娘の住む世界

11月の後半から12月にかけて、毎週土曜日に幼稚園免許更新に大学に通っておりました。

久しぶりに講義を受ける。一コマ2時間。それを15コマ。30時間の講義を受けて免許の更新ができます。

なんといいますか。一言でいうなら、「感動」しました。


2時間立ちっぱなしで、話をしてくださる。

それだけで、ありがたく感じる私は、年齢を重ねたと言わざる負えません(笑)


〈教育の最新事情〉

〈発達障害のある児童・生徒の理解と対応〜教育と医療の視点から〜〉

〈禅の生活〜「かたち」と「こころ」〉

〈児童虐待と生活貧困家庭への支援〉

という4つの大きなテーマがあり、

教育の最新事情の中には

●スクールソーシャルワーカーとのかかわりを通して、子どもの生活の変化に応じた支援の在り方を考える。

●いじめ、不登校、非行、犯罪等の問題についての背景・原因の分析や教員の具体的な取り組みの在り方、また報道の統計の活用を通して現代社会の問題を考える。

●学校における危機管理の課題〜付属池田小学校事件から学ぶ〜

●子どもの発達を心理学の知見から見つめ直し、その問題点、課題、子どもの変化についての理解を深める。

●教育政策の動向を考える。教員のコミュニケーション、地域社会との連携を考える。

●教師とスクールカウンセラーの協業のあり方等を考える。

というテーマで、合計30時間の講義が行われました。


このような勉強から、20年近くも離れていたのですが、昔は孤独に子どもとかかわっていたなぁと感じました。

今は、いろんな角度から子どもたちを守り育てる仕組みが出来上がっています。

やはり、家庭でも教育現場でも、一人で抱え込まないことが大切だなと思いました。


15コマの講義のうち3コマは泣けました。

子どもたちは、苦しい世界で生きています。

収容所にとらわれているわけでもないのに、苦しい世界で生きているのです。

夜回り先生と呼ばれている水谷修先生が講義をしてくださった中で、今までは夜に外を回れば、助けを必要としている子どもたちに出会えたと。だから、回ればよかった。見た目もわかりやすかった。髪の毛は金髪。服装も。しかし、今は外見からは何の問題もないと思われる子どもが袖をまくるとリストカットの後。部屋にこもってでてこない。夜の街を回っても出会えない。
そのような子どもたちがたくさんいると。

更生して学校の先生になった子が、3年前の東北の震災で大きな被害のあった学校で働いていて津波に巻き込まれ命を落としてしまわれた話。

講義をしてくださる先生方が、壮絶な体験をしていて、生の話をしてくださっているという印象。

池田小学校の事件にかかわった先生の話。

リアルすぎて気分が悪くなれば退席してよいというほど。

いろんな事件が世の中で起こっていますが、池田小学校の事件はいつも私の心の近くにあって、すぐにあの事件を思い出してしまいます。

事件は娘が生まれる前に起こっているのです。同じくらいの子どもがいるわけではなかったのに、いつまでも心の中にある事件。

事件で命を落としてしまった子のひとりは、その日、「学校に行きたくない」と言ったそう。そんなことは珍しかったらしく、親は取り合わず、学校にいかせ、事件に遭った。

このエピソードが私の心から離れないのです。

今でも、娘が学校に行きたくないと言ったら、すぐに「わかった。休みなさい」というのはこの事件があったから。

これは余談ですが。


講義を受けて泣けるというのは、それだけ子どもを取り巻く環境、世界が苦しい辛い世界になっているということなのかと思っておりました。

先生が質問されました。

「どんな言葉をかけていますか?家で、子どもに、早くしなさい。だめでしょ。わかってないわね。などという言葉を多くかけているか。よかったねぇ。頑張ってるね。大好き。などの言葉をかける方が多いか、どっちが多いですか?」

