた。

「星が見えへんやん」

すだれまでよけてしまったら 外から丸見えになるやん と 思うが 

もう 聞かない。

吐き出し窓のそばで 横になると ほとんど外だ。

野外でテントで寝るよりも 空が見えて風が入って 外感がある。


吐き出し窓側には 建物がなく、空を見るのに 何も邪魔をするものがない。

あいにく 星は見えなかったが 空はまるみえ。


そのとき ハイジの屋根裏部屋を思い出した。

ハイジの屋根裏部屋で眠るのも きっと こんな感じ。

家の中なのに 外な感じ。

きっと こんな感じだろう と 想像できた。

そして 眠る。


明け方 目を覚ましたら 

星が みえた。

星を見た瞬間

【明けの明星】という言葉が 私の頭に降りてきた。

後で調べてみると 朝方に見える 金星のことらしい。

夜に見えるのは 宵の明星というのだそう。


娘が見せてくれた 星。

娘は 明けの明星を私に見せてくれるために すだれをよけてくれたようだ。


娘は まだ 夢の中。

すだれをよけてくれたおかげで 星が見れました。


明けの明星

明けの明星

あらいぐま

衰える。

仕事がない日は ごろごろ うだうだしていた。

一旦起きても お昼12時ごろにまた眠り がっつり昼寝。

そして 夜は夜で また眠れる。

そんな生活をしていた。


娘はプールが大好きだ。

友達と16日にプールに行く約束を 1ヶ月ほど前からしており

指折り数えて楽しみにしていた。


久しぶりのプール。

私は付き添いで 流れるプールで 流されていただけだった。

時には 娘が 私をおんぶしてくれたり 抱っこしてくれたりした。

あとは ビーチボールにつかまって浮かんでいた。

娘が クロールの息継ぎが ものすごく上手になっており 驚いた。

学校のプールだけで こんなにうまくなるなんて、思ってもみなかった。

娘のクロールを見ながら 私は後から流されていただけだった。

ただ それだけだったのに

今朝起きたら 全身筋肉痛。


普段 まったく 筋肉を使っていないということか。

プールって全身運動になるって聞いてたけど ほんとなのね。

スイミングクラブに通って 泳いでいたときは そんなに筋肉痛になった記憶がないのに。

衰えるんですね。筋肉。






女40 ホノルルマラソン旅

3年前 ホノルルマラソンに参加し その旅の記録を 電子書籍にして

デジタル書房さんから出版しました。

その電子書籍が 今日デジタル書房さんのツイッターで紹介されていました。

驚きました。


それで 次の年に 娘も走りたいと ホノルルマラソンにいったのですが、その旅の日記が途中になっていたことを思い出し 今調べてみると、旅が始まる前で 終わってしまっていました。

あららら。

結局 娘は 完走できずに15キロ地点でリタイヤしたのですが、今年 リベンジすると言い出しております。

続 ホノルルマラソン旅は 完結しておりませんが、続々ホノルルマラソン旅がスタートするかもしれません。

今回は 完走することができるでしょうか?

今のところ たまにトレーニングだといって自転車にのって 買い物に行く程度。

「学校に行くのに歩いているし 毎日サッカーしてるし!」と 2年前と同じことを言っているような・・・・。

どうなることやら。


化粧の効果

私は 今まで あまり 化粧をするということに対して

よいイメージを持っていませんでした。


日に焼けるとよくないから 日焼け止めを塗る ついでに化粧。

眉毛を描くために化粧。

多分 私の眉毛が立派なら 化粧しないで過ごしていたと思う。


化粧の効果は 美しくないものを 多少は見栄えをよくする ことだと思っていた。


けれど ここ最近 その認識が変わってきた。

化粧は 過去も未来もなく いまここ を 感じられる手っ取り早い方法なのだ。

過去や未来について 考え悩んでいても 化粧をするときだけは それらが どこかへ いっていることに気がついた。

ほんの一瞬でも いまここだけ感じるときというのは 悩みがなくなる瞬間だ。

これが お風呂に入る という行為だと また違う。

体を洗っていても 頭を洗っていても 思考は過去や未来を行き来する。

化粧って なんだか特別だなと 思った。


ここ1年ほど やる気スイッチを どこかに置き忘れ 過ごしてきたのだが そのやる気スイッチを失ったかわりに、友人がエステを始めたので 通い始めた。

正確には やる気スイッチを失う直前にはじめてしまったので やめられなかった といったほうが正しい。

月に1回もいけないときもあったが 気がつけば1年たっていた。

そのことについても 振り返ってみると

これが スポーツだと 早々にやめていたような気がする。

エステだったので 行ってベッドに寝ているだけだったので 続けられた。

家から近い場所というのもよかった。

エステが終わって 鏡を見ると やはり やらないよりは 綺麗になっている。

綺麗になるのは やっぱり うれしい。


化粧もエステも 今まで 自分の中で 重要だと思っていなかったけど

今 苦しい人は ぜひ化粧をしてもらいたいと思った。

苦しいから 化粧どころではないと思うだろう。

顔を洗う から ぜひ 初めて欲しい。


顔も洗う気力がない人は まず 顔を洗う から。

顔は洗える人は いつもより 少し丁寧に洗ってみて欲しい。

そして できれば その流れで 化粧を。

口紅だけでも 最初は いいかも。


洗っているとき 洗うということだけに集中。

口紅を塗っているときは 綺麗に塗る ということだけに集中。


ほんの一瞬だけど 苦しみから解放されます。


私がもし エステの技能があったなら

家族や愛する人を失って 気力を失ってしまっている人のところに行って エステをしてあげたいと 思いました。


エステや化粧って 綺麗になるためだけのものではなかったのですね。

私の中で イメージが かわりました。


エステの仕事 はじめてくれた友人に感謝します。

ありがとう。










やけどの手当て

仕事で 指に少しやけどをしました。

やけどの手当ては 水で冷やす という方法は一般的ですが

私は 違う方法で手当てをします。


やけどした原因のものを もう一度同じ場所に近づけるのです。


例えば アイロンでやけどしたら、やけどした場所にもう一度アイロンを近づける。

ギリギリまで近づける。


水などで冷やしてしまうと 細胞がキュッとしまってしまい 熱がこもってよけいに治りにくいという考え方。
やけどの大きさにもよると思いますので すべてのやけどに当てはまらないでしょうが。

