北九州マラソン 応援サプライズの旅 その7 雑貨屋三昧

具合の悪い娘をホテルに残し、私は、雑貨屋に向かいました。

最初に、立ち寄ったのは「ゴールデンレイ」というお店。

門司港ホテルから徒歩3分くらい。郵便船ビル1階。

趣のある建物の1階にど〜〜んとお店があります。

広い空間天井も高い。

美術館のような雰囲気のお店でした。

赤ちゃん服から、キッズ・レディース・メンズ 靴 鞄 などなど、品ぞろえが素晴らしかったです。

家族で訪れて、皆がそれぞれ楽しめる洋服屋さんといった感じ。

店員さんにお聞きしたところ、ここ、門司港付近では、ほかにお洋服屋さんがないんだとか。

娘が着てくれるのら、いろいろ買いたかったここのお洋服。

娘が着てくれそうにない、かわいい洋服がたくさんありました(笑)


さてさて、ここから私、道に迷います。

直線コースで行けば、200メートルもなかったのではないか?と思われるところを、ぐる〜〜〜とまわり、いえいえ散歩、いえいえ探索?鉄道記念館というところを通り、高架をわたり、高い場所から街を眺め…。

まあ、これも良しとしましょう。

そして、海岸沿いを帰ってきて、見つけた黄色い建物。

みんな迷うのでしょうか?

黄色い建物は、外からペンキで塗りました!!というような建物で、そこに「雑貨」と大きく、これまた黒いペンキで書いた!というような書き方で。

手作り感満載の文字。

海岸のほうから見ると、間違いなくここだとわかる、雑貨屋がたくさん入っているビルにようやく到着。

まず初めに、2畳ほどのスペースのお店に入りました。

入るといっても、お店の人が座っておられて、私が入ると、立ち上がり、スペースを広げてくれるといった狭さ。

ここに、お店の方が作った、かわいらしい陶器が置かれていました。

思わず、買わなくてはいけないような気になり、嫌々買ったのではないですけどね。

かわいらしい桜の花びらの模様の湯呑を購入。

桜のお皿がちょうどあるので、これとあわせて、お茶を出したら素敵かも?と思い描き購入。

桜の羊羹と、お茶なんて、合いそうだなぁとか。

家には、売るほど(笑)器があるのに、購入。そんなもんです。


このビルは3階建てになっており、1階と2階に10店舗ほどお店が入っています。

ほど、というのは、今はお休み中というお店もあり、空いているスペースも有。

なので、今後またお店が増えるかもしれなくて、変わるかもしれなくて。

先ほどの2畳のお店も期間限定で変わられるそうです。

なので、今度訪れたときは、違うお店になっている。


まずは2階に上がってみました。

ここからお店を梯子したのですが、おいているものはもちろん違うし、雰囲気も違うし、外の光の取り入れ方も違うし、同じような空間を与えられているけれど、全く違う世界がそこに広がっておりました。

売り物は、もちろん違うのですが、そこにいらっしゃるお店の人が違うんです。当たり前といえばあたり前ですが、パッと入って行った時の、出迎え方が違う。

どう声をかけるか。それで、こちらの受け答えも変わってきます。

私もお客様と接する仕事をしているので、これは大変勉強になりました。

第一声って、大事なんですね〜〜。

そんなことを感じながら、お店を梯子。ほぼ、見終わったころ、娘からメールが入りました。

「ままおなかすいた〜〜」と。

何が食べたい?と聞くと、「普通でいい」「コンビニのおにぎりでいい」と。

普通がコンビニのおにぎりとは、どういう食生活をしているのだろうという感じですが、普段コンビニのおにぎりを食べさせていないので、ここは、どこかに食べに行くのではなくて、おにぎりでいいという意味だなと思い、「わかった」と返事をして、お弁当を作ってくれるところがないかと探すことにしました。

この雑貨ビルの1階に、カフェがありました。

「Bion」と看板に書いてありました。

そこに入って行って、「あの〜〜お弁当ってありますか?」と聞くと、「あります」と。

まさか本当にあったとは、それも探し回らず、最初に入ったお店にあったとは!

