まやちゃん 初めての取材に行くの巻

2年ほど前から、WEBライターとして、ぼちぼちと活動してまいりました。

デビューは、ハワイのおすすめのお店紹介。

ちょうど、ハワイに行くというタイミングで、そのようなお仕事の依頼があり、私の書いたものが記事になるという体験をいたしました。

それから、いろんなお題での記事の投稿をさせていただいておりましたが、この度、取材の依頼を受け、訪れたことのない場所に行き、初対面の人にインタビューするという体験をしてまいりました。

【むちうち症になったらまず読む本】というのを作られるそうで、交通事故のスペシャリスト治療院を探せ!といことで、全国の整骨院の中の選ばれた100の医院を取材します。

私は、本日27日か体があいておらず、この日に取材可能なところがあり、そちらへ行くことに。


人生、初めてのカメラマン同行の取材です。

初めてのことなので、夜も眠れない状態が、やってくるのか?と思いましたが、毎晩よく眠れる私(笑)

先日、初めてのイベント出店で、ドキドキして夜も眠れないと話してくれた友人を思い出しながら、(私も、初めてのことがやってきたんだから、ドキドキしなくちゃ)と思いますが、わくわくするばかりでドキドキあまりせず。

あかんやん。なんで、私は夜眠れるのか?

それを検証してみました。

インタビュー内容や、タイムスケジュールなど、こと細かくメールで送られてきており、何をやったらいいのかが、すべて想像できるのです。

どうしていいかわからないことが多いと、人間不安になるのだなと、検証終了。

要は想像力ですね。


しかし、そんな私もやはりカメラマン同行の取材は初めてなので、心得と言いますか、そういう場合のマナーと言いますか、そのようなことはわからないなぁだれか、そういうこと教えてくれないかな?と思っておりましたら、近くにいい人がいるではありませんか。
ママ友のご主人、カメラマンさんです。

ご主人様に質問をしてみましたところ、心温まるアドバイスをくださり、取材当日の朝も「頑張れ!」のお言葉。

私、この「頑張れ!」がグッときました。

また、奥様の方も、なんとも素敵な一言を取材前にくださるという、このお二人、素敵な夫婦やなと感動しておりました。

温かい気持ちいただき、ドキドキすることもなく(笑)わくわくして現地に到着しました。

早めに行って、現地を確認し、昼をどこかで食べようと思い、近くの喫茶店に入ってモーニングを頼みました。

モーニングのゆで卵の湯がき具合が抜群で、ものすごくうれしくなりました(笑)

ゆで卵の神様も応援してくれてる!(笑)そんな神様いるかな?(笑)

トーストもいい焼き加減ではないか!(笑)トーストの神様も応援してくれている(笑)

ウキウキするというのは、すべての世界を変えるのか、何から何まで私を応援してくれているような気になります。

いいお天気だ、神様ありがとう(笑)


というわけで、何もかもに応援してもらっている感をたっぷり味わいながら、めでたく、カメラマンさんとの約束の時間に現地に到着することができました。

カメラマンさんもよい方で、リードしてくださり、整骨院の先生も良い方で楽しく取材をおえることができました。

取材も撮影もすべてが終わり、外へ出たとき、カメラマンさんのお顔が汗で光っていました。

(すごい。これが仕事をするということだ)

私は、汗をかいていない自分を恥じました。


今度、取材の依頼をいただいたなら、汗をかくほど頑張ろうと固く決心し、帰路へ着いたのでした。



まやちゃん 初めての取材に行くでした。

おしまい。





登校拒否児童の朝

それは、土曜日のことでした。

この日は、高槻にドラムを習いに行く日でした。

時間は13時。

初回、到着までに2時間かかってしまった経験から、お弁当持参で11時ごろ家を出て、現地に12時ごろ到着し、車の中でお弁当を食べ、時間があれば、高槻の西武百貨店でウロウロし、そして、ドラム教室へ。

本来、ドラムのレッスンは30分で、月2回なのですが、月に2回通える自信がなく、月1回で1時間というレッスンに特別にしてもらっていました。

そもそも、ドラムを習いに行き始めたのは、去年サンタさんがドラムをプレゼントしてくれて、友人に、最初少しだけ習った方がいいよとアドバイスをもらい、月に一度は連れて行ってあげたいと思っていた温泉が高槻にあったので、そこと抱き合わせで、私がレッスンを進めたのでした。

