アイドリングはいけません

先日 塾まで娘を迎えに行った。

いつもは「退室しました」メールが送られてきたと同時に 家を飛び出して迎えに行くので、車で待っている時間がないのだが、先日は、もうそろそろかな?という時間に出て行った。

そして、いつも待っている場所で、待っていた。

すると、数分後に、女性がドアをノックしてきた。

窓を開けると、

「エンジン切ってもらえません?響くんです」といわれた。

ハッとして、すぐにあやまってエンジンを切って、

またやってしまった。と 思った。

私は、昔も 同じように注意されたことがある。


真夜中。

友達とスキーに行く約束をしていて、私は友達の家の近くで待っていた。

誰かの家のすぐそばで待っていたのではなく、公園の横にとめて、エンジンをかけたまま待っていたのだ。

友達は 寝ており、なかなか待ち合わせ場所に来てくれなかったので、30分くらいは、待っていたと思う。

その時、少し離れた家から 男の人が出てきて、

「エンジン切ってもらえませんか?」と言われたことがある。

その人は ぐっすりと寝ていたに違いない。

でも 私の車のエンジンの音が響いて起きてしまったのだろう。

もう20年近く前の話。



あの時から 私 ちっとも変わってないんやなぁ・・・と 恥ずかしくなった。

うるさいのも良くないし、環境にもよくないのに 

あまり気にしてないねんなぁ。と。

そういえば 家の横の畑にやってくる おじいさんが運転する車の音がうるさくて仕方がなかったのだ。

朝早いので、寝ていても目が覚める。

本当にイライラしていたのだった。

今は寝る場所を変えたので 忘れていた。

自分が嫌だと思うことを 自分もしてるんですね。

これからは 絶対 気を付けよ。

まだ一ヶ月?

まだ1ヶ月しか経っていないって 思えます?

私 3ヶ月くらい経った気がしています。

あけましておめでとう してから1ヶ月?ほんまかいな。

なんか盛り沢山な1ヶ月 予想していない生活が始まった1ヶ月。

まさか そうなるとは・・・という感じです。

2013年って こんな感じで行くんかな?


まさかの出来事は そんな大したことではないんですよ。

でも 自分が(娘と)もうこんなことしないんだろうな・・・・と 思っていたことが そうではなく、自分の予想外の展開になってやってきて、

こんなこと また するようになるとはね・・・・。と 思うことがあったのです。

予想外の展開って 面白いですね。

予想外だけど 昔はそうなったらいいのになぁ と 思う生活だったりするわけで・・・

だったら 予想外ではないか。

なんかややこしい。


ひとつはクッキー作り。

一時期ハマったクッキー作り。

カラフルな砂糖を買ってきたりして、焼いていた時期がありましたが 

全く作らなくなっていました。

去年末に そのカラフルな砂糖たちを 友人に譲ったほど。

もう作らないの?と聞かれましたが、

のんちゃん 全く興味なくなったから いいよ〜〜と 答えてた。

それが あることがきっかけで、再燃。

飾り付は カラフルなアラザンを残してあったので、それで、できました。

冬休み明けから 毎日 毎日。


きっかけというのは 娘と友達が友達宅で二人で作ったクッキーを 私が友達とその子の姉と二人で作ったのだと勘違いし、

「○○ちゃんの クッキーたべていい?」と そこへ娘の名前を入れなかったのがきっかけで、娘傷つき 涙。

なので お詫びに 明日ままとクッキー作ろうか という運びに。

娘たちは 二人だけでクッキーをやいたそうな。

そんなんできるんやな。友達がすごいな。

のんちゃんやったら 家のどこに小麦粉があるとか砂糖があるとかしらんなぁ。

と 何にもさせていないのが露呈。

ままがいなくてもクッキーが焼けるようになるのを目指そうかと スタート。


昔一時期やっていたというのは 強いですね。

まあでも4年生ですもんね。


毎日学校が短縮授業の間 焼き続けました。

そしてここからがまた 予想外。

私の妹が誕生日だったのでクッキーを送ることにしました。

娘はいとこが喜んでくれるだろうと、ミッキーのクッキーにピンクの飾り。

姪はピンクが大好きなのです。

そしてクッキーが届く日。

もう届いたかな?と 電話がかかってくるのが待ちきれず、

こちらから電話。

そのときに 私の妹は今から英語塾に通っている姪を迎えに行くところだったのです。

ほ〜〜〜〜

英語ならってるのか〜〜

すごいな〜〜〜と いったら

娘は

「のんちゃんも 英語する」と 言い出し、

幼い時に やっていた 英語の教材を引っ張り出してきて やり始めたのです。

こちらも まったく使っていなかったので 2階に収納していたのですが、

ほんとにやるなら 1階にもって降りよう と 次の日は

棚から本から大移動。

さっそく勉強開始。

それがこちらも 一時期慣れ親しんでいたからか

案外 あっさりと英語を話す。

あれれれ・・・

すごいな。

4年生やし?

テキストに従ってやり取りをするのを 外国の先生と電話で行うものがあるのですが、

それをやる。といって 何度も練習。

姪が英語の塾に通っている ということが 娘のやる気スイッチを押しました。


クッキー作りといい 英語の勉強といい あけましておめでとう と言ってた日には

全く想像していなかった生活で、

なんか 面白いなぁと。

へぇ こんな展開になるんかぁと。


来月は どんなかな?

娘10歳の誕生日が待ってます。





娘9 ホノルルマラソン物語 15  〜ゴール〜

私が先に ゴール付近に到着しました。

懐かしいこの一本道。

ゴールまで、300mほどまっすぐの道が伸びています。

沿道の柵は、もう撤収作業が始まっていました。


娘たちのゴールを待ちました。


しばらくして ビデオのフレームの中に入ってきた二人。

娘は、もう泣いていませんでした。

少し 照れています。


それは 沿道に もう既にゴールしている数人の日本人が 完走Tシャツをきて拍手を送ってくれているのです。

「グッジョブ!!」

「スマイル!!」

など 大きな声でエールを送ってくれています。

「お疲れ様でした!!」

「もう少しです!!」

そう言って 手を振り 手をたたいてくれています。

道の反対側にいた私まではっきりと聞き取れる大きな声。

それだけの大きな声を出すのって 結構エネルギーがいると思うんですけど、

この人たち、いつから ここで エールを送ってくれているのでしょうか?