メインのお料理を、鶏肉か魚かを選び、あとは雑穀米とお惣菜が4品ほどでした。

迷わず、鶏肉を選び、「白米に変更できますか?」と聞いてみました。

白米は炊いていないようでしたが、どうして?という感じだったので、うちの娘が具合が悪いので、雑穀米よりは、白米のほうが消化がいいかと思ったもので…。と話をしました。

昨日からきて、今ホテルで休んでいることを話の流れで伝えました。

お弁当ができる間、また雑貨屋をうろうろしました。同じ1階の並びに、「汽笛ドーナツ」というドーナツ屋さんがあり、このお店は内田彩仍さんの本に載っておりました。もう一つ、ハグカフェというカフェが載っていてそこにも行きたいんだけどなぁ…この辺にあるはずなんだけどなぁ…また別の場所なんだろうか?と思っておりました。

娘はドーナツが好きなので、買って帰ってあげようと思い、2つ買いました。

隣の館ティークの雑貨屋さんや、カメラ関係のものが置いてある雑貨屋さんなど見て回り、「Bion」さんに取りに戻り、お弁当を受け取りました。

帰る道すがら、自分のお昼はどうするかと思っていたら、持ち帰りOKの生春巻きの看板を見つけ、そちらで、生春巻きを購入。

娘にメールで、「もうすぐ帰るよ」と連絡し、ホテルに戻りました。


「のんちゃん ただいま〜〜」

部屋に入ると娘は、熱が下がったようで、すっきりとした顔をしていました。


娘に、お弁当を作ってくれるところがあって作ってもらっていたといい、お弁当を見せると喜びました。

ドーナツは、喜んでもらえず。

ドーナツを食べる気分ではないようでした。

娘は、喜んでお弁当を食べました。

すごく喜んだので、明日のお昼は、このカフェに出向いて食べようかという話をしました。

お昼ご飯も食べ終え、娘も具合がよくなっているので、いよいよここから応援サプライズの作戦を遂行することにしました。


やっと(笑)



つづく。






北九州マラソン 応援サプライズの旅 その6 門司港ホテルの朝

門司港ホテルで迎える初めての朝がやってきました。

青い枠の窓の外は、すっかり景色が変わっていました。

真っ暗で、船の明かり、対岸の明かりがボーっと明るく灯っていたのとは全く違い、朝は、真っ白という印象。

よく見ると、昨夜雪が降ったようで、関門海峡の奥にそびえる山が、粉砂糖を振りかけた感じにうっすら白く、おいしいそうでした。

あれから、雨が雪になったんかな…

そう思って、下を見てみますが、屋根や道路には雪はなく…。

少しだけ降ったんかな?と思っておりました。


昨夜、寝る前に友人が、九州の天気を心配してくれていて、天気予報を調べてメールで送ってくれていましたが、心配するほどでもなさそうだなとおもっておりました。

しかしこのころ、こちら京都では雪が降り、岡山あたりでは新幹線が止まっているとかいないとか…。

あらら、もし、昨夜に門司港に来ることにしていなければ、私たちは、なかなか門司港に到着しなかったかもしれないのね。

そんなことを思っておりました。


娘は、昨夜からの熱が下がらず、今日は、チェックアウトしなくてすんでよかったなぁと昨夜の幸運をもう一度噛みしめました。


さてさて、ホテルの朝ごはんです。

娘に、食べに行くか?というと、「うん」という返事。

しかし、後から聞いたら、この朝食時が一番つらかったらしく、お料理を取りに立つのが嫌だったらしいです。

門司港は、焼きカレーが名物で、辛子明太子に並んで、焼きカレーがありました。

あとは、バナナのたたき売り発祥の地らしく、バナナのジュースがありました。

ご当地グルメにはあまりひかれませんでしたが、私の大好きなサーモンがあるではありませんか!!サーモンカルパッチョ。その横には、タコのマリネ。これだけで、良いです。

緑のはっぱをこんもりと盛って、その上に、サーモンとタコをライドオン。

ホテルの朝ごはんで、このようなものが出てきたのは、私の人生の中で初めてのような気がします。そして、まだ、このときは、もう一つの素敵なものを発見しておりません。

一皿目を完食し、二皿目に突入。

娘に、なにかとってきてあげようか?というも、「特になし」という感じ。

娘に遠慮することなく、3皿ほど平らげ、デザート系は特に魅力的なものはなかったですが、私は、十分満足して、席を立ちました。

そして、レストランの入り口付近に差し掛かり、あれ?なにこれ?とあるものが目に入りました。

なんと、スパークリングワインをご自由にお飲みくださいコーナーではないですか!!

お料理のコーナーとは別にしてあって、そこにわざわざ取りにいかないと飲めないようになっているのが、なかなか考えているなという感じですが、私は、入店の際にはそのことに気が付かず、帰りに気が付いてしまったという、残念なことに。

サーモンのカルパッチョと一緒に飲めたってことやん!!!!

