なんだかなぁ

大事に履いていた靴を修理に出そうと思った。

以前、友人が、メーカーに出すよりも靴の修理屋さんのほうが安くで、直してくれるよ。と教えてくれていたので、靴の修理屋さんを探して持っていきました。

娘が料理教室に通っている、高の原イオンに靴の修理屋さんがあることを知り、料理教室の日にもっていこうと思っていたのです。

そして、靴を出したら、

「これは劣化ですね。無理ですね」

もう一足出したら、

「買った方が、早いですね」


そんな言い方、ないでしょ。

劣化とか、もう履きつぶしてしまっているのはわかってるねん。

だけど、修理屋さんやから、復元できるのかと思って持ってきてんねん。


靴屋さんにもっていって、こういわれたのならまだしも、

靴の修理屋さんにもっていって、こういわれたのが、なんだかなぁ…。


まだ、履きたいと思っているから、ここに持ってきたってこと、わかってんのかな?

もう少し、靴に対して、愛情を持った言い方をしてほしかったです。


言っていることは、決して間違っていないのでしょう。

でも、言い方ってあるでしょう。

客商売なんだから、その辺、勉強してほしいです。


どなたか、靴に愛情を持っている靴の修理屋さんご存じないですか?

奥琵琶湖キャンプの旅〜こどもの国〜

キャンプ二日目は、『琵琶湖こどもの国』というところに連れて行ってもらいました。

とっても広い敷地に芝生の広場あり、いくつものアスレチック遊具有、へんてこな自転車有。キャンプしている人有り。

そして、建物の中では、娘が最近やりたいと言い出していた、ウォールクライミングというのでしょうか、それがあるではありませんか!!

なんだ!ここは!!

こんな場所が、あったなんて!!

ほんとについ最近、ウォールクライミングができるところないかな?と探していたのです。

調べてみると、これは滋賀県の大型児童館らしいのです。

どでかい児童館ですね。


ウォールクライミングは2種類あり、大きなボードは、申込制で、小さな方は、自由に遊べるようになっていました。

こちらに到着してすぐに、申し込みが本日分締切になってしまったので大型の方は体験できませんでした。

他にも、水の上を透明なボールの中に入ってコロコロ転がる「ころんころんぼーる」と呼ばれるものもあり、こちらも申込制で、受付終了。

朝9時から、受付開始なので、次回は9時に到着できるようにいかないといけません。

一日ここにいましたが、ほんの一部の遊具でしか遊べないほど、たくさんの遊び場がありました。

娘は、もう10歳なので、こんな場所で遊びたいというのも、もう少しのような気がします。

あ〜〜ここを知るのが遅かった!!と思ったのが正直な感想。

小さいお子様がいらっしゃる方はぜひ一度連れて行ってあげてくださいね。


友人がキャンプに誘ってくれて、いろんな新しい発見がありました。

自分が知らない世界がいっぱいありますね。


あと何回連れて行ってあげられるかわからないけれど、できるだけ、連れて行ってあげたいと思いました。


キャンプに誘ってくれてありがとうね。



奥琵琶湖キャンプの旅でした。 おしまい。

やりたいことスケジュール

夏休みから、やりたいことスケジュールを書くようになったら、運動会の翌日の今日、USJに行かねばならないことになりました。

そうです。どうしても今日なのです(笑)

というわけで、元気に行ってきます!!

プレオープンの時に一度、5年前に一度行ったっきり、行っていません。

娘は、初めて!

さてさて、どんな感想を持つでしょうか。


では、行ってきます!

心に残る一場面。

雲一つない、澄み切った青空の下。

本日、一生に一度の娘の運動会が行われました。

リレーの選手に選ばれないようにわざと遅く走るとか、5年生は準備もしなあかんから大変やとか、今日は組体操を最後まで通したから、疲れてるねん。とか、なんやかんや今までより、学校での様子をよく話してくれていた、9月でした。

学校から帰ると、家人が早く帰る日は、リレーの練習をしに行ったり、家では組体操の練習をしたり、かなり気合が入っていた今年。

今朝は、それぞれ別の学校に通っている幼馴染の友達二人に「運動会がんばろな」といいたいと電話をするほどでした。


今年は、見ごたえがありました。

競技に出るだけでなく、準備や他の学年の協議の手伝いなどをするので、出番が多いのです。


何をするにも、にこにことこちらを向いて、少し手を振るかわいい姿は、私の心に残る映像ベスト3に入ります。

私の母と二人で、「かわいいなぁ。かわいいなぁ。誰が産んだんや。誰の孫や?親の顔が見たい。おばあの顔がみたい」などと言い合いながら、親ばか婆ばか全開で見ておりました。

こんなバカになれるのも、もうあと一年なのですね。

そういえば、他の授業参観とか、学習発表会とかでは、こんな風に思わないんですよね。

運動会だけは、わが子がかわいく見える。

遠いから?(笑)外だから?(笑)

お日様の下で見るわが子は、かわいいのかもしれません。


校長先生の最後のあいさつで、「当たり前のことが、当たり前にできたことが嬉しいですね」とおっしゃいました。

東北では、運動会って、やってるのかなぁ?と思いました。


いろんな思いを抱えて、頑張った運動会。勝つことはできなかったけれど、一番最初に、どんな声をかけようかと考えました。

娘が一番上手だった、お辞儀を誉めてやろうと思いました。

どの子よりも深々と頭を下げていましたから。


お日様のもとで、深々と頭を下げ、こちらをチラッと見てニコッと笑う。


いつまでも、いつになっても、この場面は思い出すことができるでしょう。


娘に、苛立つ日があるときは、お日様の下に連れていき、少し離れてみてみるといいかもしれません(笑)



千日ブログ。150日目。

150→ひやくごじゆう→飛躍ご自由→どんなことも、自由に飛躍できるのではなかろうか?

かんぱ〜〜い











再び座辺師友へ。

今日は、お久しぶりのお友達二人と共に座辺師友へ。

道中での会話はまた100日修行の話(笑)

みんな100日修行したいのだ(笑)

同じ道で、同じ会話。

今日のお話は、公にできる話もできない話も含め「体」の話でございました。

そして、一番驚いた話は、8月に体験した娘のじんましんのこと。

友人は薬剤師さんなので、娘がどういうことに反応してじんましんが出たか、そして、一度引いたのにまたなぜ全身に広がったのかということを、解説してくれました。

すごいな すごいな つじつまがぴったり合うじゃないの。

こんなことがわかる友達が、目の前にいるということに驚きました。

公にできる話もできない話も大いに盛り上がり、あっという間にお昼の時間が終了。

もちろん、お料理もおいしかったです。

もう体を温める食事に切り替えていかないといけないらしい。

切り替えるの遅いくらいだって。

毎日、しろくまくんのかき氷食べてたらあかんらしい(笑)

お店はほぼ満席でした。予約しておいて、よかった。


というわけで、本日も楽しいおいしい座辺師友の旅でした。


つれていって〜〜という方、お連れしますのでお知らせくださいね。



一言メッセージ

テープ

千日ブログ。今日で149日目。昨日は危なかった…。

女神様に守られて

今日は女神様に守られて、なんとか一日を過ごせました。

100日ブログをはじめて、終われなくてずっと、続けてしましたが、今日ほどやる気がでない日はありませんでした。

今までなんだかんだいって、元気だったのだなぁと思いました。

今日はこれにて。


一言メッセージ

80才

こんなのが好きかも

今日は、楽しい一日でした。

予定どおりが、予定通りでなく、ハプニング有。

そして、それを何とかクリアする。

頭も体もフルに回転。

卓球かテニスのダブルスという感じ。

こちらは、二人だが、相手は11人。

途中「まだ給水ポイントは来ない?」と言われ、「もうすぐ!」と励ます。

お互い、できる限りのフォローをしあい、試合は終了した。(私はフォローされたけど、相手はフォローされたと思っているかはわからないが)


いつもは あ〜〜疲れたなぁ 大変だったなぁ の言葉しか出ないのに、今日は、「楽しかったなぁ」という言葉が出た。

試合途中、私はこんな人生が好きなのかもな…。と、思っていた。

何にもなく穏やかに流れる人生もあるかもしれないけれど、予想外のことが起こり、大慌て、それでもなんとか乗り切って、前へ進む。

私の人生の、ほんの一瞬の今日でしたが、今日は楽しい一日でした。

仕事が楽しいと思えるなんていいなぁと、思いながら、仕事してました。

こんな風に思えるまで、2年かかりました。

石の上にも2年です(笑)

奥琵琶湖キャンプの旅 〜お手当法〜

子どもが六人。

娘が一番上のお兄 いえいえ お姉ちゃん。

2歳下の男の子が3人。

その下の女の子 も一つ下の男の子。


娘は、女の子と遊ぶのを楽しみにしておりました。

女の子も、「のんちゃん のんちゃん」と言って、一緒に散歩に行こうと誘い、そしておんぶをせがんでいました。

二日目の朝も おんぶをして、散歩に出掛けた二人ですが、しばらくして、「こけてしまった」と帰ってきました。

娘は、膝をすりむいていました。

女の子をおんぶしたまま、溝のふたが、途切れているところがあって、そこに足がずぼっと入ったらしいのです。

女の子が無事でよかった。

娘の足だけが、負傷しておりました。

娘は一人だったら、泣いていたでしょうが、泣かずに帰ってきました。


娘の膝をシャワーで、よく洗いました。

流水でよく洗い、拭いた後、「乾かしといたらいいわ」と言ったとたん、

「乾かしたら、あかんねんで」と友人が言いました。


「擦り傷は、よく洗って乾かしたら治るんじゃないの?」というと、それは昔の考え方なのだとか、今は、ガーゼなどで患部を覆い、自分の体からでる浸出液?で、治すのだそう。

乾いてしまって、かさぶたができると、かさぶたがはがれたときに、また初めから皮膚を作らなくてはならず、跡が残ったりするということで、今は、すぐ覆って治すのが常識らしい。

え〜〜〜 そんなん いつ変更になったん??

