目指せ!京都大学への道C〜助っ人現る〜

なななんと!このたび、京都大学出身で、高校教師の知り合いの旦那さんが、娘の勉強を見てくれることになりました。

題して【とんちゃん寺子屋】

同じく、京都大学を目指す、幼馴染と娘が空いている曜日が同じ曜日ということもあり、この日にお願いしてみよかとお願いしたら、即OKが出まして、明日から、とりあえず、やってみようかと。

勉強を見てくれるだけでもありがたいのに、奥様は晩御飯も作ってくれると、親の分まで。

なんというありがたいお話なのでしょう。

そして、極めつけは、今度、京都大学に見学に行くのを案内してくれると。

なんと、なんと楽しくなってきました。

20数年来のお付き合いなのに、つい最近京都大学を出られていたことを知り、そして、こんな展開に。

なんだか、わからないけど、ワクワクしてまいりました。

というわけで、明日は1回目の【とんちゃん寺子屋】

楽しみです〜〜私が(笑)

私も一緒に勉強したら、京都大学いけるかな?


おしまい。





草ぬき ピアノ フランス語

先日、半年ぶりに「まーのわーる」のメンバーが集まり、昨年末のボランティアコンサートの打ち上げを行いました。

「まーのわーる」をご存じない方に簡単に説明いたしますと、去年五月に久々に再開した娘と同級生の男の子がすんごいピアニストになっており、感動した私は、娘とその子の親を巻き込んで4人で、音楽グループを結成し、ピアノ 鍵盤ハーモニカ リコーダー 歌を合わせたコンサートを年末、老人ホームで行ったのでした。

去年の9月から練習を始めて、月に一度会うのがやっとのスケジュール。

それでも目標は達成しましたが、打ち上げに行こうねと言いながら、なかなか行けず、このたびやっと、叶ったというわけでした。

食事の場所は、「座辺師友」さん。

生駒の暗峠の山の中腹に位置しているお食事処です。

ちなみにオーナーで料理人のなおさん。

このたびめでたくご懐妊。8月は、時々の営業。9月からは、パンと500円ランチくらいをぼちぼちと。なんておっしゃっていました。

一度コース料理を食べたかったのに…。というかたは、8月いっぱいまでとなりますので、お早目に。

と、話はそれましたが、そこにピアノが置いてあるので、久しぶりに男の子のピアノを聴くことができました。

題名は忘れましたが、ものすごく長い曲で、さすが!