これで、連泊できなくて、今日チェックアウトなら、帰るに帰れませんでしたが、幸運なことに、連泊ができることになっていましたので、明日、必ず飲もう!と心に決めレストランを後にしたのでした。


部屋に帰って、さあ雑貨屋へ出発です。

娘は部屋でゆっくり過ごすことに。

行ってきて〜〜という感じなのでよかったです。

というか、娘がついてこないほうがよかったとも言えます。

娘は雑貨屋好きではありませんから。

娘の旅行の楽しみはホテルに滞在すること。

行く場所、というより、どんなホテルかが重要。

この旅、それぞれの欲求を満喫する旅なのでしょうか?

というわけで、さっそく出かけました。

歩いて、5分もかからない範囲に、たくさんの雑貨屋があります。

雑貨屋好きには、たまらない門司港です。

というわけで、ここからは、雑貨屋紹介。

なかなか、応援サプライズのくだりにはいきませんね(笑)


「いってきま〜〜す」べっどに横たわってテレビを見る娘に私はそういって、とうとう今回の最大の目標である雑貨屋めぐり、いえいえ、2番目の目的の雑貨屋めぐりに向かったのでした。


つづく。





北九州マラソン 応援サプライズの旅 その5 三つ目の幸運

小倉駅に到着し、21時15分の門司港行きの電車に乗ることができました。

近鉄電車の赤とは違う深い赤の電車でした。

この時の、記憶が少々ないのですが…、私は、具合が悪い娘に対して、なにか怒りをぶつけたような気が…具合が悪いことに対してではなくて…何に対してか思い出せず…。

何度もこの時のことを思い浮かべるのですが、いやな感情が私を支配したという感覚だけがよみがえり、何に対してだったのか…

赤い門司港行きの電車とそれに乗り込んだ時の娘の悲しそうな顔が頭に残っています。

ほとんど乗客がいない電車に、荷物を抱えた娘が乗り込んで、ドカッと二人掛けが向かい合わせになっているシートに腰を下ろした娘の表情。

泣くでもなく、怒るでもなく。

この時、相当しんどかったと思うのですが、私はそんな娘に対して、いったいどんな怒りをぶつけたというのか、その時の私に聞いてみたい。

今頃になって、娘に聞いてみたところで、娘も覚えていないと思う。

でも、あの夜、門司港行の電車に乗り込むときの、なんだか嫌な感情に支配されたという感覚がとても残念でならない。

こんなところまで来て、自分が来たいから娘を道連れにやってきて、そして、とうとう門司港ホテルに着くというのに、なんなんだ。

なんだか、わからないんですけど、その時、悪いことしたなぁと思ったというのだけ覚えています。

今ここで言っても仕方ないけど、ごめんね娘よ。



小倉から4つ目の駅が終点の門司港だった。

降りるころには、嫌な感情というものがなかったように思う。

しかし娘にはあったかもしれない。

娘のテンションは上がっておらず、ただひたすら、私が行くところについてきていたという感じであった。


このころ、雨がしとしと降ってきていた。

宮崎駿アニメの『風立ちぬ』の映画に出てきたのとそっくりの汽車のホームが私たちを迎えてくれた。

黒い木の柱が何本も等間隔で並び、そこに明かりが灯っている。

「あ〜〜きれいやなぁ」というも、娘はうれしくなさそうである。

ここからホテルまで徒歩3分。


駅を出てすぐ、目の前の大きなホテルが門司港ホテル。

ド〜〜ンと建っていた。


門司港ホテルの周りの木に取り付けてある電飾が色とりどりで、すごくきれい。

「こんなんみたことないなぁ きれいやなぁ」

今も思い出される、素敵なあの夜の光景。

私は雨降りは嫌いだけど、あの夜の雨は、風情があって素敵でした。


と、私は気分よくホテルに到着。


チェックインするためロビーへ向かう。

娘はロビーのソファに座った。


ここで、この日三つ目の幸運。

「ご予約の際、連泊を希望されておりましたが、明日おひとつお部屋のご用意ができます。同じお部屋かは今のところわかりませんが、連泊されますか?」

マジですか??