娘と 父親は手を振り返していました。


私にも気がついて 手を振ってくれました。

娘は 恥ずかしそうに笑っています。



いよいよゴールです。

ほんと よく 諦めずにここまでやってきました。

ここへきて 私が感無量。


2年前は 5時間ほどでリタイヤしたのに、今回は、倍以上の 11時間半。


メダル欲しい で 始まった挑戦でしたが、

「のんちゃんナイス!」がもらえるかもしれない宿題なし条件と

ミサンガ切れるミラクルも重なり、

とうとう娘はゴールを果たしました。

娘と主人はゴールゲートをくぐった瞬間、両手を高くあげました。

ゴールです。


ゴールした娘の首に メダルがかけられました。

その瞬間の娘の顔。

最高の笑顔を見せてくれました。

娘は「うふふ〜〜」と笑い

かけられたメダルを手に取り、形を確認し、

「これでいいわ。まま。」

といい

「よかったなぁ」と声をかけると、

「ウシシシシ」と笑いました。


今まで 無表情で、もう気力ゼロ で 歩いていたのに、

にこにこしています。


父親は、娘の頭を 何度も何度もなでていました。


名古屋から来た同じ4年生の親子も、すぐあとにゴール。

私たちはお互いの頑張りをたたえ、握手をかわしました。

お互い無事ゴールできてよかった。


ホノルルマラソン物語 これで 完結です。

日本に戻って みんなに完走の報告をしたら、

宿題がなしになって「のんちゃんナイス!」の言葉がもらえるのです。

(ちょっと ひと騒動ありましたけど)↓

*12月のブログ【ひとりはみんなのために】をご覧下さい。


娘は 後に こう話してくれました。

「2年生の時にリタイヤして 4年生でもリタイヤしたら恥ずかしいやん」

そんな気持ちが娘にあったようです。

娘は いろんな気持ちを心に詰め込んで 完走をめざしたんですね。

笑いながら 泣きながら 怒りながら・・・・途中諦めるとは一言も言わなかったのは驚きました。

どうなるだろうと おもっていた今回のホノルルマラソン物語。

こんな物語でございました。

ずっと応援してくださった皆様 本当にありがとうございました。


娘9 ホノルルマラソン物語 おしまい。




10年前 娘を産んだ時に 思い立った ホノルルマラソン。

こんな風に その時、産んだ娘がゴールして 完結するとは 思いもよりませんでした。

なかなか 面白い物語の結末でした。


数日後、

「ホノルルマラソンはこれで完結したし、今度は何する?スカイダイビングでもするか?」と提案すると、主人が「それだけはいやや。」と即答。

「そうやなぁ 上にあがって 落とされるだけは 自分でやった感がないなぁ・・・。そしたら・・・富士登山するか?」というと

二人共「それがいい」と 賛成。


今度は 富士登山物語が スタートするのでしょうか?


さあ どうなるか。

私は20年ほど前に挑戦しましたが、出産よりもフルマラソンよりもダントツの辛さ過酷さでした。

この物語の実現には まだまだ時間がかかりそうです。


私たちの物語は まだまだ つづく?つづくかな?つづいたら また 書きます。 

おしまい(笑)


























娘9 ホノルルマラソン物語 14  〜メダル〜

娘に 聞いてみました。

走っている間なにをかんがえてたの?

娘は、「完走したい」 と ただそれだけを考えていたそうです。


そうそう 私がゴールに お先に向かうまでに ひとつ困った問題が起こったのでした。 


娘がホノルルマラソンに出たい!!と 思ったきっかけは、メダルでした。

私が、完走してもらったメダルをみて、

「のんちゃんも ほしい。同じのが欲しい」と いったのでした。3年前のことです。


娘と手をつないで歩いているとき、

もう 時間も時間なので、ゴールしたランナーの皆様が、完走Tシャツをきて、メダルを首からぶら下げて歩いて帰ってこられていました。

(お〜〜今年のTシャツはあれなんやなぁ・・・・)と 思いながら歩いていると、娘が、

「あんなん いやや・・・・」と つぶやいています。

え??何が嫌?

よくよく聞いてみると、メダルです。

「のんちゃん ままと同じ まるいのがいい。」

今回のメダルは、円い形ではなくて、ランナーが走っている形に(縦長)なってます。


ひえ〜〜〜〜(゚д゚lll)

ここへ来て メダルが円ではないことに ひっかかるか〜〜〜

というか 円にしといてよ〜〜〜

というか どうしようもないやんか これだけは・・・

というか まさか 円じゃないなんて・・・・

というか そんなところに ひっかかるなよ〜〜〜


私は、

「そう?円じゃなかったん?よくみえへんかったなぁ・・・」と とぼけてみました。

でも 私も 確かに 確認しました。

確かに、まるではない・・・。


今回のホノルルマラソンは 第40回なのです。

なので、40年を記念して いつもと違うデザインにしたのでしょう。

いらんこと せんでいいのに(泣)


それからしばらく歩き、何人もの完走ランナーにすれ違いました。

胸にはメダルがゆらゆら揺れています。


メダルが欲しくて たまらなかった やっともらえるところまで来たのに、そのメダルが ままと同じ形ではなかった・・・・

さて。これ どうなりますかね・・・・と 思っていたら、

「のんちゃん あれでもいいわ。」

娘は 案外 あっさりと 縦長メダルを受け入れました。


あ〜〜よかった。


ここまできて 娘は 形ではない ということに 気づいてくれたんでしょうか?

きっかけは メダルという 物が欲しい。という気持ちでしたが、

ここまで来たら そのもの以外の たくさんのものを 手に入れている。

形でもないし 私の語彙力では 言い表せないけれど、

目に見えない何かを 娘は手に入れている。

それに気がついて 縦長メダルを受け入れた。ということに しときましょう。

 

とにもかくにも

「こんなメダル いややった(泣)」と ならなくてよかった(泣)が 母の本音。


つづく。










ワールド ファミリー

ワールド ファミリー

鳥が横たわる

知り合いに会う

美容室

娘9 ホノルルマラソン物語 13  〜景色を共に〜

娘と手をつないで ホノルルマラソンがスタートしました。

ここまで ずっとポイントポイントで待っていたので、ずっと一緒に走っていた気分です。気分だけ。

ここまで来たら、もうゴールできます。


もうすぐホノルルマラソンコース最高の景色のいい場所がやってきます。

私が走ったとき、こんなにすごい景色の場所がコースにあったんだ・・・と 感激し、家族がゴールで待っていてくれているにもかかわらず、

あ〜〜しばらくここにいたいなぁ と 思った場所です。

ダイヤモンドヘッドに沿って作られている道。 緩やかな上り坂になっています。登りきったところにビューポイントがあります。そこさえ越えれば あとは下ってそしてゴール。

あの最高の景色をもうすぐ娘と一緒に、見ることができるんだ。と

とても嬉しくなりました。


「もうゴールできるな。すごいなぁ。友達みんな喜ぶなぁ。」と言いながら、歩きました。

「『のんちゃん ナイス!!』って 言ってもらえるなぁ」


娘がここまでがんばれたのは、【みんな】という存在があったからなんだなぁと思っていました。

もし、出発前に【みんなの分の宿題がなしになる】ということがなければ、泣きたくなった時点でリタイヤしていたかもしれません。

泣きながら歩き続けることをしただろうか?