「のんちゃんも少し、ピアノ弾きはじめてたよね」男の子のお母さんにそういわれて、ハッとしました。

この半年、ピアノの上には、ケーキを入れる袋だの、リボンだの、ピアノは物置と化しており、娘がピアノを弾きはじめていたことさえ、忘れていた私。

「あ〜〜私が、いろいろ物を置いてしまって、まったく弾いてないわ…」と返事をした。

家に帰って、さっそく、ピアノの上を片付けた。

そうだそうだ、私も練習していた曲があったよな。確か…。

楽譜を広げて弾いてみる。

「別れの曲」

私はこの曲が大好きだ。

弾きはじめると、へたくそになっている。

しかし、少し弾くと前よりレベルアップしている。

やはり、なんでも熟成するのだ。

今度はピアノの蓋を閉めずに開けっ放しにしていると、娘が弾きはじめた。

半年間触っていないのに、娘は暗譜していた。

やはり環境が一番大事である。


ピアノを弾くと、そういえば、フランス語も勉強していたんだったと思い出し、CDをかけてみる。

こちらは、どうなれば身に付くのさえわからないが、とりあえず、音をインプットするに越したことはなかろうと、車で聞きはじめている。


朝、洗濯ものを干しに外へ出る。

その時に、少しだけ草ぬきしようと心がけている。

少しだけしよう、終わりの合図は、蚊が私を刺した時と決めているが、最近は暑すぎて蚊も生まれていないのか、あまり刺しに来ないので、長く草が抜ける。

草を抜くことは、成果がすぐに表れるから好きだ。


草ぬきと、ピアノとフランス語、一日の中に必ず入れたいと思う夏休み。


素晴らしいピアノの音色は、私にまたやる気を起こさせてくれた。

ところで、ボランティアコンサートの時に演目に入れたピアノソロ、「詩人のハープ」という曲が、4人とも思い出せず、私たちは食事中に、悩んでいた。

家に帰ってYouTubeで調べて、あ〜〜これこれと思い出す。

私の好きな曲になった。

いつか詩人のハープが弾けるようになりたいなと、新しい目標ができた、夏休み。

罪の意識が消えない娘

夏休みに入ってすぐ、また、娘に大きな雷が落ちて、テレビ禁止令が発令された。

夏休みにテレビ禁止令なので、私も必然的にテレビをつけないので、仕事がはかどり好都合。

しかし、夏の暑い昼下がり、クーラーを解禁しテレビをつけてごろりと娘とコロンコロンしようかということになり、娘にとって至福の時間が訪れた。

大きな雷が落ちた後、娘はゲームも禁止になってはたまらんということで、やることはやるというような気持ちで、宿題などを済ませており、なかなかがんばっていた。

そして、昨日、ゴロンゴロンタイムを満喫し、あとは晩御飯を食べて、ダンス教室に行くという時間になった。
テレビはついたままになっていた。

さて、娘は、ここでどうするか。と思っていた。

娘に、「ダンス行くまでに、布団を片付けて、友達があがらはってもいいようにしといてや」といった。

娘は、テレビを見ながら明るい返事をした。

この日は、ダンスの後に、友達と花火をしようということになっていた。

しかし、娘は、テレビに夢中になっており、なかなか片付けも食事もしなかった。

何度も私にけじめがないと言って怒られているのに、なんでテレビを消さないのかな?と不思議に思っていた。

家を出る時間が迫っているのにそのままだ。

あと5分で家を出るという頃になって、鬼母変身スイッチが入った。

大きな声で怒られると、娘は、ハッと我に返って、動く。

怒られる前に、どうして自分で切り替えができないのだろう?だから、子供にテレビを見せるのは嫌いなのだ。

スイッチが入ると、日ごろ、目をつぶっていたことまで、表に現れてきて、あれもこれも娘に説教し始める。

私の怒りの根源は、【贅沢やねん】と、自分の幼少時代との比較によるものである。

まず、クーラーをつける ということがなかった。

そして、テレビを見て親とコロンコロンするなんてこと皆無。

ダンス教室?ありえへん。

車で送り迎え?寝ぼけるな。

そのあと友達を招いて、花火大会?笑わせるな。

すべてのことが、私の幼少時代には、何一つありえなかったことなのだ。

「どこか行きたい」と言われれば、連れていき、

「こんなことしたい」といえば、実現に向けて手を尽くし、

嫌々それらをおこなっているわけではないのだが、怒りスイッチが入ると、どうやら、そういう思い【贅沢やねん】が奥底に眠っていて噴出してくる。

私があなたなら、ダンス教室に連れて行ってもらえるだけで、ものすごく感謝をするはずだ。

自分の為に時間を割いて、車で送り迎えしてくれるだけで、毎回涙しているに違いない。

しかし、娘にとっては、今までの生活の中で、これが当たり前になってしまっているのだ。

貴重な体験ならば、感謝もするだろう。

娘にとっては貴重ではないのだ。

しかし、やれ、今日は塾だ、今日はダンスだ、ドラムだ、料理教室だとどこかに行くのが当たり前で、送ってもらうのが当たり前の生活をさせてきたのだから、何とも思わなくて当然である。

娘にとって当たり前になってしまっていることを、ありがたいと思えと言われても、難しいといえよう。

そして私は吠えるのだ。

幼少期の自分が今の娘に対して羨ましがって、怒っているといえる。


出る時間は少々過ぎたあたりで車で送っていった。

運転をしながらも説教は続く。

娘の気配がいつもと違うので、助手席を見ると、娘が、いつもより、ぎゅーっと縮こまって小さく見えた。

心が縮こまっているのである。

私の言葉って、人の心を縮こませることができる。

家人によく、怒っていた時も、家人の心がどんどん縮こまっていくのがみえた。

縮こまった娘を見て、親子ともに同じように縮こませてしまったな。久しぶりに心が縮こまった様子をみたな。と思っていた。

ダンス教室に到着し、娘が車から降りるとき、

「100%の力で踊らな、やめさせるからな」という捨て台詞を背中に浴びせ、送り出した。

1時間後迎えに行くと娘はいつもより気合を入れて、ダンスに取り組んでいた。

やはり気合を入れるとダンスはうまくなる。

そして、友達をみな連れて自宅へ戻り、花火大会を行った。

娘は、友達とにこにことしていた。


実は、ここまでの話は前置きである。

ここからが本題。

こんなことがあった夜、お風呂から出た娘は、私の所へ来てこういった。

「ままぁ のんちゃんな。前、ままとけんかして、ままのほっぺをつねったことあったやろ?」そういって涙をぽろぽろ流し始めた。

そんなこと、忘れていたし、言われたらそうだったような気もする。

娘は、今日の怒られた一件で、自分が悪いことをしてしまったということの記憶を入れている蓋をあけてしまったようだった。

「のんちゃんな、時々学校の授業中も思い出して、涙が出てくると気があるねん」といって泣いている。

「そんなん、もう忘れたらいいわ。ものすごく小さいときのこと違うか?小さい子はそういうことするやん」とフォローをしたが、

「そんなに小さくなかったと思う」と、確かな記憶を語る。

「ほなな、もう一回、ままのほっぺたつねってみ」

そういってつねらせて、私は変顔をしてみせた。

つねったら笑えるという記憶を上書きしてやろうと思ったのだが、何度やっても、記憶は消えないらしい。

罪の意識が消えない娘は、これからも、私にどえらく説教されるたび、また、自分がやってしまった罪を思い出し、涙するのだろうか。

罪の意識が入っている箱の蓋があかない程度に、今後は説教しようと思う。

仕事をするということ

先日、京都の布屋さん、「ノムラテーラー」に行きました。

半年ほど前に来店し始めてから、今回4回目。

一度目に行ったとき、店員さんの対応に感動しました。

洋裁初心者の私には、この布に、この糸の太さ、色ともにあってるかな?という疑問があり、自分で選んだあと、レジに持っていき、店員さんに、

「この布を縫いたいんですけど、この糸であってますか?」と聞いたら、

「色目も、太さもこの糸で大丈夫です」という答え方をしてくれました。

その答え方に、感動しました。

「はい、この糸で大丈夫です」だけではないのです。

「色」と「太さ」について聞きたいのだとわかっていて、その言葉を入れて返事してくれたというのが、とても気持ちいい。

素晴らしいなと感動しました。

また、そのお姉さんは、容姿も美しく、黒い長い髪を一つで後ろに束ねており、肌の色は真っ白。姿勢もとても良く、たたずまいからは品の良さが漂っています。

は〜〜きれいなうえに、接客も素晴らしいとは、いい店員さんに出会ったなぁと感動していたのです。


そして、今回も、たまたま糸を尋ねるのに、この店員さんに出会いました。

すると、今回も丁寧な言葉で、まず説明し、そして、お客を案内、それが、もたもたしていないのです。スマート。後ろで一つに束ねたきれいな黒髪を揺らして、少し前を歩いて、糸のコーナーへ。

そして、アドバイスもいれてくれる。

一つの糸をとって、「これがいいとおもいます」とは言わない。

「こちらは少し、薄め、こちらは少し濃いのですが、どちらがよろしいでしょうか」と客に選ばせるあたり、素晴らしい。

痒い所に手が届く感が半端ない。

他にもう一つ質問したのですが、そちらもわかりやすく気持ちの良い案内の仕方でございました。

やっぱりすごいなこの人は。と思いかえってきたのです。

笑顔がいいわけではありませんでした。

どちらかというとクールな印象。

笑顔にひかれたわけでもないのに、接客が素晴らしいと思えるなんて、よっぽどすごいんだと思います。

私がそこで、働いていたとして、あのように接客できるかな?と思いました。



この間は、娘のドラムレッスンで、高槻の西武百貨店に行きました。

レッスンの間、時間をつぶしているのですが、

洋服屋さんの店員さんに、

「商品券を買いたいんですが、どこに行けばありますか」と質問しました。

すると、

「1階にあります」と笑顔で答えてくれました。

は??何階にありますか?と聞いたわけではなく、どこにあるかを聞いたのに、1階にありますといって、終わったのです。

こういう場合、笑顔でもだめです。

私は、「1階のどこですか?」と聞いたら、「お待ちください」といって、中に入っていかれ、しばらくしたら、自分一人で、ショップから出て、天井からつるしてある案内板を指さし、この通りに行けば、あります。という対応でした。