小学生の間だけ、習ってみよか。温泉も行けるし

そのような感じでした。

そもそも、なぜ、ドラムがやってきたかと申しますと、去年の12月。ディズニーシーのミッキーがたたくドラムのかっこよさに「あ〜のんちゃんがこんな風にドラムがたたけたらなぁと」一言言ったことを覚えていたのです。

それで、お願いが「ドラム」

このいきさつは、去年の12月のブログに書いていたと思いますが、そんなわけで、娘が、何かに感動して、「ドラムがほしい!ドラムが習いたい!」となったわけではなく、流れでそうなっていったという感じでした。


さてさて、土曜日の朝、娘はなかなか起きてきませんでした。

私は、学校の日は起きられず、休みの朝には早く目が覚めるというのが子どもと思っておりましたが、つい先日、友人が、「たくさん眠るのが子どもじゃないの?」といわれて、なかなか起きてこない娘を「子どもだから寝るのね」とそのままにしておきました。

10時半ごろ、友人が来訪し、「のんちゃんは?」と娘の気配がないのを感じて声をかけてくれましたが、「まだ寝てるねん」と話をしていました。

友人が帰られて、しばらくしても起きてこないので、娘が寝ている部屋の戸をあけながら、

「もう起きてや〜〜」というと、

なんということでしょう

娘は、へ〜〜んな顔をしています。

ん??どうしたん??

というと、

ふえ〜〜〜ん(泣)

え????

布団をかぶって、

「行きたくない…」

お〜〜〜〜〜

これ、よく見るやつやん(笑)

いやいや、その時は笑ってませんよ。

登校拒否の子が、朝起きてこないでぐずるの図じゃないですか!!!

「何で嫌なん?難しくなってきたから?」

娘は先月、そろそろ終わるころだと迎えに行ったら、いっぱいいっぱいの顔でドラムをたたいており、レッスンが終わって、挨拶をして、私と二人きりになると、泣き出していたのでした。難しかったらしい。

30分のレッスンを1時間受けるというのも、結構エネルギーがいるようで、疲れるんやなぁと感じていました。

「なんで、嫌なん?ちゃんとお話して」

まだ泣いている娘の頭をひざに乗せて、ずいぶん伸びてきた髪の毛を撫でながらたずねました。

「だって…ヒック  のんちゃんが行きたいと…ヒック  いったわけじゃないもんヒックヒック」

そのとおり、そのとおり。

「そんな嫌やったら、いかんでいいやん。習い事行きたくない言うて、泣くことないわ〜」

「ちょっとだけ、習ってみようっていうてただけやし、電話するわ」

「昨日のうちに言うてくれたらいいやんか。先生も、急に休むっていうたら迷惑やで」

「ままが…シングシング…のんちゃんがドラム…するの…」

「あ〜〜ままが楽しみにしてるからやめられへんとおもったんか?そんなん嫌々やらんでいいのに」

「ほな、今日は、鳥獣戯画みにいこか。水族館も近いかな?両方いこか?」

そういうと、娘は泣き止みました。

教室に電話をかけると、退会手続きの為に一度足を運ばなければならないということでした。

先生にも、急に辞めるといって挨拶もしないというのは嫌だしな…。娘の皮膚の為に温泉にはいきたいし、ということで、娘に、「辞める手続きしなあかんから、いかなあかんし、のんちゃんもちゃんと最後の挨拶しなさい」といいました。

娘は、そのことには納得したようで、ぐずることなく、高槻に行くこととなりました。


今までと一緒。

11時の家を出ました。

お弁当を作ってあったので、お弁当をもって。

車中、娘が最初の体験でドラムをたたいてくれた日のことを思い出しました。

シングシングの曲が好きだというと、娘に簡単なリズムを教えて、先生はピアノを弾いて合わせてくれたのです。

「今日、最後に先生にお願いしてシングシングたたいてくれへん?」と運転しながら後ろに座る娘に声をかけましたら、不思議と涙が出てきました。

やめてほしくない!と思っているわけではないのです。最初にたたいてくれた時の感動を思い出して、あの時も涙が出たのでした。

あ〜やっぱり歳をとったのでしょう。

涙がどんどこどんどこ溢れてきました。

「やっぱり いいわ」私が言うと、「泣くから?」と言われました。

そのとおり。

「これでドラムをやめたとしても、大きくなってたたきたくなるかもしれないし、何かの役に立つかもしれないしな。これで、ドラムができひんというわけではないもんな。いつか、大きくなったら、シングシング叩いてくれるかもしれないし、その日を楽しみにしとくわ」