そんなことを考えていました。


4年生。

もうすぐ10歳。

10歳の子どもの世界には、確実に家族以外の世界があって、そこで娘は生きていて、喜びや悲しみやいろんな感情を味わっている。

娘だけみんなとは違う幼稚園の出身で、仲間意識のようなものが薄いように思っていたけれど、みんなと自分がちゃんとあるんだなぁ。
いや、でも もしかして これが初めてなのかもしれない。
みんなが喜んでくれるなんてこと普段の生活の中でそうそうあるもんじゃない。
誰かが認めてくれるってことも そうそうあるもんじゃない。

友達がなくしたボールペンのバネをみつけてあげてそれを喜んでもらえた。

そんな些細なことが娘の中では大きな喜びで その時の喜んでもらえたという嬉しさを、もう一度味わいたいがために 泣きながらでも歩いている。
そんな力を娘は【みんな】からもらってたんだなぁ。

そんなこんな いろんなことを考えます。

娘は この時 なにを 思いながら 歩いていたのでしょうか。


道端に座って、休憩をしたり、

また歩き始めたり・・・。

娘は もう 泣きはしませんでした。


この頃 娘と同じくらいの子供がお父さんと 私たちと同じようなペースで歩いていました。

私たちは 抜いたり 抜かされたり。

その子は泣いていませんでした。

聞いてみると 同じ名古屋から来られた方で、娘と同じ4年生でした。

どこの親も 子どもをサポートしてここまで来たんですねぇ。


そして そして ようやく上り坂を登り切り 最高の景色の場所に到着。

私は 娘をおぶって その景色を一緒にみました。

「のんちゃん これ ここ みたかってん・・・・」

「この景色 のんちゃんと みれるなんて 思ってもいなかったわ。のんちゃんがここまで連れてきてくれたんやなぁ。」

これから 同じ景色をみる ということが だんだん少なくなっていくのでしょう。

今までずっと 一緒にいたけれど

娘は気力をもらえるほどの自分の世界を 自分の景色の中に持っているのです。 

大きくなったもんだ。

時々は こうやって 同じ景色を見たいね。


ハワイの海が一望できるこの場所。

遮るものが何もない サーファーが波と戯れる姿が小さくみえます。

海がキラキラ輝いて 地球が丸いと感じられるほどの景色。


娘と共に景色を堪能した私は ここから主人に娘を託して 早足でゴールに向かいました。

ここまでずっと一緒に来たんだから、ゴールはどうぞ お二人で。

私は その姿を 見させていただきます。


つづく。

娘9 ホノルルマラソン物語 12  〜バナナシェイク〜

私は 考えておりました。

そう3年前から考えていたのです。

もし 私じゃない誰かが このフルマラソンに挑戦するようなことがあれば バナナシェイクを持っていこうと。

それは 私が走ったとき、マラソンコース内のハイウエイの手前で 盃1杯ほどのバナナシェイクを配ってくれている人がいたのです。


給水所はいくつか設置されているのですが バナナシェイクなどはなく 多分個人ボランティアで配ってくれていたと思うのです。
暑くて、疲れていたその時にいただいた そのシェイクの味が忘れられなくて、バケツ1杯飲みたいくらい美味しくて、疲れ果てている体に染み込んだのを覚えています。

なので 誰かが走ることがあれば その時は、バナナシェイクをつくろうと 思っていたのです。

泊まったホテルの部屋にはミキサーがついていたので、バナナやミルクを買えば作って持っていくことができます。
前日に作って凍らしておいてそして、翌日に持っていく。ということもできるわけです。

でも 渡すその時まで、内緒にして 持っていきたいんだけどなぁ・・・どうしようかなぁ と 考えたりしていたのに 前日に、バナナやミルクを買わず・・・。

あららら・・・買ってないなぁ・・・作っていけへんなぁ・・・と考えておりました。

ホテルから作っていっても ぬるいバナナシェイク 美味しくないかもなあ・・・・とも考えておりました。

結局 いろいろ考えて 作っていけなかったバナナシェイク。

3年前から 思っていたのになぁ 思い続けても実現しないもんなんやなぁ・・・
と まだ 思っておりました。

その盃一杯のバナナシェイクを頂いた場所に やってきました。

(そうそう ここで この場所でもらったんだよなぁ 美味しかったなぁ・・・・)と 思って、

ふと あれ?と。

ここでもらったってことは・・・・

ここの近くに そんな店があるって事なんちゃうん?

もしかして お店の人が 少しずつカップに入れて 配ってたってことなんちゃう?

そうやわ!!絶対そうや!!

私は確信にも似た気持ちで辺りを見回しました。

交差点のようになっているこの場所。

今朝もこの場所にいたはずですが、気が付きませんでした。

その一角に・・・・

あるではありませんか!! それらしい店が。

私は その店に入ってみました。

間違いない(多分)ここの店のシェイクだったんです(多分)だからこのポイントで、配ってくれていたんです。

あ〜〜どうして今まで気がつかなかったんでしょう。

でも ぎりぎりセーフで気がついた。

ここでいま買えば、冷たいシェイクを娘に飲ませてあげられる。

すごい!! やっぱり 思い続ければ 願いは叶うんです。

どんな形であれ(笑)


しかし店に入って注文の仕方が全く分からず、相手の英語も聞き取れず、向こうも日本語全く分からず、結局、バナナ味ではなく、りんごのような味のシェイクを注文してしまいました。りんごじゃない果物でしたが。名前忘れた。

今思えば、バナナシェイク バナナ バナナといえばよかった。

でも 冷たいシェイクを手に入れることができた。

娘が喜んでくれるかもしれない。

そう思って、また 娘が通る道に戻りました。

シェイクも持って ビデオを構えて、娘達がやってくるのを待っていました。


ハイウエイから降りて、まっすぐの道。

私が待っているところまで、300mくらいまっすぐの道が続き、そしてカーブを曲がって、また戻っていくようなルートでした。

ビデオを望遠にして構えていると、娘達がフレームの中に入ってきました。

きたきた。


娘は・・・


娘は・・・・



娘は泣いていました。

泣きながら 歩いていました。

それも わんわん泣いていました。

途中 何やら父親に対して怒っているような仕草をしています。

怒りながら 泣きながら 歩いているのです。


だんだん近づいて、私がいるのが分かってからも、私のことを無視して 歩き続け、

とうとう カーブを曲がって姿を隠してしまいました。


私はビデオを回しながら、

(ドラマやなぁ・・・人生やなぁ・・・いい時もあれば 悪い時もあって それでもゴールに向かって共に進んでいるんやなぁ・・・・)と 思いました。

ビデオを止めて 追いかけました。

娘は ハイウエイで私と分かれてからすぐに、ぐずり始め、泣き始めたらしいのです。

眠たい 眠たい と 言い続けていたらしい。


さて いよいよ 私の出番です。

シェイク飲む?といって 差し出しましたが 一口飲んで、もういらんと 返されました。

でも いいのです。

それでも いい。

そんな心境でした。

せっかく買ったのに。とか ずっとここでシェイクを飲ませてあげたかったんやで。とか なんにも思いませんでした。

なんで なんにも思わなかったんだろ?