わお〜〜ってな感じでした。

抜群の接客を数日前に受けていたので、よけいに感じるのでしょうか。

へんな店員さんというわけではなかったのです。

笑顔もよかったし、会釈もしていたし感じはよかったのです。

でも、もし、ノムラテーラーの店員さんなら、まず初めに「1階にあります」だけで終わらせないと思いますし、きっと場所も把握していて、「この案内板の通りに進まれたらお分かりになられると思いますが、ご案内いたしましょうか」という言葉が出てくるのではないか?と思いました。

商品券がどこで買えるかを案内するなんて、ショップの店員さんの仕事ではないですが、そこまでしようという気持ちが、接客なのではないかなぁと思うのです。


そして、またある日。

車のガソリンを入れに行きました。

とりの○ンが運転席のドアの上の雨除けの部分についたまま、数日たっていた状態でした。

ついていて、結構広がっているような状態です。

「窓を拭いてもいいですか」と店員さんが言ってくれたので、

「おねがいします」と返事をしました。

店員さん二人係で、暑い日に窓を拭いてくれました。

それだけでも、ありがたい。暑いのに、すみませんね。という気持ちでした。

娘が助手席に座っており、

「まま その鳥の○ンも拭いてくれるかな?」というので、

「よくみときや。拭いてくれたら、本当に、きれいにしてあげようという気持ちがあって窓を拭いているということやな。どうしはるかみててみ」

すると、残念ながら、○ンはそのままの状態で、窓はきれいに拭いてくれました。

「のんちゃん、仕事をするというのは、こういうことじゃないで。言われたことをするだけが仕事じゃないねん。そこで、さっと拭くか拭かないかで、大きな違いやな。のんちゃんがもしガソリンスタンドで働くようなことがあったら、鳥の○ンまできれいに拭いてあげてや」といって、ガソリンスタンドを後にしました。


西武百貨店の店員さんも、ガソリンスタンドのお兄さんも、自分の仕事としては、何一つミスをおかしているということもないですが、その一歩先の心遣いがあれば、人はうれしく思うのだなぁと思いました。


仕事をするなら、ノムラテーラーの店員さんのように、痒い所に手が届くような気持ちの良い接客をしたいなと思いました。


おしまい。



☆みなさま、先日は、ポチッを押していただいてありがとうございます。

日記部門で500ブログ中245位という驚くべき順位でした。

ここに来てくださった皆様のおかげでございます。

今回もどうぞポチッとしてみてくださいね。

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パソコンからの方どうぞよろしくお願いします<(_ _)>






おなじ出来事が起こっても

ベネッセの個人情報流出事件がありましたが、その影響からか、うちの家に頻繁に家庭教師や教材の販売などの電話がかかってきます。

私は、子供が6年生になると、そういう電話がかかってくるんだなぁと思っていたのですが、どうやら、すべての人にかけているのではなさそうです。

すごいな。流出って、一か所に流れるだけじゃないんですね。

私は、【小学6年生の子どもを持つ親】を人生初めて経験している毎日なのですが、6年生になったら、そういうものなのかと思っていたので、いろいろ話を聞いてみないといけないなと思っていたのです。

だから、「結構です」と話も聞かず断るのではなく、一旦聞いてみようという姿勢です。

というわけで、先日も家庭教師の無料体験に来てもらったというわけなのですが、その当日来てくださった方が、教えてくれるのではなかったため、娘は泣く泣く(本当に泣いた)断念したわけなのですが、その一件で、娘は本来家に来て教えてもらいたいと思っているのだということもわかりましたし、人によって、娘から質問をしやすい人というのがやはりあって、相性というのは大事だなと思ったのでした。

なので、また相性の会う人と娘が出会えればいいなと思っていたのでした。


つい先日、また違うところの家庭教師無料体験のお知らせの電話がありました。

まあ、夏休みの昼間、無料だし、来てもらったらいいかと、日にちを決め、そして、お風呂から上がってきた娘に、「今度、家庭教師の無料体験してくれはるしな」と日にちを伝えたのでした。

すると、家人が、「また、来てもらうん?なんで」といつになく、意見を述べました。

「無料っていうてはるし、いいかとおもって」というと、

「また、長々と勧誘されて、のんちゃんも嫌な思いするだけやん。電話で勧誘するなんて、困ってるからかけてきよんねん」と、これまたいつになく、長い文章を少々興奮状態で、話しました。

なになに?長々と勧誘?のんちゃんが嫌な思い?

前回来てもらったときは、家人も家にいる時間帯で、夜6時ごろから、10時ごろまで滞在されましたが、私は、長々と勧誘されたとは、まったく思っていなかったのです。

娘に勉強を教え、娘が、そのお兄ちゃんが来てくれないとわかると、泣きだし、なだめ…という時間もあり、私ももらい泣き、そりゃもちろん、勧誘するために来られているのですから、勧誘されますが、娘がまったく興味を示さなかったのなら、さっさと断っていますが、娘のペースで教えてくれたのがほんとうにうれしかったのだと思い、私は、いい体験だったなぁと思っていたのです。

おなじ出来事をその場で体験しているのに、私はいい体験だったと思い、家人は嫌な体験だったと感じているのです。

では娘はどうでしょう。

私は、娘にとって嫌な体験だったと思っておりませんでした。

そのお兄ちゃんが教えてくれるわけではないと知って、悲しかったこと。
本当は、塾に行くより、家庭教師のほうがいいと思っていること。

私は、少々興奮気味に

「なんで?私はまったく嫌な体験とは思ってないで、そりゃ、勧誘しに来てはるんやから勧誘はするやろ。電話で勧誘するのはろくなところじゃないと思ってるなら、先にそれをいってよ」というと、