予約の際、連泊を希望していたのです。

というか、本来、土曜日に宿泊したかったのです。

土曜日が満室なので、金曜日に泊まることにしたのです。門司港に行くのに門司港ホテルに泊まれないなんてことありえなかったからです。

キャンセル待ちができないかと予約時に問い合わせたら、キャンセル待ちも10組以上あるので、無理だと思うといわれ、仕方なく、少し離れた宿を予約していたのでした。

宿を変わるのは仕方ないとしても、娘の体調が悪いので、チェックアウトから、次のホテルのチェックインの時間がつらいなぁと思っていたのです。

しかしここで、私、即答せず、予約している宿のキャンセル料がかかるかどうかを確かめてから、返事をしますと、受付の人にいって、その場を離れ、電話を掛けました。今から思えば、キャンセル料がかかったとしても、門司港ホテルに泊まることにすればいいのにね(笑)

この時は、「同じお部屋が用意できるかはわからないのですが…」と受付のお姉さんは言っていましたが、キャンセル料がかからないということで、次の日のホテルをキャンセルし、連泊をお願いしますといった時には、同じお部屋をご用意できます。と変わっていた。

そんなにすぐに変わるわけないんだから、初めから同じお部屋でご用意できますといってもいいのではないでしょうか?

とにかく、連泊ができることになり、それならば、これ以上具合が悪くなっても部屋でゆっくりと過ごすことができるので、よかった〜〜ラッキー〜〜と突然のプレゼントみたいな出来事に静かに心で大喜び♪

「明日のお部屋のお掃除に11時ごろ伺いますが…」とおっしゃいましたが、娘が具合が悪いことを伝え、掃除はお断りしました。使ったタオルだけ交換してくれればいいと伝えました。



お部屋は826号室。

部屋のドアを開けると、なんと海の見えるお部屋。

船の明かり、対岸のあかりが美しく光っています。

ブルーと白を基調としたお部屋でした。


娘はベッドにすぐに倒れこみました。そのまま寝るかと思いきや、

「まま 風呂入る?」と聞いてきました。

「うん 入るけど?のんちゃんも入るの?」というと、「うん」と。

あら、珍しい。これは完全に熱に侵されているようです。


湯船にお湯を張り、私が先に入りました。

その間に、娘は寝てしまうだろうと思っていましたが、私が上がったら、娘が入りました。

そのあと、友人にもらった精油を娘の足裏に塗り塗りし、就寝。

明日の朝、熱が下がってくれるといいなぁと、明日のうちに娘が応援に来ていることを何らかの方法で知らせるほうがいいなぁ。どういう方法にしようかなぁ…。ということを思いながら、ほんとに門司港ホテルに来ちゃったなぁとひとり喜び、眠りについたのでした。

  
つづく・・・・。

北九州マラソン 応援サプライズの旅 その4 重なる幸運

実は、2月7日金曜日に重ねたのは嘘だけではありませんでした。

なんと、幸運もいくつも重なりました。

まずは、最寄りまで行く手段。

自宅前から出ているバスに乗っていこうと思っておりましたところ、友人が送ってくれると言ってくれました。

そして、その時間なのですが、予定時間より早く送ってもらえました。

送ってもらえるだけでも、幸運ですが、この予定よりも早く送ってもらえたことで、家人と鉢合わせをしないで済んだのです。

というのは、実は、この日、家人は出張に行っていたらしいのです。

出張だったから、残業しないで早く帰ってきた。

だから、学校の先生からの電話を取ったのです。

私の当初の予定通り、6時過ぎの電車に乗れるように最寄り駅へ行っていたとしたら、駅でばったりしていたのかもしれなかったのです。

早めに送ってもらえて、幸運でした。

これが一つ目の幸運。


二つ目は、新幹線の座席。

私は、新幹線の切符を買うのに自動券売機を使いましたが、間違い、窓口で買い直しをしました。それに手間取って、乗ろうとしていたはずの新幹線にギリギリに乗るということになりました。

自由席を買いましたので、先頭車両の1号車から3号車までいかねばなりませんでした。通路を歩いていると、一つだけあいているところはありますが、二つ並んであいている席というのはなかなかありませんでした。乗り込んだのもギリギリだったので、もう席は埋まっています。

3号車を通り過ぎ、2号車に入ったとき、2号車の先頭のほうで、子連れのお母さんが立っているのが見えました。私は1号車まで行って席を見つけたいと思っているのに、立っている人がいたら、その先にいけないなぁと思いながら、歩いて席を探していました。

いよいよ、立っているところまで近づいてきて、それまで二人並んだ席が空いていなかったので、その近くの一つだけあいている席に娘を座らせました。

娘は、ままと一緒に座れないのか?と少々不本意な顔をしましたが、仕方ないんだねとすぐに思ったようで、私が促すとおりに座りました。

私は、それ以上進めなかったので、そこに立っていることにしましたら、私が立ち止まった所の席に座っていた親子連れが、まだ、次の停車駅の新大阪でもないのに立ち上がり、降りる準備を始めました。娘を座らせた席の前の席でした。