自分でも不思議。


「よし のんちゃん もうちょっとやで ここまで来たら もうあと少し。ハイウエイが長かったんやから、それがもう終わったんやからな。」

そういって 手をつないで歩きました。

娘は ずっと泣き続けていたのに、もう泣き止んでいました。

「にこにこしたら元気が出てくるで。」

「何時間休憩したっていいんやから、ちょっと休んでから行くか?」

いろいろ話しかけながら歩きました。

ちょっと くすっと 笑える言葉を交えながら。

何を言ったか忘れましたけど。

思いっきり 気分を変えて歩きました。


この場所から また 私はバスに乗って ゴールで待っている予定でしたが、

できませんでした。


ここからずっと 娘と一緒にゴールを目指して歩き始めました。

あまり飲んでもらえなかったシェイクを 私が少しずつ飲みながら 娘と歩きました。


やっぱり バナナ味だと よかったのかもね。


つづく。

娘9 ホノルルマラソン物語 11  〜歩く 歩く 歩く〜

また バスに乗りました。

2ドル50セントをボックスに入れて座ります。

バスを利用している人は少ないです。

ビーチが綺麗で有名な『ハナウマベイ』に行けるバスなので、もっと人が乗っていると思いましたがそうでもない。

ハイウエイを走ります。

ハイウエイを降りてしばらくすると 約束していた場所でしたが、バスは道をそれて走っていきました。

道がそれる寸前で、娘たちをバスの中から確認しました。

このバスも ぐるっと回って戻るルートになっていたのですが、戻るまで乗っていると、娘達が、もう行き過ぎるかもしれません。

私は慌てて降車ボタンをおして降りることにしました。

約束の場所よりも1マイルほど遠ざかったポイントで降りることとなりました。

そこから歩いて 戻りました。

25キロの地点です。

マラソンランナーと逆方向に歩いていく私。

まさか もう一度この場所を通ることがあるなんてね。

それも歩いてね。それも逆方向にね。

1マイル戻って、約束の地点についたとき ほとんど待たずに、二人の姿を確認することができました。

どんないいタイミングやねん。と思いました。

娘は父親に脚を揉んでもらって また歩き始めていました。

私に気がついて 娘は

「おう」と声を上げ ニッコリと笑いながら近づいてきました。

足がかなり痛そうで歩き方がぎこちなくなっていました。

「まま どこまでいったと思う?行き過ぎて歩いて戻ってきてんで。

のんちゃんがバスの中から見えてん。それで 戻ってきてんで。」

娘はだまって聞いていました。

「のんちゃん もう 半分過ぎたんやで。ここ ぐるっと回ってまたハイウエイを渡ったら ゴールやで。」

と 少々 短めに 言ってみました。

「この場所にまた 戻ってくるから まま 待ってるしな。」

娘は また あまり休憩せずに 父親と歩いて行きました。

リタイヤする気はないようでした。

そこから 私は約1時間待っていました。

木陰を探して 芝生の上に座りました。

靴と靴下を脱いで 素足になりました。

こんな場所で 一人で芝生の上で一時間。

こんな時間を過ごすなんてなぁ。と 思っていました。

一時間は あっという間でした。


次に会った娘は まだ元気でした。

笑顔も見られました。

芝生の上で ストレッチをしました。

そして、私は次のバス停がどこにあるかわからないので、しばらく娘たちと一緒に歩くことにしました。

もう ほとんどランナーがまばらな状態なので 私が一緒に歩いても邪魔にもなんにもなりません。

この時点で出発から8時間ほどが過ぎていました。

ハイウエイを戻ります。

このハイウエイが長いんです。

娘の足取りは 重いものでした。


しばらく歩くと、私は用を足したくなり、ハイウエイの途中にある○ンタッキー店でトイレを借りました。

トイレに人が結構並んでいて随分時間がかかったので、このあとはバスに乗って、またハイウエイが終わった地点、カハラモール付近で待つことにしました。

バスを待つのも時間がかかりました。

娘たちはどのへんまで歩いただろうか・・・・そう思いました。

バスがやっと来て、乗り込むと驚きました。 なんと 初めてバスに乗った時の運転手さんだったのです。

なぜ、わかったと思いますか?

口笛です。

同じ曲を吹いていました(笑)

運転手さん 朝からずっと 吹き続けているのでしょうか?

私が乗った時だけ吹いてくれてるのですか?

なんてご機嫌な運転手さんなのでしょう。


バスに乗り込んで ずっとハイウエイのランナーを見ていました。

しばらくすると二人が見えました。

歩いています。

ここまできたら もう間違いなくゴールできそうです。

私は、カハラモールのバス停で降り、娘たちを待ちました。


つづく。





娘9 ホノルルマラソン物語 10  〜18キロ地点〜

バスの中で 電話が鳴りました。

「いまバスに乗れたし、ハイウエイを降りたところで待ってるわ」というと、

「もう のんちゃん 『まま まま』いうてる。」

「え???」

「『ままはまだ?』ばっかりいうてる」とのこと。

ということで、私の到着の方が遅くなるかもしれないけれど ハイウエイにあがる手前で待っていてもらうことにしました。

が 結局 娘たちのペースが遅く、待たせることなく 私が先に到着し、娘たちに会うことができました。

7キロ地点で 元気ハツラツだった娘は、すっかり体力を消耗し、もう走れないほどでした。

私は、

「前に走ったときは もうすぐリタイヤしたんやで。どう?まだいけるか?」と聞くと、

「うん」と

娘は 諦めるつもりは全くないようでした。が

走るつもりも全くないようでした。

「次は のんちゃんが待っててくれたところで 待ってるし、そこまでおいでや」と声をかけて 別れました。

娘と主人は 歩いてハイウエイを上がって行きました。

この時は、娘たちと同じペースで走る(歩く)ランナーがたくさんいました。

ランナーに隠れて娘達が見えなくなりました。

姿が見えなくなるまで見送りました。


近くにあった カハラモール(ショッピングモール)で私は朝食をとり、そしてまた バスに乗りました。

このペースで歩くとなると・・・これくらいの時間につくだろう・・・

大体の時間の予想はつきましたので、それに合わせて次の地点へと向かいました。


つづく。





娘9 ホノルルマラソン物語 9  〜The Bus〜

さぁて バス停はどこだ?


主人から 「あっちの方。22番のバス」という 貴重な情報をいただいており、

その情報に基づいて 歩いて行きました。

思ったより 私の足が遅くバス停の確認ができないまま バスの発車時刻が近づいていました。

大きい交差点に着いた時、22番のバスが 横切るのが見えました。

あれか?