「今、そんな電話がかかってきてるってしらんやん」と応戦。

言い返す言葉なんて、ここ何年も聞いたことがありません。

いや、ここ何年、こんな会話をしたことがないのですから、応戦ももちろんありません。

「今じゃないやん。前の体験が、そんなに嫌なことやったと思ってるなら、電話で勧誘してくるところは、相手にしたらあかんとか、そのあといえたやろ」と言い返す。

「のんちゃんは、どうやったん?嫌な体験やったんか?」と聞くと、

「ううん」と首を横に振る娘。

「よかったよなぁ。あれはあれで、いい体験やったなぁ」というと縦に振る。

「ほな。いいわ」と話を終わらそうとする家人。

「ちょっとまって。『ほないいわ』って、なんやねん」

とまあ、この後しばらく、そんなやり取りをしたわけなのですが、久々に驚いた意見の違い。

意見の違いというか、とらえ方の違い。

ここまで正反対だとは思いませんでしたし、娘にとってどうだったかという認識も、まったく違ったことに驚きました。

娘が泣くという行為は、家人にとっては嫌な体験なのですね。

あらあら大変。

いやいや、娘自身が、あれは嫌な出来事だったと思っているのなら、それでいいですが、実際は違うのですから、やはりどうもずれているとしか思えません。


出来事は起こります。

日々、いろんなことが。

おなじ出来事が起こっても、それを、いいととらえるのも嫌だととらえるのも、悲しととらえるのも、次のチャンスだととらえるのも、本当に自分次第なんだと思い知らされたような出来事でした。

自分のことなのですから、どうとらえてもいいと思うのですが、娘がどうとらえたかを、間違って認識しないでいただきたいと思う出来事でございました。



と、久々に興奮気味で書いてみました。

怒りは私に力をくれるのだと、私最近、認識しております。

そのパワーを、人の役に立つことに使いたいなと思っているところです。

青いマニキュア

足の爪に青いマニキュアを塗った。

娘がそれを目ざとく見つけ、え〜なに〜〜といった。

しばらくして、

「それ、今度、海に行くから塗ったん?かわいいやん」と私に声をかけた。

娘が、そんなことをいうなんて、珍しい。

娘の幼馴染の女の子なら言いそうだが、娘は、そんなこと興味がないので、いわなさそうなのに。

すると、そのあと、こんな言葉を付け足した。

「この前な、テレビで、彼女が足の爪に青いマニキュアを塗ってきたのを見つけた彼は、何と声をかけるのが一番いいでしょうか?というのがやっててん」と。

「のんちゃん、その言葉通りにいうたん?」と聞くと、

「いや、今、自分で言ってから、思い出してん」

ということはですよ。

娘の頭の中に、その言葉がたぶん入っており、そして、何気なしにその言葉が口から出てきたという状態だったわけです。

子どもは、普段たくさんの言葉を聞き、そして、それは知らず知らず娘の頭の中に蓄積されているのですね。

聞いていて、美しいと感じる言葉を、常に耳にしていないのであれば、そのような言葉を使えるとはいいがたいでしょう。

娘は、私が、普段していないことをしたことに対して、何か言葉をかけようと思い、実際に声をかけてくれたのです。

すごいなぁ。なんかちょっと大人な感じだなぁと思いました。


声をかけてくれる人がいて幸せです。

青いマニキュア塗ってよかった。

それでもやっぱり泣くのです

今日は、娘は半日授業で、12時過ぎに帰ってくる日でした。

私は、11時に歯医者の予約をしており、一時間もかからないので、娘の帰宅より前に帰ってくる予定でした。

ところが、歯医者で少々トラブルがあり、私のトラブルではないのですが、なかなかお会計をしてもらえない状況になりまして、少し足止めをされ、そして、その後、買い物をして帰る予定でしたので、買い物に行きました。

娘のほうが先に帰っているかもしれないけれど、そういう日もあるし、いつも私が急いで仕事から帰ってきても、自分でさっさと出かける準備をして、ホワイトボードにメッセージを残して遊びに行っている時もあり、なので、今日、少々帰宅が遅れても、たいしたことはないと思っていました。

私が車を止めて、車から降りると、娘が家の中から扉を開ける音が聞こえました。

その瞬間、あっやばい?と頭をよぎりました。

案の定。

扉を開けた娘は、大泣き。

最近の記憶に新しい、どこかの議員さんみたいに泣いて訴え始めました。

ママに電話したけれど、出てくれなくて、パパにもかけたけどでてくれなかった と

あ〜〜ごめんごめん。のんちゃんさみしかったんやな〜と抱きしめると、暑い暑い。体がホカホカ。

「のんちゃん、お風呂はいろか おふぷーしよ」

(水風呂のことをお風呂プール略しておふぷーといっております)

泣きながら、服を脱ぎ、泣きながら、お風呂に入る。

「わぁつめたいなぁ」とか、言ってみますが、

なかなかおさまりません。

歯医者でちょっと、予定外のことがあってなぁ。と、トラブルの一件を話し、ままが歯医者って忘れてたん?と聞くと、今聞いて思い出したと。

でもな、まあ、誰もいなかったとしても、電話が通じなかったとしても、仕事やったんかな?と考えて、お昼御飯も用意してあるんやから、それ食べて、友達の家に行くことはできるよなぁ?それで、のんちゃんが夕方帰ってきても、ママがいなくて、その時も、ままもぱぱも連絡が取れなかったら、そこまで来たら、ちょっといつもと違うから、そこで泣いたらどうや?

と、言ってみました。


帰宅する。

ママいない。

電話する。

出ない。

パパに電話する。

出ない。

泣く。

って、ものすご、早くない?


わたしが、そういっている間も、ヒックヒックと泣いています。


「ままはな、のんちゃんが5時に帰ってくるっていうてんのに、5時15分になっても、泣かへんで」

そういうと、

「ままはいつも一人やんか」というので、

「そうやで、ままはいつもひとりやで、だから泣かへんねん」

過ぎ去ったことを言っても仕方がないので、これからの話をしようと思い、

「じゃぁ今度、こんなことあったとしよう。もし、かえって来た時に、ママがいなくて、電話しても出なくて、パパに電話しても出ませんでした。さあ どうする?」

というと、

「・・・・泣く」と。

あららら〜そうよね。

泣くよね。泣く泣く。

もう、しゃぁないな。

ほな、今度も泣くことにしよ。

泣いたらいいわ。

泣きたいのは止められへんもんなぁ。


追い炊きを押して入った、おふぷーは、もう、お風呂になっておりました。


先に上がった娘は、体を拭きながら、

『「さ・ぷ・あ・ふ」やな』と

なにそれ?というと

「さ」いしょは 

「ぷ」ーる

「あ」とで

「ふ」ろ

の頭文字だそうで、

すっかり元気を取り戻し、お昼ご飯を食べて、友達の家に遊びに行きました。


給食がない日のお昼は、大変ですね。あと、二日あります。

目指せ!京都大学への道B〜自分で口に出しました〜

京都大学への道のブログを書いたら、それを読んでくださった方が、「うちも目指すようにいってあります」などのコメントを下さり、仲間内で集まった時には、みんなで目指したら面白いかもという話題になって盛り上がったり、京都大学を目指している人たちが集う、甲斐塾は面白いよ〜という情報もいただいたり、なんだかおもしろいことになっています。