私は、娘をもう一度立たせ、前の席に来るように言い、二人で並んで座ることができました。

通路で立っている人がいなければ、まだ、どんどん歩いて行って一号車まで行き席を探しているところでしたのに、通路に立っていた人がいて足止めしてくれたおかげで、二人並んで座ることができました。

私が、その場所に到着したのと同じときに親子連れが立ち上がってくれたのも幸運感を高めてくれました。

「のんちゃんよかったなぁ ちょうど座れたなぁ」とほっとして座った後に、家人からのまさかのメールが届いたわけです。


そして、三つ目。

三つ目は、このあと、いよいよ門司港ホテルに到着した後にありました。

この話は、次の巻きで。

というわけで、嘘も重ねましたが、幸運も重なった2月7日金曜日でございました。



つづく。

北九州マラソン 応援サプライズの旅 その3 重ねる嘘

「今日は、のんちゃん学校に行ったんだよね?先生から、『熱はどうですか?』と電話があったけど、自分は会ってないからわかりませんって言うたけど」

と、家人からメールが来ました。

なぜ、家人は学校の先生からの電話をとったのでしょう?

家人の帰宅はいつも深夜。

学校の先生から電話がある時間に、出れるはずがありません。

いやいや、でも、今メールが来たということは、自宅に帰って電話をとったということです。

夕方、娘の携帯に家人からメールがあったようで、その時にも、「今日は学校へ行けたのか?」というようなことが書いてあり、娘は、そこでも、「学校へ行ったよ」とうそをついていたのです。

なのに、まさか…

この日に限って早く帰宅していたとは…


「のんちゃん、どうする?なんて返事しようか…」

私は、考えました。


学校へ行ったと嘘をついている。

しかし、行ってなかったことがばれている。

いかなかった理由を作らねばならない。そして、それは、体調不良や、念のために休んだということではなく、もう、すっかり元気なんだけど行かなかったということにしなければならない。

今日は、金曜日…。

あっ!!といいことを思いつきました。

考える時間は、ほんの数秒でした。

「今日は、ばあちゃんがいてくれる日(自宅カフェ営業日)やから、のんちゃんはばあちゃんと一緒に居ときたいというて、学校をやすんだことにしよか」

そういって、私はすぐにメールの返信をしました。

もしかして、私は、うそつきの天才なのかもしれません。

しかし、嘘というのはばれるもの。

一つの嘘をつく、そして、それがばれる。するとその嘘を取り繕うために、また、うそを重ねる。

完全犯罪をしようとした犯人が、ひとつずつアリバイが崩れていくような感じです(笑)


その後、特に返信もなく、私と娘は新幹線の自由席で、ほっと胸を撫で下ろしたのでした。

もう、大丈夫だろうと思っておりました。

あとは、マラソンスタート地点で待っていればいいのです。

しかし…。

娘は体調不良。

会えるかどうかわからないマラソンスタート地点に赴いて、どんな格好で走るか知らない人を見つけ出してこっちにも気が付いてもらうということは、ものすごく無謀なことだと思えてきました。

これは、作戦を変更せねばならないなぁ…。

どうするか、明日、のんちゃんと相談しよう

娘は、もうぐっすりと眠っておりました。



つづく。








北九州マラソン 応援サプライズの旅 その2 うそを教える母

というわけで、門司港に、いやいや 応援に行くことを決めた私。

あとは、ばれないように、うまく嘘をつかねばなりません。

金曜日の晩に、門司港に宿泊ということは、金曜日の晩、私と娘がどこかに出かけているということにしないといけません。

今までも、何度かこのようなことはあるので、特に怪しまれないでしょうが、行く先をどこにするか。いつも行っているところでは、なぜ,わざわざマラソン出発の前日に泊まりに行くのだ?と思われるかもしれません。