あっちの方向か?

この時点で 方向もいまいちわかっていません。

道を一旦わたりましたが、

ここはアメリカ、右側通行。

また道をわたりなおす。


おいおい どこがバス停なのよ。

バス停のマークぐらい聞いておくんだった・・・・。


私は そう思いながら歩き続けました。

「The Bus」と書いてあるのが バス停です。

黄色い看板でした。案外小さい。

でも わかってしまうと結構 あります。この看板。

でも 22番という番号がない。

ここで待っていても 22番は止まってくれないのか?と 思いながら、もう一つ先のバス停を目指します。

どこまで歩くんじゃい。

乗ろうとしていた時刻のバスは もうとっくに出ています。

次のバスを目指しますが、それにも乗れるかわかりません。

あららら・・・どうするかなぁ。


横断歩道で立ち止まって、ふと 横を見ると、22番のバスが横に止まっています。

お〜〜〜これじゃないか このバスに乗りたいのよ。

乗せてよ。バス停どこかわからんし、今乗せて頂戴。

と 一瞬のあいだに思って、バスをノック。

運転手さんに

「のりたいねん。ここで乗せて。」と身振り手振り。

すると、運転手さん ドアを開けてはくれましたが、

「ここではダメ。少し先にバス停があるから そこまでいけ。」と言っているようでした。

少し先のバス停。

それがわからんから 乗せてって いうてんねんけど。と 思いながら、

「少し先ね OK OK」 みたいなジェスチャーをして 歩き始めました。

バスも動き出し、本当に少し先で止まりました。

私は 慌てて走りました。

私が乗せてくれ といったから 止まってくれていたようでした。

よかった〜〜乗せてくれと言って それを言わなかったら、バスは乗客がいないと通り過ぎるところでした。


乗ったとき、バス停の看板を確認してみました。

22番とは書いてありませんでした。

もし このバスが信号待ちで私の横に止まらなかったら、私はこのバスに話しかけていませんし、乗れなかったし、このバス停も22番はとまらないのか と また 歩き続けていたのかもしれません。

いいタイミングでバスがきて いいタイミングで私が気がついてよかった〜〜〜奇跡やな。これ。


バス料金は 2ドル50セント。

2年前より25セント値上がりしています。

バスはおつりが出ませんので、1ドル札と25セントコインをたくさん持っておく必要があります。

2年前 主人はこのことを知らず、乗客に 両替してくれないか?と 申し出たそうですが、みんなに無視されたそうです。

今回 そのことを知っていましたので、たくさん小銭をもっていました。

でも、見てみると 乗ってきた人が 5ドルをいれると、なにかチケットのようなものを受けっていたので、もし2ドル50セントがなくても5ドルあれば、ちゃんとおつり替わりのチケットが出るのかもしれません。(確認していないのでわからないんですけど)

そんなこんなで ようやく バスに乗れた私。

バスの運転手さんは 陽気な人でした。

ずっと口笛を吹いていました。

聞いたことがあるメロディでしたが、曲名はわかりません。

ずっと ずっと エンドレスで吹いていました。

その口笛を聞きながら

(今頃、もうハイウエイあたりを走っているころだろうから、これで、ハイウエイの先の地点で降りれば 3年前と同じ場所で待っててあげられるなぁ)と 思っていました。

そう 思っていると 私の携帯電話が鳴りました。


つづく。

娘9 ホノルルマラソン物語 8  〜走っている間〜

娘がスタートしたので あとは無事にゴールしてくれるのを祈るのみ。

何時間かかるかわからないけど、その間、私には時間がある。

じっと待っていても仕方ないから、エステでもしようかしら? それともプール?・・・・と 頭をよぎりました。



私が走った3年前。

主人は、娘と私の母を連れて 28キロくらいの場所に来てくれていました。

この場所は エイドステーションになっており、25キロ地点と28キロ地点が交差する場所なので 同じ場所で待っていれば2度応援することができます。

私の時は、28キロの時に会えたので1度だけでしたけど、途中の地点で待っていてくれるなんて思ってもいなかったので とても嬉しかったのと とても寂しかったのを覚えています。

会えて嬉しいんですけど、またすぐみんなのもとを離れて走り出さなければならないときは寂しかったのです。


2年前 娘はハイウエイに上がったところでリタイヤしました。

ハイウエイの上がり口は約18キロ地点。

それから6キロほどハイウエイが続き、3キロほどその先をクルッと回って、もう一度ハイウエイを走ります。

ということは、今回は 娘はもう少し頑張れるにしても ハイウエイの手前で一度エールを送りたい。

もし そのまま走り続けられたとしたら、

3年前に待っていてくれた同じポイントで、今度は私が待っていてあげられるかもしれません。

以前待ってくれていた場所は、25キロと28キロが交差するハイウエイを降りた場所です。

出発してから1度目のエールは、私たちが泊まっているホテル前。

そこは7キロくらいの地点です。

ということはですよ、

いってらっしゃい〜〜と スタートしてから 私は ホテルの方へ戻ります。

その場所で、娘たちを待ち、7キロ地点で一度目のエールを送り、

次に、バスを利用してハイウエイの手前まで先回り、

そこで2度目。

またバスでハイウエイを越えて、25キロ地点。

そこでしばらく待って 28キロ地点。

またバスを利用してハイウエイを降りた地点。

そして 最後にゴール地点。

 
娘が走り続けるだけ 私も応援し続けるということです。

なので エステもプールも昼寝も できません。

というわけで、ここからは ホノルルマラソン応援物語です。


一度目のエール。

娘は 元気ハツラツでやってきました。

少し屈伸をしただけで

「ぱぱ 早く!」といって、あっという間に走り去っていきました。

ペースもものすごく早く、もちろん私の時よりも早く走っていました。


それから 私は部屋に戻り バスの時刻表を見ていました。

次はハイウエイの手前で 待とうと思いましたが、

バスの時刻表を見てみると 娘達が通過するときに、そちら方面に向かうバスがまだありません。

なので ハイウエイを降りたあたりでないと待っていてあげられなさそうでした。

トロリーバスには 何度ものっていましたが、地元のバスに乗るのは初めてで、バス停がどこにあるのかもわからない状態でしたが、3年前の恩は返さないといけません。

私の時には応援に来てもらっているのに、娘の時には エステしてる場合じゃありません。

(これって 私が 一度走ったことがあるから できることだよな・・・)と 思い始めていました。

場所がわかるのも 私が一度走ったから。

バスで行けるというのも みんなが一度きてくれたから。

なんでも一度経験しているというのは 強い。壁をひょいと乗り越えられるものなんですね。

日本の地元でも 方向音痴の私。

バスや電車に乗るのも なんだか苦手意識がある私。

道も全然覚えられない私が、ハワイの土地で地元のバスに乗って娘を応援しようとしている。

なんと素晴らしい。

お父さん お母さん 私こんなに大きくなりました(笑)