自分で言いながら、そうだ。そうだ。そうじゃないか。

と思っておりました。


いつものように1時間ほどで高槻につき、車の中でお弁当を食べました。

娘の心は軽いようで、顔が曇るということはありませんでした。

教室の受付の行くと、退会もあるけれど、休会もできること、1時間のレッスンではなく30分のレッスンにできることなどの説明を受けると、娘は、それならやりたいというような雰囲気を醸し出してきました。

やめたい理由は1時間がつらかったのか。

ドラムをたたくことや、来ることが嫌だということではないようです。

その後、先生にも会いました。

先生は驚いておられました。辞める理由が見当たらないと。

しかし、先月の様子をお話しすると、娘は難しいリズムを教えると叩けるのでで、どんどん次々進めて行ってしまったところがあったと、おっしゃいました。

遠くから来てくれてるし、一時間あるし、これできる?というとできるので、次々と。


先生と話していると、時間を変更して、もう少し遅い時間で1回30分のレッスンにしてみようかということになりました。

娘もそれならやりたいということでした。

昼前からでて、帰りは6時ごろになるので、丸一日土曜日がつぶれるのも嫌だったようで。

やめてしまうのではなく、ちょっとやり方を変更という形で続けることに。

でも「今日もやっていく?」といわれても、かたくなに断っていました(笑)

休会手続きは、先生との話し合いの前に記入していたので、12月はお休みして、1月から仕切り直しでスタートいたします。

娘は、春から始めたことを、一旦「結び」ました。


それにしても、登校拒否児童の朝の様子を見せてくれるとは思いませんでした。

娘は学校に行きにくい日がありましたが、起きてこないということは今までありませんでした。

恒例の温泉に浸かりながら、

「ままが悲しむからって、嫌な気持ちを我慢して続けていたことを後からわかったほうが、ままは悲しいねんで。これからは、すぐにいうてや」というと、「うん」うなづきました。

「今日、○○さん朝きたはったやろ?のんちゃん聞こえててん」

目は覚めているのに起き上がりたくないと、ずっと布団にもぐっていたのです。

「ほんとに、登校拒否する子みたいなことしててんな。普通学校行きたくない言うて、そういうことするんちゃうの?のんちゃん学校の日は、早く起きて勉強するやん(笑)」そういうと、

「学校は、楽しいもん」

楽しくないのか?ドラムは(笑)


行かなきゃならないところでもないのに、真面目な子です。


サンタさん。あなたの住む町には、リサイクルセンターありますか?













最後の学習発表会

いろんな行事が、最後です。

いえいえ、いつも最後ですね。

人生の今日は、いつの時も、もう二度とやってこないのですから。


さてさて、体育館で発表会には、苦い思い出が…。

一年生の秋ごろ、ファミリー参観ということで、おじいちゃんおばあちゃんにも見てもらおうと一年生がみな、体育館に集まって、言葉と鍵盤ハーモニカか何かを発表するというものでした。

横一列にずらっと並び、どの子の顔もよく見えるような体系でした。

この時間のすぐ前の休み時間、娘は友達にぶつかって転ぶか何かをして、泣くということがあり、少々テンション下がり気味でのスタートでした。

きれいに横一列に並んでいたのですが、中央付近の娘だけ、少し奥まった感じで、後ずさりしているような感じでした。

ほんの半歩くらいのことですが。

皆が並び、ざわついていたのが、しーんと静まり返った途端、うわ〜〜〜〜〜〜んと泣き出した娘。

発表の一番手は、娘の鳴き声??という感じでした(笑)