鼻血も昔は上向いて、首の後ろをトントン叩く姿が見られましたが、それをしては、のどに血液が落ちるだけだということで鼻の上部を指でつまんで、下を向き、鼻血が自然にとまるまで
出したほうがいいということに変わったしね。

変わったというよりも、その時はそれが最善だと考えられていたことが、いろいろ本当のことがわかって、こっちの方がいいとなるのだ。


私が一番初めにこういうことの記憶があるのは、歯磨きの仕方だ。

小学生のころ、「歯を磨きましょう」と教えられ、歯を一生懸命力を入れて、縦にブラシを動かして磨いていた。そう教えられた。

しかし、大人になって、久しぶりに歯医者に行って、歯磨きの指導をしてもらったら、まったく磨き方が変わっていた。力は入れてはならない。細かく横に動かす。歯を磨くのではなく、歯と歯茎の間を磨くのだ。

なんですと?

今まで教えてもらった磨き方とは全く違うではないか。

歯間ブラシや、糸ようじなんてものもあって、歯ブラシだけでは太刀打ちできない隙間の汚れを取り去るものが登場した。

今まで、歯を磨くのは歯ブラシが一手に引き受けていたのに、それでは力不足なのか、頼もしい助っ人が登場で、歯ブラシくんは肩の荷がおりた気がしたかもしれない。

(そこ そこの汚れ 僕ではどうしても無理だったのです…)と言ったかどうかはわからないが…。

というわけで、その時に受けた衝撃よりもはるかに激しい衝撃を今回受けた今回の、お手当法。

そして、さらに、けがの部分を覆うのに、ピタッとガーゼを肌にくっつける優れもののシールのようなものを別の友達が持っていた。

なんですか?これは。

友人は滅菌ガーゼももっており、それを娘のけがのサイズにカット。そしてシールをペタリ。

娘のひざのけがは、友人二人のおかげで、私だけでは絶対にできなかった手当をしてもらったのでした。

私が、え〜〜なにそれ〜〜しらんかった〜〜と 何度も言うので、娘は

「のんちゃんがけがをしたおかげやな」と言っておりました。


ほんとにびっくり 新たな世界。

数年後は、けがをしたら、しばらく水につけておきましょう とかまた 変わったりしてね。

あり得るね。



帰宅して次の日、さっそく優れものシールを買いに行きました。


絆創膏でさえ、うちの家では出現頻度が少なく、薬局にもあまり行く機会がなかったですが、絆創膏やらガーゼやらの棚には、見たこともない便利グッズがいっぱいありました。

切り傷の時だけ 絆創膏を使いなさい。と、今まで言っていた私ですが、これからは、絆創膏を貼っておきなさい。に変わるのですね。

幼い子が、○○○○マンの絆創膏を貼りさえすれば、機嫌が治るように、これからは機嫌も傷も治るのだと、私の頭をアップデートしないといけません。

今まで、絆創膏を貼らずに我慢させた子どもたち、どうもごめんなさい。

これからは、傷口をよく洗って、気が済むように絆創膏を貼ってください。


キャンプってすごいわ〜〜〜


おしまい。

奥琵琶湖キャンプの旅〜今どきのキャンプ場〜

約20年前の職場の同期の母子で行ってきました、奥琵琶湖キャンプ場。

母4人子ども6人の10人。同期はこの倍ほどいますが、今回は参加率50%。

そして、子どもが生まれてからこのメンバーで1泊旅行は初めてでした。


今回驚いたこと。

キャンプ場初体験。

いやいや初ではありませんでした。

私が初めてキャンプ場に行ったのが、13年ほど前に一度。

家人が誘うので、そんなんおもしろいの?と思いついていったのです。

周りはすごい立派なテント。でも家人が持っていたテントは古くて穴が開いていて(笑)それで持っていた裁縫道具で穴を縫い だけど夜中に雨が降ってきて(笑)

それが、なんとも面白く、立派じゃないけどこんなんが楽しいと思ったのでした。

帰ってから、「また行きたい」というとその年の夏の終わり、家人から「遊びすぎだと思います」というような内容の電子メールが届き、私のわくわくキャンプの思い出は、チーンと幕を閉じたのでした。

それ以来の初めてのキャンプ場。


すごかった。なんと便利になっているのでしょう。

基本、何もないのですがレンタルしたければレンタルできる。

バーベキューセットも炊飯器も。

テントを張らなくてもコテージで泊まれる。

外にテーブルも暗くなれば電気もつくようになっている。

コテージにはキッチントイレシャワーがある。


お泊りセットとキッチン用品をもっていって、食材の買い出しをしていくだけで、快適に過ごせるようになっている。

キャンプってこんなに簡単にできるのか。

これはキャンプと呼んでいいものか?

いろいろ頭を巡らせましたが、とにかくお手軽で楽しい時間を過ごせました。


今回キャンプということで ソーラーライトと、ソーラー充電器をもって使ってみましたが、ソーラーライトは明るさが強くなく、充電器もあまり充電してくれませんでした。
乾電池の懐中電灯の明かりがものすごく強かったです。
ないよりマシくらいの明るさでございました。

いざというときのために用意していましたが、いざという時が来て使えるかどうかの確認が必要です。

こんな世界になってるの?と今回誘ってくれた友達にいうと、その子は学生のころから毎年行っているらしく、私たちが全く行ったことがないということに驚いていました。


自然の中でご飯を作って食べるだけなんですけど、楽しいんですね。

キャンプって楽しかったんだった…と思い出しました。

そう キャンプ自体は楽しかったのですよ。13年ほど前も。


これから、キャンプにはまりそうです。

私の知らない世界

知らない間に 世の中は こんなに便利になっていた。

知らない間に けがの対処の仕方が変わっていた。

知らない間に 子どもの国があった。


今まで 長い間 冬眠していた気分だ。ほんとに冬眠してたけど。

急に世界が 動き出し 急に何かがガラッと音を立てて変わったような感じだ。

今まで当たり前だと 常識だと 思っていたことは そうではなく。

私たちは 違う時代の違う国に やってきたような 感覚だった。


この二日間に、体験したことは、私をまた新たな世界への扉を開いてくれるものでした。

ちょっと大げさだけど、それくらいわたしにとっては衝撃。


知らない世界は、まだまだいっぱいありそうですね。

奥琵琶湖キャンプ場

今日は、以前の職場の同期の母子で、キャンプ場に来ています。

わたし、初めてでした。キャンプ場。

キャンプ場って楽しいですね。

外でご飯 楽しいですね。


途中崖崩れで通行止めになっていたり、

明らかに、雨水で流されたと思われる流木があったり、

先日の台風の爪痕を感じました。

キャンプの様子は、また、後日。

今日はこの辺で失礼します。

今年は違う

今日は いつも私たち母子を可愛がってくれる前世の母が、娘も一緒にご飯を食べに行こうと誘ってくれました。

娘は、この方とこの方のご主人と一緒に、ご飯を食べに行くのが好きです。


娘が学校から帰ってきたので

「のんちゃん ○○さんが 一緒に今晩ご飯食べにいこか?言うてくれてるよ。行く?」

と聞くと、

「うん…。 別にいいよ」と反応が少々頼りない。

そういった後 ランリュックを背負ったまま 座り込み頭を抱えました。

あらら?

なんか学校であったんかな?

としばらく様子を見ていましたが 何も言わないので、

「なんか 学校であったん?」ときくと

「ううん なんもない 疲れてん」といった後

「のんちゃんな 今日ぱぱと リレーの練習する約束してんねん」と言い出しました。

「じゃぁ ご飯は また 今度にする?」

そういうと

「誘ってくれたのに ごめんなさい いうといて」と いい、それから 少し元気になりました。

疲れていたのは 本当でしょうが あ〜〜どうしよう と 思ったのでしょう。


今年の娘は 少々違います。

夏休み あんなに リレーの選手になるのがいやや といい

そのために タイムを計るときわざと遅く走ることにしようか と作戦を立てたりしていたのに いざ リレー選手に選ばれると、練習が大変やと言いながら 家人が早く帰ってくる日には公園へ行ってリレーのバトンタッチの練習を始めました。

やる気 あるやんか。

第一走者を免れたので やる気が起こったのかもしれません。

また今年は、5年生が準備をしなければならないし、人数が少ない小学校なので、5,6年で合同で組体操があります。その組体操にも気合が入っているようで、毎日進行状況を話してくれます。

「今日は 最後までいってんで 成功したで!」

少々疲れた顔をして 少々自慢げにいいます。

去年までは 流されるままに 取り組んでいたような感じでしたが、今年は目標をもって取り組んでいる感じです。

そういえば去年の 運動会の最中に私のところに来て、来年の組体操が楽しみだ といっていたっけ。

なんだか 今年は違います。

憧れの組体操 高学年としての働きを求められる運動会をがんばって成功させようとしているようです。


というわけで、振られましたので私一人で、お食事へ。

私が出かけるとき、ちょうど 娘が自主練から帰ってきて、帰ってきたなら一緒に食事に行こうというのかと思いきや、「いってらっしゃい」といわれ、大人だけのお食事会となりました。

大人だけしか行けない レストランへ。



一週間後の 運動会が楽しみです。





月に願いを。

今日の今日まで知りませんでした。

中秋の名月に「ん」が 二つ入っている食べ物を食べると 「ん」がつく「うん」がつくということで願い事が叶うのだとか。


ぎんなん

れんこん

いんげん

なんきん

なんばん(とうもろこし)

にんじん

かんらん(きゃべつ)


これらの食材を かんてん(寒天)で寄せ固めた一品を食せるレストランは こちら

9月いっぱいは 提供するようです。


あなたは 何を願いますか?