そんなことを考えているうち バスが出る時間が近づいて 私は部屋をあとにしました。


つづく。




娘9 ホノルルマラソン物語 7  〜娘の思い〜

朝ごはんを済ませて スタート地点まで歩きます。

外は 真っ暗。

朝4時頃です。


歩いていく道中 私はビデオを回していました。

以下は そのビデオから一言一句もらさずおこした言葉たちです。


*********************************

私「のんちゃん 今の気持ちは?」

娘「いや・・・ なんにもない」

私「なんにもない・・・・」

私は、なんにもないという言葉をただ繰り返しました。

すると娘は 今の気持ちに全く関係のないようなことを話しだしました。私は、何を話しだしたんだろうという気持ちではじめは聞いていました。

娘「なんか みんな あのな ○○くんのさ 赤のなボールペンのバネがな ある時とれてん。」

私「ほう」

娘「で それ なんかみんなでさがしてあげていうて なかったから やってて 終りの会でのんちゃんが あの 言う紙(終わりの会で司会がいうセリフが書いてある紙の意)をなおそうとおもったら なんか けっちゃって」

私「ほう」

娘「 で みたら バネやってん」

私「ほう」このあたりまで 何の話?と内心思ってました。

娘「それ ○○くんが あるときにな ナイスっていわれたからな」
ここで少し神妙になり

娘「そのナイスの言葉がぁ 嬉しかったからさぁ・・・。」

私「うん」

娘「なんか また 今日もなぁ」

私「うん」

娘「完走してぇ みんなの宿題をなしにしてあげたいなぁと 思う」

私「うん そやな。それで ナイスって いわれたいん?」

娘「うん!」

私「あきらめなければ できるわ」

娘「でも ゆってくれるかわからへんけどなぁ」

私「ゆってくれるわぁ。完走したら。」

娘「・・・・・。」

私「そのことば 思い出して がんばろな」

娘「うん」

5歩ほど沈黙で歩く

娘「あんな 応援してくれると おもわへんかってんけど」

私「いくときなぁ」

娘「うん」

娘「でも○○とか そのとき外で遊んでたで その時 サッカー好きやからさ。なんか 今は何か 6年と対決するのが 4年とか3年と6年で対決するのが面白いんかな。のんちゃんはぁ絶対ボールを取るということが目的でーす。まぁディフェンスっていえばいいのかな。」

途中録画が途切れる

娘「ゲームのためにも頑張りたいかな。でも一番みんなのためにがんばりたいなぁ。
だって のんちゃんが完走できたらぁ・・・・。 完走できたらぁ・・・・。全員が宿題なしになる条件があるからですっ!」

娘 少々恥ずかしそうに「はい ビデオ停止!」


***************************


娘は そう言って スタートしていきました。

娘の心の中には 【みんなが喜んでくれる】という思いが とても大きいんだなぁと分かりました。

これが2年前だったら 同じ条件を出されたとしても、ここまで思わなかったのかもしれません。

そして 一度友達に 「ナイス!」と言われたことが 娘にとって とても嬉しい出来事だった。

そんなことが あったなんて 知りませんでした。

たった一言 友達からの「ナイス!」

それを もう一度 言ってもらえるかもしれない。

娘は その一心で スタートしていったようでした。

こんな気持ちを もっているなんて・・・・

このフルマラソンに挑戦しなければ わからなかったかもしれない娘の心の成長でした。


つづく。





























娘9 ホノルルマラソン物語 6  〜10年〜

次の日 一日過ごして 夕方早めに就寝し、そして現地時間の2時頃起床し 5時にスタート。

そのようなスケジュールでした。

とにかくプールに入りました。

この日も 涼しいという印象。


夕方早めに食事を済ませ、マラソンの準備を始めました。

シャツにゼッケンを付け 靴にタイム測定のチップをつけます。

いよいよ きたか〜〜って 感じです。

私が走ったときのことを 思い出します。

3年前のあの時、私が先にベッドに入って眠りかけていると、娘が裸で走ってきて、「まま 頑張ってね」 といって 父親とお風呂に入っていきました。

その時 (私は 出産時に このホノルルマラソンに出るぞ と決めたんだよなぁ あの時も娘は裸だったなあ・・・)と 思ったことを思い出しました。

あの時 裸で生まれた娘。 

その時に決意したホノルルマラソン。

10年たったら その生まれた本人が走ることになるなんてねぇ。

もうすぐ娘は10歳です。

そんなことを 思います。


テーブルの上に シャツと靴を並べ そして お友達がくれた お守りも並べました。

出発前に 折り紙で作ったお守りと フエルトで作ったクリスマスツリーをもらっていました。

記念写真をとって 就寝。


次に起きてきた娘は テンションが高く 今から始まる フルマラソンに興奮しているようでした。


つづく。

娘9 ホノルルマラソン物語 5 〜粋な計らい〜

2年ぶりのハワイに 到着しました。

今回初めて大韓航空を使い、ソウル経由でホノルルまでやってきましたので、長い旅でした。

南国に行ったつもりが まさかの雪。

ソウルの空港では雪が積もっていて驚きました。

そしてソウルからまた10時間足らずで 南国の島につくのですから、

地球の私たちが生活している空間というのは ホンの少しの貴重な空間で衣服を調節したりして生きているんだなぁと実感しました。

もう少し地球が太陽から距離があったり逆に近かったりしても 私たち存在していないんでしょうね。

そんな奇跡の空間でいきてるのね〜〜〜と 思いながら着いたハワイ。

ですが こちらもなんだか そんなに南国な感じはしなかったのです。

秋って感じでしょうか。

日本に秋がなくなって ここハワイで秋を感じたような そんな感じでした。


娘は今回初めて 機内食が出る時間に起きており、今回初めて大人と一緒の食べ物でした。

今までは子供用で それもいつも寝ていた。

起きれるようになって大人用の機内食。

うまくなっています。

ハワイに もうすぐ着く という時 娘はトイレに立ちました。

すると 斜め前の席のおばさまが娘を見て

「かわいいねぇ」と 声をかけてくれました。

娘は父親とトイレに行ったので私が席に残っていました。

「あのこ 女の子なんです」と 私がおばさまに話すと驚いていました。

多分おばさまは 可愛い男の子ね と 言いたかったんだと思ったからです。

どこから どう見ても男の子の格好 風貌なもので。

「マラソン走るの?」と聞かれたので、今回で2度目で2年前のリベンジだと話しました。

そのおばさまはお友達の付き添いで今回は応援だとおっしゃっていました。

トイレから戻った娘に

「すごいね がんばってね」と 声をかけてくださいました。


ホノルルマラソンに参加するには、当日までにコンベンションセンターというところにゼッケンやタイム測定のためのチップを受け取りに行かなければなりません。

娘のハワイでの楽しみは ホテルのプールです。

ハワイについたら すぐプールに入るぞ!!と 思っていたようですが、まずはコンベンションセンターに行かなければなりません。

ハワイについたのが午後2時頃で、受付に行ったりしていたら 4時5時になります。

「今日はプールは無理じゃない?寒いし(寒いという印象だったんです)」というと、

一気にテンションがた落ちの娘。

「とにかく受付にはいかないといけないから、まずは着替えよう。」

娘は水着に着替えたがりましたが そこは なんとか 思いとどまらせて、

Tシャツ短パンに着替えていたその時、

「まま!!切れた!!」と。


そうなのです。

ミサンガが 切れたのです!!!