あらららあららら

他のお母さんたち、おじいちゃんばあちゃんたちもご覧になられているのですよ娘さん。

発表は始まりましたが、娘の穴を他の子が上手に埋めます。

その様子を見て、(ははぁん こやつ毎回泣いておるのだな)と簡単に想像できました。


そんなことを思い出しながら、最後の体育館での発表でした。

今年は、今までと違い趣向を変えて、音楽発表会というものでした。

学年ごとの発表ではなく、低学年、中学年、高学年のブロックで、発表。

はっきり言って見応えはありませんでした。


娘は背が一番低いので、一番前だったから、ずっと姿が見えていたのがよかった(笑)

壇上にも上がらない隊形だったので、後ろの子たちは全然見えませんでした。


低学年から順番にはじまって特に感無量という気持ちはなかったのに、高学年の発表の途中、隣に座っていた母が

「あの子泣いてるわ」といい、見てみると、最前列の女の子が、リコーダーを吹けないくらい泣いているのです。

それを見た瞬間、私の目からもじゃーじゃーと涙があふれてきました。

あららら、なんでかな、いっぱい出るね。

いろいろ思い出したわけでもなく、もらい泣き。

これがいわゆる【年をとって涙腺が緩む】という状態なのでしょうか?

高学年の発表が終わっても、涙止まらず、全体で合唱する『花は咲く』がはじまって、私も歌おうと思ってたのに、歌えないほど止まらず。

なにか、溜まっていたのでしょうか?


いっぱい流して、発表会が終わりました。


娘は途中で泣き出すことなく、滞りなく発表を終えました。


ちゃんと歌えなかった『花は咲く』

最近考えていた、私の中のキーワード「私は何を残しただろう」という歌詞が出てきます。



『花は咲く』

真っ白な 雪道に 春風香る
わたしは なつかしい
あの街を 思い出す

叶えたい 夢もあった
変わりたい 自分もいた
今はただ なつかしい
あの人を 思い出す

誰かの歌が聞こえる
誰かを励ましてる
誰かの笑顔が見える
悲しみの向こう側に

花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
私は何を残しただろう


夜空の 向こうの 朝の気配に
わたしは なつかしい
あの日々を 思い出す

傷ついて 傷つけて
報われず 泣いたりして
今はただ 愛おしい
あの人を 思い出す

誰かの想いが見える
誰かと結ばれてる
誰かの未来が見える
悲しみの向こう側に

花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
私は何を残しただろう

花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
わたしは何を残しただろう

花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
いつか恋する君のために



この六年間、私は娘に何を残したでしょう。

語彙検定を受けてきましたA

電車に乗って、私はすぐにテキストを開きましたが、娘は何やら眠たいようで、突っ伏して眠りだしました。

(いまやらなくていつやるねん?)と思いましたが、まぁやる気のないときにテキストを開いたところで頭に入るわけがないので、そのまま眠らせておきました。

乗り換えをして、気分が変わると、テキストを開きはじめました。

ここで、初めて親子での勉強タイムとなりました。

「あんな、のんちゃん。答えがあっているかどうかが、大切なんじゃなくて、解説にいろんなことが書いてあるから、解説をちゃんと読んで、頭に入れるんやで」

「一つの問題で5つの選択肢があるやろ?答えがすぐにわからなくても、ここから、いくつかのことを知っていたら、答えは導き出せるねん。まったく知らんかったら、当てずっぽで、答えなあかんし、それで、たまたま正解になっても意味ないやろ?言葉を覚えるテストやねんからな」

そういって、一つの問題が目に留まり、話し始めました。

『日本アルプスに属している山脈は?』

@越後山脈

A奥羽山脈

B讃岐山脈

C木曽山脈

D関東山地

この問題を見て娘は

「奥羽山脈は青森の方やで、日本アルプスは中部地方やし、ちがうわ」と言いました。

内心(そんなこと知ってるんか…負けたな)と思いながら、

「そうやろ?のんちゃん。一つ知ってたら、これではないと思うよな。讃岐山脈は、讃岐うどんというから、四国なんじゃない?」と言いました。

そんなことを言いながら、答えを導きだし、「解答書に5つの山脈すべての解説がしてあるので、ここを全部読んだらわかるやろ?のんちゃん青森の方にあるっていうてたんあたってるなぁ」と言いながら、唯一この問題だけを二人で勉強できました。