楽しい人の陰で・・・

また なら健康ランドでの話ですが…

到着してすぐ、4人でプールに行きました。

それから温泉に入って お昼ご飯。

その後は子供たちだけでプール。

私と母は もう一度温泉に入りました。

何時にどこで待ち合わせをしていませんでしたが、それぞれ好きに過ごして、最後は2階の休憩リラックスルームで寝ているだろうと思っておりました。

私はサウナが好きですが 母は苦手なので温泉内でも別行動でした。

私がサウナから水風呂に入った時、母が向かいのお風呂に浸かっていたので手を振りました。

そのあと、何度もサウナから出ても母が見当たらないので、母はもうお風呂から出て、2階に休憩しに行ったのだろうな と 思っていました。

娘たちはプールで遊んでいるし 母も2階だろうし 私はそのあとも思い残すことなくサウナとお風呂を満喫し、たぶん母と別れてから1時間以上はおふろばにいたと思います。

私は やっぱり温泉はいいなぁ ここがいいねんなぁ 長い間ゆっくりできるもんなぁと 思ってお風呂場を出ますと、母が目の前にいました。

あ〜〜ちょうどよかったね と 私は思いましたが、

母は ずっと私を探していたらしいのです。

「放送もかけてもらったで」

え〜〜〜

私はずっとお風呂にいただけなのに、その間 母は私がどこに行ったのかとさがしまくり そしてプールにいったのかと向かったところで娘たちと会い、娘たちも一緒に私をさがしたというのです。
そして、どうしても見つからないから、娘たちを2階の休憩所にいるように言って、自分はまた探しに来たと。

私が、(サウナ最高やな 水風呂最高やな)と 喜んでいる間、母はずっと(どこやろ どこやろ)と探していた。


この間は 私が逆の立場になったことがありました。

相手は 楽しい時間を過ごし こちらは心配するという時間を過ごす。


楽しく過ごす その陰で その楽しいを支えている人やモノやことがある。

自分が楽しければ 他の誰かが楽しくない時を過ごしているのではないかと。



娘がいいました。

「のんちゃんな いつもサッカー弱いチームやねん」

サッカーがうまい子たちは うまいもの同士で固まってチームを作り それ以外でもう一つのチームで、うまいチームは得点をたくさん入れられてそりゃ楽しいやろなぁと言いました。

「のんちゃんは 強いチームにいれてもらわれへんの?」というと「うん」と。

この話を聞いて やっぱり 誰かが楽しければ 誰かが悲しいを経験するようにできているんだなぁと思い、私が感じた前述した話を 娘に話して聞かせました。

誰かのがまんの上に 誰かの楽しいが成り立っている。


「いつも いつも 負けてばかりは嫌やなぁ ときどき強いチームに入れてもらえると我慢もできるけどなぁ」


誰も我慢や 嫌な思いをしないで みんなが楽しい思いをすることはできないのでしょうか?

みんなが楽しかったと言えることって できないようになってるのかな?


誰にも 嫌な思いをさせないで 楽しいことができるといいなぁと思います。

赤ちゃん抱っこしたいなら…

昨日の、なら健康ランドでの出来事、

散々 遊び倒し 温泉にも入りまくりで、リラックスルームで 仮眠し

さあそろそろ軽く何か食べて帰ろうか という時間になりました。

夜の7時の出来事です。

娘の友達は、お昼に食べたバイキングレストランがいい と言いましたが、私も母もうちの娘も、そんなに食べられない腹具合で、2階のレストランにしようよ と説得し、娘の友達はちょっと不本意な表情を浮かべていましたが、強引に2階のレストランにしました。

このレストランは リラックスルームと隣接しており、リクライニングチェアが何十台も並んでいる部屋のガラス扉一枚隔てた場所にあります。

私たちはリラックスルームからでて、すぐのテーブルに座り、食事をとることにしました。

ご飯食べたら マンゴーかき氷をみんなでわけよ〜〜といいながら 注文し、ご飯類を食べ終わり、そしてマンゴーかき氷がやってきました。

おいしいなぁ おいしいかき氷屋さんしたいよなぁ といいながら 4人で食べておりますと、

大きな泣き声が聞こえてきました。

2歳ぐらいの子が、リラックスルームの扉付近で寝転んで泣いています。

寝転ぶと言っても お母さんの膝に頭をのせて泣いているのですが、お母さんはもう一人7か月ぐらいの赤ちゃんを抱っこしており、大泣きしている子を抱くことはできず、片手でよしよしとなだめていました。

2歳くらいの子は 寝ぼけてしまっているようで ギャーギャーと少しパニック状態で泣いていました。

あららら 大変だよなぁ〜〜 と 思いながらかき氷を食べていましたが一向に泣き止む気配がありません。

食事をしている人は まだいいですが、ガラス扉一枚向こうで寝ている人にとっては 不快な泣き声だよな〜と思っておりました。

(あのお母さん 赤ちゃん抱っこしていなかったら 小さい子を抱きかかえてなだめることもできるだろうになぁ)と 思って、

あっ そうか 小さい子をなだめるのは私には無理だけど 赤ちゃんを抱っこしておくのはできるかもしれんな と 思いつき

「あかちゃん 抱っこしてこよかな?」と いうと

娘が「してき してき」と 言いました。

そうやんな あれくらい小さかったら まだ 誰に抱かれてもなかへんよな と言いながら

近づいていき

「赤ちゃん抱っこしときましょか?泣くかな?私そこで食べてるんで 近くにいますし」というと お母さんは 私に赤ちゃんを預けてくれました。

かわいいかわいい赤ちゃんでした。

泣かずに私に抱かれてくれました。

娘たちのところに戻ると 娘たちの顔もにっこり笑顔になり 赤ちゃんをあやそうとしてくれました。

赤ちゃんを抱いている私の姿を見て、「まま 似合うで」と娘は言いました。

赤ちゃんが似合うって 面白い表現ですね。


ぐずっていた子は お母さんが抱っこしても なかなか泣き止まず まだ パニック状態でした。

なのでしばらく 私たちはかわいい赤ちゃんと過ごすことができ かわいいなぁ かわいいなぁと言い合い、その時 誰も マンゴーかき氷を食べようとはしませんでした。

しばらくして ぐずっていた子は おもちゃが置いてある部屋で機嫌が直ったようで、お母さんが赤ちゃんを迎えに来ました。

「ありがとうございます お食事されていたところ すみませんでした」と言われました。

「いえいえ何を おっしゃいますやら 赤ちゃんを抱っこできて 幸せでございました」

こうして 赤ちゃんはお母さんのもとに帰り、私たちは マンゴーかき氷を食べ始めました。


あのお母さんが もし ぐずっている子に 大声を張り上げて怒鳴っていたら 近づいて抱っこしましょうか?って 行きにくかったよなぁ と 考えました。

以前にショッピングモールで立て続けに会っていた ものすごく怒るお母さんだったら 近づくの怖いもん。

あのお母さんが子供に怒鳴っていなかったからよかったんだな。

怒りは 人を遠ざける のだろうね。

気分のいい人のところに人は集まるのかもね。


そんなことを考えながら そういえば…以前にもここで 迷子の小さな子を抱っこしてたんだ・・・

あの時は 2歳ぐらいの子で、私が抱っこしたら 寝てしまったんだったな 確か。

スタッフに 呼び出しをしてもらおうと思っていたら お父さんが来たんだったっけ?

細かいことは忘れましたが そんなことがありました。


小さい赤ちゃんを抱っこしたい方がいらっしゃいましたら、ぜひ なら健康ランドへ!(笑)


おしまい。



<一言メッセージ>

ピザ

心根

大雨の敬老の日

今日は敬老の日で学校はお休み。

月曜日なので、娘の習い事が二つ重なっている日なのですが、その習い事が二つともお休みで、これは一日遊びに行ける!ということで ばあちゃんが一番行きたいところに連れて行ってあげよう!ということになっておりました。

ばあちゃんは なら健康ランドがいいといい、朝から一日中遊ぶことにしておりました。

娘は友達も誘って、4人で行くことにしていました。


今朝明け方 家人が「行ってきます」と出ていきました。

警報が出たので、出動です。

「缶の日やから出しといて」と言い残して出ていきました。


家人が出勤したので ただ事ではない量が降っているのだなとは思いましたが、朝テレビをつけて驚きました。

これは 今日は出かけられないな。と思っていましたが、しばらくして、家人から電話があり、うちの周りの地域は、みな避難するように連絡が入っている。うちも木津川が切れたら水没するから 避難しないといけないかもしれない と言われました そしてそのあと、でも出かけるんやったら出かけたほうがいいかもしれないな といわれました。