そんなことを考えていると、友人が、うちに泊まることにしたら?と言ってくれました。

遊びに行かせてもらうことはありますが、親子でお泊りさせてもらったことがないので、これは特別感があり、いい感じ。

さっそく、カレンダーに、「○○ちゃん宅お泊り」と記入しておきました。

これで、よし。

うちは、特に、家を空けるのに許可を得なければならないということはないので、記入しておけばOK。


あとは家人がそれに気が付き、何か、こちらに聞いてきたときに、うまくふるまえばよいのです。

娘には、金曜日の朝に、「出発前に会えないけれど(泊まりに行ってるので)マラソン頑張ってね」ということを言いなさい。と言っておりました。


出発する週の火曜日あたりだったでしょうか、家人がカレンダーの文字を発見し、

「のんちゃん、金曜日泊まりに行くのか…ぱぱは、土曜日の朝にもう、出かけるからな」と言い出しました。

これで、第一関門突破です。

あとは、金曜日、新幹線に遅れないように、こちらを出ればよいだけだと 思っておりました。

バスが自宅前から出ており、それに乗って、最寄り駅まで行き、そして、京都へ。

6時19分発の、新田辺駅発の急行に乗る予定でした。


6時まで、自宅カフェをオープンしているので、ぎりぎり間に合うか!!という感じでした。

さあ これで、段取りはすんだな。と安心しておりましたところ

娘が、木曜日、体調を崩したのです。

まさかの発熱。

いや、まさかではありません。

先週から、めったに言わない、おなかが痛いと言い出したり、近所の同じクラスの子が二人もインフルエンザになっていたり、そして、とうとう咳をしだしたりと、怪しさは満点でした。

そして、とうとう、木曜日。

「だるい…」

娘が、人生で初めての言葉をいいました。

「だるい」という言葉。

「のんちゃん!だるいという言葉、わかったん?どんな感じがだるいかってわかったんやな?」と、娘が、初めて言葉をしゃべったのか?というくらい、感動し、お〜〜すごいな。娘がだるいっていった!と思いながら、すぐにもう一度寝なさいといって、ベッドに向かわせました。

夕方、学校の先生が、お見舞いに来てくださいました。

というのは、みな周りの子が欠席をしていて、連絡帳を届けてくれる子がいなかったのです。

先生が来られる頃は、娘は起き上がっておりましたが後で聞いてみると、一番しんどさピークだったようです。


うちに来てくれている、ハナノネ工房さんが、お手当ての方法を教えてくれて、娘のリンパにアロマを塗り塗り。

その日の夜、もう一度熱が上がりましたが、朝にはすっかり下がりました。


金曜日、熱が下がったとしても、念のため、学校はお休みさせようと思っていました。

しかし、学校を休んだのに友達の家にお泊りに行くということは不自然です。

なので、朝、家人が家にいる間に、もうのんちゃん元気になったよというアピールをしなければいけません。

私は、朝ベッドの中で、娘にそのことを伝えると、娘は、芦田愛菜もびっくりの演技力を発揮し、家人は安心して出勤していったようでした。

金曜日の日中は、すっかり娘は元気になっており、この調子ならば、門司港 いえいえ、応援にいけるなという様子でした。

荷物を詰め、夕方になり、友人が車で駅まで送ってくれるということで、待っております間に、娘は体温計で、熱を測るというようなことをしました。

ピピ ピピ ピピ

「まま〜七度八分」

え????

熱あるんかいな!!!

「いけへんな それやったら…」というと、

「いやや。いく〜〜」と。

「ほな、なんで測るんよ。測らんといてよ今頃。ブルーなるやん」と、熱を測ったことをとがめる私。

「ブルーになるって。どういう意味?」と聞くので、

「テンション下がるやんっていうこと!熱がある子を連れていくって、いややんかぁ。熱があっても、知らんかったら、気にせずいけるやん もう〜〜」

「もういけへんな」

「いやや 行く!」

「いけるん?熱あるのに」

「いける」

「ほな 迎えに来てくれはっても、熱あるっていうたらあかんで」

と、ここでも、うそ。

いや、うそじゃないか、黙ってるだけ。


というわけで、迎えに来てくれたお友達に内緒で、駅まで送ってもらい、無事?近鉄電車に乗り込んだのでした。

出発できたので、これで、とにかく大丈夫。と思ったのですが、

そうはいきませんでした。


新幹線に乗ったころ、家人からメールが入りました。

「今日は、のんちゃん学校に行ったんだよね?先生から、『熱はどうですか?』と電話があったけど、自分は会ってないからわかりませんって言うたけど」

学校の先生から電話がかかってきていたのです。

気づかれたか??

学校を休んだのはバレた!