この日の前日、私は実家に泊まっており、ポータブルの充電器をもっていっていましたが、接触が悪いのか充電できず、困っておりました。残量はほぼ0に等しい状態でした。

語彙検定の後、どこも行かずに帰宅するならいいのですが、USJに寄ることにしていたので、写真絶対撮るよな…と。これは、電気屋に寄ってから、行かねばなるまい。と決心し、梅田のヨドバシカメラで充電器を買おうとしたら、充電器自体は壊れてなくて、ケーブルが損傷していることがわかり、ケーブルだけを購入するだけで、問題解決。かと思いきや、スマホの残量が少なすぎると、充電しないのだとか。

うそ〜〜充電してよ〜〜と思いましたが、そうはならないようで…。そんなこと、初めて知りました。

ヨドバシカメラの中には30分100円で充電してくれるところがありましたが、30分の時間が私たちにはなく、ケーブルだけを購入して再び電車に乗りました。

試験会場の最寄り駅に、auショップがあることを祈り、試験の間、そこで充電してもらえたら、都合がいいんだけどな…と思いました。

最寄り駅に到着し、会場を目指しますが、なかなか見つからず、歩いたおかげでかわいい雑貨屋をみつけ、「あとで、ここに絶対来よな」と娘に念押し、そして、やっと会場を見つけて一安心し、お昼ご飯を食べようと、また別の道を歩いていくと、ありましたauショップ。

うまい具合にみつかったなぁと喜んで中に入りましたが、こちらの店員さん、最初の対応がよくなかった。

基本、充電はサービスだと思ってたのですが、そんな感じではない。

やらないとは言わないが断り方がへたくそ。

しかし、引き下がらなかったので、結局やってもらえることに。

最初から、すんなりと引き受ければいいものを…。

auショップを探したおかげで、目の前の素敵なパン屋さんで昼食をとることができ、私たちは、時間ぴったりに検定会場に入ることができました。



つづく。



語彙検定を受けてきました@

何年生の時だったか…社会科見学に行って帰ってきた娘が、「まま新聞とって」といいました。
朝日新聞社に見学に行ったのです。

子どもをその気にさせるなんて、朝日新聞社もやるなぁと思いました。

さっそく購読をはじめました。

朝日小学生新聞は、私が読むのにちょうどよく、私が目を通すようになりました。

娘は最初の頃は面白がって読んでいましたが、最近は、読んでいない状態で、新聞が積まれておりました。

毎日のお話として「言葉屋」という、お話が載っており、言葉の使い方が美しかったので、これだけでも読んでほしいと思い、娘に、『「言葉屋」だけでも読んでおきなさい』と言っていました。読まないなら、もう購読しなくてもいいなぁ今月で止めようかと思っていた矢先、一つの記事を見つけました。

【親子でみがこう「ことばの力」】

みがかねばならないと常々思っていた言葉。

親子でみがけるんですか?

私の読解力のなさが、ここで露呈します。

なんとなく、説明文を読むと、どうやら、大きなホールで、講演をしてくれるようだな。

親子でそれを聞いて、言葉を磨くきっかけにするんだな。程度の理解で、娘に一緒に参加しようと声をかけました。

娘は、渋りましたが、ままの誕生日プレゼントやと思って付き合って!というと、承諾しました。

11月15日。

この日は、もともと年間パスポートを買ってまだ一度も行っていなかったUSJに行くことにしておりました。期限は12月21日。

あと少ししかありません。

けれども、USJよりも「ことばの力」だと申し込みました。

申し込んでから、よくよくホームページを見てみましたら、なにやら、私の想像と違うことが書いてあります…何を勝手に想像していたのか?

親子で、語彙検定を受ける?

試験受けるの?