私は、まさか出かけていいとは思わず、家にいるほうがいいのではないのか?と言いましたが、奈良の方なら出かけている方が安全なのか?とも思いました。

雨もやんできたので 私たちは出かけることにしました。

ばあちゃんの家に向かう道が一つ通行止めになっており、そこに家人が立っておりました。

通行止めのところに立つ仕事なのですね。


道中、木津川沿いを走りました。

すごかったです。

もう少しで あふれるところ。

そして 河川敷に作ってある茶畑は半分浸かり、畑は完全に水没状態。ビニールハウスは屋根だけが見えているという状態でした。

茶畑は 水が引けば、大丈夫な気がしました。(私の勝手な推測)でも、その他の作物は完全に水に浸かってしまって…。

木津川だけではなく、ところどころ、急に水がはけていない場所 というところがありました。

川が氾濫したわけではなく 溝に水が流れていかないのでしょう。

土地が低い とか 川のそばだからとか 関係ないような気がしました。

水がはけない場所というのが 存在しているのです。

数年前 一度 今回よりも少ない降水量だったと思いますが、たまたまうちの周りの溝を塞いであった時があり、その時は、ほんとに一瞬で、うちの家の周りに水があふれました。
 
勝手口に脱ぎ捨ててあった草履が 水に浮くぐらい。

流れないようになっていると ほんの一瞬で 水はあふれるのです。

私たちは 奈良までの道 うわ〜〜〜 ここもや! うわ〜〜〜と言いながら 目的地に向かいました。

なら健康ランドでは プールにも母も一緒に入り、4人で水中バレーボールをし、母はものすごくよく笑いました。なにか体に不調があっても、今日の笑いで完治するんじゃないかと思うほど笑っておりました。

一日中 なら健康ランドで過ごし、そして 夜 帰ってきました。

母は 「また 連れて行ってや」といって自宅マンションに帰っていきました。

行きに通行止めになっていた道は、まだ通行止めでした。

娘が「ぱぱもうかえってるかな?」というので、

「そらかえってるやろ」と言いましたが、

娘がぱぱに電話する!といい 車から電話を掛けました。

すると、まだ トンネルにいるのだそうで、トンネルの復旧作業をしているようでした。


朝 缶を出しといて!と言われた 缶を出し忘れ 一日遊んでいたことを少し申し訳なく思いました。


大雨の敬老の日でございました。

新しい扉

5月に陶器展をしたときに、昔の職場の知り合いが子供さんを連れて訪れてくれました。

その友人は、私が幼稚園をやめた後、幼稚園に勤めた方で、一緒には仕事をしていないのですが、娘をその幼稚園に入れるかどうか迷っているとき、学園説明会で一緒になり、声をかけてくださいました。

同い年の男の子をもつお母さんになっていました。

私もチラッとお顔は拝見したことがある。ぐらいでしたが、当時、私は、娘をどこの幼稚園に入れようか悩んでおり、この友人が結構強く勧めてくれたこともあり、自分が勤めた幼稚園に娘を入れることにしました。

友人もわが子をもちろんその幼稚園に入れるつもりだったのですが、諸事情があり通えなくなり、結局、私たち親子をその幼稚園に送り込むために現れたような方だったなぁと思いました。

月日が流れ、年賀状のやり取りはさせてもらっていまして、今回の5月の陶器展の案内を出させてもらったのでした。

大きくなった子供さんが ピアノをしていることは知っていましたが、陶器展の時 弾いてもらったら、ものすごくうまい。コンクールとかに出る腕前なのです。

その子は 「また 遊びに来たい!」といってくれており、私は、ぜひまた来てもらおうと思っていました。が・・・月日は流れ・・・

なかなか日にちがとれませんでした。

しかしその間に 私は いろいろ考えを巡らせておりました。

(あんなにピアノがうまいなら たくさんの人に聞いてほしいなぁ…)

ちょうどそのころ、娘がリコーダーでいろんな曲を練習しており、その曲の楽譜にピアノのパートとリコーダーのパートが書いてありました。

(ピアノを弾いてもらえば 娘がリコーダーを吹いて、誰かに聞いてもらえるよな…)と

というわけで、息子さんがピアノがうまいことをきっかけに、うちの娘も巻き込んで、デイサービスなどの老人福祉施設に訪問しようかということを 思いつきました。

このことを友人に話すと 快諾してくれ、今日が一回目の練習日となりました。


まず どんな曲が弾けるのか お年寄りにはどういう曲が喜ばれるか など 考えながら、選曲していきました。

選んでいくと 世界各国の曲になっており、音楽で世界一周ができる というような話になりました。

世界地図を書いて、飛行機を飛ばして 曲と場所を紹介するなんておもしろそうだ と言いながら。

娘は 恥ずかしがりなのですが だんだんと慣れてきて リコーダーなら吹けるといって 今聞いたばかりの曲を吹いたりし始めました。

娘にはぜひ アニーのトゥモローを歌ってほしいと思っているのですが、歌は恥ずかしいようです。

それなら ママが歌うけど と 思うのですが トゥモローは子供でないとね。

今は 恥ずかしがっておりますが、12月に訪問するまでには なんとか歌おうと思ってくれるように気分をもりあげていくつもりです(笑)


今日は お昼前に来てくれたので、お昼を一緒に食べようということにしており、先日パエリア鍋を借りていたので、またパエリアを作りました。

娘はもう3度目なので、エプロンをして、やるき満々でした。

男の子も手伝ってくれて 玉ねぎに涙し、アスパラを切りトマトを切り 楽しく4人でパエリアを作ることができました。

パエリア鍋で作るパエリアは綺麗でした。

娘は料理教室で習った料理を次はこれを作りたいといい、また 合奏練習に来てくれる日は、順番に料理教室で習った料理をしようということになりました。

なんだか わくわくしてきました。

初対面に近い男の子と こうして また楽しく過ごしたいと思ってくれることがとてもうれしいなぁと思いました。

ピアノのコンクールや 土曜日に音楽学校に通ったりしている 大変多忙な男の子なので、月に2回練習する日を設けるのがやっとっていう感じなのですが、少しずつ積み重ねて行って、お年寄りの方々のひと時の楽しみになればいいなぁと思います。

なんだか新しい世界の扉が 開いた気がします。



<一言メッセージ>

ハープ









息子と昼寝

かわいいかわいい息子は 1歳4か月。

夏の間 ほとんど顔を合わさず、久しぶりに会ったときには、

ん〜〜ん〜〜と 指さしができるようになっておりました。

そして 自分の意思を伝えたり、こちらの言うことを ほぼ理解しているのだ ということがこちら側にわかるまでに成長しておりました。

なんとまぁ 素晴らしい成長。

私が、ゴロゴロとテレビを見て 昼寝をしすぎたといって頭が痛いとか 言っているうちに、歩けるようになり 意思が伝えられるようになっている命がある。

一生懸命に生きなければと思う瞬間でございます。


その息子と 久しぶりにゆっくりと過ごせる時間を頂きました。

あ〜〜この日を待っていたのです。

いつもは 私に「バイバイ」と手を上げてくれる子が、この日は お母さんに「バイバイ」と手を上げ、お母さんは少々複雑な顔をしたように見えました。


さてさて 息子は9時半ごろに 我が家にやってきましたが、10時には 外に連れて行けと催促をし始めました。

暑い日でしたが、帽子をかぶり、私は紫外線からお肌を守るべく、日傘をさして一緒に外に出ました。

うちの家の前には 公民館があるのですが、公民館の前の階段をのぼったり下りたりこけたり・・・が始まりました。

(のんちゃんも こんなんしてたなぁ…)と 思い出しました。

のんの時は、冬だったなぁ 暑い日差しの時に外に出た記憶がありませんでした。

そうそう 娘の時は 近くの公共施設のホールで遊ぶか、ショッピングモールで過ごすか、そのどちらかでした。

雨が降っても 日が照りつけても そこならしのげて 長い時間過ごせる場所だったのです。

娘は家に帰りたがらない子でした。

いつまで帰らないのか 一度帰ろうと言わないでいたら 夜の9時過ぎまでうろうろしておりました。

強い日差しの中での お散歩体験はわたしにとっても初めてかもしれないなぁと 思いながら のぼっておりて転んで・・・ に付き合っておりました。

それからしばらくして 溝に興味津々。

ギリギリのところまで歩いて行って、半分足は宙に浮いている状態。

何度もその場で座って たって 座って たって の繰り返し。

スクワットです。

溝には 蜘蛛 アメンボ トンボが おりました。

動くものを目で追っているのでしょうか?

しばらく見ていると また 歩き出します。


隣の家の門のところまで来たら 犬がわんわん吠えました。

しばらく じっと立ったまま 犬が吠えるのを見ていると、犬のほうが根負け。

吠えなくなりました。

そしてまた てくてく。

葉っぱをつかんでは千切り 私にくれます。

息子のテンションが一番上がったのは ねこじゃらしでした。

感触が良かったのか なんなのか

ねこじゃらしを千切った時の声は 今まで聞いたことがない声でした。

それも しばらくして わたしにくれました。

道端の もうすぐ咲きそうなお花もブチブチ千切り始めたので、

「これは もうすぐ 咲くから おいとこう」というと もう千切りませんでした。

うちの家から100メートルくらいのところに 小屋があります。

義父がなすびを出荷するのに仕事をしています。

ここまで たどり着くのに30分ほどかかりました。

小屋にいる犬にまた吠えられましたが 泣きもせず、体だけは 吠えるたびにビクッビクッと反応しておりました。

小屋の裏にブドウの木があります。

ブドウが好きだと聞いていたので、そのままちぎってわたしてみました。

すると息子は ブドウをぎゅーっと握って果肉も汁もぼとぼとと落としてしまいました。

もう一つ渡しても同じことをし、落ちたブドウを食べようとしました。

人類が一番最初にブドウを見つけたときは このようにしたのでしょうか?