京都大学目指してるの?と聞かれた幼馴染の子の親から連絡があり、

「京都大学見にいこか」とお誘いがあり、そんなツアーがあるの?と聞いたら、「勝手に見に行くねん」と。

面白すぎる。もちろん行こう!とワクワクしました。


京都大学って、知恩寺の横にあるので、毎月15日の手作り市の日に行こうか?と提案しました。

そういえば、娘が2歳になったころ、知恩寺の手作り市に通い始め、モノづくりのエネルギーをいただいておりました。

娘は2歳から、京都大学の近くに通っていたことになるな…と思い出しました(笑)

縁があるに違いない(笑)


そして、昨日、弟が甥っ子をつれて、実家に遊びに来るというので、私と娘も合流しました。

弟がふと、「のんちゃんは何でもできるなぁ。マラソンもまだやってるの?」というので、「パルケエスパーニャのマラソンは、この間いったなぁ」というと、「料理も作れるしなぁ」といい、母の家に、お便りフォトというのがあって、私たち兄弟が、メールで写真を送ると、ランダムにその写真がずっと表示されていくのがあるんですが、そのフォトに、娘がパエリアを作ったのが映ったので、弟は、何でもできるなぁと言い始めたのでした。

「勉強もなぁ…できるようになってきてんなぁ」と私が言うと恥ずかしそうに笑い、

「そうや!のんちゃん目標ができてんな」と自分で宣言するように促してみました。

「自分で口に出すのがいいというてはったしなぁ。のんちゃん自分でいうてみ」

すると、娘は、私の背中に隠れるようにしながら、

「堀川高校に行って、京都大学に行きます」と宣言しました。

お〜〜初めて自分の口で言うたな〜〜と思いました。

弟も母も

「お〜〜〜〜」と

母は、「それまで生きとかなあかん」と言いました。


ぜひ、生きて京都大学に合格した娘に祝いの会を開いていただきたい。


私の弟は、頭の良い人で、勉強すればきっと京都大学に行けたと思うのですが、とにかく勉強が嫌いな人でした。

頭が良くても勉強が嫌いな人がいるんですね。

娘は、なかなかできるとはいいがたいのに、勉強してわかることが楽しいというか好きというか、勉強をコツコツするタイプです。

勉強できる人は、勉強が好きというわけでもないのですね。

勉強ができない人が、勉強が嫌いというわけでもない。

面白いですね。


弟は、山形大学に行ったのですが、どうして、山形大学に行ったのかを初めて聞きました。

弟は、関西創価中学にいわゆる中学受験をして合格し、高校は、そのまま上がれたらしいです。
そして、大学のオリエンテーションがあった際、創価大学は文系なので、理系の人は、地方でもよいので国公立に入ったほうがよい。という説明を受けたそうです。

研究する施設や費用など、国公立のほうが、整っているということでした。

「で、なにを研究したん?」と聞くと、

大学行かずに、バイトばかりをして中退。

結局、勉強が好きではなかったということでした。


いよいよ、娘、自ら宣言してしまいました大学進学。

中学1年生の最初のテストの点が大きく左右するといわれております。

さてさて、これから、どうなりますか。

「夏休み、京都大学に行ってみたの巻」はとりあえず、ブログにアップできそうです(笑)


8と2が好きなわけ

昨日は、シュタイナー学校のガイダンスというものに参加しました。

娘はシュタイナー学校にも興味があるらしくて、説明会なるものをとりあえず受けといてくれというものですから、行ってまいりました。

そこで、素敵な体験をさせてもらいました。

2年生のクラスの授業を体験させてもらえたのですが、数の不思議と言いますか、法則性みたいなものを教えてもらったのです。

文章で説明するのは、難しいですが、

0から9までの数字を、時計盤のような感じで、12の位置に0、6の位置に5を置き、それぞれ時計回りに均等に数字を置いていきます。

そして、0の位置に、毛糸を結え、九九の下一桁の数字に、順に毛糸を通していきます。

小さな板で作るのならば、数字の位置にくぎを打ち込んで、そして、ひっかけていきます。


するとね。面白いことが起こるんです。

2の段でしたら、2 4 6 8 10 12 14 16 18 20

なので、毛糸を

2 4 6 8 0 2 4 6 8 0

と掛けていきます。

どんな形ができると思いますか?

実際、紙と鉛筆ででもやってみてください。


順番に、3の段 4の段 5の段 それぞれ、その数字の形というようなものが現れてきます。

すべての数字を、試してみたら、わかるのですが、

この数字たち、それぞれ、相方の数字というものがあることに気が付くのです。


8の段は、8 16 24 32 40 48 56 64 72 80

なので、8 6 4 2 0 8 6 4 2 0


気が付かれましたか?


なんと2の相方が8だったのです。


私昔から、8と2が好きでして、

一番最初に覚えた九九は、8の段。

もちろん2とか5とかを除いてですが。

8の段の数字がすべて好き。

偶数が好きなんですけどね。

でも、4の段より、6の段より、8の段が魅力的(笑)

16 24 32 あ〜どれもしっくりくる〜〜(笑)

娘は2月16日の誕生日。あ〜これもいい(笑)