試験を受けると、もともと知っていたら、申し込んでいたかわかりません。

私の読解力のなさが功を奏するとでも申しましょうか。

娘には、知らなかったといわず、〈もともとちゃんと知ってましたけど〉という体で対応いたしました。

「言葉をどれだけ知っているかという試験を親子で受けるから、テキストで勉強してな」

忙しい娘に、語彙検定の試験を受ける勉強ができるだろうか?と思いましたが、ちょうど友達が学校の隙間時間に本を読んでいる話をしてくれており、その手があったと、「学校にもって行ってべんきょうしときや」ということになりました。

それから、約3週間でしょうか。

一緒に勉強する時間が、全く取れないまま、試験当日を迎えるのでした。




つづく。

タイヤ転がる

タイヤ転がる

将棋

ジュリエット

驚愕!人間ドック

昨日、人間ドックに行ってきました。

市から送ってきてくれるものではなく、家人の職場からの案内で、ちょっと本格的な検診を受けることにしました。

誕生日を迎えてすぐに受けよっと、とおもって、45歳と二日目に行ってきました。


人間ドック自体は、以前、市の職員として働いていた頃、受けたことがありますので、それ自体初めてということではありませんでした。

場所も自宅から近くの病院で、近年建てられた検査のための病棟です。

ちょっとしたホテルのロビーと言いますか、会員制のフィットネスクラブにやってきたような感じさえ受ける場所でした。

着替えた後の姿が、水着やヨガウエアではなく、検査着というだけで。


朝はありがたいことに送っていただいて、到着。

促されるまま、検査着に着替え、待ち時間を有効活用しようと、試験日が迫っている、語彙検定の試験問題を片手に蛍光ピンクのマーカーも持参して、検査に挑みました。

検査着って寒いだろうな…の予想を反して、このフィットネスクラブばりの検査棟内は快適な温度に保たれており、持参した大判のブランケットも邪魔になるほどでした。


あっちいってはい。こっちいってこれ。

言われるがままに、検査をこなしていきました。

まさか、この後に驚くことがいろいろと待ち構えているとはおもっておりませんでして、待ち時間もそれほどなく、寒いこともなく、快適に進んでいきました。

最初の驚愕は、検尿。

朝、してきたので、ちょっとしか出ない。

今まで、検尿で、出ないなんてこと経験したことありませんでした。

まぁ、これくらいでも足りるだろう。

足りないといわれても、今、もう出せないのだから仕方ない。

最初の尿は取らないでくださいと書いてなければ、もう少し量が稼げたはずなのに。などといろいろ思いましたが、後の祭り。

私の膀胱からは、一滴も絞り出すことができませんでした。

というわけで、ここまでラインの半分ほどしかいれられず、検査カウンターへ。

どうか、これで、よろしくお願いしますと心の中で思いながら、わが尿を見送りました。


そして、次の検査に向かったとき、すぐに係りの人が私のところへやってきて、

「ちかもとさん。尿が足りなかったので、また、後ほどとってもらえますか?」と言ってきた。

素早い対応だ。

見た瞬間、これは足りんと思われたのか。

「はい、すみません。後ほど」といい、次の検査に向かった。


次の驚愕は、身体測定だった。

自分の体重に驚愕?

いやいや、体重がだいたいどれくらいなのかはわかっている。

私の驚愕は体重ではなかった。

「こちらが、測定結果です」

そういって見せてくれた数字に驚愕!!

87.5

何の数字?

バストであれば、まあまあかわいいおっぱいちゃんということになるだろう。

しかし、この数字、私のへそ回りなのである。

へそ回りが90?じゃあ尻はいったい何pになるというのだい。

私は、結果を見せられて、「はい」と返事したものの。

ショックを受けるなら体重でショックを受けたかったと思い、人間心積りがあるのと、ないのとでは、心に受けるダメージがかなり違うことを身をもって体験した。

体重は思ったより減っており、今まで臨月の体重だったのが、一時は出産当日の体重までになり、その後また臨月におさまっていたのだが、このときは妊娠六か月くらいだったであろうか、臨月免れたという印象を受けた。

それにしても87.5。驚愕であった。


他の検査に回りながらも、しばらく87.5の数字が頭から離れず、持って行っていた、語彙検定の問題にも集中できるはずもなかった。


次の驚愕は、自分の物忘れ。

眼圧検査でのことだった。

「今までに、何かいわれたことありますか?」

そういえば…私、何か言われたことあるぞ…検査したぞ…なかなか目が開けていられなくて何度もやり直した記憶がよみがえってきた。

「言われたことありますね…えっと…いつか、眼科に行って…なんで行ったんだったかな…あっそうそう目に赤いものができていったら、そのことよりも、緑内障の毛があるから定期的に検査をしたほうがいいといわれて…」