落ちたから だめだよ と言って、私が持っていたブドウを皮をむいて食べさせました。

「家に帰ったら、冷えているのがあるから おうちに帰ってブドウを食べよう」そういって、また家までの道を歩きはじめました。

また ここから 家まで(笑)

帰りもまた 公民館の階段を上ったり下りたり、目の前にある自動販売機によじ登ったり下りたりを繰り返し、そして ようやく家にたどり着きました。

帰って すぐ お水を一杯。

そして ブドウをぺろり。

冷えたブドウがごちそうです。

と ここで 私が洗濯を干すのを忘れていたことを想いだし、洗濯干させてね〜〜と 干し始めると 何やら雲行きが怪しくなってきました。

天気でなく 息子の雲行き。

抱っこすれば大丈夫ですが 下ろすと泣き始める。

あららら ちょっと待ってね。

抱っこして干せるのは ハンガーにかけるものくらい。

洗濯ばさみに干すのは両手を使わないとできません。

(こんなことしたかな?)自分の娘では あまり記憶がありません。

全部洗濯をしてもらっていたのかもしれません。

グズグズ 言い始めましたが、洗濯物が干し終わって 抱き上げると大丈夫。

よかった よかった まだ お母さんを思い出したわけではなさそうでした。

さあさあ 食べましょう。お昼ご飯を食べましょう。

お母さんのお味噌汁とごはん。

うちの味噌汁と違って すんごくおいしい味噌汁でした。

こんなおいしい味噌汁を作ってもらって 幸せだなぁと思いました。

人参 サツマイモ 大根 お揚げ ねぎ いっぱい入ってました。

面白かったのが、ねぎ以外は みんな食感を楽しんで吐き出す(笑)

中でも 一番長い間口の中で食感を楽しむのは 人参でした。

ご飯はぱくぱく食べました。

米に勝るものなしでした。


ブドウを先に食べてしまったからか あっさりと昼ご飯終了。

一度おむつを替えておこうかとおむつを外すと おむつに汗がついていたので、しばらくおむつなしですごそうかと おむつをしませんでした。

片づけをするのにキッチンに立っていると、ガスレンジや電子レンジ食洗器のスイッチ ありとあらゆるスイッチの類を触り始めました。

こんなことするんやなぁ… そのために このチャイルドロックがあるねんな。

そう思ってガスレンジのロックをかけました。

(娘の時は こんなことしなかったなぁ…)何もかも新鮮でした。

スイッチの類で遊んでいてくれるので、私はキッチン横の掃除をしようと思っていた棚を掃除することができました。


おもちゃで遊ぶのも 新鮮。

うちの娘は あまりおもちゃで遊ばなかったのですが いまだに うちに 小さいころからのおもちゃがすぐ遊べるようにおいてあります。

そうだ!今日のこの日のために 私はこのおもちゃを片付けずに置いておいたに違いない。と思いながら、少々ほこりが被ったおもちゃを拭きながら、息子に渡しました。

面白い遊び方をしました。

ビー玉を持っておいで というと 持ってくることができました。

それだけで すごいと思える。


と ここで おむつをしていなかったので おしっこがちょろちょろっと出てきました。

子どもは自分がおしっこをしたとか あまり自覚はないようでした。

知らないあいだに子どもっておしっこするのか…と 初めて知りました。

おしっこの一回の量も ほんの少しなんだな とか 新たな発見がいろいろとありました。


しばらくすると また 外に出たがりましたので、今度はおむつをつけてまたお外に行きました。

今度は たくさんブドウのお土産を持って帰ろうと ビニール袋とはさみをもっていきました。

ブドウ畑につくと 大人は腰をかがめなければなりませんが 子供はまったくその必要がなく、ちょうど良い日陰でした。

足元が悪いのに 息子は上手に歩きました。私がブドウをとっている後ろを上手に歩いてついてきました。

たくさんとって 帰ろうというと また ちゃんとついてきました。


たくさんのブドウを袋に入れて結構な重さでした。

さあ おうちに帰ろうか というと 今度は抱っこをせがんできました。

ちょっと 眠くなってきたかな?

私はブドウと息子を抱えて家まで歩きました。

100メートルが長く感じました。

抱っこから降ろすと またグズグズが始まりましたが、汗がいっぱいだったので、シャワーしてからお昼寝させようと思いました。

シャワーの時点でグズグズ言っていたので、顔に水がかかるのが嫌いなんだとは思わず、泣いているついでに頭からシャワーをかけて汗を流し、そして タオルにくるみました。あとから聞くと、顔に水がかかるのが嫌いだったらしいのです。ごめんね。しらずにやっちゃった。

この時点で もう 限界だと思われましたので、

「ねんねしよな」といって 抱っこしてトントンと リズムをとりました。

息子はすぐに頭を私の首に預け、眠り始めました。

(なんと 楽な子なんでしょう)

しばらく トントンとリズムをとりながら、

(わが子の時は なぜ あんなに 辛かったのか…)について 思いを巡らせておりました。

しんどくて しんどくて 早く 時が経ってくれないだろうか そればかり考えていました。

体が痒くないというのは いいですね。


すぐ眠りについた 息子を布団に寝かせ、タオルでくるんだだけだったので、もう一枚タオルをかけました。

布団に着地させるのも、娘の時は 大変苦労した思い出がありますが、息子はすんなり着地成功。

お昼寝の間に、私は片づけのつづきができました。

30分ほどしてから、ふとみると、横を向いたようで、タオルがはだけていたので、新しいタオルをかけようと近づくと、息子は目を開けていました。

目を開けているのに 何も言わず、ずっと日がさす明るい方をみていました。

(ありえん。娘は 起きた瞬間 泣いていた…)

しばらく 様子を見ていると私に気が付き、気が付いてしまうと 泣き始めました。

抱き上げて 服を着せ もう一度抱き上げると また 眠り始めました。

まだ 眠かったようです。

(今度は着地は難しいかもしれないなぁ…)と 思いましたが、そうでもなく、私も隣に寝転んで、しばらく、トントンと胸に手をのせておりました。

すると 私も眠くなり 息子と一緒にお昼寝タイムとなりました。

あ〜〜なんて幸せな時間なのでしょう。

こんな小さな子とお昼寝ができるなんて…

それから 一時間ほど 二人でお昼寝。

扇風機の音と 部屋の向こうの明るい日差しが 私たちを包んでくれていました。

眠りに落ちていきながら 娘には あれをしなさい これをしなさいと 最近厳しくいってしまっているのだろうか?と考えていました。

どの子も その時 自分ができる精一杯をして 過ごしているのかもしれないな。

いつから その時の精一杯を考えてやれなくなるのだろう…と。

半分 起きているような 寝ているような状態で 約一時間が過ぎたようでした。


お迎えに来てくれた音で 私と息子の二人の時間は終了いたしました。


こんな小さな子と 二人でお昼寝できるなんて 幸せな幸せな時間でございました。


迎えに来てくれた お母さんとお姉ちゃん二人が来てくれると、息子はとっても生き生きと元気になったような気がしました。

はっきりと僕の家族が わかっているようでした。

安心の中にいると 先ほどまでの遊び方と全く違い、いたずらのようなこともし始めました。

預けられている遠慮からおとなしくしていたのか?と思える動きでした。


また こんな 幸せな時間を過ごすことができたら うれしいなと思います。


息子たちが帰って 15分ほどのちに 娘が帰宅しました。

娘も かわいい弟のお守りをしたかったようでした。

今度 娘が家にいるときに 預かろうかと 話しています。


息子と娘と三人で昼寝ができたら うれしいな。

そんな日が 来ますように…。




<一言メッセージ>

フェイスマスク

誕生日







たまにはレストラン

大人相手の接客業をすることになって、もうすぐ2年。

最近 やっと慣れてきました(笑)



おいしそうなお料理をお客様のテーブルまでお持ちするたび、(このおいしそうな料理を母に食べさせたいなぁ 母を連れてきたいなぁ)と 思っておりました。

いつか いつか と思っても ちゃんと日にちを決めないと 願いはかないません


おかげさまで 連日ランチの予約はほぼ満席状態でしたが、1日だけ あいている日があり、その日に母を誘って ようやくレストランに母とともに。


母の名前で予約したので、シェフもサービススタッフも 私を見て驚いておりました(笑)

母と、向かい合って座る。なんてこと あまりしていないなぁと 思いました。

母は、ずっとしゃべり続けておりました。

どこかへ行くときは、娘も一緒のことが多く、実家へ行くときもそうですが、実家でご飯を食べても、向かい合って座ることはありません。

いつも 娘の相手もしながら 母の話を聞くことが多く、片手間に 半分スルーして話を聞いていますが、この日は 向かい合わせ。

何も私たちの間に邪魔は入らず(笑)