ハワイについて 初めて着替えるというその時に

ミサンガが切れる。

それが 神様の作ったシナリオでした。


いや〜〜〜ほんとに切れるんですね。

こんな いいタイミングでね。

「これは 完走できるっていうことやな まちがいないな。」といい、

私たちは コンベンションセンターへ向かったのでした。

私は内心、下手なことしなくてよかった〜〜

神様 やるね〜〜

神様のやること 邪魔しないでよかった〜〜〜

粋だね〜〜〜


コンベンションセンターに向かっていると いかにも 【明日 走るんです】という人たちと たくさんすれ違います。

みなさんも受付に行かなければなりませんもんね。


私たちが コンベンションセンターに着こうとするとき おばさまの団体とすれ違いました。

すれ違ってから あっ!!と 振り返りました。

すると おばさまの一人も 同じタイミングで

振り返ってくれました。

その方は、飛行機で声をかけてくれたおばさまだったのです。

私たちは手を振り合い別れただけでしたが、

もう一度 頑張ってね と 言ってもらったようでした。


神様 またまたやるね〜〜〜


がんばってね できるよ!!と ミサンガの神様からもおばさまからも応援してもらい いよいよ次の日は ホノルルマラソンスタートです。


つづく。



娘9 ホノルルマラソン物語 4 〜ミサンガ〜

私は ハワイに出発する前から、あることを考えておりました。

ある思いが 私の頭の中を大きく占めておりました。


どうするべきか・・・・・

私が手を下すべきか・・・・


というのは、

娘が9月の初めに自分の足首に結んだミサンガ。

娘はこれまでに 何度か私に聞いていました。

「これが切れたら 完走できるってことやな」

その度に

「そうやなぁ そういうことやなぁ」と答えていました。

私自身 幼い時に結んだ記憶があったようななかったような・・・

何に対して願ったかも忘れましたが、切れて願いが叶ったという記憶なく・・・・

でも 娘は信じています。

娘にあまり 完走の覚悟のようなものが 出発前までは感じられなかったこともあり、

これは ミサンガさまの お力をお借りするべきか。

と考えておりました。

いいタイミングで 切れてくれれば 娘の完走に一役買ってくれるかもしれないと。


ハワイ出発前に 日本でミサンガをチョキンとやるか。

フルマラソンスタートの前日に 寝ている娘の足元に忍び寄り

ハサミでチョキンとやるべきか。

そこで私が名女優となり

「のんちゃん!!ミサンガ切れてる!!これで完走できるんちゃう??よかったなぁ!!
わーい わーい」

と 派手にやって 娘に【ミサンガが切れたんだから できるはず】 という 思い込みパワーをプレゼントしてやるがいいか。


う〜〜〜ん

でもなぁ・・・・

それって どうなん

私がしてしまったら 神様が用意してることが できなくなるよなぁ・・・


もしかして・・・・

スタートしても切れないけれど、娘が

「もう だめ。リタイヤしたい・・・・」と おもった瞬間に

プチンと 切れて

それを見た娘が

「切れた 切れた!!切れたから ゴールできる!!」と 元気とやる気を取り戻す。


なんていうドラマが待ってるかもしれないのに

私が 事前に チョキンと やってしまったら、

その 神様が用意した 素敵なドラマを阻止することになってしまうしなぁ・・・と


結構 真剣に 考えておりました。


私が ドラマチックを作ることができるかもしれないけれど 

本当に神様がどうするつもりなのかを 見るのも面白いかもしれない。


そうだ 神様がすることを 見せてもらおうじゃないか という心境にいたりました。


ハワイに出発前か スタート前か 走ってる途中か ゴール直前か ゴール後すぐか

もしかして ずっと 切れないままかもしれないけど、でも私が手伝うのはやめよっと。

どんなドラマを神様が用意してくれているか 楽しもう。

そう思ったら ミサンガのことは もう 私の頭の中から ほとんど消えていました。


そして 出発。

娘のミサンガは まだ しっかりと娘の足首に結ばれて ハワイの地までやってきました。


つづく。

娘9 ホノルルマラソン物語 3 〜覚悟した娘〜

あまり練習もしないまま とうとう出発が近づいてきました。

学校を1週間ほど休みます。

休む連絡は、2学期に入ってすぐにしていました。

娘は2年生の時に一度挑戦していること、その時は15キロほどでリタイヤしたことなどを先生に伝えていました。

そして 出発当日。

午前中で早退して、昼から空港に向かうことにしていました。

父親が、教室まで迎えに行くと、みんなが応援してくれて娘を送り出してくれたということでした。

帰宅した娘は、

「みんなのためにも がんばらな・・・」という言葉を口にしました。

娘が もし完走できたら ハワイから帰ってきて登校する月曜日の宿題が みんなの分なしになるというのです。

娘は興奮気味に、私に話してくれました。

「みんなの分 宿題なしになる」

このことは、今の娘にとって とても大きなことでした。

出発時に みんなが応援してくれたこと。

完走したら みんなの宿題がなしになること。

この二つの出来事が 娘に覚悟をさせたようでした。


「みんなのためにも がんばらな・・・」

娘が 独り言のように 小さな声でつぶやいた声を 今でも忘れることができません。


【覚悟】を 娘が決めた 出来事でした。

娘9 ホノルルマラソン物語 2 〜覚悟してる?〜

もう一度 挑戦したい!!といった娘。

父親は 練習を始めました。

今回も私は応援 父親がサポート。


しかし当の本人は 練習する気がありません。

自転車での練習は好みますが 長い時間走る練習はなかなか取り組みません。

なので 国内の大会にエントリーしそこで走ることが練習のような形でした。

でも本人は

「のんちゃん 毎日練習してるで。学校でサッカーしてるし、毎日学校行ってるし・・・」

まあ いつも重たいカバンを抱えて 15分歩いてはいるけれど・・・


国内の大会は小学生はせいぜい3キロがほとんどなのです。

一度7キロのコースがあり、そちらを走りましたが、この時は 休憩ポイントがあるから そこまでがんばろうと 言いながら走り続けたら 結局休憩ポイントがなくて 7キロ止まらずに走り終えちゃった。ということがありました。