自分でも、なぜ、8の段が好きなんだろうな〜と思っていたんですけどね。


昨日、その8と、そして2が相方の関係になっていると気が付いて、お〜〜〜〜!と

だから、私2と8が好きだったん?と。そして、その二つの数字が作り出す図形が、すきだったの?と。

二つの数字は、五角形を作り出します。

そういえば、私、五角形を自分で作って合わせて、ランプシェイドを作ったなぁと。正五角形って作るの難しかったんですよね。

なんか、不思議な何とも言えない、数の秘密みたいなものに触れて、それが好きな数同士が相方って〜と、一人感動していたのです。

こんな数の不思議や法則性を教えてくれるなんて、なんて素敵な学校なんでしょう。

私が通いたかったシュタイナー学校。


しかし残念ながら、娘の学年のクラスは、定員オーバーで募集がないのです。

ご縁がないということですね。


娘のおかげで、素敵な授業を体験できて、楽しかったです。


まさか、8と2に関係があるなんて、思いもしませんでした。

九九で感動するとは思いませんでした。


この世が、なんだか素敵に思えました。




目指せ!京都大学への道A〜まずは口に出すこと〜

「どうしたら、京都大学へ行けますか?」と学習塾の先生に聞くと、

「まず、公言することですね」とおっしゃいました。

地元の中学から、堀川高校へ行き、京都大学に進学した男の子は、ずっと、そのコースを公言していたそうで。

「その子は、やっぱり、賢い子だなという子でしたか?」と聞くと、

「まあそうですけど、集中力がありました」とおっしゃいました。

塾では、よくしゃべり、自分が問題を解いてしまうと、またしゃべり。だから、少し静かにしなさいと言わなくてはいけないほどだったそうです。

長い間、勉強しているという風ではなく、たぶん家庭でも、やるときはやって、遊ぶときは遊ぶという生活をしていたんだと思いますということでした。



というわけで、公言することにしましたら、京都大学に行かれた方が近くにいるだとか、京都大学を目指していた方が「ここの塾いいよ」と教えてくれたりだとか、いろいろと情報が集まってきます。

口に出すって、すごいですね。


京都大学への道の第一歩は、「口に出すこと」です。

爆笑!アップルパイ教室

本日は、2回目のアップルパイ教室でした。

一度目があまりにも楽しくて、爆笑の連続だったため、今回はそれほど爆笑しないだろうと、爆笑に関しては、期待をしなかったのですが、開始早々、5分もたたないうちに、爆笑ネタをぶち込んでくるあたり、なかなか期待を裏切らないアップルパイ教室でございました。

神様は、何事もタイミングが大事だとおっしゃっているようで、このタイミングで、デジタルスケールの電池が切れるというアクシデント。

くるくると電池を回せば使えるよね〜と言いながら、やってみますが、しばらくして、また消えるという感じ。

何を計りたいのかというと、バター。

先生は、まずバターを適当に切ってボウルに入れました。

すると、電池が切れる。

電池を回す。

デジタルが表示される。

計る。切れる。を繰り返す。

こうなったら、新しい電池を取りに行く方がいいですね。ということになりましたが、そもそもバターが全体で、どれくらいあるのか、計らず、すこしずつ足していって、分量にしようとしています。

「これ、まず全体の量を計って、あとどれくらい、削るとか見当をつけた方が早くないですか?」ということになり、電池を入れ替えて、計って見ると、ジャストの分量。

ハハハハ、じゃぁ計らなくてもよかったんやん!!と。

一同大爆笑。しかし、先生は、

「昨日、バターを使わなくてよかった」と安堵の表情。

「では、あとどれくらい、バターが残っているか、わかってなかったんですか?」というと、どうやら、そうらしい。

「今後は、訪れる前に、買うものがないか電話しますね」ということに(笑)

やっぱり、先生は、期待を裏切りません。


作業は爆笑しながらも、滞りなく進んでいき、オーブン予熱を開始する段階に。

「うちのオーブン予熱できないんです」と言い出す先生。

え?そんなオーブンある?

できますよ〜と生徒二人が、オーブンを見てみる。

普通にできました。

先生は、結婚してからずっと、このオーブンと付き合っていらっしゃるそうですが、一度も予熱を使ったことがなく、普通にオーブンの温めをはじめて、そして、自分の感覚で、もう、予熱が済んだかな?とおもったところで、オーブンに投入していたそうなのです。

今日、初めて、オーブン予熱を使ってみて、いつもの感覚よりずいぶん早く予熱完了のお知らせ音がなったので、驚かれる先生。

オーブンさんも今日は驚かれたであろう。

生まれて初めて、オーブン予熱という機能を使われて。

お〜はじめて使ってくれましたか予熱機能。今まで、余分にものすごく温めてからしか、使ってもらえなくて、ずいぶん熱かったんですよね〜といったかいわずか。

めでたく、生まれて初めての予熱を完了したという、お知らせの音を鳴らせたオーブンさん。さぞ、気分がよかっただろうと思う。

そして、いよいよアップルパイを投入。

なぜか、ターンテーブルを入れたまま、熱された庫内はその上の天板にアップルパイが置かれ、ターンテーブルが回るたび、天板に擦れてなにやら音を出している。

そんな小さなことは気にしない先生。

そんな小さなことが気になる生徒たち。


200度で15分。そして、180度に下げて30分。

めでたく1度しかオーブンの扉を開けず、今回は、完成!


オーブンから、パイを取り出した先生は、

「わぁ!焼けてる!!」と感嘆の声を上げていた。

面白すぎる。


アップルパイは、きれいに焼き上がり、おいしくいただくことができた。


どんなことでも、2回目は1回目よりも感動が薄いというのが定説だが、ここでは、その定説もはねのけてしまう。

楽しい料理教室は、ほかにもあるだろうが、爆笑できる料理教室は、たぶん他に類を見ないだろう。

人間、笑うということが、一番体に良いことらしいが、間違いなくここは体に良い料理教室であるといえる。

ぜひ、今後も続けていってもらいたい。


爆笑!アップルパイ教室 先生!本日もありがとうございました。


目指せ!京都大学への道@

ある人が言いました。

「京都大学に縁があるから、京都大学を目指させなさい」

娘が1年生の頃でした。

そのころ、娘は、10−9をずいぶん悩んでいるころで、

あ〜この子は、そういう感じなんだなと 思っていた頃。

すると、その方は、

「やればできるを体験させるのも楽しいですよ」

とおっしゃいました。


どうすればいいですか?というと、

買い物に一緒に連れていき、1割引きならいくらになるとか、普段からそういうことに触れさせることが大事だと教えてくださいました。

分数や割合になってつまずく子が多いらしい。

いまなら、そうですその通り!と思いますが、その頃はまだ、10−9の世界。

10−9をものすごく時間をかけて考えていました。

昨日、たまたま昔のブログをみていたら、

指で足し算や引き算をしている話で、それも、指を使って間違っているというお話。

あ〜〜そんな頃があったんですね〜〜〜


それから、買い物に一緒に連れていくことを心がけましたが、質問しても、計算ができず、買い物が楽しくないことに(笑)