私と娘は顔を見合わせ、どう返事すれば、怪しまれずにすむか考え始めたのでした。



つづく・・・・。










北九州マラソン 応援サプライズの旅 その1 旅の始まり

今回の旅の始まりは いつだったか…

去年のいつか 家人が

「北九州マラソンに当たったから、走ってくる」といいました。

「へぇ〜そう」

そんな会話で終わったのだと思うのですが…。
 


北九州マラソンとは、フルマラソンのようで、家人は今まで、2度フルマラソンに出場はしておりますが、どちらも娘の付き添い。
自分一人で走ったことがないので、一度は走ってみたいと思い申し込んだ模様。


そして、今年になってから、それが2月に行われるらしいことを知り、北九州マラソンってどこで行われるのか聞くと、北九州市だということで、私は、北九州に、北九州市があったということを知らず、北九州市って、九州の北半分が北九州じゃないの?くらいの認識しかなくて、え?それ福岡のこと?と、わけがわからず、調べてみることにしたんだと思います。

なぜ調べたのか、あまり記憶がないのですが・・・・。


北九州マラソン と検索して、マラソンルートを調べてみると…

「門司港」の文字が。 

マラソンルート30キロ付近の折り返し地点が門司港

門司港…どこかで…見たような…




「門司港」


私は、去年の夏頃。ある一冊の本に出合っておりました。

内田彩仍さんという方の本。

「12か月のこと」

丁寧な暮らしぶりが紹介されている本で、その本の秋のページに

内田さんが門司港ホテルに宿泊し、周辺のお店をめぐっている様子が紹介されていました。

内田さんの暮らしぶりがとても素敵で、私もこんな暮らし方したいなぁと本を眺めるたびに思っておりました。そんな私の生活のお手本にしたい人が気に入って訪れている場所。

ご自宅から近いようで、小旅行で訪れる場所として紹介されていました。

内田さんが気に入っているところなら、私の好みともぴったりだろうなと思っておりました。


九州へは、行く機会はあります。

私の両親が大分と熊本出身。

去年の春、最後かもしれないと、母を熊本に連れて帰りましたが、一年に一度は帰るのを目標にしようということになったので、また今度、春には九州に行きます。

しかし、門司港に寄るということができるかというと、わかりません。


頭の片隅に、収納されていた門司港。

北九州マラソンのルートを見てみて、門司港の文字を見て、壊れかけている(笑)私の記憶する脳の部分が音を鳴らし、「門司港」に反応しました。

ん?門司港って 確か…

「12か月のこと」の本を取り出して、パラパラとめくっておりますと、ありました。

門司港。

私の記憶は、壊れていませんでした。



あの門司港が北九州マラソンのルートの中に??

なに?

これは?

私が、いつか行ってみたいと思っていた場所を走るというのかい?


家人は、私たちに応援に来てほしいなどとはこれっぽっちも言いませんし、私も応援に行こうとはこれっぽっちも思っておりませんでした。

しかし、応援に行くということなら、堂々と 門司港にいけるというものです。


娘には、「パパのマラソンの応援に内緒でいこう!」といい、

私は、さっそく、門司港ホテルに泊まるべく、空き状況を調べてみましたが、気が付くのが遅かった。

2月にマラソン。

1月に検索。

あいているはずがありません。

本当に、門司港がコースに入っているのですから、マラソン参加の皆さんが利用するのです。

でも、ここに泊まらなければ意味がない。

というわけで、マラソンの前々日に宿泊することにし、予約。

金曜日の夕方にこちらをでて、金曜日に泊まり、土曜日は一日雑貨屋めぐり。

そして翌日も連泊したいのですが、キャンセル待ちも10組ほどあるということで、少し離れた素泊まりの宿を確保し、そこに、移動し、マラソンの当日、スタート付近で待つとしようかとそのようなプランを考えておりました。そして、応援が終われば、大分に行くことにしました。

大分は父の田舎で、去年の12月、私の祖父が亡くなり、その時大分に帰っていませんでしたので、福岡まで行くならば、大分にも行こうと思いついてしまいました。


2月7日(金)夕方、出発 門司港ホテル泊
  8日(土)雑貨屋めぐり 門司海員会館泊
  9日(日)マラソン当日 大分入り 
10日(月)大分のばあちゃん宅訪問
 11日(火)帰京