母は ずっとしゃべり続け、おいしい自家製のパンをおかわりまでして食べ、こんなゆっくり食事に時間かけへんなぁといいながら 優雅なひと時を過ごしました。


ゆっくりお食事をいただく時間。

母と二人だけの時間。

向かい合ってゆっくり食事をし

向かい合って話をするひと時。


こんな時間も たまには いいなぁ と 思いました。


おいしいお料理を食べさせてあげたい と 思い 誘ったのですが、

お料理がおいしかったのはもちろん この優雅な時間を過ごせて大満足でした。


これって ブッフェスタイルのレストランとかでは 味わえないんですよね。


コース料理は 前菜 スープ お魚料理 リゾット デザートの5品のプティコース。

コース料理の最後のデザートでは 母のプレートに「いつもありがとう」のチョコで書いた文字と、小さなお花のブーケが添えられておりました。

私が頼んだわけではないのです。

シェフの粋な計らいです。


以前 こちらで前世の母と食事した時も、私たちが一番大好き!といっていた前の店で出してくれていたデザートをわざわざ作ってくれていたということもありました。

その時は 思わず 涙が出ましたが、今回の粋な計らいではサービススタッフと母が涙ぐんでおりました。

涙するレストラン。素敵ですね。



たまには レストラン いいなぁ 他では味わえないよなぁ と 言い合い、これからは ちょくちょくレストランに行こう!ということになりました。

いつまで 元気でいられるかわからないもんね。

生きてるうちに たのしまなくっちゃ。



涙するレストランは こちら










地球からの贈り物

今日は、友人がアロマとクレイの講座を開いてくれました。

私は、最近自分の肌が汚いことが気になっており、また、今年の夏、がっつり日焼けもしてしまい、あまり自分の顔の状態に関心がなかった私でさえ、「こんなところにシミあったっけ?」と新たなシミを発見しておりました。

毎日、まじまじと自分の顔を見ている人なら、とうの昔に気が付いていたであろう、新入りのシミも、「やっと気が付きました?ちょっと前から参上しております」てな感じだろう。

また仕事も、子ども相手から、12歳以下のお子様がご来店いただけないという、全く正反対のゾーンの方の接客をするというものに変わり、お客様の近くでお話しするということがお仕事となり、今まで気にしなかったお肌の状態も、「この人、肌が汚いなぁ」などと 思われてやしないだろうかと 気になる 乙女になってきた。

そうだ、そうなのだ。

全く乙女でなかった私だが、接客業なんてことをし始めると、自分の立居振舞 言葉づかい、肌の状態 などが気になる 乙女と化するのだ。


この肌このシミ なんとか ならないものかと 思っていたところに、友人が夏の肌をケアする講座を開くという。

何というタイミング。

さっそく 来てもらったというわけだ。


この友人には 今まで 何度か いや 何度も アロマで虫除けや虫刺されのスプレーを作ってもらったり、娘の足が、倒れるほど臭かったときも、クレイを使ってケアをするといいと教えてもらい、試してみると、すぐに臭いが取れた。

なので 少しは使ったことがある。という状態の私。


今日の話は 衝撃的であった。


クレイは 自らが持っているミネラルを私たちに提供し、そして相手が持っている不要なものを吸着してくれるものらしい。

なんと献身的な!

クレイ などと 呼び捨てにしてはいけない。せめて【さん】をつけるべきであろう。


クレイさんは とれる場所で、色の違い 成分の違いがあるようだ。

真っ白も ピンクがかったのもある。

この地球で とれたものなのだ。


そして アロマ。

アロマとエッセンシャルオイルの違いを聞き忘れたが、この匂いの成分の中に、100種類もの働きがあるらしい。

におい成分の中に100の働き。

全くちんぷんかんぷんであったが、何種類か組み合わせると 相互に作用しあって補い合っていい状態になってくれるらしい。

なんとまぁ 自立したお方。なんと素晴らしいものなのか。

このオイルと そしてクレイを合体させるのだ。

いい人と いい人が出会って 何とも素晴らしいハーモニーてな具合だ。


ねりねり作業は、小麦粉とお水を混ぜるのに似ている。

よくねりねりして、シミの部分に塗る。

塗るというより置くって感じかな?

そして待つこと 5分ほど。乾いてきたら洗い流す。

あれ?薄くなった?

え?一回で?


すごい すごいぞ クレイさん とアロマちゃん。


友人は 一度も 「すぐにシミが薄くなる」とは 言わなかった。

薄くならない場合もあるのかな?


え?なんだ こんなことでよかったの?ってな かんじである。


そういえば、倒れるほど臭かった娘の足の時も 効果は速攻だった。

この時はピンクのクレイを いや クレイさんをねりねりして 足首から下にぬりぬり。

乾くまで待てない娘。結構早くに洗い流したけれど、本当に臭くなくなった。

3日ほどつづけたら 完治である。

本当に 吸着してそして流されていったといった感じだったのである。


その時のように 私のシミちゃんも 一度で薄くなる。

コピー機の印刷濃度を設定変更したような感じで わかりやすく薄くなった。


いや〜〜素晴らしい。


アロマちゃんも この世界に存在しているものから 抽出した香りの成分なのだ。

これも 地球さんからの贈り物である。


そして なんと 娘の成長痛の痛みの緩和にも クレイさんは 活躍するという。

そして カイカイにも。


友人は言った。

「クレイとアロマがあれば、いろんなことの対処ができる」

組み合わせ方いろいろで、私のシミも 娘の倒れるほど臭い足にも 効くんだから、なんだか、魔女の宅急便のキキのお母さんが作る薬草の薬のように思えてきた。


同じ年に子供を授かった私たちだが、友人は自分の子供さんのカイカイをきっかけに ここまでできる女になっている。私はただただ 娘のカイカイに付き合って娘の肌を撫で続けただけである。えらいちがいだ。

彼女は 確かな財産を手に入れたのだと 思った。


私は そんな素敵な彼女のそばにいられて幸せだ。


彼女こそが、地球が私に用意してくれた 素敵な贈り物ですね。





この夏 えらいこっちゃ 日焼けした というあなた。

シミとお友達になってしまっているあなた。

子どもの足が 倒れるほど臭い というあなた(笑)


ぜひ 一度 クレイとアロマの講座を受けてみてくださいね。

まだ 多少 空きがあるようです。


お問い合わせは こちら











「いいことあった?」

職場のオーナーが 最近毎回 聞いてくる。

「最近いいことあった?」

昨日も聞かれ、今日も聞かれ、毎回

「ぜんぜんいいことないよ」と答えてから、

「いやいや 娘が 機嫌よく学校いった」と 答えている。

最近、涼しくなったからか カイカイでぐずらず、

リレーの順番も、じゃんけんで勝って、トップバッターを免れ、

担任の先生に、なにやらちょっと褒められた とか

いろんなことが重なって 最近は機嫌よく 登校出来ている。

「これぞ いいことだ。それは まぎれもなく いいことだ」 と 言い合っている。


しかし いいこととは なんか ドキドキ わくわく することをさすような気もする。


「ドキドキ わくわくが あった?」 と 聞かれているような気がするから、

「そんなん 何にもないよ」 という 返答になる。


しかし 今日、オーナーと話していると

私が習いたいなぁと 思っていた3つの習い事 すべて、オーナーも習いたいと思い始めたらしく、一緒に習おうか という話に急になった。

ちょっと わくわく ドキドキだ。


おかげさまで いいこと ありました。


やっぱり いいことは ドキドキ わくわくなのだと 思う。


100日ブログ。今日で133日目。


<一言メッセージ>

ストップウォッチ

独楽

神話

靴を磨く

からをわる


どっちも自分。

私の怒りのスイッチは、最近 とってもゆるくなっており、簡単なきっかけで、パチっと入るようになっている。

イライラしていて 怒るのではない。

まったくイライラしていないのに、パチッとスイッチが入るのだ。


先日は、保険の勧誘の電話の相手に、スイッチパチっと。


自分でも驚く速さ。


これくらい 早く何でもこなせるといいね。


10年くらい前も こんな感じで過ごしていたなぁと 思い出す。

ここ最近 そう 5年くらい前から イライラすることが 減って穏やかな日々を過ごしていたように思う。

いやいや 父が死ぬ前は 父に対しては しっかり怒ってたんだった。

ここ2年ほどか 怒らなかったのは。

怒る気力がなかったともいえる。


怒る気力が よみがえってきたということだな 元気になったのだ。


私は もともと こういう気性だった。

ほんの一時 穏やかになっただけのことか。

でも 穏やかな日々も 悪くなかったなぁ。


いやいや もともとは 怒りっぽくなかった。

結婚してから 怒りっぽくなったのだ。

そして 穏やかになり また 怒りっぽくなった。


まあ どっちの自分も自分なのだな。





オリンピック

オリンピックのプレゼン。

日本人 皆 楽しそうだったね。

あんなイキイキと演説できるのね首相。

はじめてみた。


絶対 東京には 決まらないと思っていたんだけど、決まったね。

日本に決まっても、よその国でも 頑張るのは一緒なのに なんで 日本だとうれしいんだろうか?

見に行く側は うれしいけれど、出る側って なんか いいことあるのかな?

日本になったから 日本人が いつもより たくさんの人数出れたりするの?

よくわからんけど。


東北が、きれいになってから オリンピックの準備すればいいね。


あと7年。

娘は17歳。

「のんちゃんも 何か世界一になれるんちゃう?」

というと

「ままのこと 大好き世界一」といった。

17歳になっても、ままのこと大好き世界一って いってくれるだろうか?