ま、京都大学なんて、な。と気にも留めなくなりました。


娘は、習い事をするのが嫌いで、何もしておりませんでした。

ところが、3年生の頃、自分から、学習塾に行きたいと言い出し、そのころから、成績表をもらってかえってきて、

「のんちゃんって、あほやってんな」と自分で言い出しました。

今まで、成績なんて考えていない娘でしたが、できないということを自覚したようでした。


私は、習い事をするなら、もっと違うことをしてくれたらいいのにと思っており、まさか学習塾に通うようになるとは思っていませんでした。


それから時は過ぎ…


娘は、6年生になりました。

算数は相変わらず、わからないといって泣く日がありましたが、計算が解ければいいと思っているのではないようで、なぜそうなるかがわからないといった様子。

もしかして、天才か?と思ってみる日々。

相変わらず、学習塾には通い続け、ほかの習い事も初めた5年生。

そして、ますますわからなくなった算数対策として、個別指導塾に行き始めた娘。

娘よ、お前はどこへ向かっているのだい?


そんなある日、大学の話になった。

私立大学よりも国公立大学のほうが、お金がかからないという話になり、

「京都大学に行ってくれたら、安いし、家から通えるし、親孝行やな」というと、

娘は親孝行に反応した。

「親孝行ってなんでなん?」

「そら、たくさんお金がかからへんかったら、親孝行やんか」というと、

「じゃ のんちゃん京都大学いく」


え〜〜

娘の口から、京都大学に行く!なんて言葉が出るとはね。


思い返してみれば、京都大学教授の知り合いができたり、京都大学院生が家庭教師に来てくれたり、ずっと一緒に過ごしている知り合いのご主人が京都大学出身だったり、そういえば、母親も京都大学で働いていたらしい(笑)関係ないか。

京都大学に縁があるのかもしれない(笑)


娘が、言い出してすぐ、学習塾の個人面談があり、娘が、言い出したことを話すと、

「今先生をしてくれている子が、京都大学に行ってるんですよ」とおっしゃった。

大住中学にいって、堀川高校に行って、京都大学現役合格したらしい。


目指していると言い出すと、どんどん京都大学までの道が見えてきた(笑)


不思議なことに、娘の幼馴染も最近、塾に行き始め、そこで、

「京都大学目指してるの?」と言われたらしいのだ。


面白いなぁと、勝手に親が盛り上がる。


さあ、どうなりますか、この挑戦。


目指すには、まず、行く!と思うことから(笑)

というわけで、行くと言い出したという記録をここに記しておきます。


今後も続くかな?どこまで続くかな?

お楽しみに〜〜〜

つるすべ巡礼2巡目〜エミナールでご褒美〜

娘と一緒に行けないと思い込んで訪れた最後の場所。祥風苑。

約10日後に結局いつものメンバーで行けることになり、私の2巡目第1番目は、祥風苑ということになりました。

その時に、祥風苑の方が教えてくださったのは、4月6日に京都のエミナール竹の郷温泉で、つるすべの6か所の温泉施設からスタッフが集って、イベントがあるということ。

よかったら、来られませんか?ということで、

2巡目第2弾は、エミナールに決まりました。


このときは、たまたま友達親子も一緒に行くことになりました。

1回目に訪れたときは、私の体調があまりよくない時でしたが、この日は体調良好で、お湯を満喫することができました。

お風呂から、上がってから、6か所の温泉施設のイベントというものを見に行きました。

くじ引きが用意されていて、何か買えば、1回くじ引きができるというものでした。

最初は、娘がくじを引きましたが、当たらず。

次に、私が引くと、なんと、3000円相当の品プレゼント!が当たりました。

6か所のどの温泉のグッズでもよかったのですが、もちろん一番娘に効果があった、祥風苑のグッズにしました。

3000円分と言われて、いろいろとえらんでおりましたが、3000円以上になってしまったのですが、いいですよ〜と、太っ腹の祥風苑でした。

当たったということもうれしかったですが、この、祥風苑のクリームが、使い心地満点で、娘のお気に入りになりました。

またまた、巡礼旅をしたからこそのご褒美をいただいたような気になりました。


一番気に入った温泉が、自宅から1時間の場所でよかったです。

それに、毎月行けることになったしね。


というわけで、祥風苑の方に誘われるまま訪れたエミナールでご褒美いただき、うれしい2巡目のスタートとなりました。

つづく。

つるすべ巡礼 番外編 月に一度の祥風苑

つるすべ巡礼が完結し、やれやれ(笑)

でも半年以内に6か所行ける無料券。

また、半年で6か所。月に1か所をこなす。

これがなかなか、難しいって知ってました?(笑)

2巡目の第一弾は、京都エミナール。

なぜかというと、最後の巡礼で娘がスタンプをもらった時に、お店の方が、4月6日に、エミナールで、この巡礼の温泉の方が集まってイベントをするんです。よかったらどうぞ。と教えてくださって、どうせいくなら、その日にしようかと、2巡目の第1弾に決定したのです。

その日は、たまたま友達家族も行くことになり、みんなでワイワイといったのです。

このエミナール。初めて行ったときは、少々私の体調が思わしくなかったのですが、この日は、絶好調で、お湯を満喫することができました。

友人たちは、お湯にあたってしまい早々に上がっておりました。

イベントは、各温泉のグッズがいろいろと売られておりました。

くじ引きもあり、私が引いたら、大当たり!

3500円相当の品物と交換してよいというものでした。

私は、もちろん高槻の祥風苑のクリームなどを選びました。3500円分なのでいくつも選んでいると、値段がオーバーしていたようで、でも「いいですよ〜〜」と。

太っ腹!祥風苑。

また、このクリームが娘の肌にぴったりとあうという、まだ、神様は私にご褒美をくれるのかというような展開でございました。

さてさて、ここからが本題です。

1か月に1度、祥風苑にいけたらいいなぁということを思っておりました矢先、まったく関係ないですが、娘にドラムを習わせようと、教室を検索しておりました。

近くにはないなぁ…とさがしておりまして、どうもよくわからないので、音楽教室に問い合わせをしてみました。

すると、高槻に1件あるというではありませんか。

無料体験を1回してくれるというので、さっそく、この1回のためでも高槻に行く口実ができてよかった、よかったと思っておりました。

娘にも、無料やし行ってみるか?といい、体験しました。

体験の日の出来事は、確かブログに書いた記憶がありますが、どうでしたかね?

