表に出るまでそこにいてね

最近、「アナと雪の女王」の歌にはまっており、娘がずっと聞きたいといい、昔使っていた小さな音楽プレーヤーを、引っ張り出してきた。

私が、マラソンをしているころの音楽が入っており、昔聞いていた曲を娘とイヤホンを一つずつ耳に入れて聞いていた。

ある曲が始まると、私は、泣き始めた。

「いのちのうた」という曲だ。

泣くぐらい、いい曲だから、それに対して違和感はないのだが、なんというか、何を思い出したとか、そういうことではなくて、涙がドバーッとあふれてきたのである。そして、曲が終わると涙はとまった。

娘は、多少私の泣き顔見て驚いてはいたが、特に何のコメントもなかった。


その次の日、娘を塾に送っていく車の中で、娘は私にこう言った。

「前、のんちゃんがあの歌の替え歌を歌ったとき、まま感動して泣いたよな?」

私は、思い出せなかった。

「のんちゃんが、ままのことだいすき〜〜って 替え歌したやんか」といわれた。

「その時、まま泣いてたで」

私は、忘れてしまっている。

そうやったなぁのんちゃん と言えない。


その時、思った。

昨日の涙の訳を。

「いのちのうた」を聴いたとき、私の脳は、その時、娘が替え歌をしてくれて感動した記憶を覚えていて、そして、私の体は涙を流した。
そうなんじゃないかと。


音楽を聴くことは、ダイレクトに脳に刺激を与えることなんだろう。


脳の中には、ちゃんと思い出はしまい込まれており、何かのきっかけで、表に出てくる。

自分で思い出すのも、表に出す方法。

思い出は、なくなるのではなく、表に出てこないだけ。

今でも、私の脳には、出てこないだけで、娘が歌ってくれた替え歌が存在しているはずである。

いつか表に出るパイプが開通したら、またでてきてくれるだろう。

それまで、そこで待っていてほしい。

鬼母スイッチが押されるわけ

痛いことをされると、すぐにスイッチが入る。

なんでかな?と思っていた。

夏の養生講座で質問をしてみた。

先生や集っていた方々が、思いをめぐらせてくれた。


その話を、今日再び友人としていたら、あっとひらめいた。

私が、なぜ痛いことをされたら、スイッチが入るのか。

それは、私がそこにいないと思われている。

大事にされていないとか、無視されるとか、そういうことを感じる瞬間なのだろうと思った。

44歳になってもなお、大事にされたいとか、無視されたとか、そういうことで腹が立つんだなと思った。

故意に痛いことをされるのではなく、知らずにぶつかったとか、そういう方が、スカーンとスイッチが入る。

入った後は、しばらくスイッチはオフにならず、娘に対して暴言を吐く。

仙人でも、もちろん女神でもなく、私は鬼なのだ。

スイッチが押される理由がわかっただけで、ちょっと客観的になれるかと思ったら、もうひとつ、私がイライラするポイントがあった。

それは、娘がゲームやテレビを見ている状態がいらだつ。それプラス、爪を噛む姿。

先ほどは、娘が宿題を広げながらテレビを見て爪を噛んでいた。その姿にイラッと来たが、落ち着こうと思い、Twitterで呟いてみた。

すると、その場はいったん落ち着いたのだが、しばらくすると、また噛んでる!と再沸騰し、そばにはなかった油性赤マジックをわざわざ取りに行き、娘の背後から、おでこを一発やり、そして、左手をつかんで、爪の先に赤マジックを塗ってやった。

娘は、抵抗することなく、一発殴られたショックからか、されるがままになっていた。

そして、しばらくして、

「ママのパソコンがあるから、狭い」とまったく関係のないことを言い、

私は、

「あんたが向こうで勉強したらいいねん」と応戦。

そのまましばらく沈黙が続く。

そして、

「こんな色塗られたら、噛む気なくなったわ」というので、

「ありがとう。まま!は?」というと、

「抱っこ〜〜」といってきた。


その後食事をし、娘は、すぐに寝転んで寝てしまったが、そのあと、起きたらまた、カイカイが始まった。

「掻いて〜」というので、仕方なく、娘の隣に寝転んでひざの裏を撫でてやっていたら、また、やった。

肘で私のほほ骨をゴンと。

(またやったな!!)と、思ったけど、私は、ここにこのネタを書きはじめていたため、頭の中が整理されており、私は、無視された気になって苛立ったんだよなぁとおもったら、苛立たなかったのである。

面白い。

原因がわかると、苛立たなくなるのだ。

「もう 痛いやん」で終わった。

もう一つの、苛立つ事柄、ゲームをしている姿、テレビを見ている姿、爪を噛んでいる姿、なぜこれらの姿に苛立ちを感じるのか。

それがわかれば、鬼母スイッチが押される頻度も少なくなるだろうと思う。


これらの理由はなんだろな?