このブログ、7年後に娘に見せよう。

本日のニュース

土曜日、娘と宇治のパフさんに行く約束をしていたのに、友達から電話がかかってくると、私はあっさりと振られた。

そして娘は、その晩、友達の家に泊まりたいといい、帰ってこなかった。


私は、何もやることがなくなった。


いや やることは山ほどあるのだろうが、なんにもやる気がなく、ご飯も食べる気もなく、ただ、ソファに寝転んで、眠った。

普段、娘のためにと あれこれ考えているわけでもないのに、娘がいないとこうなるのか。


洗えていないお皿も 山積みになっているが、そのままの状態。


こんな日が これからどんどん増えていくのだろう。


そうなったら 私 なにしよかな。

何をして生きていこうかな。



今朝 雨が降ってきて、外を眺めたら、ハーブの葉っぱに雨粒が当たって、葉っぱが揺れていた。あちこちにあたって あちこちの葉っぱが揺れていた。その様子が とてもかわいく思えた。

なんにもすることないなぁと 腐っている朝でも、こうしてかわいいものを発見できるのが、人間のすごいところだ。

いままで 雨粒が当たって揺れる葉っぱを かわいいと思ってみたことあったかな?と思う。

腐りきっているから かわいく思えたのかもしれない。

私が見入っていると、「どうしたん?なんかある?」と家人が言った。


「どうしたん?」なんて いわれたこと 今まであったっけ。


これが今日一番の ニュース。


2か月に一度の散髪屋

昨日は、娘帰宅後 友人宅に出張散髪にまいりました。

今月10歳の男の子。

うちの娘と双子のように見た目そっくり。

その子が 最近『ライオンキング』にはまり、これまた娘と声をそろえて歌まで歌うという状態になっておりました。

お宅では、たこ焼きの準備をしていただき、ビールもつまみも出てきて、たこ焼きができるころには、すでに大満足。娘は、たこ焼きを食べるよりも、作るほうが面白く、「人の役に立つことが嬉しい」なんて言葉を発するほど、上機嫌でございました。

お腹もいっぱいになり いよいよ 本日の目的の散髪屋開店。

男の子は、3ミリに初挑戦。

娘は6ミリ。

サイドだけ短くして、だんだん伸ばす方向にもっていこうとしましたが、「ここが長いからおかしい」といわれ、やはり、全体を6ミリにカットし、本人納得。
まだ、まだ 当分この髪形を続けるようでございます。

散髪終わって、つぎはドンジャラ大会。

子どもたちにとっては、こちらもメイン。

あと一回 あと一回 と言いながら、いい感じの終わり方になるまで(笑)やって、終了。


出張散髪フルコースでございました。


帰り 送ってもらう車の中で、娘が危うく眠りそうになるので、ライオンキング再び熱唱。

かろうじて ぐずらずに帰宅できました。


2か月に一度の 出張散髪屋。

こんなに楽しけりゃ 毎週でも散髪にうかがいますが(笑)

髪の毛 伸びる暇 ないね。



学期に一度の憂鬱な日

娘は、好き嫌いが多い。

アトピーでアレルギーがあるのとは別だ。

まあ 小さいときは、すべてのものにアレルギー反応があり、(うさぎとかは調べてないけど)お米さえも反応があったが、お米は慣れるから食べさせてもいいと言われ、お米か大根を食べさせていた。

よく考えたら、大根ばかり食べさせなくても、よかったのだが、とにかく、いろんなものに反応が出たので、これは大丈夫だったら これを食べさせておこう というような考えだったように思う。

そうそう ぜんそくにならないようにと、人参とレンコンの団子を、毎日食べさせていた幼児期。油で揚げるとよくないと思い、片栗粉をまぶして湯がいて、醤油で味をつける。それを、毎日お弁当に入れた。

娘が食べるもので、頑張って作ったのは、それしか記憶にない。

とにかく、いろんなものを食べられるようにと味覚を育てた記憶はなく、これを食べていてくれたら、それでいい。というような感じで、大きくしてしまった。

大豆のアレルギーがなくなって 納豆が食べられるようになると、納豆ごはんばかり食べ、ご飯に豆腐をのせ醤油をかける豆腐ごはんも定番のメニューになった。

野菜と言えば、プチトマトはよく食べてくれたが、銘柄の指定があった。

私の舌は肥えていない。体は別だが。

しかし、私の周りにいる友人は 舌が肥えている人が多く、一番今おいしいと思うものを、私にくれる。すると必然的に、娘は初めて口にするものが、一番うまいもの ということになり、一度それを口にしてしまったら、それより味が落ちるものは食べないという風に育ってしまった。

茶団子を初めて口にしたときも、ここのはおいしいと、舌の肥えた友人二人が口をそろえていう店のもので、娘はそれを初めて口にしたので、その後茶団子が食べたいと言い出すと、その辺の茶団子では許してもらえないということが起きる。

私なら、少々味が違っても、目の前にお菓子の類を出してもらうなんてことがありがたく、おいしくいただくこと間違いなしなのだが、娘は、自分の気に入った味でないと、「いらん」といって食べない。

味覚を育ててきたわけではないのに、こんな風に育ってしまっている。


その娘が、小学校に入り、給食が始まり、たぶん今まで見たことのないようなメニューばかりが毎日口の中に入ることとなった。

娘は、給食であれば、それなりにがんばって食べているようで、それさえも拒否されたらどうしようと思っていたが、その点は心配なかった。

しかし、それなりに嫌いなものや食べたことないものでも、食べている娘が、この世で一番苦手な食べ物があるらしい。

『茎わかめの酢の物』

匂いも食感も 本人曰く 最悪らしい。


実は、夏休みの宿題が片付いて、めでたく泣かずに学校に行き始めた娘だが、初日に給食の献立を持って帰ってきて、落ち込み、二日ほど前は、茎わかめの給食が、もうじきやってくるといって 泣いていた。

「落ち込むのが早すぎるねん。当日に泣きっ!!」と 私に言われ、落雷からそう日が経っていないため、その一言で泣き止み、今日まで泣かずに過ごした。

そして今朝、とうとう今日 茎わかめの酢の物だ と言っていた。

うまくごまかせる方法はないのか と 言い合い、とりあえず、頂きますの前に、思いっきり減らす作戦に出るつもりのようだった。


今日 帰宅した娘は、大変やった〜〜と 一日の学校の様子を話し出した。

サッカーを久しぶりにして なんだか足の付け根が痛い話。

体育の授業で運動会の練習をして、組体操が大変だという話。

運動会の準備係を5年生はしなければならず、それが、結構大変なのだという話。


娘は、床に寝転んで

あ〜〜大変だ こんなことも あんなこともしなければいけない と 吐き出した。

そして 最後に

「今日 茎わかめ やった」と いい、思いっきりへらし、食べる真似だけして、あとは残したらしい。

面白い。女優だ。演技をしたのだ。

誰にもばれへんかったん?と聞くと、のんちゃんの後に、友達がのんちゃんが返した分をおかわりして食べていた。といった。

3年生の時は、先生が怖くて、こんなことできなかったらしい。

3年生の時の話を、5年生になってから結構してくる。

「一番 いややった時、あんまり ままにいわへんかったなぁ。なんで?」といったけど、どうして私に言わなかったのかとか あまり考えていなかったようだ。

時が過ぎ、振り返ってみると あの時 つらかったなぁ という感じ。

3年生の時は 一番厳しい先生だったみたいだけど、学校に行きたくないとはいわなかったんだよね。それをいうほうが怖かったのかもしれない。

娘には、案外厳しい先生のほうがいいのかもね。


というわけで、つい二日ほど前まで、泣くほど嫌だったことを、今日は泣かずに乗り越えました。よかった。よかった。

学期に1回ほど 茎わかめの酢の物が でるらしい。


3学期は どうなるか。

泣くならせめて 当日にしてほしい。




やばいことになってるで!

仕事を終えて帰宅すると 驚きました。

自宅はバス通りに面しており、自宅の壁の1メートルも離れていない位置にバス停の日よけの屋根が設置してあります。

その屋根が グシャっと へしゃげているのです。

へしゃげる って 方言ですか? よくわかりませんが、その表現がぴったり。

車がぶつかったようにも思えません。

クレーン車のようなものが、屋根をひっかけて、そのまま進んでしまったのか…。


間もなく 娘が帰宅し、

「まま!やばいことになってるで!」と。

バス停の屋根が へしゃげていることを報告してくれました。


ここにも竜巻がやってきたのか?ピンポイントで?


何が原因かわかりませんが、バス停の屋根から1メートルも間が空いていない、うちの家の壁。

少し違えば 自宅がやばいことになっていたかもしれません。


なにがいったいどうなったのか?

謎です。


日本中 あちこちで やばいことになってます。

夏休みの作品展

今日は、出勤前に小学校の作品展に行ってきました。

5,6年生の展示室へ。

すごかったです。

子どもたちの個性を感じる展示。


同じ大きさの模造紙に、みな調べたことを書いています。

同じ大きさの模造紙 というところがポイントでした。

限られた中に個性が見える。

6年生は、テーマが歴史上の人物や自分の興味のあることなどだったのでしょう。テーマを選ぶのも個性が感じられ、楽しくみました。

5年生は、お米に関するテーマ。世界の米料理や 我が家の米料理 お米について調べた子。

うちの娘はパエリアにしましたが、中には聞いたこともないような国の聞いたこともないような料理を作っている子もいました。

「ぼくはお母さんの作るチャーハンが好きなので、チャーハンを作ることにしました」と書いている子もいて、なんともほほえましく感じました。

どんなことについて書こうかと決めることから、ひとりひとりみんな違うし、同じテーマを選んでも出来上がりが違うし、見ていてほんと楽しかったです。

絵も展示してありましたが、こちらは成長がよくわかるなぁと思ってみていました。成長というか精神年齢のようなものがよくわかる。

うちの娘は、まだまだ幼い。他の子と比べるとよくわかりますね。

幼い子も それなりの子も しっかりしている子も 同じ教室で同じように学んでいるんですね。


6年生は 選挙についてのポスターを描いていました。

来年はこれを描くんだな…そう思って会場を出ました。


来年は、子供と一緒に見られる時間帯に行って、娘と一緒に作品展を見たいと思いました。


来年は ろ ろくねんせい!?