3日目4日目の宿泊場所も調べましたが、日曜日月曜日泊は前日予約でも大丈夫だろうと思っておりました。

この時に泊まろう思って調べていた宿は友人のおすすめの宿で、風情のある温泉旅館です。

しかし、事前に予約はしませんでした。

なぜ、事前に予約しなかったのか。

この時に、今回の旅が、どんなふうになるのか、ちょっと想像がつかないなとと思っていたような気もします。

というわけで、この後、『門司港雑貨めぐりの旅』 いえいえ、『北九州マラソン応援サプライズの旅』が始まるのですが、

何事もなくということにはならなかった今回の旅。


これが、この旅のはじまりでございました。


つづく・・・・。


まんまcafe虹夢便り〜〜バスソルトつくりませんか?の巻〜〜

2月の木曜日。

まんまカフェ虹夢では、バスソルトを自分で作っちゃうコーナーが登場。

10時から15時の間。

制作にかかる時間は15分程度。

1回500円。

お塩をお風呂に入れて入浴すると、あら不思議、体がぽかぽか温まるらしい。

知らんかった。

私。

教えてくれるのは、ハナノネ工房さん。

というわけで、お時間のある方は、ぜひバスソルトを作りに来てくださいね。

10時から15時の間なら、いつでもどうぞ。

あっ2月の最終週の木曜日は、バスソルトつくりはお休みします。

なので、2月6日13日20日の3日間です。



今週の、シフォンケーキは プレーン ハニーティ 抹茶 さつまいもの4種類。と、りんごのコブラーです。

ちょこっとランチは 混ぜご飯 または おにぎり味噌汁ランチを用意しております。


ではでは、みなさまのお越しをお待ちしております〜〜





PS 今週の、シフォンケーキは塩味ではありませんのでご安心を(笑)

今日も、楽しいケーキつくりでした。





不思議なものですね

今日、やっと年賀状をファイルにしまいました。

私は、いつもお年玉年賀はがきの抽選を見てから、しまうようにしています。

毎年15日に発表なので、もっと早くに収納できると思うでしょ?

ところが今年は、何を間違ったのか、お年玉年賀はがきの当選番号を娘にネットから確認してもらい、4枚あたっていたので、それを郵便局に替えに行ったのです。

調べて、郵便局に持っていく。

というだけでも、数日を要します。

そして、やっとこさ持って行ったと思ったら、番号が全く違っていたのです。

なんということでしょう。

その場で抽選番号が書いた紙をもらい、もう一度家に帰って調べる。

そういう作業をして、また数日。なので今頃、年賀状を収納。

年賀状は、残す必要はないという方もいらっしゃいますが、私は、毎年、一つのファイルに収納し、そして、その年に頂くはがきなどを順に収納していきます。

あ〜〜この年に、こんなことしていたなぁとか、思い出のアルバムのようになります。


今年の年賀状。私は送らずに、去年のクリスマス前にお手紙を送りました。

初めて、クリスマス&ハッピーニューイヤーの封書を送るので、結構前から構想を練ったり、文章を考えたり、どんなデザインにするかなど、楽しんで作っておりました。

封書も手作りしたりして。

不思議なことに、本当に、年賀状を出せない事態が発生し、今年は(去年)年末のお手紙で正解でした。

特に、そう感じていたわけではないんですけど。


そういうわけで、年末にお手紙を出したので、みなさまから年賀状で、お手紙のお返事をいただいたというような形になりました。

それを読ませてもらうと、不思議なことに、

「元気をもらいました」と書いてくださっているものが多いのです。

不思議です。

私が送った手紙には、私が、やる気を失い、生活も不規則、健康状態も良好とはいえない日々を過ごしていた様子を書き、これではいけないと、自分の生活を整えるために、自宅ショップを再開することにしたお話を書いたのです。

これから元気になるために、これ以上、腐らないために。

なのに、そんな様子を書いたら、それを読んだ人に元気を与えることができたの?

いただいた年賀状をみて、不思議に思いました。

私が、ずっと元気で、特に代わり映えしない生活を続けていても、人に元気を与えることはできないけど、沈んで浮上するという状態は、人に元気を与える。

沈んだことも悪くないと思えます。


また、一人で腐っている場合ではない、恋人でもみつけないと と思って企画した飲み会。

いわゆるコンパ。

そのコンパで知り合った男女が、今年結婚することになりました。

間違いなく私のおかげです(笑)

私が、落ち込んでいなければ、企画しなかった飲み会ですから、こちらも落ち込んでいたことが、間違いなく意味のあることだったといえます。

ましてや、赤ちゃんなんか生まれてしまったら…

その赤ちゃんが、私を落ち込ませ、飲み会を企画させ、そして父と母を出会わせたといえませんか?これ。

いやいや、赤ちゃんができたわけではないのですが、妄想はどこまでも続きます。


落ち込んでいても、人のためになるのですから、人間は、どんな状態であっても、生きているだけで、人のためになっているといえます。

不思議なものですね。

人生って。


皆様、どうか、お元気で。

お幸せにね♪


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摩耶
京田辺在住です。

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