「いつですか?」

「いつだっただろう?でも年に一度は検査してくださいと言われたけど、一年以上たってるかも!」

わ〜〜わすれてたわ〜〜〜

そう思いながら検査へ。

光が目の奥に届く速さが緑内障に関係するらしく、私の場合、少し届きにくい傾向があるようでした。

まあまあでも心配するほどではなくて、やはり時々検査をしてください。ということでした。

そして、目でもう一度驚愕。

視力。

最近めっきり見えなくなったなぁと思っていたのに、1.5と1.2。

検査をしてくれた方が、「いいですね」とおっしゃったので、

「え〜〜全然見えなくなったと思っていたんですよ。今まで2.0だったんです」というと逆に驚いておられ、「1.0でも羨ましいです」といわれました。

「え?じゃぁ、みんなはこのみえなくなったなぁと思う世界で生きているんですか!!」

みんながどんな世界を見ているかはわからないが、私としては、見えづらくなった世界の入り口に立っており、でも、人によっては、今の私よりも見えない世界で生きているのだ。

驚愕。

羨ましがられて、次の検査へ。

子宮がん検診。

ここでも、驚愕。

「経血は多い方ですか?」ときかれ、「人と比べたことがないのでわかりません。普通はどれくらいですか?」と聞くと、「1回の月経で、100〜140CCです」と。

耳を疑いました。

「1回ってひと月ですか?一日じゃなくて?」

「そうです」と。

え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

これはものすごく驚いた。

私は、一日に、それ以上、もっともっと出ますけど?????

みんな、そんなに少ないの????


つい先日、友人に

「まやちゃんって紙ナプキン使ってたん?意外」といわれたのだ。

家にいるだけなら布を使うが、外に出るなら紙なのだ。だって、布って吸収しないやん。

すぐかえられないやん。とおもっていた。

そりゃ。全体量がそれくらいなら、布でいけるわな。と合点がいった。

男の人にはわからないだろうが、紙ナプの重みを感じるほどの時もある。

「それなら、私、ものすごく多い方です」と答えた。

子宮筋腫とかがある場合も、経血量が多くなるらしい。

しかし、何もなく、経血が多くても貧血気味ではなければ心配することはないらしい。

いやいやいや、でも、今まで、この事実を知らずにきたことに驚愕。

みんなが五日ほどかかって出す経血量の何倍も私は一日で出している。それを何年も続けてきたのだ。

なんかちょっと損した気分だ。

人の経血量に驚いたため、先ほどのへそ回りの数字を少し忘れかけていたように思う。

待ち時間には、勉強をし、快適に過ごしていた私。

お腹が減ってきていたので、早くバリウムにならないかとおもっていた。

なにか、お腹に入ったら、お腹が落ち着くだろうと思っていたのだ。このときは。

そしていよいよ、バリウム検査が始まった。

まず、胃を膨らますものを飲むのだが、粉を口に含み、次に水を飲む。

口の中で、留まらせてはいけないと、一言言ってほしかった。

口の中で炭酸が発生し、危うく噴火するところだった。

いよいよバリウム。

少しずつ飲みながら、(もういいですよ)と早く言いなさい。とおもっていた。

しかし、ほぼ飲み干すまで許してはくれなかった。

冷たい台の上で、ぐるぐるぐるぐる回転させられ、何枚も写真を撮られた。バリウムを胃の全面に行きわたらせて写真を撮るのだなとおもった。

横を見ると、細かい白い点々がみえた。誰かがバリウムを噴射したに違いない。

笑いをこらえた。

バリウムを噴射することなく、撮影が終わり、

口の周りに白く固まったバリウムを備え付けの洗面所で洗い、検査室を出た。

また、次の検査で呼ばれるまで、椅子に座って待っていた。

そう、勉強しながら待っていた。下向き加減で待っていたのだ。

「ちかもとまやさん」と名前を呼ばれた。

問診のため先生の部屋に呼ばれたのだ。

「はい」といって立ち上がった。

痛っ

んんん?