ドラムは月に2回で、1回30分のレッスンなのですが、月に2回連れてくる気力はないなぁと思っていたら、月に1回1時間のレッスンでもいいということでした。

お〜これならいいやん。

ということで、本当に祥風苑に月に1度、必ず訪れなければならなくなるということになりました。

温泉だけなら、また、こんどにしよかと、必ず行くということになかなかならないと思いますが、習い事とセットなら、お金がかかっておりますので、必ず行きます(笑)

というわけで、本当に月に一度これたらいいなぁが実現することになりました。

3月に祥風苑に初めて訪れてから、4月ドラム体験の日に2回目、5月正式に習うことになって3回目。
6月は修学旅行と重なったので、7月に2回1時間レッスンをしてくれることになり、それが明日で、4回目。

なんと、3月に初めて訪れてから、ほぼ毎月1回行っているのです。

その間にも、つるすべ巡礼2巡目をこなさなければなりません。

2巡目の2か所目は、岐阜県の池田温泉に行ってきました。

ここは本館と新館があり、新館のほうに前回は行きましたので、今度は本館に行こうということになりました。こちらでも無料券が使えるのです。

これが、またよかった。

というわけで、つるすべ巡礼2巡目のお話へと、続きます。



自分のやることに理由なんていらない

今日は、友人が、私に今の日本の仕組みについて話をしてくれた。

話の途中で、「これはどうなん?」と質問すると、

「まやちゃん・・・それ、小学校で習ったやろ?」と何度も言われた。

私は、小学校で習ったことを知らないんだなとおもった。

そんな私に友人は、わかりやすく私の位置まで下りてきて話をしてくれた。


「それで、どう思う?」

と聞かれ、「結局は、毎日自分ができることを精いっぱいするしかないと思うけど」というと、友人は、もう一声ほしかったようだった。

そして、友人は一生懸命、今の自分の仕事をこなしながら、

「これが私の反戦」といった。

しかし、ちょっと待てよと内心思っていた。

自分の仕事をするのに、これが反戦だと思わないといけないのか?

戦争反対!と言わなければ、戦争をしてしまう世の中のほうがおかしくないのか。


「私は、一生懸命反戦をしてますよ」といわなくていいじゃない。

何にもしないのは罪なのか。

何も知らないのはもっと罪なのか。



あと、半年すると、ブログに自分の思いを綴ることも難しくなるらしいので、書いてみました。

半年すると、表現の自由はなくなるらしいです。

何がそんなに悔しいの?

朝、塾の宿題をするために娘が起きてきた。

「おはよう」の顔が、少し腫れて、ちょっと機嫌が悪い感じ。

私の初見は当たっており、娘はしばらくするとこういった。

「ままぁ 昨日な、UFOキャッチャーでな、初めて持ち上げられたのに、途中で落ちてん」

昨日、娘は父親とラウンドワンにいっており、サッカーをするのが目的らしいが、帰りにUFOキャッチャーができる券のようなものをくれるらしい。それで、挑戦したようだった。

幼いときから、時々、挑戦するのだが取れたためしがなく、一緒に行った友達は、上手に取るので、いつも悔しくて泣き、そして、友達から景品を分けてもらうといったことをしていた。

私は、「それは、とれへんかったっていうねん」といい、パソコンチェックをしていると、しばらくして娘が、「ままぁ」といって、私に手を伸ばしてきた。

ん??といって私も手を伸ばすと、なななんと!!

娘は涙を流して横たわっているではないですか!!

どうしたん?どうしたん?というと、

UFOキャッチャーで取れなかったのが悔しかったので泣いているというのだ。

はぁ?

なんというめでたい奴なんだ。

そんなことで、朝から泣くか?

そんなことが、泣くような重大なことなのか?

その悔しさを、何か別のところで発揮してくれよ。

100点取れなかったから泣くとか、そういうことで泣いてくれよ。

娘は泣きながら、いつもいつも自分だけ取れないで悔しいとか、前にいた人が取れてすごいよろこんではったとか。

昨日、落ち込んだけど、いつも最後に悲しい思いをするなら行くなと言われるので我慢していたとか。

なんかいろいろ言い始めた。

そんなに悔しいなら、夏休みの自由研究はUFOキャッチャーの研究にすればどうや?と提案してみた。

娘は、まだ泣きながら、前テレビで箱をとるUFOキャッチャーの研究をしてはったのを見たけど、それをするにはお金がかかるからしなかったとか、言い始める。

そんなテレビを気にしてみていたことに驚く私。

洗面所に向かった私の後をついてきて、まだ泣く娘。しつこいにもほどがある。

だんだんイライラとしてくる私。

「なんでラウンドワンいくねんな。だからいややねん。あんたはお金を払って嫌な気持ちになりに行ってんのか!もったいない」

「こんなことで泣くなんて、平和な世の中やな。のんちゃんの世界が平和やねん。UFOキャッチャーができなかったら、なんか困ったことあるんか?泣くんやったら、この間の社会のテストができひんかったことについて悔しくて泣きなさいよ!」と言い放つ。

そんなことで泣いたとしても平和な世の中である。

方向が変わってきた。

「あんた この間あれだけ予習していったのに、いっぱい間違ってたやんか。予習って予習のノート埋めるのが目的ちゃうで。頭に入れるために予習するんやで」

「UFOキャッシャーができひんくらいで泣いてる場合ちゃうで」

「何で大阪城建てた人が、徳川家康やねん。こんなん基本中の基本やんか」

とまあこんな調子で、テストで間違っていたことをつつき、一番頭に入るのは、自分で授業をしてみるといいらしい。誰かに教えるように話をすると自分の頭に入るねんてという話になる。

途中で、笑えて笑えて仕方がなくなる私。

小学校六年生にもなって、こんなことで、泣かれるとは思っていなかった。

私が笑うと、ますます泣く娘。

娘は、目を腫らしたまま学校へと向かった。


さて、今年の自由研究は、いったい何になるのか。

UFOキャッチャーが得意だという方、ご連絡お待ちしております。


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摩耶
京田辺在住です。

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