これが一番長い距離を走った練習になりました。

あとは自転車で近所の木津川の堤防を走る。くらいでしょうか。

そうそう 夕御飯を食べてからハイウエイを走る練習をしようと夜ランをちょっとしました。

それもほんのちょっと。


そんなに 完走したいという気持ちはないのかもな・・・ただ ハワイにまた行けるし・・・と思ってるのかもしれないなぁ・・・と 思っていると

「ままぁ 今日 学童でミサンガつくってん。のんちゃんな 完走できますようにってお祈りしてん」と9月の初めに帰ってきました。

ミサンガというのは 紐で編んだ輪で足首に願いを込めて結び、それが切れた時に願いが叶うと言われているものです。

ミサンガのお祈りが 完走なんか・・・・そしたら まあ 完走したいとは思ってるんやな・・・と 私の目から見た娘の覚悟は それくらいのものでした。

つづく。

スプリング

二つのスプリング 「春」と「バネ」


なんだかわからないけど いい感じ(笑)

春からいいことありそうな・・・

だったらいいね

娘9 ホノルルマラソン物語 1 〜物語の始まり〜

物語の始まりは 3年前。

私がホノルルマラソンに完走した瞬間から 始まっておりました。


その時 娘は6歳。

母がなにやらやろうとしている 父それに祖母もついてきてみんなで、応援だ。

そんな感じで ハワイについてきたのでしょう。

ゴールして 私がもらった 完走のメダル。

娘は それに釘付け。

「のんちゃんも メダルが欲しい」

そう言い始めました。

主人は 日本で行われる大会でメダルがもらえるところを探しエントリー

無事完走して(3キロ)メダルをもらうことができ 一件落着かと思いきや

「こんなメダルじゃない。ママと一緒のが欲しい」

そして 次の年。

娘7歳。

ホノルルマラソンにエントリーできる最年少で参加。

意気込んで参加しましたが 約5時間ほどでリタイヤ。

私が迎えに行った時には 父親に抱かれて爆睡。

しかしその翌日だったでしょうか。

娘は

「今度は ぜったいあきらめたくない」と すぐにもう一度挑戦するという気持ちを示していました。

そして 2年後の今回。

リベンジを果たすべく ホノルルへと向かったのでした。


つづく。

神明

神明

十字架

工務店

折り鶴

ルミナリエ

新年会

今日は お仕事のお休みをいただいて

新年会。

知り合いのお宅に訪問するはずが お宅が片付かないという理由で

ホームパーティは延期。

どこかお店でランチをしようということになりました。

どこに行こう?と 話していると、

のんちゃんが気に入ってくれそうなビュッフェがあったよ。

と いって教えてくれたのが

高の原イオンの中にある

『スイーツ&ダイニング キャリーアン』 というお店でした。

メインのお料理を決めて あとの サラダや お惣菜や スイーツやパン ラーメン等は ビュッフェになっています。

また メインのお料理を頼まなくても お惣菜だけのビュッフェだけでも良い というのが嬉しい。

メインの料理も ハンバーグやステーキやパスタが それぞれ数種類用意してあり その中から選べます。

また このお店はビュッフェ形式のお店によくありがちな 時間制限というものがない。

好きなだけいられるのです。

ゆっくり友達と話をしながら食事ができるレストランです。

近くに住む友人親子も 参加できない予定だったのが 参加できることになり遅れて到着しましたが、時間制限がないこととビュッフェスタイルなので 私たちは先に食事をしていましたが、到着してから スイーツを取りに行ったりして 同じように食べることができました。

久しぶりに会う 友人親子は中二の女子親子。

話題は高校受験。

もうひとりの友人夫婦のご主人の方は 高校の先生なので いろいろと質問していました。

中二女子母は 高校受験のいろいろな知識を持っていました。

「まやも もうすぐ 考えなあかんで。」と言われましたが、

うちの目下の問題は 娘が中学の制服のスカートに抵抗があり 制服がスカートだから中学に行きたくないと言っていることだというと 大爆笑でした。

住んでいる世界が 違いました(笑)


中二のおねえちゃんは 娘と遊んでくれて 娘もコロコロケラケラよく笑い 笑いのたくさんある新年会となりました。

また 次回

お宅が片付いたら 新年会第二弾が開催されるのを楽しみにしておりまぁす(笑)



お年玉

娘がぱぱから年玉をもらいました。

スキーの道具一式。

買ったあとに

「これ お年玉」と 娘に言ったそうです。

娘は 帰宅するなり

「まま!!ぱぱにお年玉もらった!!」と

喜んで帰ってきました。


娘は 一度悲しんで そして 喜ぶを 繰り返してますね。

よかったね。

のんちゃん。

正月二日。

今日は実家にご飯を食べに行きました。

母は「もうなんにもしいひんで」と言っていたのに、

行ってみると、いろいろできていました。

「これぐらいは しんとな」

母のこれくらいは 私の全力以上です。

やっぱり お母さんのご飯は最高です。

お正月なのに ロールキャベツがありました。

去年の11月 私の誕生日を忘れたので 罪滅しだそうです。

久しぶりの ロールキャベツ 最高でした。

弟家族も来たので、娘がマラソンを走った様子をとっていたビデオをみました。

私も見るのは初めてでした。

改めて見てみると、娘が走る前に言った言葉が、はっきり録音されており、なんというか、その時はまとまりのないようなことを言ってると思っていたのですが、娘の気持ちを娘の言葉でしっかりと表現しており、いいこというてたんやなぁと思いました。

普段の生活では 娘の言う言葉を録音していないですが、もしかして たくさんのいい言葉を発していて、私は大部分を聞き逃しているのかもしれないと思いました。

正月二日の出来事でした。


ちなみに 娘は父親からお年玉をもらえませんでした。

娘は昨日は「ぱぱいつくれるかな?」と期待していましたが、

今日は、もう諦めたようです。

おかげで娘と私は、交換日記をすることになりました。

娘がメモ用紙で 今の自分の気持ちを私にたくさん知らせてくれるようになったからです。

もちろんお年玉の件について。

娘との交換日記1月1日からスタート。

お年玉の件があったからです。

おかげさまでありがとうございます。

指揮者

指揮者

冷たいお餅

あけましておめでとうございます

昨夜は 早々に床につき

年が明けたとき 娘に

「まま おめでとう」といわれ、

初日の出を見に行こうといっていたのに

起きられず

あ〜〜みれなかったな・・・と思っていたら

初日の出の画像が 母から送られてくる という

朝を迎えました。


あけましておめでとうございます

いい天気ですね


今年は どんな 泣き笑いがあるのかな?

泣きも 笑いも ありがたく頂戴いたします。

今年もよろしくお願いいたします。

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摩耶
京田辺在住です。

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