修学旅行に行った

娘が今朝、修学旅行に旅立った。

ここへきて、こんなに皮膚状態がひどくなるとは、思わなかった。

修学旅行があるのに、こんなひどい状態でどうしようという思いが、ようやく湧いてきた、私と娘。

一番いい方法を、やっと見つけた。

それは、ゲーム解禁。

かゆみを紛らわすには一番の方法だ。

そして、風呂でクレイパックをし、風呂上がりに、保湿をした後、サランラップをまいて、チュビファーストで、覆う。チュビファーストとは、筒状になっている包帯のこと。

これをすると、夜、一度も掻かなくて済むのだ。

しかし、朝、必ずお風呂で洗い流さなければ、臭いにおいがする。

正常の皮膚に一晩ラップをまいたとしても、臭いにおいはしないだろうが、娘の膝からは臭いにおいが溢れ出す。

なので、ラップを取り去り、お風呂で石鹸を使って、洗い流す。

保湿で一番いいのは、IPSという美容液を、パッティングし、そのあと、ホメオパシーのクリームを刷り込む。

これをすると、娘は落ち着くのだ。


どれも、これも、昨日今日であったものではないのに、ここへきて、ここまでひどくなってからしか、このような対策をしなかったというのも、不思議なものである。

私は、いった。

娘に対して、

「治す方法はいくらでもある。それをやってきてないだけ。漢方も飲んだらもっと治るかもしれんけど、嫌がるやろ?消毒したらいいといわれても、嫌がるやろ?自分がしてきてないだけで、方法はいっぱいあるねん」

そういったら、今の自分が一番いい方法を、試してみようと始めた。

娘が、初めて、治したいと思ったのかもしれない。

ちょうど、腸炎になったのも、良かったかもしれない。

食生活の見直しも、自分で心がけるようになった。

そんなこんなを試して数日、修学旅行の日がやってきた。


娘の膝の裏の皮膚は、結構きれいになっている。

なぜ、今まで、もっと早くこれを試さなかったのか。

掻き毟る時間が少なければ、皮膚は頑張って再生しようとしてくれるのだ。



そして、今朝、娘は、大きなカバンを持って、出発した。

カバンの中に、保湿クリームとサランラップとチュビファーストを入れて。

今夜、もしかゆみで耐えられなくなった場合、使えるように。


今朝、学校までついていこうかと思った。

けれど、娘は集合場所で、同じ六年生と合流し、8人ほどで、ぞろぞろと歩いて行った。

私の入るスペースはなかった。

「いってらっしゃい!」というと、小さな声で、「いってきます」といった。

「お土産話をもってかえってきてや!」と叫ぶと、くるっと振り返って、ニコッと笑った。


一年生の時、毎日、自転車の後ろに乗せたり、ついて歩いたりしながら通った田んぼのあぜ道を、今、娘は大きなカバンを抱えて、友達だけで、前に進んでいる。

娘が一番小さい。

けれど、大きくなった娘。

友達の陰に隠れながら、時々娘の大きな赤い鞄がチラチラ見え隠れし、ドンドン前へ前へと歩いていくのを、姿が見えなくなるまで見送った。


いい天気になって、良かった。


あ〜〜神様、今晩だけでも、カイカイなしでお願いします。


夢はストレートに

みなさんは、何か間違ってはいないだろうか?

この世は、お金があれば、たいていの望みは叶う。

だからと言って、自分がかなえたい夢を、お金がほしいということでひとくくりにしてやいませんか?

お金があれば、叶うけど、でも、あなたのその望み、お金がなくても叶うのです。

なので、願いは、的を得て、ピンポイントで発信するがよかろう(仙人風)


たとえば、フランスに行きたい

たとえば、料理教室に通いたい

たとえば、銀歯を白い歯にしたい

たとえば、超一流レストランにいってみたい


などという、願い。


これらはすべて、お金があれば、できること。

しかし、お金がなくても、できる方法はある。

逆にお金を持っていても、叶わない場合もありますな。

なので、このようないろいろなこと、その他もろもろのことを、ひっくるめて、

「あ〜〜お金がたくさん入りますように」

と、せぬよう。


ただ、素直に、ストレートに願うとよし。


と、思う今日この頃。


叶えるのは、自分自身ではなく、どこかの誰かさんがかなえてくれる。

だから、ポーンと願った後は、さっぱり忘れるくらいでもよいような気がする。


と、思う今日この頃。


お久しぶりでございます

パソコンちゃんが、入院しておりまして、やっと帰ってきたと思ったら、こちらのブログの管理画面に入ることができない。

あららら どうするんだったかな?とウロウロしておりました。

最終の手段は、このブログの産みの親にすがるしかない…ということで、「おとうさ〜ん」とすがりつき、やっと戻ってくることができました。

もう、6年もここからブログを書いているので、このページで文章を書くのが一番慣れているんですよね。

ほかでブログを書くのも、いったんここで書いたものを今流行り?のコピペしているわけで。


思い起こせば6年前。ブログなんてものをしたこともない私が、この場所を与えてもらい、ポツポツと発信するようになりました。

不思議なもので、人間どんなことでも続けていると、何か形になるもので、このブログで書いてきたことを電子書籍にしたり、WEBライターで雇ってもらったり。

6年前は、そんなことになるとは思ってもみませんでした。

それも、すべて「おとうさん」のおかげです。


これから6年先はどうなってるでしょうか?

楽しみですね〜〜

思ってもみなかったことになっているというのを期待します^^

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摩耶
京田辺在住です。

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