卒業の時

私の周りで 次のステップに移行する人が ちらほら。

暑い夏を乗り越えて、みなステップアップしていくようです。


あの宮崎駿監督も 引退を発表。

衝撃でした。


私の青春は 宮崎アニメとともにありました。

幼稚園に勤めているときは、劇遊びの曲をすべて宮崎アニメの楽曲で構成したり、そういえば保育の専門学校の絵本製作でも、風の谷のナウシカを真似て、幼児向けに物語を作ってポップアップ絵本にしたのでした。

一番好きなのは ラピュタ。

魔女の宅急便をみた日から、しばらくは空を飛ぶ夢ばかりみていたっけ。

眠れない夜は 宮崎アニメが睡眠導入剤でした。

恋人と見たものもありますね^^


娘とはポニョが一番の思い出。

今でも、ポニョを見た映画館のことを『ポニョの映画館』と言っています。

その後いろんな映画をみているのにね(笑)

宮崎監督の最後の作品『風立ちぬ』には母も連れていき、「いい映画をみたわ」と言ってくれていい思い出ができました。


それぞれの場所を卒業する皆様 いままでありがとうございました。

あなたのおかげで 楽しかったです。




【一言メッセージ】

コロンビア

多目的

コール ミー メイビー

芝刈り機

シューズクリーナー

2学期スタート

一波乱あった 夏休みも終わり、娘はおかげさまで順調に学校に通っております。

2学期始まってすぐにあった、リコーダーのテストも無事クリアしたようですし、嫌がっていたリレー選手にも決まってしまったようですが、ぐずぐず言わずに過ごしております。

落雷時に ゲームの類をすべてごみ箱にナイスインしたので、

「今ゲームしていい?」とか「ちょっとだけ やらして」とか その辺の会話もしなくて済み、日々のストレスが一つ減りました。


ただ ひとつ 問題なのは 

これだけ頑張って海に連れて行ったのですが、カイカイ再発。

学校から帰ってくると かゆいかゆいと掻きむしり 日焼けしていた膝の裏も真っ白に戻ってしまいました。

夏の間は カイカイに悩まされずに済んだだけマシだと思えばいいのか、これだったら、海に連れて行かなくてもよかったのでは?とも頭をかすめます。


まぁとにかく 学校行きたくないと言った娘は心を入れ替え 機嫌よく学校に通っております。

ご心配をおかけしました皆様にご報告でした。

九州 命のバトン旅Q 〜いつの日か〜

朝ご飯を食べた後

じいちゃんとばあちゃんの部屋で過ごす最後の時間。

娘は、ばあちゃんの横で、ゲームをしています。

「今日は『あまちゃん』がないから つまらんねぇ」と ばあちゃんはいいます。

朝の連続テレビ小説は、ばあちゃんの楽しみの一つなのです。


毎日の中に 楽しみ があるのは 素晴らしいことだと 思います。

特別な日の とっておきの楽しみではなく、毎日の小さな楽しみ。

自分にとっての楽しみをいくつ見つけ、どれだけ楽しめるかが 私たちが一番 真剣に取り組まなくてはいけない課題なのかもしれません。

やらねばならないことに時間を割くのではなく、自分の楽しみのためにどれだけ時間がさけるか。

年を取るということは、制約が多くなる気もしますが、いくつであっても、みなそれぞれ、環境の違いやその他もろもろで制約があるのです。

その制約の中で いかに人生を楽しむか。


ばあちゃんとじいちゃんの生活をみていると、ちゃんと生きているんだなぁと 思いました。


私は、まだ 動けるな 


家で 何のやる気もなく テレビのお守りをしていた私ですが、自分で思い立って動けるうちは、動かないともったいないなという気がしてきました。

娘のために 娘に自分の命のルーツを感じてもらいたい と 思い立って出かけた今回の旅でしたが、私に生きていく力を与えてくれた気がしました。

ばあちゃんとじいちゃんが 何をしたとか 何かを言ってくれた ということではなく、一生懸命今を生きる姿を見せてくれたことが 私に力を与えてくれた。

今まで生きてきた そのことが 人に勇気を与えるんですね。


私がじいちゃんの横に座ると じいちゃんは昨日塗ってくれた薬をまた取り出して、私の足に塗ってくれました。

今日は覚えてたんだ。昨日の出来事。


ばあちゃんの部屋には、私が送った写真入りカレンダーが飾ってありました。

2006年のものでした。

そのカレンダーを、まだずっと壁にかけていてくれました。

私と娘が写っている写真でした。


じいちゃんは この写真の娘と、今、目の前でゲームをしている娘が同じ人物だとわかっているでしょうか?


お別れのとき、ばあちゃんもじいちゃんも家の外に出てきてくれました。

何度も何度もこうしてお別れをしてきました。

もう 最後かもしれないと 思って訪れましたが 別れるとき、また来年も会いたいなと思いました。

じいちゃんとばあちゃんが元気なうちしか、もうここの場所には訪れないだろうから、生きていてくれる間は一年に一度くらいは顔を見に来たいなと思いました。


雨が降る中を おじちゃんが駅まで送ってくれました。

駅の近くでは「花まつり」が行われており、おばちゃんはそちらのお手伝いをされていました。

あまちゃづる茶を頂いて、娘に風船をくださいました。


おじちゃんとも別れ、駅のホームで電車を待っていると、風が吹いて、風船が手元を離れました。線路に沿って風船が飛んでいきました。

今そばにあった風船は もう 手元には戻ってきませんでした。


列車が到着し、乗り込みました。

私たちの命のバトン旅は 終了しました。


娘は、命のつながりを感じてくれたでしょうか?

自分の爺ちゃんの お父さんとお母さんなんだということはわかってくれたでしょう。


いつか娘が 自分の家族をもち 自分の子供ができたなら、この九州の旅を思い出し、命のつながりを話してあげてほしいと思います。

そしてもしその子が 苦しんだとき、私の姿をみて もう一度頑張ろうと思えるような生き方を自分もしていたいなぁと思います。


そうなるように 今日を生きようと思います。


また いつか いつの日か 九州の旅ができますように。



九州 命のバトン旅でした。 おしまい。





九州 命のバトン旅P 〜世話になる〜

4月7日 日曜日 

九州大分の父の実家は、宇佐というところで、このころまだ朝晩冷え込み、おばちゃんがリビングにストーブを焚いてくれていました。

じいちゃんとばあちゃんの部屋は、一番日当たりのよい東側の部屋。

廊下を挟んでリビングがあり、西側におじちゃんたちの部屋があります。


朝、私はストーブを焚いてくれているのでリビングにいましたら、

ばあちゃんが部屋から よいしょよいしょと 歩いてきて、トイレに行くのかと思ったら、トイレを通り越して、お風呂場に行きました。

朝から お風呂場で 何をするのかな?と 思ってみていると、

高い位置に干してあった雑巾を、お風呂掃除のモップを使ってひっかけてとろうとしていました。

ばあちゃんは 背が低く 腰も曲がってきています。

そして、バケツにお風呂の残り湯を汲もうとしています。

「どうしたん?」というと、

じいちゃんが 夜中に尿瓶にした尿を、自分の足で蹴とばしたらしく、尿がベッドの脇にこぼしてしまったようでした。

それをばあちゃんが拭こうとしているのです。


ばあちゃんは誰にも言わず、じいちゃんの後始末を自分でしようとしていたのでした。

自分が歩くのも杖を突いているのに、バケツに水を汲んで歩けないだろうと 私は、バケツを持つわといって ばあちゃんの部屋まで持っていきました。

私は バケツを運びながら、おばちゃんにたのまへんねんなぁ…と 思いました。

自分でできることは自分でしようと思ってるんやなぁ と。


私がバケツを運んでいる姿を 犬の散歩に行こうとしていたおじちゃんがみて、どうしたん?ということになり、事が発覚し、おばちゃんが登場しました。

おばちゃんが来て、すごいスピードで サササッと拭き始めました。

今までの私たちの動きのスピードとは 全く違う速さで、なんだかその速さは、あまり気持ちの良いものには感じられませんでした。

おばちゃんが 手早く畳を拭く姿を、私とばあちゃんは茫然と立ち尽くしてみており、「もうこれでいいね」といって サッとバケツを抱えて部屋から退場。

尿をこぼしたじいちゃんは何もせず、じいちゃんの息子のおじちゃんも登場せず、きれいにするのはおばちゃんで 申し訳ないなぁと思っているのは ばあちゃんで…。

年を取り、世話になるというのは こういうことなのだ。

ベッドに寝たきりになるのが世話になるのではなく、まだ ほとんどのことが自分でできていても、こうして世話にならなければならないし、それを頼むのも頼みづらいし、できれば自分で全部したいけれど、できないし…。

おばちゃんは 怒りながらきれいにしてくれたわけでもないんだけど、なんだか 怒っているような気もするし。

きっと 日々 こういった細かいことがたくさんあるんだろうなと 想像がついた。


介護する側の作業のスピードも、あまり早すぎると、相手によい印象を与えないなぁと思いながら、この役をやるのがうちのお母さんだったかもしれないんだよなぁ…などと 考えていた。


それにしても 男は なんで こういうことを自分でしないのか。

先に自分が気が付いたのに、おばちゃんにそれを伝えたわけだから、自分がじいちゃんの後始末をしてあげようとは思わなかったのだ。
おじちゃんはご飯の片づけなど洗い物はしてくれていたので、家のことを全くしない人ではないのだが、こういうことはおじちゃんではなくおばちゃんなのだなぁ。
犬の散歩は後でもいけるだろうに。
おばちゃんの親ならわかるけど、自分の親なのにね。


年をとり世話になるということは こういうことなんだなと 実感した朝の出来事でした。









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摩耶
京田辺在住です。

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