焼けてしまった皮膚の熱を 発散させてあげることが大事みたい。

私は すぐ その方法で処置をしました。

しばらくは少し痛みがありましたが 痛みがひくと 水ぶくれになることもありませんでした。


で やけど という 体験をしたので 娘にその日 話をしました。

やけどをしたら・・・。と。


そしたら 次の日 娘が やけどをしました。

自分でアイロンをかけていて やけど。



「ままが 教えてくれたみたいに もう一度 アイロンに近づけてんけど その後に パパが

水で冷やしっていうたから 水で冷やしてん」


あらら・・・

案の定 娘のやけどは 水ぶくれができてしまっていました。


私のやけどは 皮膚がうっすら 変色しているだけで 水ぶくれになりませんでした。

皮膚の強さにも関係しているでしょうが・・・・。

「水で冷やしたらあかんっていうたやろ?」というと、

「最後まで ままの話 おぼえてへんかった」と 娘。

娘のやけどは 案の定 水ぶくれ。


昨日 やけどの手当ての話してるとき パパにも聞こえるように 目の前で話しててんけどなぁ。聞いてへんかったんやなぁ。

というか 以前 やけどの手当ての話 したことあると思うねんけどなぁ。

興味ないねんなぁ。


まあ 水ぶくれになるという体験も 娘にとって必要だったのでしょう。

今日は 学校から帰ってくると

「水ぶくれが気になったから 名札の針でさして やぶった。」と。

「そんなことしたら ばい菌が入るかもしれないし 針で刺すときは 針を焼いて消毒してから刺したりするんやで」

と いう話ができました。

これも 水ぶくれに なったから できた話。ということで。


やけど 綺麗に治りますように。








「いえ だいじょうぶです」

娘を皮膚科に連れて行ったとき、

診察後に小さなおもちゃをどうぞといわれて

娘があまり喜んで選んでいなかったので、

「ほしくないなら 無理にもらわなくてもいいねんで。
本当に欲しい人にもらわれるほうがいいやろ?」と いっていた。

その日は 無理に選んだ物を持って帰っていた。


一週間後 皮膚科にいったとき

同じ場面になった。

先生が「どうぞ」といったそのとき

「いえ だいじょうぶです」と 言った娘。

かっこい〜〜〜〜

その言い方が すんごい かっこよかった。


断ってもいいということを いったことを忘れていた私だったが

娘がそう言ったので (そうそう 断ってもいいといったんだった) と 思い出したが

断り方まで 教えてなかったのに

「いえ 大丈夫です」やって。


は〜〜〜〜

そんなふうに 断れるんや 

なんか かっこいいやん と 思って

薬ができるのを待っている間

なんども なんども

娘に 

「のんちゃん かっこいいなぁ すごいなぁ」というと

ニコニコして 私の胸に顔をうずめる。

「だいじょうぶです なんていいかた どこで覚えたん?

学校で 友達がそんないいかたしてはるん?」というと

「急にでてきてん」といった。

照れくさそうに 私の胸に顔をうずめて 私に頭をなでられて

ニコニコしている顔は まだまだ 子ども。


でも「いえ だいじょうぶです」は

ほんとに かっこよかった。

娘の かっこよさに 痺れました。



どうか

その子が 最後に笑ったのは いつだったのだろう


自殺の練習をさせられていただけじゃないよね


死んでしまったら 楽になったのかな

死んでしまったら どうなるのかな


生きているのは つらかっただろう


引越しとかできなかったのかな?


家にこもることはできなかったのかな?



自分で命を絶つと また生まれ変わっても 同じ目にあうって聞いたことがあるけれど

どうか 同じ目に会いませんように

本当の願いは心の中

娘を迎えにいくと

笹飾りが飾ってあった。

「のんちゃんも 願い事かいた?」と きくと

「サッカーでシュートが入りますように」ってかいた といった。

でも その先があった。

「のんちゃん ほんまはな 

『ままのことが ずっと好きでいられますように。

ままとずっと 一緒にいられますように。』って かきたかってん」

と いいました。

「なんで かかへんかったん?」ときくと

「ずっとすきじゃないの?とか いろいろ聞かれるのがいややから」と いうことでした。


短冊に書くって 人の目に触れますもんね。

私も先日 短冊に願い事を書く機会があり 書きましたが

人が見てもいい願いを書きました。


本当の願いは心の中に。

娘も私も 一緒です。

さみしさくん

さみしさの波は 突然押し寄せる


私は 幼いときから 

さみしい さみしいと 思っていた


結婚して もう さみしくなくなると おもったら 

よけいさみしくて驚いた


こどもができて もうこれで さみしくなくなるとおもったら

そうでもない


私は いつまで さみしさと共に生きるのだろう

死ぬまでか


さみしさは 私から 離れていかないので

こうなったら さみしさと 友達になるのが よさそうだ。


今日は 仕事が終わって横断歩道を渡るとき 急に その波が やってきた


驚いた。


涙をこらえて 横断歩道を渡った。


泣きながら 歩く。


さみしさくんは わたしのこと 大好きみたいです。






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摩耶
京田辺在住です。

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