この質問、ほとんどの人が前者だったのです。

私は衝撃でした。

教育現場で働いている人たちですよ。

それなのに、マイナスの言葉をかけている方が多い人が、多いなんて。

そのことを、帰宅してから、娘に話してみたのです。

すると、娘が驚の一言を放ちました。

「みんな、恥ずかしかったんちゃう?正直に手をあげるのが。みんな家では、良い言葉を言うてると思う」


娘の住む世界が2015年も幸せな世界でありますように祈ります。

世界に一つだけの花の育て方

大きい花や小さい花、一つとして同じ花がないのなら、

私たちは、誰も同じ育て方をしていてはいけないということです。

お隣のお花は、毎日たくさん水を欲するけれど、うちのお花は、一週間に一度たっぷりとやればいいかもしれません。

お日様の光がたっぷりないといけない花もありますが、少し、じめっとしているほうを好むお花もあるのです。

赤い花だから、こんな育て方とか、青い花はこうとか、そうやって決められることではない。


大事なのは、自分に頂いた種が、どのようにしたら、花を咲かせるのかということ。


お隣の花を見て、お隣の花の育て方を見て、同じように真似をするのではないのです。


中には、これが花びら?と思うような花を咲かせる種もあるでしょう。

しかし、そう思うのは、こちらの今までの常識の枠が狭いからであって、花のせいでも何でもありません。

自分の常識に当てはめて種を育てるのではなく、その種を見て、その花の成長を見て、それに合わせて私たちのかかわりを考え世話をする。

変えなければいけないのは、私たち世話をする側なのです。


ひとつとして同じ花はないのなら、

特別なオンリーワンの育て方をしましょう。



オンリーワンの育て方を一緒に見つけて、助けてくれる人が周りにはたくさんいます。

育て方はオンリーだけど、育てる人は、自分たった一人ではありません。

みんなで、世界に一つだけの花を育てていきましょう。

手を繋ごう

12月から、また幼稚園のスタッフとして働くことになりました。

9月10月とお手伝いに行き、めでたく担任の先生がみつかったので、私の仕事は終わりとなったのですが、また別の先生が勤めを続けられなくなり、お声がかかったというわけでした。

なので、私は1か月間、幼稚園を離れていました。

1か月ぶりに会う子どもたち、みんな1か月で成長しているかな?と楽しみにしていました。


9月10月は、ひたすらセミの抜け殻を探していました。

セミの抜け殻をこんなに愛おしいと思ったのは初めてでした。

葉っぱの裏にセミの抜け殻を見つけたときの感動、それを大事に手に取る子ども。

毎日毎日手をつなぎ、一緒に探しました。

別の用事があり、すぐには一緒に園庭に出られずに遅れて外に出ると、すっと近寄ってきて手をつなぎ一緒に探そうと誘ってくれます。

あ〜待っててくれたんだなといつも思っておりました。

だんだん、抜け殻がなくなってきて、毎日見つけられない日が続いているのに、それでも毎日毎日「セミの抜け殻をさがそう」と誘ってくれました。

セミさん、どうか来年もたくさんここから生まれてください。

そう願いながら、毎日、探しておりました。


1か月ぶりに会ったその子は、もうセミの抜け殻を探そうと、私を誘いませんでした。

縄跳びのロープをもって、電車ごっこの運転手さんになっていました。

友達が何人もその子の運転(誘導)する電車に乗り、園庭を歩き回ります。

トラブルも起こりました。

でも、それがいいのです。

友達とかかわり、トラブルを起こす。

嫌な気持ちも味わう。

仲直りも経験する。

解決法を見つける。

今日は、運転手になりたいと言い出した他の子ともめはじめ、「ふたりで一緒にしたら?」と声をかけると、横に並んで「手をつなご!」と言って、二人で笑って歩きだしました。

ずっとずっと私とつないでいた手を、今度は友達とつなぐようになったのだと思いました。


そして、今日の帰り際、私に近づいてきて、

「まやせんせい。おやすみしてたやろ?ぼくずっとまっててん」と話してくれました。

涙が出ました。


生まれて4年ほどで、自分の気持ちを、こんな言葉にできるなんて。

今、思い出しながら、ここに記しながらでも、涙がでます。

待っててくれたなんて、離れている間に、私のことを思い出していた時があったなんて。


また、いっぱい手を繋ごう。

また、一緒の時を過ごそうね。

待っててくれてありがとう。


Profile

image
摩耶
京田辺在住です。

New Entries

Comment

Categories

Archives(1460)

Link

Search

Free