じいちゃん 聞こえますか?

私が幼いころ、大分に帰ると、おじいちゃんとお布団で一緒に寝ました。

おばあちゃんと寝た記憶はないので、きっといつもおじいちゃんと寝ていたんだと思います。

おじいちゃんは、私の足をさすって、いつも

「おおきくなあれ おおきくなあれ」と、優しい声で、言ってくれました。

おじいちゃんが何度もそういうので、私は、こんなに大きくなってしまったよ。


おじいちゃんは、耳が遠いので、会話を楽しんだという記憶はありません。

戦争で、近くに爆弾が落ちたので、爆発音が大きくて耳が遠くなったのだそうです。

今年の4月に、娘を連れて、大分に帰った時、おじいちゃんは、おじさんが運転する車の後部座席に乗り、私たちを駅まで迎えに来てくれました。

「よーきたのー」と言って、大きな手で、私の手を握りました。

しかし、それから先は、何も会話をしません。

それがいつものことでした。


それから約1か月後、じいちゃんは倒れました。

それから、病院でずっと点滴を受けていました。

それを知ったのは、9月頃です。


じいちゃんに会いに行こうかと思いましたが、行けばまたおじさん夫婦に世話をかけることになるので、行くよりも、気を落としているばあちゃんに少しでも気分を晴らすことをしようと思って、頻繁にハガキを送ることにしました。

住所、名前をシールに印刷してたくさん作ってハガキにたくさん貼っておくと、思い立った時にすぐに手紙が書けると思いつきました。私って、なんて賢いんでしょう。

もちろん切手も貼っておきます。

そして、毎日ブログを書くように、ばあちゃんにハガキでちょっとした日々のことを書いて送りました。

すると、ばあちゃんが返事をくれました。

「じいちゃんの意識があったら、喜んだのに」と。

私は、じいちゃんが、私からの手紙を喜んでいたとは知りませんでした。

喜んでないことはないけれど、そんなに喜んでいるとも知りませんでした。

じいちゃんは、ばあちゃんには、「まやちゃんはどうしてるかの〜最近手紙がないのぉ」などと言っていたらしいのです。

ばあちゃんは、まだ若くて、話も合うし、よく話してくれるし、頭もはっきりしているので、喜んでくれているのがよくわかっていましたが、じいちゃんとは意思疎通を図ったということがあまりなかったので、じいちゃんがそんな気持ちを持ってくれていたとは思いませんでした。そのことを、じいちゃんが倒れてから知りました。電話をかけても話をするのはばあちゃんで、昔は少しじいちゃんも変わってくれましたが、最近は電話口に出てくれることもなくなっていました。

100日ブログを続けてきましたが、やるべきは、身内に手紙を書くことだと思いました。

ばあちゃんは、一日に一回、じいちゃんの病院に連れて行ってもらい、暖かい体に触れることができるのが、唯一の心の救いだと言っていました。

そんな風に思える相手と、長い間一緒に生きてこられたばあちゃんは幸せ者だなと思います。


昨日、じいちゃんは亡くなりました。

ここ一週間は、京都を離れていたこともあり、ばあちゃんにハガキを送っていませんでした。

私が京都に帰宅した次の日、じいちゃんは亡くなりました。

私の帰宅を、待っていてくれたような気がしました。


最近、私の手に、湿疹ができ始めていました。

4月に足首辺りにできていた湿疹と同じようなものです。

じいちゃんはそれを見て、黙って自分の薬を塗ってくれました。

手の湿疹を見て、またじいちゃんを思い出していたのです。


亡くなったから、耳が聞こえるようになったでしょうか?

今度会えたら、じいちゃんとたくさん会話をしてみたいです。


これからもずっと、ばあちゃんに手紙を書き続けようと思います。

じいちゃん 命をいただきありがとうございました。


じいちゃん!聞こえてる?








2013/12/12(Thu) 22:08:29 | 日記
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摩耶
京田辺在住です。

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