座った姿勢から立ち上がり歩いた途端、胃右上部と、そのちょうど裏側背中が痛いのである。

あららイタタタ

まっすぐ姿勢を起こすと痛み、前かがみだとマシになる。

先生がいる診察室へ入って、

「胃が痛いです…」というと、

先生も困惑。

今まで調べた結果を見ての問診らしかったが、私が前かがみになっている状態で、私の胸に聴診器をあて胸の音を聞き、足首を触り、診察が終わった。

だから、胃が痛いって、こんなに痛いってと言ってるのに、

「どうしてでしょうね…様子を見てみましょう」といわれ、室外に出された。

歩くのも困難。

それから、待合で待っている間が一番つらく、姿勢は前傾。少しでも動くと痛い。息を吸っても痛い。

変な汗もでてきた。

犯人は、バリウムに違いない。

先ほどまで快適に過ごし、語彙検定の勉強もはかどっていたのに、字を見るのも嫌だ。

あ〜〜どうした私。人間ドックへきて、大病発見か。

そして、無常にもまた、名前が呼ばれた。

次は、乳がんの触診だった。

ベッドに横になり上を向いて触られるはずだったが、それどころではない。

先生は、私が前屈みで苦しんでいる最中にもかかわらず、ちょっとごめんねと言いならが自分の仕事をこなしていた。胸を触診するのだ。

仰向きになり触診して検査するものを、前かがみの状態で触って分かるものなのか?適当にもほどがある。


「冷や汗もかいてるから、救急でみてもらって」と指示を出され、私は車いすに乗って、隣の救急へ搬送されることとなった。

驚愕。

しかし、本当の驚愕はこの後。

救急の前で、私を連れてきてくれたお姉さんが

「連絡しておくご家族の方いらっしゃいませんか?」という。

なんと!

こんなセリフ、命がなくなる間際に家族がかけられる言葉ではないのか?

連絡をしようと思ったとき、ちょうど娘から電話がかかってきた。

このまま入院とかになったら、どうしよう?

10月で幼稚園の仕事が終わっていてよかった。

もしなにか重大な病気だったら…

いろんなことが頭を巡ったが、娘には言わず、家人にトラブルで少々帰りが遅れると伝えた。

体温、脈拍、血圧を計ったりしていると、

「まやちゃん?」と私の顔を覗き込む男性。

見上げると、なんと、今の今までLINEでやり取りしていた友達のご主人。

「え??」

勉強の合間、入ってきたLINEに返答していたのだ。

内容は

「生きてることが不思議」とか

「ジェットコースターみたい」とかいう内容で、

いったい何があったん?はよ、女子会しなあかんなという話になっていたのだ。

その人のご主人。

「どうしたん?」と車いすに乗った私が言う。

すると、「また、やりよってん。事故」

そして、友人現る。見た目は大丈夫で念のための検査に来たらしい。

あ〜それで、生きてることが不思議なのね…。


まさか、こんなところで会うとは。

私も今の今まで、元気だったのに、LINEでやり取りを終えた直後にこのようなことに。向こうも当然驚いていた。




この頃になると、痛みは治まっており、一人で歩いてトイレに行けるまでになっていた。

(あ〜〜検尿・・・)と思いながら用を足し、そして診察室へ。

先生に診てもらう段階では、もう大丈夫です。という状態に。

今度は、歩いて検査棟へ戻ることができました。


先ほどの痛みはないものの、なんだか気持ち悪い、すっきりしない状態でしたが、保健指導を受けて、そのあと、検尿も出すことができて、お昼ご飯となりました。


私の好物ばかりの昼食でしたが、胃が気持ち悪く、半分ほどしか食べられませんでした。

残すのがもったいないので、娘に食べてもらおうとメールしましたが、夜に同じものを用意しているので、いいといって、来てくれませんでした。

食事が終わり、会計を済ませに行きました。ここで最後の驚愕。

なにも、処置をしてもらわなかった先ほどの救急の診察が850円。

ランチ、1回いけるやん。

帰りの迎えを待っていると、

「まま!」と娘が駆け寄って抱き付いてきてくれました。

この子を悲しませないでよかったと、胸をなでおろした瞬間でした。


それにしても驚愕だらけの人間ドック。

もう二度と、受けることはないでしょう。

もう二度とバリウムを飲むことはないでしょう。

さようなら人間ドック。


45歳始まりの物語としては、なかなかおもしろかったのではないでしょうか。


おしまい。

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摩耶
京田辺在住です。

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